マンデラは獄中で亡くなった?
「ネルソン・マンデラは、1980年代に獄中で亡くなったはず」。そんな記憶を持つ人が大勢いたことから、マンデラ効果という言葉が生まれた。もちろん実際のマンデラは1990年に釈放され、1994年に南アフリカ共和国の大統領となり、2013年に亡くなっている。
奇妙なのは、間違えて覚えていた人のなかに、追悼式や夫人の演説まで見た気がする、と話す人がいたことだ。超常現象を扱うフィオナ・ブルームは2009年、同じ記憶を持つ人々と出会い、この現象をマンデラ効果と名づけた。専用サイトには似た体験が集まり、言葉だけが急速に広まっていった。
ブルームは、並行世界を移動したため別の世界の記憶が残ったのではないか、という考えを示した。かなり大胆な説だが、ネットでは受けがよかった。自分ひとりの勘違いなら気まずい。でも、同じ間違いをした人が何人もいれば、そこに大きな謎があるように感じられるからだ。
みんなで同じところを間違える
よく挙げられる例は、ピカチュウの尻尾だ。先端に黒い模様があると覚えている人がいるが、実際には黄色い。黒いのは耳の先なので、二つの特徴が混ざったと考えると分かりやすい。
ボードゲーム「モノポリー」のおじさんも、単眼鏡をかけている姿で記憶されがちだが、公式のデザインにはない。映画『白雪姫』の魔女のせりふや、『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーのせりふも、作品そのものより、後から広まった言い方のほうが有名になっている。
日本では、『巨人の星』のオープニングで星飛雄馬が整地用ローラーを引いていた、という記憶が例に出される。ローラーを引く場面は本編にあるものの、オープニングにはない。本編の印象が強く、毎回見た映像のように組み直されたのだろう。
こうした例を見ていると、何もないところから全員が同じ映像を思いついたように見える。そこが、ただの物忘れでは終わらない面白さになっている。
実験で見えた記憶の癖
2022年には、有名なロゴやキャラクターを使った実験結果が発表された。正しい絵と少し変えた絵を並べて選んでもらうと、いくつかの図柄で、多くの参加者が同じ間違った絵を選んだ。しかも、本人たちはかなり自信を持っていた。
さらに、正しい画像を見せた後で思い出してもらっても、ピカチュウの尻尾に黒い模様を足したり、モノポリーのおじさんに単眼鏡を足したりする人がいた。ネットで偽物を見たから、という説明だけでは足りない。人の頭は、見たものをそのまま保管せず、「このキャラクターならこうだろう」という分かりやすい形に直して覚えることがある。
心理学では、すでに持っている知識の型に合わせて記憶を組み立て直す働きや、情報をどこで知ったのかを取り違える働きが知られている。別の紳士キャラクターとモノポリーのおじさんを混ぜる。本編の映像をオープニングの映像だと思う。後から聞いた有名なせりふを、映画館で聞いたせりふとして思い出す。どれも、特別な世界移動を持ち出さなくても起こりうる。
記憶は毎回つくり直される
記憶は録画データではない。思い出すたびに、抜けた部分を知識や期待で補いながら、ひとつの場面として組み直している。だから、似た文化やデザインを知る人たちが、同じ方向へ間違えることもある。
並行世界から記憶が混ざったという証拠はない。それでも、その説が消えないのは分かる気がする。大勢が同じ誤記憶を持つ現象は、説明を聞いた後でも妙に不気味だ。「自分の記憶は正しい」という感覚と、目の前の事実が食い違う瞬間には、足元が少しずれるような怖さがある。
マンデラ効果の面白いところは、異次元が本当にあるかどうかより、私たちが自分の記憶をどれほど強く信じているかを見せてくれる点にある。間違いに気づいたときは、世界が書き換わったと急ぐ前に、まず頭のなかで何が混ざったのかを探してみたい。
