三つの神社を辞めたという語り手
ネットに残る長い体験談のひとつに、神職として三つの神社に勤め、いずれも離れることになったという話がある。語り手は実名を出しておらず、神社や湖の場所も伏せられている。神職だったことを外から確かめる材料もない。最初から「本人がそう語っている体験談」として読むのが、いちばん無理のない距離感だろう。
それでも妙に引っかかるのは、舞台が山奥の廃屋ではなく、町の人が日常的に訪れる神社だからだ。祭りや祈祷を担う側の人が、普段は表に出さない出来事を打ち明ける。その形だけで、話にはのぞき見のような生々しさが出る。
数あるエピソードのなかでも、二つ目の勤め先で起きたという湖の話が中心になっている。語り手は上司にあたる神職と湖を見に行き、いつもと違う緑色の水面を目にした。同行者は、十年前にも同じ色になったと口にする。二人はその場の空気を重く感じ、長居せず戻ったという。
湖の色が変わった翌日
翌日、近くへ移り住んできた老夫婦の妻から、夫が前夜に亡くなったという連絡が入る。湖の変色と人の死に関係があったのかは分からない。体験談のなかでは二つの出来事が続けて置かれているため、読む側はどうしても因果関係を感じてしまう。
その夜は旧暦の八月八日で、かつて人を供えた日だと伝わる神事が行われた。語り手は湖へ供え物を投じ、沈むまで祈る役を任されたという。雨が上がり、雲の切れ間から月が差したとき、浮いていた供え物がまとめて沈んだ。ここが話の山場だ。
儀式を終えたあと、語り手は宮司から退職を勧められる。理由として示されたのは、このまま残れば災いが及ぶかもしれない、というものだった。それが本当に心配から出た言葉だったのか、別の事情があったのかは書かれていない。語り手は職場を離れ、それからはその地域へ近づいていないと結んでいる。
本当らしく感じる仕掛け
話に登場する地名や神社名は伏せられている。だから、湖の水が実際に変色したのか、神事が続いているのか、退職の経緯が語られた通りなのかを照合できない。一方で、上司との会話、電話が来た順番、天気の変化といった細かな描写は多い。確かめようのない大きな出来事を、日常の細部で包む。怪談では昔からよく効く語り方だ。
湖の色そのものは、天候や水中の生物などで変わることがある。供え物が沈むことにも、特別な力を持ち出さずに考えられる余地はある。ただし、この体験談が語りたいのは現象の原因ではない。語り手が周囲の言葉を受けて「ここにいてはいけない」と感じ、仕事まで手放した、その怖さのほうだ。
神社の内側を舞台にした怪談
神職の資格と霊感は別の話だが、外から神社を見る人は、つい両者を結びつけてしまう。見えないものを扱う職業なら、普通の人には見えない何かにも気づくはずだ、と期待する。その一方で、見えすぎる人は組織のなかでも扱いづらいのではないか、という想像も働く。「霊感が強すぎて職場を追われた」という題名は、そんな相反するイメージをうまく突いている。
もちろん、匿名の体験談だけで神社の実情を語ることはできない。特定の神社や地域を連想させる材料もなく、実話と断定する理由もない。それでも、湖の色、古い供養の言い伝え、夜の神事、突然の退職が一本につながると、読み終えたあとにざらついた感触が残る。真偽を決めるより、現代のネット怪談がどうやって「内側の人しか知らない話」を作るのかを見ると、輪郭がつかみやすい一編だ。
