2021年7月23日、東京オリンピックが開幕した。その開閉会式のまわりでは、幕が上がる直前まで演出関係者の辞任と解任が止まらなかった。大会組織委員会の関係者が報道陣に「本当にこの大会は呪われている」と漏らしたことを、毎日新聞が報じている。笑えない話だよね。
この一言はSNSであっという間に広まった。そこから「呪われた東京オリンピック」という、都市伝説みたいな語りが生まれていく。実際に何が起きていたのか、なぜ「呪い」なんて言葉がしっくりきてしまったのか、たどると筋がちゃんと見えてくる。中身はけっこう生々しい。
演出チームが入れ替わった2020年
物語の起点は2020年5月だ。もともと開閉会式の演出は、狂言師の野村萬斎氏を責任者にしたチームが2017年から準備を進めていた。このチームは2020年12月に解散し、音楽家の椎名林檎氏も演出チームから離れている。その後、演出振付家のMIKIKO氏が外され、責任者は電通の代表取締役が推薦する佐々木宏氏へ交代した。
この交代劇のとき、MIKIKO氏が関係者に送ったとされるメールがある。そこに「日本は終わってしまう」という言葉が残されていたと、週刊文春が報じた。穏やかじゃない。外された当人が書いた言葉だと思って読むと、あとから起きることを知っている身にはずしりと重く響く。
5か月で4人がいなくなった
交代のあと、事態はどんどん悪くなっていく。2021年2月、大会組織委員会の森喜朗会長が、ある発言で激しい批判を浴びた。「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」という趣旨の言葉だった。森氏は会長職を辞任している。これでひとり目。
3月には佐々木宏氏の番が来た。タレントの渡辺直美氏を「オリンピッグ」として登場させる演出案を出していたことが発覚したんだ。容姿を侮辱する中身で、佐々木氏は辞任に追い込まれた。これで終わらない。
開幕直前の7月19日、開会式の楽曲を担当していたミュージシャンの小山田圭吾氏が辞任した。過去のインタビューで語っていた学生時代のいじめの告白が、問題にされたからだ。開幕まで残り数日の出来事。
開幕前日の7月22日には、開閉会式全体の調整役だった小林賢太郎氏が解任された。かつてのコント公演で、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を揶揄するようなセリフを使っていたのが理由だった。国際的なユダヤ人人権団体からの抗議を受けての判断だ。追い打ちもいいところ。
組織委の橋本聖子会長は記者会見で「これまでの対応が後手後手に回ったことは反省している」と述べた。わずか5か月のあいだに、大会の理念の中心にいた人物が4人も交代したわけだ。異例中の異例。
呪いという言葉が似合ってしまう土壌
オリンピックと「呪い」がくっつくのは、東京が最初じゃない。1976年のモントリオール大会は、巨額の財政赤字を30年かけて返した。2004年のアテネ大会では、競技施設が大会後に次々と廃墟になっている。開催国に不運を呼ぶ、というジンクスめいた語りは世界のあちこちにある。
東京大会の場合は、ここに新型コロナウイルスが重なった。1年の延期、無観客での開催と、異例のことばかり続いていた。そんな中で「呪い」という物語が、いつもよりずっと説得力を持って受け取られる下地があったと考えられる。気持ちはわかる。
人は説明のつかない不運が続くと、見えない力のせいにして納得しようとする。そういう心の癖がある。組織委の関係者が口にした「呪われている」も、まさにその心の動きを映した一言だった。
週刊文春が出した答えは「必然」
取材を重ねた週刊文春の見立ては、この連鎖を「呪い」ではなく「必然」だとしている。焦点は2020年5月の人選。MIKIKO氏を外し、電通主導で人選を進めたやり方そのものが問題視された。
演出にふさわしい人を選ぶことより、組織委や電通の意向に沿う人を優先したんじゃないか。その結果、コンプライアンス上のリスクをきちんと調べないまま起用が進んだのでは、という指摘だ。辞任や解任に至った4人は、いずれも就任前から過去の言動に関する情報が出ていた。事前のチェックの甘さが、繰り返し表に出た格好になる。
パンデミックという前例のない状況の下で、人選の仕組みの弱さが次々に表面化していった。都市伝説っぽい語りの裏にあったのは、ずいぶん現実的な経緯だったわけだ。辞任ドミノを起こしたのは超常的な力じゃない。組織のガバナンスの緩みこそが本当の原因だった、というのが文春の結論だった。
あの一年を、場面ごとにたどる
始まりは静かだった。2020年12月、野村萬斎氏を演出責任者に、2017年から何年もかけて準備してきた開閉会式の演出チームが突然の解散を発表する。パンデミックによる1年延期を受けた体制の見直し、という名目だった。ただ、この時点で現場にはもう不穏な空気が漂っていたと関係者は振り返っている。
この部分の資料は、年が明けて2020年5月にMIKIKO氏が開会式の企画・演出の中心から外された、という順で語っている。日付だけ見ると前後が逆に見えるけど、伝わっている数字はこのとおりだ。代わりに総合統括に就いたのが佐々木宏氏で、電通の代表取締役が推す形だった。
この人事のとき、MIKIKO氏が電通の幹部に宛てて送ったとされるメールの一節が、のちに週刊文春の報道で広く知られた。「このやり方を繰り返す怖さ、日本は終わってしまう」。彼女が案じていたのは、自分が外された不満だけじゃなかったという。実力や適性ではなく、人脈や意向で人選が決まっていく組織の構造そのものだった。
あとから読み返すと、この一文は、これから始まる連鎖を先に言い当てた不吉な伏線みたいに見えてしまう。こういう後知恵の読み方こそ、呪いの物語の燃料になるんだよな。
2021年2月、会長の森喜朗氏が、女性理事の多い会議は時間がかかるという趣旨の発言をした。国内外から強い批判が集まり、謝罪会見を開いても収まらなかった。森氏はついに辞任する。後任には橋本聖子氏が就いた。
一件落着かと思った矢先の3月、今度は演出の総合統括だった佐々木宏氏本人が渦中に立つ。渡辺直美氏を「オリンピッグ」というキャラクターにする演出案を、複数の関係者がいる会議の場で出していたと週刊文春がスクープしたんだ。容姿を揶揄するものと受け止められた。佐々木氏はすぐに辞任へ追い込まれる。
資料によれば、この時点で大会の「顔」を作るはずの人物がすでに三人退場していた。このときまだ3月。
開幕前の一週間に起きたこと
7月に入ると、流れはさらに速くなった。7月19日、開会式の楽曲を手がけていた小山田圭吾氏の過去の記事が、SNSで一気に掘り起こされる。1990年代の雑誌のインタビューで、学生時代の同級生へのいじめを赤裸々に語っていたものだった。大炎上になり、小山田氏は謝罪したうえで辞任した。
開幕まで残り数日での辞任だ。大会関係者のあいだにも動揺が広がった。よりによって、この時期。
その3日後、開幕前日の7月22日夜に、小林賢太郎氏が解任される。この資料では小林氏の役職を開閉会式全体のクリエイティブディレクターとしていて、さっきの調整役という書き方とは少し違う。どちらの呼び方も残しておく。
解任の理由は、小林氏がかつて組んでいたお笑いコンビ、ラーメンズの公演にあった。ホロコーストを題材にした際どいコントの台本が、海外メディア経由で広まったんだ。国際的なユダヤ人人権団体のサイモン・ウィーゼンタール・センターが、公式に抗議声明を出した。
開幕を一日後に控えて、橋本聖子会長は緊急の記者会見に立つ。硬い表情のまま、「これまでの対応が後手後手に回ったことは反省している」と言うしかなかった。記者席には、驚きよりも呆れに近い空気が漂っていたと当時の報道は伝えている。
5か月足らずで、大会の演出の中心にいた人物が4人も入れ替わった。近代オリンピックの歴史でも類を見ない、と資料が書くほどの異常事態だ。取材に対してある組織委の関係者が思わず漏らしたのが、「本当にこの大会は呪われている」だった。この言葉が毎日新聞の記事として配信され、ネットで独り歩きを始める。
呪いの言葉はどこから広まったのか
公の記録として「呪われている」が最初に出てきたのは、毎日新聞が組織委の関係者に取材した記事だとされる。小山田氏の辞任か、小林氏の解任か、その流れの中で匿名の関係者がこぼした言葉だった。記事では見出しに近い扱いを受けている。
この記事はニューズピックスをはじめ、いくつものニュースキュレーションサービスに転載されて広がった。開幕前日という、張りつめた時期の一言。ただの愚痴では済まない重さで受け止められる。
それより前から、「東京オリンピック 不祥事一覧」「時系列まとめ」のような題のまとめサイトやブログ記事が次々に立ち上がっていた。森氏の女性蔑視発言から始まる出来事を時系列に並べる形のもので、SNSでシェアされるたびに全体像が目に見えるようになっていった。
1年前のバラエティ番組が予言扱いされた話
辞任ドミノが始まるおよそ1年前、2020年2月のことだ。テレビ東京系のバラエティ番組「やりすぎ都市伝説」が、ある特集を組んでいる。テーマは、東京オリンピックと、過去に中止や延期に追い込まれた大会のあいだにある「奇妙な7つのリンク」。
番組では、1940年に予定されていた幻の東京オリンピックや、第二次世界大戦で中止になったヘルシンキ大会が引き合いに出された。歴史上の「呪われた大会」を並べて、2020年の東京大会にも何か起きるのでは、と語っていたらしい。実際の開催は2021年。
そのあと、コロナ禍による延期と演出陣の総崩れが本当に起きた。すると番組の中身は「まるで予言のようだった」として、オカルト系まとめサイトや動画サイトのコメント欄で何度も引用されるようになる。
放送のときはただのバラエティ企画だったものが、後から追いかけてきた現実で「当たった予言」に塗り替えられていく。この都市伝説の出どころでいちばん面白いのは、たぶんこの構造だ。
80年前の幻の大会と結びつける語り
この「呪われた東京五輪」には、いくつか枝分かれした語りがある。いちばん根強いのは、1940年の「幻の東京オリンピック」に始まりを求めるものだ。
日本はもともと、アジア初の開催国として1940年の夏季大会の招致に成功していた。けれど日中戦争が激しくなり、国内外の反発や資材・人員の不足を理由に、1938年に開催権を返上する。代わりの開催地になったフィンランドのヘルシンキ大会も、第二次世界大戦が始まって結局中止になった。
オカルト寄りの語りでは、この史実がこう読み替えられる。東京は一度、戦争にオリンピックを取り上げられた土地で、その因縁が形を変えて2021年の大会にも降りかかったのでは、と。
パンデミックという災厄と、80年前の戦争という災厄を重ね合わせる。そうすることで、偶然の不祥事の連鎖を超えた、運命めいた重みを持たせようとしているわけだ。
世界の五輪ジンクスと、神宮外苑の噂
もうひとつの派生は、もっと国際的な目線の「オリンピックの呪い」に東京大会を並べるものだ。1976年のモントリオール大会は建設費がふくらみ、巨額の財政赤字を抱えた。完済までに30年近い年月がかかったという。
2004年のアテネ大会では、大会のあと多くの競技施設が維持費の重さに耐えられず放置された。廃墟になった写真は、ネットでたびたび紹介されている。
開催都市に不運や財政破綻を運んでくる、というぼんやりしたジンクスは世界中で語られてきた。東京大会の演出陣の総崩れも、この「開催国を蝕む呪い」の日本版として扱われることが多い。
ちなみにネット掲示板の一部には、新国立競技場が建った神宮外苑一帯の土地の来歴を持ち出す書き込みもある。旧競技場の解体をめぐる議論を引っぱってきて、土地に宿る因縁として語ろうとするものだ。これはあくまで一部の投稿者のこじつけに近い解釈で、広く支持されている話じゃない。
あの夏をそばで見ていた人たち
当時広告業界で働いていたという40代の男性は、個人ブログにこう書いた。辞任のニュースが出るたびに、社内のグループチャットが一斉に鳴り出したそうだ。森氏の発言のときは「またか」という空気だった。
佐々木氏の件でさすがに空気が変わり、小山田氏、小林氏と続いたころには誰も驚かなくなっていたという。むしろ「次は誰だ」と、悪い意味でのお祭り騒ぎになっていた自分たちが怖かった、とも綴っている。渦中の業界の中で、事態がひとつの「祭り」として消費されていたことが生々しく伝わってくる。
大学でスポーツ社会学を学んでいたという女性は、SNSへの投稿で当時の気持ちを振り返った。開会式の前日、小林氏の解任のニュースが流れたとき、「次は何が起きるんだろう」とスマホの通知を見るのが怖くなったという。
研究の対象として五輪を見ていたはずだった。それなのに、いつの間にか自分も「呪われている」という言葉を信じかけていると気づいて、ぞっとしたそうだ。報道を追い続けること自体が不安をふくらませ、都市伝説めいた語りが心に入り込んでいく。その過程がよく出ている投稿だ。
当時中学生だったという投稿者は、まとめサイトのコメント欄に思い出を残している。学校で友達と「次は誰が辞めるか」を予想し合うのが、ちょっとした遊びになっていたそうだ。
今思えば不謹慎だった、とその人は書く。あの夏はニュースをつけるたびに誰かが辞めていて、本当に何かに取り憑かれているみたいな大会だった、とも。子どものあいだでさえ、一連の出来事が「怖い話」めいた娯楽として消費されていた様子がうかがえる。
掲示板とタイムラインの温度
5ちゃんねるの「東京オリンピック総合スレ」などでは、辞任や解任のニュースが出るたびに実況のような書き込みが殺到した。「また辞めたのかよ」「もう誰が担当しても炎上する呪いのポジションだろこれ」。「電通が絡むとロクなことにならない」「呪われてるとしか思えん」という声も目立った。
そのうち「次に辞任するのは誰か」を予想し合うスレッドまで立ったらしい。小林氏の解任が伝えられた開幕直前には、「五輪潰れかねない」という言葉がツイッターのトレンドに入った。「だから最初から中止していればよかったのに」という厳しい意見も多かった。
データサイエンティストの鳥海不二夫氏は、森氏、佐々木氏、小山田氏の3件の炎上をツイートから分析している。拡散のパターンも批判の質も、それぞれ違っていたという指摘だ。みんなが同じように怒っていたんじゃない。事案ごとに別の温度の反応が積み重なっていた、という見方は後の考察系まとめでもよく引用された。
オカルトや都市伝説のまとめサイト、YouTubeの考察動画では、この流れを「令和の呪われた五輪」として扱うものが繰り返し作られた。1940年の幻の東京大会やモントリオールの財政破綻と並べる構成で、再生数もしっかり稼いでいる。
コメント欄には「タイミングが良すぎて怖い」「偶然にしてはできすぎている」という感想が並んだ。その一方で、「単に人選がずさんだっただけ」「呪いって言えば済むと思うな」という冷めた反論も根強かった。都市伝説としての語りと現実的な検証とで、意見が割れる形は最後まで変わらなかった。
呪いの物語に引き寄せられた実在の場所と組織
この話の後ろには、実在する場所や組織、過去の出来事がいくつも折り重なっている。実在の地名や組織、史実が、「呪い」というひとつの物語の中へ次々と吸い寄せられていった。だからこの都市伝説は作り話で終わらず、多くの人の記憶に強く刻まれたんだろう。
開閉会式の舞台になった新国立競技場は、明治神宮外苑という歴史のある一帯に建つ。旧国立競技場の建て替えでは、ザハ・ハディド氏の設計案が総工費の高騰を理由に白紙撤回された。大会の前から、何度も混乱が報じられてきた土地だ。
演出人事の真ん中にいた広告代理店の電通は、2015年に新入社員の過労自死事件を起こしている。労働基準監督署から是正勧告を受け、企業としての責任を厳しく問われた。この記憶が、電通主導の人選がまた不透明に進んだのでは、という不信の下地になったと複数の報道が指摘した。
1940年の幻の東京オリンピックは、日中戦争の激化という現実の国際情勢のせいで開催権が返上された史実だ。モントリオール大会の財政赤字も、アテネ大会の廃墟になった競技施設も、ちゃんと記録に残っている出来事になる。どれも作り話じゃない。
小林氏の解任のきっかけになったサイモン・ウィーゼンタール・センターは、ホロコーストの記憶を受け継ぎ、人権侵害を監視する実在の国際組織だ。これまでも世界各国の政治家や企業の差別的な言動に、公式の抗議声明を出してきた実績がある。
