白いマスクが当たり前になった街で、ひときわ目立つ赤いマスクの人物に会う。あとになって体調を崩したり、よくないことが起きたりする――。コロナ禍のSNSで語られた「赤いマスク」は、そんな短い噂だ。
ただ、明確な発祥地や最初の目撃証言は特定されていない。大勢が実際に遭遇した怪人というより、口裂け女の型をマスク社会に合わせて着替えさせた、パロディに近い都市伝説として見るほうが実態に合っている。
原型は1979年の口裂け女
口裂け女は1979年、岐阜県から全国へ広がったとされる。大きなマスクをつけた女性が子どもに「私、きれい?」と尋ね、答え方によって危害を加える。学校での口コミが連鎖し、マスク姿の女性を怖がって下校できない子どもが出るほどの社会現象になったと報じられた。
顔の一部が隠れていると、表情も正体も読み取りにくい。その分、隠された口元に何があるのかを想像してしまう。整形手術をめぐる当時の報道、子どもを狙った事件への恐怖、伝言ゲームのような広まり方など、口裂け女には複数の社会背景が指摘されている。
大切なのは、実在の一人の女性が全国を歩いていたと確認された話ではないことだ。地域ごとに逃げ方や好物、質問への答えが変わりながら増殖した、典型的な都市伝説である。
日常になったマスクへ色を足す
2020年代、新型コロナウイルスの流行でマスク姿は珍しくなくなった。白いマスクの人物そのものでは、昔の口裂け女のような「普通ではない感じ」が出にくい。そこで赤という強い色を足すと、一人だけが群衆から浮き上がる。
赤は危険や警告を連想させやすく、白や水色が多かった不織布マスクの中では特に目立つ。だからといって、赤いマスクを着ける人が危険だという意味ではない。色の印象が、怖い話の記号として使いやすかったということだ。
噂では、赤いマスクの人物を見たあとに不調や不運が続くと語られる。しかし、目撃とその後の出来事の因果関係を示す資料はない。体調不良を都市伝説の人物のせいだと決めることもできない。あくまで「見たら何かが起きる」という口裂け女以来の型を引き継いだ語りである。
口コミから短い動画へ
1979年の口裂け女は、学校や近所での会話と、後追いするマスメディアによって広がった。赤いマスクの話が現れる2020年代には、SNSと短い動画がその役目を担う。目を引く赤い顔、短い遭遇談、「見た人にも起きる」という一文があれば、数十秒の怖い話として成立する。
拡散が速いぶん、元の投稿は見失われやすい。誰かの創作、昔話の紹介、実体験を装った演出が同じ形で流れ、再投稿されるたびに区別がつきにくくなる。内容が似た投稿を何度も見ても、それだけで独立した目撃証言が増えたとは限らない。
2025年時点でも、この噂は口裂け女ほどの社会的な広がりにはなっていない。むしろ「令和版の口裂け女」という説明込みで紹介され、都市伝説を知っている人同士の遊びとして消費される面が強い。
怖さが映していた時代
コロナ禍では、他人の表情が読みづらくなり、先の見えない生活が長く続いた。病気への不安や社会の緊張が、正体の分からないマスク姿へ重ねられたと読むことはできる。ただし、これは噂の背景についての解釈であって、赤いマスクの人物が実在した証明ではない。
口裂け女から残ったのは、特定の顔ではなく「隠された顔を想像する怖さ」だった。白いマスクが日常になれば赤へ変わり、学校の口コミがSNSへ変わる。それでも、目立つ人物に会い、その後に災いが起きるという骨組みは同じだ。
赤いマスクの都市伝説は、コロナ禍に本物の怪人が現れた記録ではない。半世紀近く前の噂が、当時の不安と新しい拡散手段に合わせて作り直された例なのである。
