「引き寄せの法則は存在する」というタイトル
「引き寄せの法則は存在する|不思議な体験談」。ネット上には、こんなタイトルの記事がずらりと並んでいる。「『引き寄せの法則』簡単すぎワロタ」もあれば、「『引き寄せの法則』で貧乏から金持ちになったけど質問ある?」もある。テーマはどれも同じだ。
いずれも2ch・5chのスレッドで交わされた体験談や議論を元にしている。何かを強く願うと、現実がそれに沿うように変化していく。そう語る人々の声を、記事はそのまま伝えている。
この手のスレッドは今も少なからず存在し、数千レスに及ぶ長大なやり取りが続いているケースも珍しくない。
ニューソートから『ザ・シークレット』まで
引き寄せの法則、原語ではLaw of Attraction。その起源は、19世紀アメリカで「ニューソート」と呼ばれる思想・霊性運動にさかのぼるとされる。
思考はエネルギーであり、同じ性質の出来事を引き寄せる。この考え方は、自己啓発と精神世界の間を行き来しながら広がった。
日本で言葉が一気に知られたのは2007年前後で、『ザ・シークレット』日本語版の発売がきっかけの一つとされる。書店に関連本が並び、その後は日本の実践者や作家も体験談を紹介するようになった。
5chスレッドに見る「マニュアル化」された体験
面白いのは、引き寄せの法則スレッドがしばしば非常に具体的な「実践マニュアル」を伴うことだ。現実を受け入れる。手に入れたものを明確に想像する。すでに手に入れた感情を今感じる。手順はだいたいこの調子で並ぶ。
で、このステップが実は認知行動療法(CBT)で用いられるイメージリハーサルとよく似ている。スポーツ心理学でのメンタルリハーサルとも、構造的に非常に似ているんだよな。
目標を具体的にイメージし、その達成状態を体感することでモチベーションを維持し、行動を促す。このメカニズムは、コーチングの世界でも広く採用されている手法でもある。オカルト的な表現の裏側に、一定の心理学的合理性が隠れているとも言えるわけだ。
科学は何と言っているか
一方で、科学の側の評価ははっきりしている。一般的な事典類でも、科学という見地から見れば疑似科学であり、これを裏付ける実証的な科学的根拠はない、と整理されている。思考が物理的エネルギーとして現実を直接変化させる、という主張を裏付ける実験は存在しない。
引き寄せに好意的な心理学者でさえ、効果の説明はずいぶん控えめだ。意識的に目標を肯定することで、普段なら見過ごすチャンスを捕らえやすくなる。この「カラーバス基準注意バイアス」や、目標設定の行動心理学的効果に帰着させるのが一般的だ。
ひとつ見やすい例がある。赤い車を買うと決めた途端から、街中で赤い車ばかり目につく。あれだ。赤い車の絶対数が増えたわけではなく、それを探す自分の知覚が変化しただけだ、という説明である。
なぜこのジャンルは消えないのか
引き寄せの法則をめぐるスレッドには、成功談と失敗談が同時に並ぶ。うまくいけば引き寄せ、失敗すればイメージ不足や執着のせい。これでは理論が負けない。そういう批判もある。
どんな結果も説明に取り込めるため、間違いを確かめにくいのだ。それでも話は消えない。不確かな生活の中で、自分の考え方と出来事に意味のあるつながりを見つけたい人が多いからだろう。批判されても新しい体験談が投稿され、別の読者が自分の状況へ重ねていく。
体験談という現代の民俗
ネット上で語られる個人の引き寄せ体験談は、現代の口承文芸としても興味深い。不思議な幸運は、伝統的な民俗では神仏や先祖の助けとされていた。それを現代人は「自分の内面(意識・思考)」に帰属させる形で語るようになった。
企業社会があり、孤立しやすいデジタル社会がある。そこでは「すべては自分の心の持ちよう次第」という自己責任的世界観が心地よく受け入れられやすい。体験談の語り口は、それを反映しているのかもしれない。
存在を証明することも否定することもできない、この「法則」。だからこそ、人々の心の不安と希望を映す鏡として、これからもネットの口承の中で語り継がれていくのだろう。
