人物の指が多い。顔の左右がわずかにずれている。背景の人影が、人なのか模様なのか判然としない。画像生成AIが広まり始めたころ、そんな出力は珍しくなかった。そこで生まれたのが、「AIは人間には見えない何かを描いている」「同じ不気味な顔が出る画像には呪いがある」という噂だ。
もちろん、呪いを裏づける客観的な証拠はない。けれど、ただの作り話と切り捨てるには、この噂は今の時代らしくできている。新しい技術への不安と、昔からある心霊写真の型が、うまく重なっているからだ。
生成AIブームと一緒に広がった話
2022年前後、MidjourneyやStable Diffusionなどの画像生成AIが一気に広まった。文章を入力すれば短時間で絵ができ、SNSには大量の生成画像が投稿された。海外では、ノイズから偶然生まれた不気味な人物像がミームとして拡散。日本語圏でも、崩れた手足や不自然な顔、背景に紛れた人影が「AIが何かを見た証拠」のように語られた。
噂にはいくつか定番がある。特定の言葉を入力すると同じ顔が出る。画像を見たあとに体調を崩す。消しても別の生成結果に現れる、といったものだ。投稿者の体験談に、別の人が「自分にも起きた」と話を重ね、まとめ動画や再検証投稿が続く。そうして一枚の奇妙な画像が、いつの間にか共有される怪談になる。
ただし、似た画像が何度か出ること自体は、超常現象の証明にはならない。生成AIは学習した画像の傾向をもとに出力するため、同じサービスで近い指示を使えば、構図や顔つきが似ることはあり得る。後から起きた不運を画像と結びつける体験談も、因果関係を示す資料にはならない。
なぜ「見てはいけない」と感じるのか
人は、人間らしいのに少しだけ違うものへ強い違和感を持つことがある。「不気味の谷」と呼ばれる現象だ。写実的な顔なのに視線が合わない、笑顔なのに筋肉の動きがおかしい。初期の生成画像に多かった細部の破綻は、この感覚を刺激しやすかった。
さらに、曖昧な模様から顔や人影を読み取る働きもある。背景のノイズがたまたま目と口のように並ぶと、こちらの脳が「誰かいる」と意味を補ってしまう。そこで怖い説明を先に聞けば、次からは同じ種類の形を探すようになる。一度気になった図像ばかりが目につくのも、呪いではなく認知の働きで説明できる。
怖さが偽物だという意味ではない。画像を見てぞっとする感覚は本物だ。ただ、その感覚と、画像に超自然的な力があるという主張は別に考えたほうがいい。
心霊写真の新しい着替え
日本では昔から、集合写真に一人多く写っている、見た人に災いが起きる、といった心霊写真の話が繰り返されてきた。写真が広まった時代には、「現実をそのまま写す機械が、肉眼では見えないものまで映した」という怖さがあった。
AI画像では構図が少し変わる。現実を撮影したものではなく、機械が何もないところから作ったように見える。だから、「人間が頼んでいない何かまで出してしまった」という物語が乗りやすい。見ると害がある、同じ顔が追いかけてくるという型は昔のまま、道具だけが最新になったわけだ。
創作をめぐる不安も混ざっている
この噂の背景には、画像の不気味さだけでなく、生成AIに対する複雑な感情もある。イラストレーターの仕事がどうなるのか、学習に作品が使われることをどう考えるか、人間の創造性は機械に置き換えられるのか。技術への好奇心と警戒心が同時に高まり、その落ち着かなさが「呪われた絵」という形で語られたとも読める。
だから、この都市伝説はAIが本当に霊を描いた話ではない。急に現れた新しい道具を、人がどう理解し、どう怖がったかを映す話だ。画像の破綻、不気味の谷、顔を見つける認知の癖、後から不運を結びつける思い込み。確認できる範囲では、それらで十分に説明できる。それでも怪談として残るのは、機械が作る「少しだけ人間ではない絵」が、昔からある恐怖の型にぴたりとはまったからだ。
