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「赤いマスク」の都市伝説――コロナ禍が生んだ令和の口裂け女

夕暮れの曲がり角に、赤いのが一人だけ

舞台はコロナ禍のある初冬だ。緊急事態宣言の最中か、それに近いマスク生活が続いていた頃の夕暮れらしい。下校途中の中学生の女の子が、いつもより早く暗くなる路地を一人で歩いていた。すれ違う人はみんな白か水色の不織布マスクをしていて、見た目だけならどこにでもある帰り道の風景だった。

人通りが途切れた曲がり角で、彼女は前方に立つ一人の女性に気づく。その人だけ、真っ赤なマスク。街灯の下でもやけに鮮やかに映えるその赤に、少女は思わず足を止めてしまう。女性はゆっくりこちらへ顔を向けると、マスク越しのくぐもった声で「ねえ、わたし、綺麗」と尋ねてきたという。

少女は反射的に「き、綺麗です」と答えてしまった。すると女性は赤いマスクにそっと手をかけ、「……これでも」とつぶやきながら、マスクを引き下げるそぶりを見せた。その先は見ていない。少女は踵を返して全力で走り、振り返ったときにはもう女性の姿はどこにもなかったそうだ。

これが、SNSで語られている典型的な筋書きになる。既視感がすごい。それもそのはずで、この話の骨組みは1979年に一世を風靡した「口裂け女」のプロットを、ほぼそのままなぞっているんだよな。

全員マスクの時代に、あの女がまた来た

新型コロナの流行で、日本中がマスクをつけるのが当たり前になった時期がある。その頃から、「赤いマスクをつけた人物に出会うと不思議なことが起こる」という噂がSNSで語られ始めた。ぽっと出の新ネタとは違う。1979年に岐阜から全国へ広がった口裂け女の系譜を、マスク社会という時代の空気の中で焼き直したものだと考えるのが自然だ。

半世紀近く前の伝説が、パンデミックという新しい状況でどう再起動したのか。そこをたどっていくと、この噂は日本から韓国へ渡り、また日本へ帰ってきた長い旅の途中にいることが分かってくる。意外と遠回りだ。

1978年の冬、岐阜の農家のトイレで

赤いマスクという令和の噂には、口裂け女のようなはっきりした発祥地も、発祥の日時も、目撃第一号もない。新種というより、半世紀続く伝説の再演に近い。原型の話からいこう。大元をたどるのが、この噂の正体をつかむいちばんの近道になる。

口裂け女の噂の起点は、1978年12月初めの体験談だという。岐阜県本巣郡真正町、いまの本巣市にある農家のおばあさんが、自宅のトイレでその女を見たという話だった。場所はトイレだ。これが週刊朝日の1979年6月29日号で紹介されて、広く知られるようになった。

新聞に出たのは、それより前だ。1979年1月26日付の岐阜日日新聞に、「編集余記」というコラム記事が載っていた。その記事で口裂け女は「ある女優似の美人」と書かれ、目つきは「キツネのよう」、声は「ネコに似ている」とまで描き込まれていた。やけに細かい人物描写。

噂はまず岐阜県内の小中学生の口コミで広がった。あっという間だった。そこへ全国のマスメディアが後追いで報じたものだから、日本中の子供たちへ一気に伝わっていったわけだ。

当時は、マスクをした女性を見ただけで子供が下校できなくなるほどの社会現象になったと報じられている。ちょっとした騒ぎじゃない。口裂け女を調べてきた人たちは、土台として、当時の整形手術の報道や、口元を隠すことへの文化的な違和感を挙げてきた。子供同士の口コミが伝言ゲームのように回っていく広まり方も、よく指摘される点だ。

マスクは顔の一部を隠す道具だ。それが素性の分からない相手への不安と結びつきやすいという構図は、口裂け女の時代からすでにできあがっていた。赤いマスクの噂も、この土台の上に乗っかっている。

「私、綺麗」から始まる二択

話の基本形はこうだ。大きなマスクで口元を隠した女が、下校中の子供に「私、綺麗」と聞いてくる。「綺麗」と答えると、女は「これでも……」と言いながらマスクを外して、耳元まで裂けた口を見せるという。「綺麗じゃない」と答えたら、出刃包丁や鎌、鉈で危害を加えられるとされた。

土地によって姿もばらばらだった。東京の江戸川区では赤い傘をさして空を飛ぶことになっていたし、王子では白いコートに白いブーツという姿。八王子や国分寺になると、着物姿にサングラスという証言まで記録されている。着物にサングラス。

子供たちは対処法まで真剣に語り合った。「ポマード」と三回唱えると怯んで逃げるとか、好物だというべっこう飴を渡せばその隙に逃げられるとか、そういう話だ。二階建て以上の建物に逃げ込めば追ってこない、という説もあった。どれも伝言ゲームで広まった。

笑い話では済まない。福島県郡山市や神奈川県平塚市ではパトカーが出動する騒ぎになり、北海道釧路市や埼玉県新座市では集団下校まで実施された。1979年6月21日には姫路市で、25歳の女性が悪ふざけで口裂け女の格好をし、包丁を持ち歩いていた。銃刀法違反の疑いで、本当に逮捕されている。

大人も乗っかる。銀座では逆に、ホステスたちが客に「私、綺麗」と尋ねる遊びがはやった。ちゃんと「べっこう飴」「ポマード」と返せなければ野暮だとされたほどで、社会全体を巻き込んだ一大現象だった。

その熱狂は、1979年8月に潮が引くように収まっていく。理由は夏休みだ。学校が休みに入って、子供たちの口コミの網がぷつりと切れたことでみるみる収束した、という分析がある。

海を渡って「赤いマスク」になった

外せないのが韓国版だ。1983年頃、口裂け女の噂は海を渡って韓国に伝わり、向こうで日本とは違う独自の進化を遂げていった。向こうで付いた名前が「빨간 마스크」で、日本語に直すと、そのまま「赤いマスク」になってしまう。

韓国版では、日本のオリジナルにあった「精神を病んだ女性による事件」という教育的で現実寄りの色合いが薄れた。代わりに、純粋な怪異として読み替えられた。マスクの色も日本の白から鮮烈な赤に変わり、見た目のインパクトが一気に強まっている。ここが大きい。

筋書きの芯は同じだ。「綺麗」と答えれば同じように口を裂かれ、「綺麗じゃない」と答えれば殺される、逃げ道のない二択だ。韓国では2000年代、ネットの掲示板やチャットサイトで周期的にリバイバルした。2014年には映画『少女怪談』として映像化されている。

仲間まで増えた。韓国では派生キャラクターとして、「青いマスク(彼氏)」「白いマスク(医者)」「緑のマスク(助手)」まで登場している。単体の怪談を飛び越えて、特撮ヒーローものみたいな一大サーガへふくらんでいった。

血液型で口の裂け方が変わるという、残酷な版まで記録されている。A型なら浅く、AB型なら深く、B型は耳まで、O型に至っては顔全体まで裂かれるという段階分けだ。まるでゲームの設定表だ。

逆輸入で日本に着地した

コロナ禍の日本で赤いマスクが語られ始めたことには、有力な見方がひとつある。韓国発の「빨간 마스크」がネット経由で再輸入され、日本全体がマスク社会になった状況とたまたま噛み合った、というものだ。逆輸入説と呼べる。

全員がマスクをしているからこそ、その中で一人だけ赤いという見た目の異物感が際立つ。半世紀前に日本から出ていき、韓国で独自に進化した物語が、逆輸入の形で日本のSNS怪談として着地し直したわけだ。話が一周した。

コロナ禍で老若男女がマスクを常につけるようになると、「マスクをした人」という記号そのものの非日常感は薄れた。皮肉なのはここからだ。全員がマスクの社会だからこそ、「ひときわ目立つ赤いマスクの人」という新しいバリエーションが生まれたと見られる。

ネットの噂では、赤いマスクの人を見かけたあと体調を崩した、不運が続いた、という体験談が語られている。見たら何かが起こる。この因果の形は、口裂け女の「目撃したら何かが起こる」という型をそのまま踏んでいる。

赤じゃなきゃいけなかった理由

赤は昔から、血や危険、警告のイメージと結びつきやすい色だ。マスクそのものが日常になった状況で怖さを演出するなら、目に刺さる色を足すしかなかった、と見るのが自然だ。それが赤だった。

コロナ禍で配られたり売られたりしていた不織布マスクは、白か水色が主流だった。そこへ真っ赤な一枚。それだけで異物感や違和感を放つビジュアルとして働く。口裂け女の「大きな白いマスク」が、当時の普通のマスクより不自然に大きくて怖さを生んだのと、同じ発想の使い回しに見える。

深夜のコンビニ、終電、住宅街

SNSや個人ブログには、赤いマスクにまつわる断片的な体験談がいくつも投稿されている。ひとつ目はコンビニの話だ。深夜勤務のアルバイト店員が閉店間際、外の様子をうかがうように店内をうろつく客の、真っ赤な不織布マスクに気づいた。

客はレジに来ると、商品を差し出しながら小声で「わたし、この店員さんより綺麗」と唐突に聞いてきたという。店員は愛想笑いでやり過ごした。客が出ていったあと、防犯カメラの映像を確かめてみた。すると入ってきた瞬間の映像だけが、なぜか数秒間ノイズだらけだったと証言している。

次は終電間際の各駅停車だ。車両に一人で座っていた女性が、向かいのシートにいつの間にか座っていた赤いマスクの乗客と目が合った。会釈のつもりで小さく頭を下げると、相手も同じタイミング、同じ角度で、まったく同じように頭を下げてきた。そのシンクロぶりに強烈な違和感を覚えて、彼女は予定より早く次の駅で飛び降りたという。

宅配の仕事をしているという投稿者の話もある。深夜の住宅街で赤いマスクの女性とすれ違った翌週から、荷物の誤配や事故が立て続けに起きたらしい。周りの同僚に相談すると、「それ、赤いマスクの祟りかもしれないよ」と真顔で忠告されたそうだ。冗談に聞こえない。

三つに共通するのは、怖さの種類だ。口裂け女の時代のような、その場ですぐ危害が及ぶ恐怖とは違う。遭遇したあとでじわじわと不運が続くという、もっと現代的で、はっきりしない祟りの形をとっている。後から効いてくるタイプの怖さ。

口コミからショート動画へ、型だけが残った

都市伝説はしぶといんだよな。日本の都市伝説は、時代の技術や社会の様子に合わせて姿を変えながら生き延びてきた。口裂け女に始まり、きさらぎ駅、赤い部屋、そして今のマスク怪談まで並べると、都市伝説研究でそう指摘されるのも納得だ。

1979年の口裂け女は、学校の口コミとマスメディアの報道で広まった。2020年代の赤いマスクはSNSとショート動画で一瞬のうちに広がり、ミームになるスピードも比べものにならないほど速い。速さの桁が違う。

変わらないのは中身より型のほうだ。大きなマスクから赤いマスクへ移っても、「見た目に強いインパクトのある記号」という役割はそのまま残っている。「遭遇したら危険」という単純な因果律も、「地域や時代を超えて誰でも当事者になれる」という設定も同じだ。ここがおもしろい。

不安が顔を持つとき

昔の口裂け女ブームの分析には、当時の社会不安が具体的な怪人の姿に映し出されたのでは、という見方がある。経済的な閉塞感や、子供を狙った事件の報道への恐怖だ。不安が形をとった。

コロナ禍も似た構図に見える。先の見えない不安が長く続く中で、「マスクの下に何があるか分からない」という感覚が強まったのは想像にかたくない。赤いマスクの噂も、パンデミックという特殊な状況のストレスや不安が、怖い人物像として固まった一例と見ていい。結晶みたいなものだ。

2025年の赤いマスクは、半分パロディ

2025年の時点で、赤いマスクの噂についてははっきりした発祥地も、具体的な目撃証言も、どちらもまだ特定されていない。口裂け女ほどの社会的インパクトには届いていない。規模で言えば小さい。

SNSで目立つのは、「現代版の口裂け女」というメタな切り口で持ち出される使われ方のほうだ。都市伝説そのものというより、都市伝説というジャンルへの言及やパロディとして消費されている面が強い。いわば半分ネタ。これは裏を返せば、口裂け女という原型が半世紀たっても、日本人の集合的な記憶に強く刻まれている証拠でもある。

口裂け女という原型が、コロナ禍という新しい状況の中で形を変えて作り直された例、それが赤いマスクだ。怖さの中身より、「顔を隠す記号への不安」という構造のほうが世代を超えて受け継がれている。そこが面白い。

赤いマスクをどこまで遡っても、確かな発祥地や最初の目撃者にはたどり着けない。独立した新種の怪異じゃないから。1978年の岐阜で始まり、1983年に韓国で独自に進化して、2020年代のパンデミックで日本へ戻ってきた。循環する物語の最新形。

顔の一部を隠す布切れ一枚が、なぜここまで人の想像力を刺激するのか。技術や時代がどれだけ移り変わっても、素性の知れない他者への根っこの不安は、人の心の奥底で変わらないのかもしれない。話の芯はたぶんそこだ。

掲示板とショート動画の温度差

5ちゃんねるのオカルト板や都市伝説を語るスレッドの反応は、わりと冷めている。「これは完全に口裂け女のリメイクだろう」「令和になっても結局みんな同じ話を焼き直しているだけ」と、ツッコミが山ほど並ぶ。身もふたもない。

TikTokやショート動画のコメント欄は、まるで逆だ。真偽はそっちのけで、「怖すぎる」「絶対遭遇したくない」という素直な反応が量産されていて、ミームとしての消費がメインだ。すごい温度差。

解説する側もいる。都市伝説専門のYouTube考察チャンネルでは、口裂け女からきさらぎ駅、赤い部屋までを俯瞰する解説動画がいくつも出ている。その中で赤いマスクは、「マスク社会というポストコロナ的状況が生んだ、原型回帰型の都市伝説」と位置づけられている。怖がるための話としてだけでなく、社会現象の記録としても関心を集めている。

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