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「中に入れてよ、おじさん」――窓を叩いた黒い目の子どもたち。1996年テキサスの駐車場から世界へ広がった最恐都市伝説、その最初の一通を一行ずつ読み直す

夜九時半、映画館の看板の灯りで小切手を書いていた男が聞いた、コンコン、という音

まず状況を思い浮かべてほしい。

一九九六年のテキサス州アビリーン。人口はだいたい十一万人。西テキサスの、夜になると本当に何もなくなる街だ。夜九時半、ひとりの新聞記者が自分の車に乗ったまま、プロバイダの料金を払うために小切手を書いている。当時はまだそういう時代だった。ネット代を払うのに、封筒に小切手を入れて、事務所のドロップボックスに突っ込みに行く。彼のプロバイダは以前ショッピングセンターの一角に事務所を構えていて、引っ越したあともドロップボックスだけがそこに残っていた。

彼はエンジンをかけっぱなしにしていた。車内灯はつけていない。すぐ隣にある一ドル五十セントの二番館映画館の、マーキーの電飾がまぶしいくらいに明るかったからだ。上映していたのは『モータルコンバット』。彼はその赤と白の光を頼りに、膝の上で小切手にペンを走らせていた。

そこへ、運転席側の窓を、コンコン、と叩く音がした。

顔を上げると、子どもがふたり、こちらを覗き込んでいた。

これがブラック・アイド・キッズ、黒い目の子どもたちの、記録に残る最初の一件だ。世界中で何千件と語られることになる「中に入れて」型怪異の、ゼロ号案件。書いた男の名前はブライアン・ベセル。当時アビリーン・リポーター・ニュース紙の記者で、宗教欄のコラムも担当していた。彼はこの体験を、翌々年、インターネットの怪談系メーリングリストに投稿する。長い長いメールだった。そして、それが全部の始まりになった。

この記事では、その最初の一通を、原文のニュアンスまで拾いながら丸ごと読み直す。そのうえで、どうやってこの話がアメリカ全土に燃え広がり、なぜか二〇一〇年代のイギリスの森にまで飛び火したのかを追いかける。目撃談も厚めに、複数件。反証も逃げずに全部。そして最後に、この怪異のいちばん気味の悪い部分、つまり「同意を求めてくる」という一点を、日本の怪談と並べて解剖する。

長い。覚悟してほしい。でも夜中に読むのは、正直おすすめしない。

「ちょっと問題があるんだよ、おじさん」

ベセルの記述は、記者らしく異常に細かい。まずそこが不気味だ。

ふたりとも男の子。年齢は十歳から十四歳のあいだくらい、としか言いようがない。彼はそれを「年齢が判別できなくなる、あの半分神秘的な時期」と書いている。子どもと少年のあいだの、輪郭のぼやけた年頃だ。

少年その1がしゃべる側。少年その2は最後まで一言も口をきかなかった。少なくとも言葉では。

少年その1のほうがわずかに背が高い。灰色のチェック柄が入ったフード付きのプルオーバーに、ジーンズ。靴は見えなかった。肌はオリーブ色で、髪はカールした茶色のミディアム。そして、静かな自信のようなものを漂わせていた。

少年その2は青白い肌で、そばかすがうっすら。プルオーバーは薄い緑。髪は淡いオレンジがかっていた。この子の特徴は、とにかくずっと落ち着かなげに周囲を見回していたこと。

血縁には見えなかった、ともベセルは書いている。

彼の最初の反応はまったく普通だ。ああ、これは金をせびられるやつだ。そう思った。

ところが、と彼は続ける。そこで空気が変わった。

ベセルは自分のブログや投稿で、何度もこの「空気が変わる」という表現を使っている。何か妙なことが起きる直前、知覚が切り替わる瞬間があるのだという。彼はそれをこう説明する。基本的に、もう手遅れだと悟るのにちょうど足りるだけの時間だ、と。

エンジンのかかった車の中で、小切手を書きかけたまま、彼は小さな男の子ふたりの出現にパニックを起こしていた。自分でも意味が分からない。ただ、圧倒的な恐怖と、この世のものではない感じが押し寄せてきた。

少年その1が笑った。理由は説明できないが、その笑顔でベセルの血は冷えた。闘争か逃走かの反応が起動するのを、身体の内側で感じたという。何かがおかしい。本能はそう言っている。でも何がおかしいのかが分からない。

彼は窓をほんの少しだけ下げた。ほんの、少しだけ。そして「はい?」と言った。

少年その1が、さっきより大きく笑った。歯がとても、とても白かった。

「やあ、おじさん、調子どう?ちょっと問題があるんだよ」

声は若い男のそれだった。でも語彙の選び方、落ち着き払った話し方、そして何かまだ指を置けない別の要素が、逃げ出したいという欲求をさらに強くした。

「実はさ、僕と友達で映画を観たいんだけど、お金を忘れちゃって。家に取りに行かなきゃいけないんだ。助けてくれない?」

ここでベセルは、記者としての経験を挟む。仕事柄、彼はたくさんの人間と話してきた。子どもとも。そして子どもというのは、たいていこういう話し方をする。

あ、あの、お、おじさん?そのカメラ見てもいい?壊したりしないから。約束する。パパもカメラ持ってて、たまに触らせてくれるんだ、たぶん。それで犬の写真撮ったんだけど、指が入っちゃってあんまり上手じゃなくて、それで。

足をもじもじさせて、身体を揺らして。これが普通の子どもだ。子どもは大人に話しかけるとき、たいてい申し訳なさそうにする。大人の邪魔をしているのだから礼儀正しくしなさい、と教え込まれているからだ。

この少年は、そのどれにも当てはまらなかった。言語の運用能力が異様に高く、怯えの気配がゼロ。しかも彼は、ベセルが助けるのは決定事項であるかのように話した。にやりと笑ったとき、その笑みはこう言っているように見えたという。僕は何かを知ってる。そしてあんたはそれを気に入らない。でもそれが何なのか知る唯一の方法は、僕の言うとおりにすることだ。

ベセルが返せたのは「えっと、その……」だけだった。

「僕らはただの小さな子どもだよ」

ここから話がおかしくなる、とベセル自身が書いている。

黙っているほうの少年が、しゃべるほうを見た。その顔には困惑と罪悪感が混ざっていたという。相棒の押しつけがましい態度に驚いたのではない。ベセルが即座にドアを開けなかったことに驚いていた。そして、ちらちらとベセルの様子をうかがった。

しゃべるほうも少し苛立っていた。ベセルは、まだ何がおかしいのかを掴めずにいた。

「なあ、おじさん」。少年その1が、絹のようになめらかな声で繰り返した。車のセールスマンがこの子から学べることがある、とベセルは皮肉を書いている。「僕らはただ家に行きたいだけなんだ。それに、僕らはただの小さな子どもだよ」

これが本当に怖かった、とベセルは言う。また声のトーンと言い回しが警報を鳴らした。頭の中では、この二人の何が間違っているのかを必死に処理しようとしていた。

「えっ。うーん……」。それしか出てこない。気がつくと、ハンドルに爪を食い込ませていた。

「何の映画を観るつもりだったの?」。やっと出てきた質問がそれだった。

「『モータルコンバット』に決まってるだろ」と少年その1。黙っているほうがうなずいて同意した。数歩後ろに立ったまま。

「そう」とベセルは言った。そしてマーキーと、車の時計をちらっと見た。

『モータルコンバット』はもう一時間前に始まっていた。その日の最終回だった。

黙っているほうの少年が、目に見えて落ち着かなくなった。ベセルの視線の動きに気づいて、こちらが何かを察したと勘づいたのだ、とベセルは書いている。

「なあ、おじさん。入れてよ。分かってると思うけど、あんたが入れてくれないと僕らはあんたの車に入れないんだ」。しゃべるほうが、なだめるような声で言った。「入れてくれるだけでいい。すぐいなくなるから。母さんの家に行くだけだよ」

視線がぶつかった。

そして、ベセルは自分の手を見て凍りついた。手はロックのほうへ伸びていて、ロックはかかっていて、まさにそれを解除しようとしていた。

彼は手を引き剥がした。たぶん、必要以上に乱暴に。でもそのおかげで、子どもたちから目を逸らすことができた。

もう一度、彼らのほうを向く。「えっと……その……」と弱々しく言いかけて、そこで頭の焦点が一気に合った。

そのとき初めて、彼は目に気づいた。

石炭のように黒い。瞳孔なし。虹彩なし

原文の該当箇所は、たった三文だ。

石炭のように黒かった。瞳孔がない。虹彩がない。マーキーの赤と白の光を映してこちらを見つめる、ふたつの球体があるだけだった。

この短さがいい。ベセルは記者なので、いちばん強い情報を最短で置く。そして直後に、相手側の反応を描写する。ここがこの怪談の白眉だと思う。

ベセルの表情は、確実に自分を裏切っていた。バレたのだ。

黙っているほうの少年の顔に浮かんだのは、恐怖だった。それは二つのことを同時に意味しているように見えた。ひとつ、ありえないことが起きた。もうひとつ、見つかってしまった。

しゃべるほうは違った。その顔は、怒りの仮面だった。薄明かりの中で、その目がぎらりと光った。

「なあ、おじさん」と彼は言った。「僕らはあんたを傷つけたりしない。あんたは僕らを入れなきゃいけないんだ。銃なんて持ってないよ……」

この最後の一言が、ベセルの肝を本気で潰した。なぜならその口調は、はっきりとこう言っていたからだ。銃なんか必要ない、と。

ベセルの手がシフトレバーへ走るのを、少年は見た。そして最後の言葉が飛んできた。完全で純度の高い怒りと、同時にどこか、焦りのようなものを含んだ声で。

「あんたがいいって言わないと、僕らは入れないんだ。入れろ……よ……!」

ベセルは車をバックに叩き込んだ。後ろから車が来ていなかったのは幸運だった、と本人も書いている。そして駐車場から飛び出した。視界の隅に少年たちが見えた。もう一度、ちらっと振り返った。

いなかった。映画館脇の歩道には、誰もいなかった。

彼は極度のパニック状態のまま家まで運転した。もし誰かが止めようとしていたら、構わず突っ込んで後で責任を取るつもりだった、とまで書いている。そして家に飛び込んだ。あたりを全部確認した。空も含めて。

空も含めて、というこの一行が、地味に効く。彼は当時、UFO関連の話題にも接していた人間だった。だから反射的に、上も見た。

「その子たち、黒い目だったでしょ?」

投稿にはエピローグがある。ベセル本人が、ぞっとする、と書いているやつだ。

彼にはチャドという親友がいる。心霊スポット巡りの相棒でもある。事件当時、チャドはサンアンジェロに住んでいた。ベセルは電話をかけ、手短にこの話をした。

そのときチャドの家には、女性の友人がふたりいた。どちらも何らかの霊感があると自称していた。しかも電話はスピーカーホンになっていた。

ベセルは、黒い目の部分をオチとして取っておくつもりで話し始めた。つまり、まだそこには触れていない。

すると、女性のひとりが話を遮った。

「その子たち、黒い目だったでしょ?目全体が真っ黒の」

「えっと……はい」とベセルは答えた。かなり面食らった、と書いている。

「ふうん」と彼女は言った。「先週の夜、黒い目の子どもたちの夢を見たの。家の外にいて、中に入れてほしがってた。でも何かがおかしかった。しばらくして、それが目だって分かった」

ベセルはまだ、彼らが中に入りたがったことすら話していなかった。

「どうしたんですか」とベセルは聞いた。

「ドアと窓を全部閉めて鍵をかけたわ」と彼女は言った。「入れたら殺されるって分かってたから」

そして、間を置いてこう続けた。

「あなたもよ。車に入れてたら、殺されてた」

投稿はここで、三つの答えの出ない問いにまとめられる。自分は何を見たのか。ドアを開けていたら何が起きたのか。そしてなぜチャドはいつもイケてる霊感女性に囲まれているのか。

最後のは冗談だ。ベセルの原文にはスマイルマークが散りばめてあって、全体のトーンは意外と軽い。そこが逆に生々しい。怪談を盛っている人間の文章ではないのだ。

一九九六年か、一九九七年か、一九九八年か

ここからが取材パートだ。この話、実は初出の年がソースによって割れている。この混乱自体が、都市伝説の生まれ方を理解する鍵になるので、丁寧に整理する。

まず、体験そのものは一九九六年。これはほぼ全ソースが一致している。夏の暖かい夜、勤務後、アビリーンのショッピングセンター。ここは動かない。

問題は、いつ書かれたかだ。

ウィキペディアの英語版は一九九六年の投稿と書いている。スノープスは一九九八年の怪談系メーリングリストの投稿とする。ネットに広く出回っている転載版には、ヘッダがそのまま残っていて、日付は一九九八年一月十六日金曜日、差出人はブライアン・ベセル、宛先はゴースト・ディスカッションのメーリングリスト、件名は「あの忌々しい黒い目の子どもたち」となっている。ノウ・ユア・ミームは一九九八年一月十四日、ユーズネットのニュースグループへの投稿としている。

ところが、懐疑派ポッドキャストのスケプトイドを主宰するブライアン・ダニングが掘り当てたのは、もっと古い日付だった。彼によれば、確認できる最古の投稿は一九九七年七月三十日、オカルト系ニュースグループへの書き込み。そして同じ話を一か月後の八月二十八日に怪談系ニュースグループへ再投稿し、そのとき初めて、あの霊感女性のエピローグが付け加えられている。アノマリー系のデータベースも、この八月二十八日版を一次資料として挙げている。

つまり、こうだ。一九九六年に体験。一九九七年七月にオカルト系ニュースグループへ初投稿。一九九七年八月に怪談系ニュースグループへエピローグ付きで再投稿。一九九八年一月にメーリングリストへ、リクエストが多いので、と再々投稿。これが実態にいちばん近い。

そして一九九八年一月の投稿の冒頭が、また味わい深い。ベセルはこう書き出している。別件の続報がまだハードディスクの中で寝ている、いつ書き上がるか分からない、勘弁してくれ。それから、リクエストが多いのでこいつを出す、と。さらに、仮眠から起きたら午前一時で、もう眠れそうにないから書く、オースティンの記者向けカンファレンスでシックスストリートに繰り出しすぎて疲れていた、とまで書いている。

深夜一時にテンションがおかしくなった記者が、投稿を再放流した。それが世界的な怪異の始まりだった。都市伝説の起源としては、あまりに人間くさい。

実名で語り続ける男。だからただのコピペにならなかった

ここが、ブラック・アイド・キッズが他のネット怪談と決定的に違うところだ。

スレンダーマンには作った人がいる。フォトショップ加工コンテストの投稿だと最初から分かっている。多くのクリーピーパスタは、最初からフィクションとして書かれている。書いた人間もそう言う。

ブラック・アイド・キッズは違う。始点にいるのは匿名のハンドルネームではなく、地方紙の現役記者だ。実名で、勤務先も明かして、しかも四半世紀にわたって同じ話をほぼ変えずに語り続けている。

反響が大きくなりすぎて、ベセルは自分でFAQを公開した。新しく生まれた都市伝説について問い合わせが殺到したからだ。二〇一二年にはケーブルテレビの再現ドラマ番組に本人が出演し、カメラの前でこの話をした。二〇一三年四月十三日には、自分の古巣であるアビリーン・リポーター・ニュース紙のコラムとして、体験を書き直している。同年四月には、研究家のジェイソン・オフットと一緒にポッドキャストにも出た。

その二〇一三年版のコラムで、ベセルはこう書いた。両方の少年が石炭のように黒い目でこちらを見つめていた。最近ならエイリアンか、深夜のテレビに出てくる安っぽい吸血鬼が持っているような目だ。星のない夜を二つ切り取ったような、魂のない球体、と。

うまい。記者だから、うまいのだ。そして、ここが厄介なのだが、うまいことがそのまま疑いの材料にもなる。

それでも彼は決して、悪魔に会った、とは言わない。あれは異次元人だった、とも言わない。彼が言うのは、何かが起きた、それは人生でいちばん怖かった、そしてその恐怖を自分でも説明しきれない、ということだけだ。作り話ではない。だが証明もできない。この姿勢を、彼は一度も崩していない。

そして皮肉なことに、この解決しないという態度こそが、伝説にとって最高の燃料になった。断定してしまえば話は閉じる。曖昧なまま置かれた恐怖は、読んだ人間が自分の夜の不安で埋めることができる。何千人もが、その空白に自分の物語を流し込んだ。

派生その1、玄関ノック型

車の窓型が原型だとすると、量的にいちばん増えたのは玄関ノック型だ。

パターンは驚くほど固定されている。夜、たいていは午後十時から午前三時のあいだ。ノックが鳴る。強くはないが、妙に執拗な三回ノック。覗き穴やドアガラス越しに見ると、子どもがふたり。多くは年上と年下の組み合わせ。年上のほうがしゃべり、年下は黙って立っている。

要求は、必ず小さい。電話を貸してほしい。トイレを貸してほしい。水を一杯ほしい。寒いから中で待たせてほしい。親を待っているだけだ、と。

要求が小さいのがポイントだ。断る理由を作りにくい大きさに、正確に調整されている。

そして必ず、押しの強さが段階的に上がる。最初は丁寧。次に困惑。それから命令口調。僕らはあなたを傷つけない。傷つけるつもりなら、とっくに押し入っている。もう一度聞きます。中に入って電話を使わせてもらえますか。この言い回しは複数の報告に共通して現れる。安心させる言葉のはずが、脅迫の構文になっているのが恐ろしい。

玄関ノック型の報告には、しばしば事後の災いがくっつく。招き入れてしまった家では、その後に停電が起き、飼い猫が消え、鼻血が止まらなくなり、末期のがんが見つかる。バーモント州の老夫婦の話として広く出回っているバージョンがそうだ。子どもたちが帰ったあと、私道の端にひょろりと背の高い男がふたり立っていて、四人はそのまま一台の車で去っていく。翌週から家の中で異変が始まる。飼い猫が四匹中三匹いなくなり、残った一匹が血だまりの中で死んでいる。夫の鼻血が止まらず、病院で悪性度の高い皮膚がんと診断される。

これは典型的な後日談の肥大化だ。原型のベセル版に事後の災いは一切ない。彼はただ逃げただけだ。にもかかわらず、派生では断らなかった場合の罰が必ず用意される。伝説というのは、教訓を欲しがるのだ。

派生その2、ヒッチハイク型

もうひとつの主要な派生が、路上型だ。

深夜の国道。街灯のない区間。路肩に子どもが立っている。ヘッドライトに照らされて、なぜか目が反射しない。手を挙げている。乗せてくれ、と言う。

このタイプは、アメリカの怪談の古い定番である消えるヒッチハイカーと直結している。夜道で拾った女性が、家の前で忽然と消える。あるいは実は何年も前に死んでいた、というあれだ。ブラック・アイド・キッズのヒッチハイク型は、その骨格に同意の禁忌を接木したものだと考えると分かりやすい。

消えるヒッチハイカーは、乗せてしまってから怖くなる。ブラック・アイド・キッズは、乗せる前が怖い。恐怖の位置が、事後から事前に移動している。ここが決定的な差だ。

路上型のバリエーションとして、キャンプ場型もある。ミシガン州の国立湖岸で起きたとされる報告がその典型で、これは後で目撃談としてじっくり紹介する。森の中、テントの外から入れて、と言われるやつだ。想像しただけで嫌になる。

さらに派生の派生として、駐車場待機型がある。買い物中の母親を車で待っている子どもや、美容院の前に停めた車の中の子どもに、黒い目の子どもが近づいてくる。ここでは被害者側も子どもだ。原型では大人が子どもに脅かされるが、この型では子ども同士になる。恐怖の対称性が崩れて、また別の嫌さが出る。

派生その3、イギリス版――森の中の「首をかしげた少女」

そして二〇一〇年代、この怪異は大西洋を越える。

舞台はイングランド中部、スタッフォードシャー州のキャノック・チェイス。丘陵と森が広がる景勝地で、もともと地元の怪談の宝庫だった。狼男めいた生き物の目撃、ピッグマンという半人半豚の怪物、そして一九六〇年代に実際に起きた児童殺害事件の記憶。土壌としては、これ以上ないほど肥えている。

火をつけたのは、地元の怪奇研究家リー・ブリックリーだ。彼はキャノック・チェイスの怪異について本を書いている人物で、二〇一四年、黒い目の少女の目撃報告が再燃していると発表した。彼のもとには二年で九件の報告が寄せられており、証言者はいずれも信頼できる人物で、証言内容も非常によく似ていた、という。

そのうちの一件が、二〇一四年九月十三日土曜日の目撃談だ。夫婦が犬を連れてスタイルコップ付近の森を歩いていた。道路が見えなくなったあたりで、小さな女の子の笑い声が聞こえてきた。そして、身長一メートルもない子どもが、前方の小道に、どこからともなく現れた。ふたりはその場に凍りついた。女の子の目には色がなかった。そして首が、横に傾いていた。まるで首を吊った人のような角度で、と証言者は表現している。

彼女は五分ほどふたりを見つめてから、木が密生した区画へ走り去った。妻は追いかけようとしたが、夫が止めた。当然だ。

もう一件、前年にミセス・ケリーという仮名の女性から寄せられた報告も濃い。彼女は娘とバーチズ・ヴァレーという、これも心霊目撃の多い区域を歩いていた。すると幼い子どもの悲鳴が聞こえた。男の子か女の子かは分からない。でも明らかに苦しんでいて、しかもすぐ近くから聞こえた。ふたりは反射的に声のほうへ走った。

見つからなかった。息を切らして立ち止まる。そこで振り返ると、十歳くらいの女の子が背後に立っていた。両手で自分の目を覆っていた。誕生日ケーキが出てくるのを待っている子どものように、と彼女は言っている。

大丈夫、さっき叫んだのはあなた?と声をかけた。すると女の子は両腕をだらんと下ろし、目を開いた。

真っ黒だった。虹彩もなく、白目もなく、何もなかった。

彼女は飛びのいて娘を掴んだ。もう一度見たときには、女の子は消えていた。何かが起きると、起きる前から分かっていた気がする、と彼女は付け加えている。

ブリックリー自身の親族の体験談もある。一九八二年、当時十八歳だった彼の叔母がキャノック・チェイスで、助けを求める幼い女の子の声を聞いた。ママ助けて、と叫びながら、六歳から八歳くらいの女の子が反対方向へ走っていく。追いかけるうちに日が暮れ、女の子は木が密集した暗がりに達した。そこで振り返り、叔母の目をまっすぐ見て、そのまま暗い森の奥へ消えた。叔母はそこで追跡をやめた。賢明だった、とブリックリーは書く。追いついたところで捕まえられはしなかっただろう、あれは子どもではなく、身内を害そうとしていた邪悪な力だったのだから、と。

ここで気づいてほしい。イギリス版には「中に入れて」が出てこない。誘うのは家の中ではなく、森の奥だ。招き入れる型ではなく、誘い込む型に変異している。土地が変われば怪異の形も変わる。

そして二〇一四年九月のある一週間、イギリスのタブロイド紙デイリー・スターが、黒い目の子どもの目撃談を三日連続で一面に打った。スタッフォードシャーの幽霊が出るパブの売却話と結びつけた記事で、世界中で目撃が急増している、と煽った。ここでブラック・アイド・キッズは、ネット怪談から大衆紙のネタへ格上げされる。良くも悪くも。

派生その4、白い目の子ども、黒い目の大人、そして黒服の男たち

派生はまだある。

ホワイト・アイド・キッズ、白い目の子どもたち。黒目の対になる存在として二〇一〇年代に現れた。眼球全体が白濁している。黒目派が敵対勢力で白目派が味方だ、あるいはその逆だ、といった対立構造まで語られるようになった。ここまで来ると完全にファンフィクションの領域だが、伝説が成長するときは必ずこうなる。設定が増える。系譜が生える。

黒い目の大人、ブラック・アイド・ピープルという語り方もある。研究家のジェイソン・オフットは、子どもだけでなく成人の報告も集めている。子どもの姿を取るのは戦術であって本質ではない、という解釈だ。オフット自身、あれは彼らが選んだ見た目だと思う、より計算高く感じられる、と語っている。

そして黒服の男たち、いわゆるメン・イン・ブラックとの接続。バーモント州型のように、黒い目の子どもが去ったあと、異様に背の高い痩せた男たちが待っていて一緒に車で消える、という語りは複数存在する。UFO文化の道具立てが横から流れ込んできた形だ。

さらに古い事例の発見も行われている。研究家のデイヴィッド・ウェザリーは、一九七四年にフランス北部で報告された事例を引いている。二人の男が車で村を走っていたところ、最後の家の中庭に、身の丈一メートル二十センチほどの小さな存在が五体いた。全員が同じような長い衣を着て、色とりどりの斑点があり、肌は土のような黄色。目は巨大で、ビリヤードの球ほどの大きさの真っ黒な半球だった。一体が近づいてこいと手招きし、二人は悲鳴を上げて逃げた。後日、近所の住民が黄色い油布を着た子どもたちを見たと証言している。

一九五〇年代のアメリカの事例も紹介されている。十六歳のハロルドという少年が、夜、友人の家から歩いて帰る途中、自宅前の柵に寄りかかる見知らぬ男の子を見つけた。小さな町だ。全員が全員を知っている。だからこの子は知らない子だった。声をかけても返事がない。しばらくして、男の子が言った。あんたの家に行きたい。連れてって、と。ハロルドが凍りつくと、男の子は顔を上げた。真っ黒な目で、必死な強さで見つめてきた。逃げようと道の先を見た瞬間、男の子が言った。逃げるなよ。あんたは僕を家に連れていくんだ、と。ハロルドは走った。背後からヤマネコのような金切り声が聞こえた。父親が散弾銃を持って探しに出たが、誰もいなかった。母親は本物の悪魔だと思い、息子を聖職者のもとへ連れていって祝福を受けさせた。

これらは一九九六年より前の事例として提示されている。もっとも、記録として掘り出されたのはベセルの投稿が広まった後だ。だから、後から探しに行った結果、見つかった前例である可能性は常に残る。この順序は覚えておいてほしい。

目撃談その1、カンザス州ハッチンソン

ここからは、比較的まとまった形で記録されている目撃談を、腰を据えて紹介する。

二〇〇八年十二月のカンザス州ハッチンソン。ケイティという女性が、その日は仕事から帰ってきたところだった。十二月にしては暖かい午後だったという。同僚の車で送ってもらい、自宅の二軒長屋の向かいで降ろされた。車がゆっくり離れていく。その瞬間、彼女は何かがおかしいと感じた。

自宅の私道に、男の子がふたり立っていた。

ひとりは長めの黒髪。もうひとりはフードを深くかぶっていて、顔がよく見えない。年齢は十五、十六歳くらい。ふたりとも、彼女を見ていた。待っていた、という感じがした。

実はこの少年たち、何か月も前から近所をうろついていた。ケイティは何度も見かけていた。庭のあたりに立っていることもあったが、彼女が車から降りる前には必ずいなくなっていた。夜中にタバコを吸いに外へ出ると、道の向かいに立っていることもあった。

でもこの日ほど堂々と、家の近くまで来たことはなかった。

不安が逃げろと言っていた。でも、その図々しさに腹が立った。彼女は緊張しながら道を渡り、玄関へ向かい、そして立ち止まって、なぜうちの敷地にいるのかと聞いた。

「電話を使いたいんです。隣の家では入れてもらえなくて」と少年たちは言った。

そのとき、目に気づいた。

石炭のように黒かった。ただ黒い。白目がなく、虹彩の気配も、瞳孔の気配もなかった。

恐怖が突き抜けた。それでも彼女はできるだけ平静な声で、うちには電話がないと言った。ポーチの階段を上がり、鍵を差し込む。そこでフードの少年が口を開いた。

「水を一杯もらえませんか。喉が渇いてるんです」

彼女はもう一度振り返った。見間違いかもしれない、そう思いたかった。でも目は、さっきと同じように真っ黒だった。

死んだような黒い目の子どもたちは、静かに話しかけてきた。声には感情も抑揚もなかった。長い髪とフードが隠しているのは肌だけではない、と彼女は感じた。

「パニックと恐怖を感じたけど、同時にすごく無防備で、寒い感じがした」と彼女は語っている。「入れてあげたいという気持ちがあったの。でも同時に、悪意がそこにあると分かってた」

そして、フードの少年が、恐怖を完全な恐怖に変える一言を言った。

「あなたがいいって言ってくれないと、僕らは入れないんです。入れてくれるといいんだけど。喉が渇いてるので」

彼女はドアを開けて中に飛び込み、閉めて、鍵をかけた。

ソファに倒れ込む。呼吸が浅く、速い。そのとき、頭のすぐ後ろの窓が、コツン、と鳴った。

振り返ると、少年のひとりがガラス越しにこちらを見つめていた。

「はっきり覚えてる」と彼女は言う。「入れてくださいよ、お姉さん。僕らは危なくないです。あなたを傷つけるようなものは何も持ってません」

彼女は飛び起き、家中のドアと窓の鍵を確認して回った。招き入れないと本当に入れないのかどうか、考えはした。でも試したくはなかった。そのままリビングで、彼らがいなくなる気配を、黙って待った。

しばらくして恋人が帰宅した。少年たちはまだ家の外にいた。外にいたふたり、知り合い?と恋人が聞いた。知らない、と答えた。恋人が車を停めたとき、彼らは私道に立っていて、彼が降りると歩き去ったという。恋人は目には気づかなかった。ただ、変な感じがした、とだけ言った。

後日、ケイティは隣人たちに聞いて回った。あの子たちは本当に電話を借りに来たのか、と。隣人たちは、私道に立つ少年たちを見てはいた。だが、話しかけられたことは一度もなかった。

その後一年以上経ってからも、彼女は時々、道の向かいに立ってこちらを見ている彼らを見ていた。もう近づいてはこないけれど、と。

目撃談その2、ミシガンの森――「寒いんだ。入れてよ、おじさん」

これは相当に嫌な話だ。読むタイミングを選んでほしい。

デイヴィッド・クラブス、当時二十六歳。ミシガン州のスリーピング・ベア・デューンズ国立湖岸へ、ひとりでバックカントリー・キャンプに来ていた。

最初の遭遇は、公園のレンジャーステーションの駐車場だった。黒い目の子どもがふたり。彼はその場を離れ、車を公園の本道へ出した。ふたりは駐車場に立ったまま、彼が去るのを見ていた。

ここで帰れば話は終わっていた。三時間運転すれば家に着く。だが彼は、そのままキャンプ場へ向かった。

「正直、なぜかは説明できない」と彼は言う。「あまりにショックで、まともに考えられていなかった。自分の判断力を自分で言いくるめてしまった。もう二度としない」

車を空の駐車場に停め、装備を担いで、バックカントリー・キャンプ場まで四十五分歩いた。浜辺を進み、森を八百メートルほど入る。キャンプ場は無人だった。

「普段なら嬉しいことなんだけど」と彼は言う。「このときばかりは、誰かいてくれと心から願った」

彼は小道からよく見えない位置を選んでテントを張った。誰かが通りかかってテントを見つけるのが嫌だった。夕食を作り、暗闇の中で何かが近づいてきていないかとずっと考えていた。ウイスキーのフラスクを何度もあおって、ようやく眠った。

「目が覚めたら焚き火は消えていて、夜明けの光が入ってきていた」と彼は言う。「正直、生きていることに少し驚いた」

朝になれば人は強気になる。彼は朝食を食べ、車まで戻り、そして後悔することになる決断をした。もう一泊する。

午後三時ごろ、四十五分かけてトラバースシティまで夕食に出た。四時半に入って、さっと食べて、四十五分運転して、一時間歩けば、日没ごろにキャンプ地に着く計算だった。

店を出たのは、すでに日没だった。

暗さが濃くなっていく。雨が降り出した。なぜ帰らなかったのか、と彼は自分を呪った。駐車場に車を停めてエンジンを切ると、闇は完全だった。コートを引き寄せ、ランプをつけ、雨の中を歩き出した。

「気になっていたのは、じわじわ這い上がってくる被害妄想みたいな感覚だった」と彼は言う。「歩くにつれて、その感覚と恐怖がどんどん大きくなった。三メートルおきに立ち止まって見回した。何も見えない。湖の波の音と嵐の風で、ほとんど何も聞こえない。でも、背の高い草の中から声が聞こえた気がした」

キャンプ地の近くで、その被害妄想が限界を超えた。

「世界が崩れた」と彼は言う。「見られている感覚が最高潮に達して、振り返った。そこにいた」

前日に話しかけてきた黒い目の少年が、一メートル半ほど先に立っていた。もうひとりは、その一歩後ろ。

「ふたりとも微動だにしなかった。ただ見ている。ただ、じっと」と彼は言う。「死ぬんだと思った」

先頭の少年が一歩踏み出した。ランプの光が、その醜悪な黒い目に反射した。

「助けて」と少年は言った。

恐怖で身体が動かなかった。そのあいだに、黙っているほうが背後へ回り込み始めた。

「助けない」とデイヴィッドは吐き捨てた。

「僕らは迷子なんだ」と最初の少年が言った。声には感情がなく、うつろだった。「キャンプ地が見つからない」

「これは何かのゲームか?」とデイヴィッドは聞いた。

「連れていって。お願い。ここじゃ死んじゃう。怖いんだ」

黙っている少年は、もう数十センチのところまで来ていた。もうひとりが逃げ道を塞いでいた。

「そこから、もっとおかしくなった」と彼は言う。「僕は、分かった、一緒に来ていいよ、と言っていた。その言葉を考えた記憶すらない。勝手に口から出た」

しゃべる少年が微笑んで、デイヴィッドの手を取ろうと手を伸ばした。

「腹に一発殴られたみたいだった」と彼は言う。「この小さな怪物が僕の手を握ろうとしているのを見て、身体が勝手に飛びのいた」

そして走った。

「後ろは見なかった。追ってきているかどうかも分からないし、知りたくもなかった」と彼は言う。「とにかく、もっと速く走らなきゃいけなかった」

途中で森へ這い込み、ランプを消して、下生えの中に隠れた。小道を見張った。少なくとも二時間は待った。子どもは来なかった。

寒さと雨に耐えかねて、彼はキャンプ地へ戻った。テントに滑り込み、乾いた服に着替え、死を待った。

「いちばんいい条件でも、人の心が勝手に暴走しかねない夜だ」と彼は言う。「僕にとっては、完全な恐怖だった」

いつしか眠っていた。そして、声で起こされた。

「助けて」と声が言った。

デイヴィッドは、叫ぶことしかできなかった。

「入れてよ、お願い」と少年は言った。

「嫌だ」とデイヴィッドは叫んだ。「嫌だ、嫌だ、嫌だ」

「すごく寒いんだ。入れてよ、おじさん」

デイヴィッドは泣きながら、少年たちの懇願にかぶせて、嫌だ、嫌だ、と唱え続けた。

「死ぬのを待っていた」と彼は言う。「来ると分かっていた」

どこかで意識が落ちた。目が覚めると、空は晴れていた。

テントの外のキャンプ地には、何もなかった。ただ一つ、カモの死骸を除いて。

心臓が、胸から引きちぎられていた。

彼は荷物をまとめ、車まで急ぎ、家まで運転した。

「もう安心してハイキングできる日が来るのか分からない」と彼は言う。そして、こう締めている。

「幸い、あれ以来ブラック・アイド・キッズは見ていない。あいつらが悪魔なのか、怪物なのか、エイリアンなのか、ハイブリッドなのかは考えたくない。もし遭遇したら、僕からの助言はこうだ。しゃべらせるな。礼儀正しくするな。ただ走れ。走って、振り返るな」

目撃談その3、イングランド・ノリッジ――「墓地まで連れていってくれませんか」

ミズーリ州出身のクレイグ・ビサンドは、イングランドのノリッジにある大学へ留学していた。

その夜、彼は友人の家で深夜まで酒を飲んでいた。友人は、歩いて帰れるか、心配ならソファで寝ていけ、と言ってくれた。ビサンドは大丈夫だと答えた。ただ帰って寝たかった。時刻は午前一時を回っていた。

友人のフラットと自分のフラットのあいだには、墓地がある。とても古い墓地だ。友人の家に行くたびに、必ず通る道だった。

数ブロック歩いたところで、前方から人影がふたつ近づいてきた。

「男の子に見えた」と彼は言う。「ひとりは十三歳くらい、もうひとりは九歳くらいだった」

ふたりともパーカーにスニーカー。よくいる子どもの格好だった。

年上のほうが言った。墓地を探しているんだけど、道に迷ってしまった、と。

そして続けた。「そこまで連れていってくれませんか」

深夜のこの時刻に、この年齢の子ども。おかしいとは思った。

「でも、子どもって何にでも興味を持つものだから」と彼は言う。「それに、とても丁寧に頼まれたし、墓地は帰り道の途中だったから、僕は引き受けた」

歩きながら、彼はふたりをよく見た。年上の少年の髪は漆黒で、肌は磁器のように白く、血管が透けていた。

そして目を見た。

「ふたりとも、石炭みたいに真っ黒な目をしていた。白目がまったくない」と彼は言う。「目がいちばん目立つ特徴だった。魂がないというか、中身が何もないというか、そんな感じだった」

彼は、この黒い目の子どもたちに、どこに住んでいるのかと聞いた。ふたりは近くの通りの名前を答えた。

「変だと思った」と彼は言う。「この墓地はものすごく大きくて、町の人ならほぼ全員が場所を知っているのに」

墓地の門に着いた。すると年上の少年が、一緒に中に入ってくれと言った。

「断った。もう家に帰ると言った」と彼は言う。少年はもう一度頼んだ。彼はまた断った。

年下の子は落ち着かない様子だった。不安げな表情を浮かべていた、とビサンドは言う。

「そこで年上の子は、頼むのをやめた。墓地に入れと、要求してくるようになった」

そして態度が変わった。

「その子の顔に浮かんだ苛立ちは、僕が見たなかで最高に邪悪な笑みの裏に隠されていた」と彼は言う。「心臓が喉のところで鳴っていた。そのとき年上の子が、その笑みのまま、僕らはあなたを傷つけない、と言った」

その笑みには、催眠のような力があった。

「奇妙なことに、僕はどんどん引き寄せられていって、一緒に中に入ろうかと考え始めていた」と彼は言う。「そのとき、黙っていた年下の子が、僕を心底ぞっとさせることを言った」

年下の子は、こう言った。

「こんなことしちゃいけないよ」

「その言葉を聞いた瞬間、トランスから抜けた」と彼は言う。「闘争逃走反応が発動して、全力で走った。追ってきているか見ようと振り返ったら、消えていた。そのまま家まで走った」

一週間ほど後、彼はたまたま入った魔術用品店で、店主がウィッカの信者だと知った。お香を買い、アメリカ人であること、旅行のこと、そして町の心霊スポットの話へと会話が流れた。そこで彼は、黒い目の子どもたちの話をした。

店主は、あなたは何も想像していない、と言った。

あれは何なんですか、と彼は聞いた。

「誰にも分からない、と彼女は言った」と彼は語る。「それを知った人たちは、もうここにいないから、と。悪魔かもしれないし、妖精かもしれない、と」

なぜ自分の意志で墓地に来させたがったのか、とも聞いた。

彼女は答えた。あなたから何かが欲しかったのかもしれない。あるいは、彼らの領域へ連れていくつもりだったのかもしれない。逃げたのは正しかった。あなたが何だったかを知ることは一生ないだろうから、深く考えずに生きたほうがいい、と。

「この話をすると、みんな気味悪がるか、僕を笑いものにするかのどちらかだ」と彼は言っている。

ここでも、鍵は一緒に来い、だ。中に入れてくれ、ではない。一緒に来い。ベクトルは逆でも、必要なのは同じもの、つまりこちらの同意である。

目撃談その4、ハロウィンの夜の玄関

もう一件、玄関ノック型の典型例を。ネット上の書き込みとして広く共有されてきたもので、母親の目線で語られる。

その夜、彼女はハロウィンで、夫は二階でシャワーを浴びていた。犬のクロエは玄関のほうを見て、何もしなかった。番犬失格ね、と彼女は心の中で笑った。

コンコンコン、とノックがした。街を車が通りかかり、その光でドアのガラス越しに小さな人影がふたつ見えた。彼女はほっとした。近所の子が仮装を見せに来ただけだろう、と。

ポーチの灯りをつけてドアを開けた。犬が飛び出さないよう、六十センチほどだけ。

そこで違和感が来た。子どもたちは仮装していなかった。普通の私服だった。しかも、トリック・オア・トリート、を言わない。

女の子がとても丁寧に言った。「すみません、中に入って電話をお借りできませんか。母に電話したいんです」

腹の底で何かが警告を鳴らした。この時代に、自分の携帯を持っていない子がいるだろうか。そもそも、家の固定電話を貸してくれと言われたのはいつ以来だろう。

「ねえ、自分の電話で電話すればいいんじゃない?」と彼女は聞いた。

ここから本格的におかしくなる。ふたりは互いのほうを向いた。何か言い合うかのように。だが、どちらも一言も発しなかった。そして揃ってこちらに向き直り、女の子が言った。

「すみません、私の携帯、電池が切れてしまって。中に入って母に電話させてもらえませんか。ここにふたりきりで、弟が怖がっているんです」

彼女の中で、ふたつの感情が競り合っていた。母親としての心が、この子たちを母親のもとへ帰してやりたいと言う。もうひとつ、腹の底の沈み込むような恐怖が、それを押さえつけている。

そして気づいた。この短い会話のあいだに、自分はドアを、さらに何センチか開けていた。無意識のうちに。

彼女は手を止めた。

「ねえ、お母さんの番号を教えて。私がかけてあげるから」

また間があった。ふたりは互いを見た。少しして、女の子が言った。

「すみません、弟がトイレを借りたいんです。私たちが中に入っているあいだに、母に電話してもらえませんか」

そう言いながら、女の子は一歩、ドアのほうへ寄った。まるでそのまま脇を抜けて入ってくるかのように。

その動きで、女の子は家の中から漏れる光の中に入った。彼女は初めて、その顔をはっきり見た。

真っ黒な目。それしか見えなかった。

母性は消え、人生で感じたことのない種類の恐怖に置き換わった。腕と首の後ろの毛が、全部立った。

彼女はドアを、自分の顔だけが出る幅まで閉めた。女の子はまだ懇願していた。

「お願いです、私たち本当に怖くて、ここにふたりきりなんです。中に入らないといけないんです。助けてください!」

そして、合図でもあったかのように、ふたりが同時にすすり泣き始めた。

恐怖が勝った。彼女はドアを閉め、鍵をかけた。番号を教えてくれたらお母さんに電話する、でも家には入れない、とドア越しに叫んだ。

ふたりはガラスの向こうに立ったまま、じっとこちらを見つめていた。

二階の夫のところへ走りたかった。でも、それ以上に、彼らがどこにいるか分からなくなるほうが怖かった。

向かいの家に電話しようとリビングの電話へ向かい、ふと裏口を見た。クロエがいない。あとで客間のベッドの下から見つかった。

電話を手に取り、連絡先を探し始めた。まさにその瞬間、子どもたちはドアの前を離れ、通りへ歩いていった。

この話が優れているのは、恐怖の核が、ドアを開けかけていた自分、に置かれている点だ。彼女が本当に怖かったのは、黒い目そのものではない。無意識のうちに数センチ、ドアを開けていた自分自身だ。

掲示板、SNS、ポッドキャスト――ネットは勝手にルールを整備していった

この怪異が二十年以上死ななかったのは、語り継ぐインフラが常に更新され続けたからだ。

最初はユーズネットとメーリングリスト。一九九七年から一九九八年。読者は数百人規模。ここでは怪異の報告として流通した。

次にウェブ掲示板と怪談アーカイブサイト。二〇〇〇年代前半。転載が転載を呼び、投稿日やヘッダが削れていく。この過程で一九九六年、一九九七年、一九九八年の日付がぐちゃぐちゃになった。

二〇〇〇年代後半から、クリーピーパスタの大爆発が来る。ここで質が変わる。匿名の書き手が一人称で体験談を書き、それが体験談として読まれ、共有され、さらに脚色されていく。フィクションとノンフィクションの境界が、意図的に溶かされた。ブラック・アイド・キッズは、この土壌で最高の苗になった。

二〇一三年五月には、遭遇体験を集めるための専用の掲示板まで作られた。二〇一四年には専門サイトが立ち上がる。同じころ、大手掲示板の心霊系板に立った「黒い目の子どもたちって何なの?」というスレッドが大きく伸びた。まとめ記事も量産された。黒い目の子どもたちとの戦慄の遭遇十六選、といった、いかにもな見出しのやつだ。

そして二〇一三年、大手ポータルの特集枠で取り上げられ、トップページに載った。ここで一般層に一気に届く。スノープスがわざわざ検証記事を出したのも、この時期だ。

二〇一四年四月には、懐疑派のスケプトイドが一本まるごと使って解体を試みた。同じ年の秋には、デイリー・スターが三日連続で一面に打った。賛成派と否定派が同時に加速する、典型的なバイラルの形だ。

ポッドキャストも大きい。アストニシング・レジェンズは二〇一七年十月、二部構成でこのテーマを扱った。番組の紹介文が的確なので引いておく。まずノックがある。とても執拗なノックが、ドアに、車の窓に。あるいは、あなたがひとりで歩いているときに呼び止められる。ただの子どもだろう。困っている子どもを助けたくない人間なんている。ただし、この子たちは今まで会ったどんな子どもとも違う。というより、どんな人間とも違う。目全体が真っ黒で、説明のつかない恐怖を湧かせる人間を、あなたは見たことがあるか。彼らは金を欲しがらない。金を欲しがるのは人間だ。電話を貸せと言うが、本当は電話も要らない。彼らが欲しいのは、入ることだ。あなたの家に、あなたの車に、あなたの空間に、あなたの近くに。ただし、まず許可が要る。なぜ。ルールは何なのか。そして入ったあと、彼らは何を求めるのか。

この番組はリスナー投稿の遭遇談も定期的に扱っていて、二〇二四年にもコロナ禍の時期の目撃談を取り上げている。赤いパーカーの少年に会ったあと、生活に不運が続いた、という筋立てだ。モンスターズ・アマング・アスというポッドキャストに至っては、シーズンをまたいで何度も黒い目の子どもの回を作っている。

学術寄りの扱いもある。アメリカの公共放送の怪物学シリーズは、二〇二一年にこのテーマを扱った回を配信した。視線を遮られることへの恐怖と、われわれの種の最も幼い者たちが自分たちを滅ぼしに来るという、深く落ち着かない発想を利用した都市伝説である、と紹介している。近代的な構築物ではあるが、ホラー映画における邪悪な子どもの原型と、何百年にもわたる子ども時代への社会的期待が、この不気味な怪物を形作っている、と。

つまり、この怪異は語られ方が三層になっている。信じる人の証言。楽しむ人の創作。分析する人の研究。この三層が互いを補強し合っているから、どれかが崩れても全体は倒れない。強い伝説というのは、だいたいこの構造をしている。

反証その1、黒目コンタクトという最有力容疑者

さて、冷たい水をかける時間だ。

いちばん最初に浮かぶ説明は、当然これになる。強膜レンズ、いわゆる黒目コンタクトだ。眼球の白目部分まで覆う大型のカラーコンタクトで、コスプレやハロウィン向けに広く売られている。装着すれば、目全体が真っ黒になる。まさに証言の通りの見た目だ。

しかもタイミングが合う。強膜レンズが一般に出回り、ハロウィン用品として普及したのは一九九〇年代以降だ。ベセルの体験は一九九六年。ハロウィンの玄関ノック型の報告が多いのも、この説を後押しする。実際、掲示板の体験談の中には、目撃者自身があれはコンタクトだったんだろうと結論している例がいくつもある。

だが、懐疑派のブライアン・ダニングでさえ、これだけでは全部は説明できないと言っている。理屈はこうだ。

第一に、量が合わない。伝説全体を説明できるだけの数のいたずらっ子が黒目コンタクトを装着して各地の家を回っていたとすれば、そのうち誰かが玄関の防犯カメラに映るはずだ。だが、そういう映像は出てこない。

第二に、そもそも作戦として成立していない。コンタクトを入れた子どもが入れてくださいと頼んで、本当に招き入れられたらどうするのか。腕をばたつかせて、わっ、と言うのか。

第三に、決定的に不利なのは物証の完全な不在だ。信頼できる写真は一枚もない。家出人捜索の網に引っかかった例もない。警察に通報したという証言はあるのに、それに対応する警察の記録がまったく出てこない。

コンタクト説は、個別の事例のいくつかは説明できる。だが伝説そのものは説明できない。そういう位置づけになる。

反証その2、暗所での瞳孔散大と、脳が勝手に足す黒

もうひとつよく持ち出されるのが、生理学的な説明だ。

暗い場所では瞳孔が開く。散瞳という。薬物、外傷、興奮状態などでも起きる。開いた瞳孔は、当然ながら黒く大きく見える。加えて、虹彩がもともと非常に濃い茶色の人は、暗所では虹彩と瞳孔の境目が消えて、目全体が黒い一枚の面に見えることがある。

さらに、先天的に虹彩がほとんど、あるいはまったく形成されない無虹彩症という疾患もある。この場合、眼球の中央部が大きな黒い穴のように見える。

ここに、暗所での知覚の癖が乗る。人間の目は薄暗がりでは色と細部の解像度が落ちる。だが脳は情報の欠落を許さないので、足りない部分を勝手に埋める。パーカーのフードの影に入った顔の中で、いちばん暗い部分、つまり目のあたりが、実際以上にべったりした黒として処理される。これは日常的に起きている錯覚だ。

でも、ダニングはここでも待ったをかける。散瞳した目は、白目部分まで真っ黒な目とはまったく似ていない、と。証言の多くは白目がないと明確に言っている。瞳孔が開いただけなら、白目は白いままだ。

しかも、散瞳を起こす薬物が、同時に、家に入れてくれと機械的に頼み続ける行動を引き起こすという医学的事例は見つからない。行動と外見の両方を一つの原因で説明しようとして、破綻するのだ。

つまり生理学説も、コンタクト説と同じ運命をたどる。目の黒さは説明できる。だが、あの奇妙な会話と、あの説明のつかない恐怖は説明できない。

反証その3、同じ日に投稿された、もう一通のメール

懐疑派の本命はここだ。

科学ライターのシャロン・A・ヒルは、黒い目の子どもの遭遇について、記録らしい記録を一つも見つけられなかったと述べている。彼女の結論は明快だ。額面通りに読めば恐ろしい話だが、教科書的な都市伝説の特徴を全部備えている。裏付ける記録が存在せず、友達の友達の話として非合理で超自然的な要素とともに語り継がれる。ヒルはこれを、実在の存在ではないが語りだけが伝わる幽霊犬の伝承のような、典型的な怖い民間伝承の一種だと見ている。そもそも最初の遭遇など存在しなかった可能性すらある、と。

スノープスの判定も同じだ。伝説である。存在の証拠はなく、あるのは主観的な証言だけ。しかもその証言の質は、まっとうなものから、注目を集めたがっているとしか思えないものまで幅広い。ビッグフットと同じ棚に置いておけ、というのが引用されている評だ。

そしてスケプトイドが掘り出した、いちばん厄介な状況証拠がある。

ベセルが一九九七年七月三十日にオカルト系ニュースグループへ黒い目の子どもの話を投稿した、その同じ日。彼はもう一本、長文を同じニュースグループに投稿していた。話題はブラッディ・メアリーだ。暗い部屋で鏡に向かい、真夜中ぴったりにブラッディ・メアリーと三回唱えると、鏡に彼女が現れる、というあの子どもの遊びである。

その投稿でベセルは、こう問いかけている。これは自然発生的な魔術の表現にうってつけの状況ではないか。この場合の意志とは信仰であり、とりわけ実際に儀式を試すほど勇敢な、あるいは愚かな者たちの信仰だ。必要な現実の変容をもたらす方法は、その話と、その想像上の存在が生み出す恐怖である、と。そして続ける。集団的な意志の力だけで、メアリーのようなものを創り出すことはできるのだろうか。もしそうなら、子ども時代の伝説だけでなく、神々や女神たちもそうなのか。それらはすべて、十分な数の集団的な現実の変容の表現にすぎないのか。それとも、どうにかして自律して存在しうるのか。

そして同じ日の夜、彼は黒い目の子どもの話を投稿した。

ダニングの指摘はこうだ。二つのアイデアを並べてみればいい。謎めいた黒い目の子どもの話で新しい都市伝説を創り出すという発想と、実際に投稿された話と。これが実在の現象である以外の、まったく筋の通る説明が立ち上がる。もちろん彼の頭の中を知ることはできない。だが、妥当な推測はできる、と。

これは強烈だ。悪意の告発ではない。ベセルが嘘をついたという証拠でもない。ただ、その日の彼が、信仰が存在を生む、というテーマに強く取り憑かれていたことは事実として残る。そして偶然にも、彼が投げた石は、まさにその理論通りに巨大な波紋になった。

ダニングは記事をこう締めている。誰かがブラック・アイド・キッズにタックルして警察を呼ぶか、家に招き入れて良質なビデオインタビューを撮るまでは、私はこの都市伝説を買わないでおく。そして、この話の創始者が誰であれ、こう言おう。見事な出来です、と。

皮肉と敬意が半々。悪くない締め方だと思う。

ベセルは何と言っているか

では、当のベセル本人はどう応じているのか。

彼は一貫して、体験は本物だと言い続けている。二〇一三年のコラムでも、その立場は変えなかった。テレビにも顔を出した。FAQまで作った。ハンドルネームの陰に隠れることは、一度もしていない。

だが同時に、彼は決して踏み越えない線がある。

あれが悪魔だったとは言わない。宇宙人だったとも、吸血鬼だったとも、異次元人だったとも言わない。何かの目的があったとも断定しない。彼が言うのは、何かが起きた、あの恐怖は人生で最も強いものだった、そしてその恐怖の理由を自分でも完全には説明できない、ということだけだ。

原文にもその慎重さは表れている。自分が何を見たのかは今も分からない、と彼は書いた。たぶん、ただ車に乗せてほしかった子どもたちにすぎないのかもしれない。それと、めちゃくちゃ変なコンタクトレンズ。まさかね、と。

この、まさかね、の一言に、彼の立ち位置が全部入っている。合理的説明を自分でちゃんと挙げて、そのうえで、でも自分は納得していない、と言う。ここまでフェアな怪談の語り手は、そう多くない。

そしてこの態度こそが、伝説を巨大化させた最大の要因でもある。断定する語り手は、読者から反論を引き出す。断定しない語り手は、読者から共感を引き出す。ベセルは無自覚に後者をやった。

伝説の側から見れば、これ以上ない理想的な最初の一手だった。

日本の比較その1、メリーさん

さて、日本の話をしよう。

同意を求める怪異、という切り口で日本の怪談を眺めると、いちばん近い位置にいるのは、意外にもメリーさんの電話だ。

筋はご存じの通り。少女が引っ越しのとき、古びた外国製の人形メリーを捨てていく。その夜、電話が鳴る。あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの。切ってもすぐかかってくる。あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの。位置が、じりじり近づいてくる。そしてついに、今あなたの家の前にいるの。少女は思い切って玄関のドアを開けるが、誰もいない。いたずらだったのか、と胸を撫で下ろした直後、また電話が鳴る。

あたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの。

この話の何がブラック・アイド・キッズと似ているか。まず、来訪型であること。怪異は向こうから来る。しかも徐々に、段階を踏んで、こちらの生活圏の内側へ入ってくる。

そして大事なのは、少女が自分から玄関のドアを開ける、という一手だ。あの動作がなければ話は成立しない。恐怖に耐えかねて、確かめるために、自分の意志でドアを開ける。日本版の同意は、明示的な許可ではなく、確認という形で回収される。

ルーツも面白い。捨てた日本人形がいつのまにか家に戻ってくる話、死んだ恋人や見知らぬ幽霊が公衆電話から電話をかけてきて次第に近づいてくる話、そしてリカちゃん電話という実在の音声サービスにまつわる噂。これらが合流し、商標を気にした誰かが人形の名前をメリーさんに差し替えた、という説がある。さらに古層として、スペインの昔話「指輪」が挙げられる。骸骨の指から指輪を奪った男を、その骸骨が家まで追ってくる。電話は出てこないが、段階的に近づいてくる構成はほぼ同じだ。怪談研究者の松山ひろしは、一日ごとに階段を一段ずつ上がってくる十三段や、イギリスの民話エミリーの赤い手袋との共通点も指摘している。

つまりメリーさんは、複数の古い話が合成されて、電話という当時の最新技術の器に注がれたものだ。ブラック・アイド・キッズは、吸血鬼の敷居の禁忌が、車の窓という現代的な器に注がれたものだ。生成のメカニズムが、驚くほどよく似ている。

日本の比較その2、玄関の向こう側

もうひとつ、日本にはやたら分厚い玄関怪談の層がある。

夜、インターホンが鳴る。モニターには誰も映っていない。あるいは、見知らぬ人物が立っていて、意味の分からない用件を言う。水道の点検です。消防署のほうから来ました。近くで工事をしていて挨拶に。この手の話は、実際の悪質な訪問販売や押し売りの記憶と地続きになっている。

日本の都市伝説の中には、玄関先の郵便受けやドアに付けられる謎のマークの噂もある。空き巣や訪問販売業者が、住人の情報を暗号で残していく、というやつだ。この噂の怖さは、怪異ではなく人間にある。にもかかわらず、体感的な恐怖の構造はブラック・アイド・キッズとほぼ同じだ。玄関の外側に、こちらのことを一方的に知っている何かがいる。そして、こちらが開けるのを待っている。

さらに深い層には、招く、ことの重さがある。日本の民俗では、家の敷居は明確な境界だ。塩を撒く。門松を立てる。しめ縄を張る。玄関に鏡や神棚を置く。どれも、外から来るものを選別するための装置だ。招かれれば神になり、招かれずに入れば禍になる。座敷童子がまさにそれで、あれは家にいてくださる存在であり、家人が敬意をもって受け入れているあいだは福をもたらす。出ていかれると家が傾く。

つまり日本には、招き入れることで幸福が来る、という物語と、招き入れてはならない、という物語が、両方ある。来訪神と、疫病神。マレビトと、祟り神。同じ玄関という装置を使って、正反対の結末が語られてきた。

ブラック・アイド・キッズは、この二分法の危険な側だけを純粋培養したものだと言える。しかも近代的なアレンジが効いている。彼らは、福を持ってきました、とは言わない。困っています、助けてください、と言う。つまり、善行を装う。

日本の怪異は、外見が明らかに異形であることが多い。口裂け女しかり、八尺様しかり。異形であるがゆえに、遭遇した時点で判別できる。ブラック・アイド・キッズは違う。判別は目を見るまで不可能で、目を見たときにはもう会話が始まっている。この判定の遅さが、現代アメリカ的な恐怖だ。

なぜ「同意を求める怪異」は、こんなに嫌なのか

ここが本題だ。

普通の怪異は、こちらの意志を無視して襲ってくる。だから怖い。理不尽だから怖い。防ぎようがないから怖い。

同意を求める怪異は、逆をやる。理不尽ではない。手続きを守る。むしろ礼儀正しい。そして、こちらに拒否権がある。

拒否権があるのに、なぜ怖いのか。理由は少なくとも五つある。

第一に、責任がこちらに移る。襲われたのなら被害者だ。だが招き入れたのなら、その先に何が起きても自分のせいだ。この構造は、恐怖の重心を、向こうの悪意から、自分の判断へ移し替える。人は自分の判断ミスを、他人の悪意より恐れる。

第二に、断ることに罪悪感がついてくる。相手は子どもだ。寒い、怖い、母親に電話したい。この要求を断る自分は、冷たい人間ではないのか。証言者たちが口を揃えて言うのは、入れてあげたいという気持ちが確かにあった、ということだ。恐怖と善意が同じ身体の中で殴り合う。この内部の分裂そのものが苦しい。

第三に、意志が乗っ取られる感覚がある。ベセルは、気づいたら自分の手がロックを外そうとしていた、と書いた。ノリッジのビサンドは、邪悪な笑みに引き寄せられて一緒に墓地へ入ろうと考え始めていた、と言った。ハロウィンの母親は、無意識にドアを数センチ開けていた自分に気づいて凍りついた。ミシガンのクラブスに至っては、分かった、一緒に来ていい、という言葉が、考えた記憶もないのに口から出た。

これが本当に怖い部分だ。この怪異が奪おうとしているのは、命でも魂でもなく、まず先に意志なのだ。同意を求めるくせに、その同意を自分で作りに来る。手続きを守るふりをして、手続きそのものを偽造しようとする。だから、拒否権があることは何の慰めにもならない。むしろ拒否権があるからこそ、それを操作されることが恐ろしい。

第四に、境界の神聖さが揺らぐ。家のドア、車のドア。それは物理的な仕切りであると同時に、心理的な安全の最終防衛線だ。鍵をかけた家の中は安全だ、と人は無条件に信じている。この怪異は、その壁を破らない。破らずに、こちら側から開けさせる。つまり、壁の物理的な強度をまったく損なわずに、安全神話だけを無効化する。これは非常に効率のいい恐怖の設計だ。

第五に、子どもという記号の裏切りがある。宗教学者のブリジッド・バークが的確に言っている。神話において子どもは新しい始まり、新しい可能性、新しい誕生を表すはずのものだ。これはそうではない、と。子どもは本来、庇護されるべき側の記号だ。その記号が捕食者の側に立つとき、われわれの認知の分類が壊れる。ジェイソン・オフットも、彼らは子どもだが、完全には子どもではない、境界的な存在だ、われわれが期待するものに似ているが、そうではない、そこに不気味さがある、と語っている。

そして、この五つが同時に押し寄せる時間が、たった数十秒しかない。玄関に立ったまま、路肩に停めた車の中で、判断を迫られる。逃げるか、開けるか。中間はない。

これが同意を求める怪異の設計思想だ。よくできている。よくできすぎている、と言ってもいい。

吸血鬼から車の窓へ

もう一段だけ、掘っておきたい。

招かれなければ入れない、という規則は、ブラック・アイド・キッズの発明ではない。むしろ、ヨーロッパの怪異譚の最深層にある構造のひとつだ。

吸血鬼は、招かれない家の敷居を越えられない。妖精は、もてなしを受けて初めて力を振るえる。悪魔は、自由意志で結ばれた契約を必要とする。何百年にもわたって、危険な他者は同意によって縛られてきた。そして人間の側の危機は、その同意を与えてしまうことにあった。

この規則を最も有名な形で固定したのが、一八九七年のブラム・ストーカーの『ドラキュラ』だ。伯爵はどれほど強大でも、まず招き入れられなければ家に入れない。そして、いったん招き入れたら、その招待は取り消せない。この設定は小説の発明というより、広く記録されてきた古い民間信仰の文学的結晶化だと考えられている。戸口は守られた境界であり、悪は入場を許可されない限り作用できない、という信仰だ。

ブラック・アイド・キッズは、この規則を丸ごと継承した。そして家具だけを取り替えた。

戸口は、車の窓になった。門前の旅人は、パーカーを着た少年になった。荷馬車の御者は、深夜の駐車場でネット代の小切手を書いている記者になった。

異様さは目に宿る。だが恐怖は招待に宿る。手を貸さなければ脅威は届かない、という理解と、そのプレッシャーの下で自分が取っ手を回してしまうかもしれない、という胸の悪くなる予感。この二つが同時に働くとき、読者は物語の中に自分の手を突っ込むことになる。

その上に、二十世紀後半のアメリカ特有の不安が重ねられている。いわゆるストレンジャー・デンジャーの時代の空気だ。一九八〇年代、牛乳パックに行方不明の子どもの写真が印刷され、親たちは玄関の外の世界が子どもを狙う悪意で満ちていると信じ込まされた。ブラック・アイド・キッズは、その恐怖を反転させる。悪意は子どもを狙うのではなく、子どもの姿をして来る。

ベセルの話が効いたのは、部品が全部あらかじめ装填されていたからだ。あとは引き金を引くだけでよかった。一九九六年の夏の夜、たまたま彼がその引き金の位置に座っていた。

われわれは伝説が生まれる瞬間を、リアルタイムで見た

最後に、この件がなぜ都市伝説の研究者にとって宝物なのかを言っておきたい。

普通、伝説というのはすでに育ちきった状態で研究者の前に現れる。起源は何世代もの語り直しの中に消え、最初に語った人間は匿名で、とっくに死んでいる。だから成立過程は推測するしかない。

ブラック・アイド・キッズは違う。

起源は日付の入った電子メールだ。最初の語り手は実名の記者で、今も質問に答えてくれる。拡散の過程はフォーラムのアーカイブと放送のテープに保存されていて、今も読めるし、観られる。古い敷居の禁忌が一九九六年の車の窓に接続される瞬間を見られるし、投稿ごとにルールが結晶化していく様子も追える。そしてスタッフォードシャーへの飛び火も、映画化も、全部記録が残っている。

伝説が伝説になっていく現場を、われわれは肩越しに覗き込むことができる。これは民俗学的に、かなり珍しい幸運だ。

だからこそ、この話は本当かどうかという問いだけで消費するのがもったいない。本当かどうかは、たぶん永遠に決着しない。物証はゼロで、証言だけが増え続ける。その状態で二十年以上が経った。

でも、われわれが確実に知っていることがひとつある。

深夜に窓を叩かれて、誰かが入れてください、と言ってきたとき、人間はほんの一瞬、手が勝手にロックへ伸びる。

それは怪異とは関係ない。人間の側の仕様だ。

そして、その仕様を正確に知っている何かが、外に立っている。そう考えてしまった夜が、この話を読んだ人間には必ず一度は訪れる。

だから、この伝説は死なない。

原典の文章が、うますぎるという問題

ここからは総括と、書ききれなかった追加の考察をまとめて置いておく。読み終わったあとの、夜更けの余談みたいなものだと思ってほしい。

まず、この案件を調べていていちばん驚いたのは、原典の文章のうまさだった。ブライアン・ベセルの一九九七年から一九九八年にかけての投稿は、怪談としてほとんど完成している。情報の出し方が徹底して計算されている。冒頭で二人の少年の外見を、服の色や髪質まで異様に細かく描写しておきながら、読者が推測できるであろうあの特徴だけを意図的に伏せると宣言する。読者はその時点で、目だな、と分かる。分かったうえで、いつそれが明かされるのかを待たされる。そして、明かされるのは会話が半分以上進んだ後だ。この構成は、書き慣れた人間にしかできない。

ここが厄介なところでもある。文章がうまいということは、それだけで疑いの材料になる。だが同時に、彼は職業として文章を書く人間だ。うまくて当然でもある。このうまさを根拠に真偽を判定することは、原理的にできない。判定不能。これがこの案件の基本的な状態だ。

次に、細部の一貫性について。一九九七年版、一九九八年版、二〇一三年版を並べると、いくつか揺れがある。少年たちの年齢は十歳から十四歳と書かれたり九歳から十二歳と書かれたりする。理由も、映画を観る金を忘れた、と、母親の家に金を取りに行きたい、が混ざる。上映開始からの経過時間も、一時間だったり四十五分だったりする。

この揺れをどう読むか。二通りある。ひとつは、記憶に基づく証言の自然な劣化として読む読み方。実体験の証言は、細部が揺れるほうが正常だ。完全に一致するほうが、むしろ暗記の疑いが出る。もうひとつは、語り直しのたびに演出が調整されている、と読む読み方。どちらも成立する。ここでも判定はできない。

ただ、興味深い点はある。揺れているのは全部、周辺情報なのだ。核心部分、つまり目が真っ黒だったこと、あんたがいいと言わないと入れないという台詞、手が勝手にロックへ伸びたこと、振り返ったら消えていたことは、四半世紀を通じてほぼ一字一句変わっていない。証言の劣化パターンとしては、これはむしろ自然な形をしている。人間の記憶は、感情的にピークだった瞬間を高解像度で保存し、その周辺の事務的情報を先に失う。ベセルの証言は、その特性に忠実だ。

第三に、消えた、という部分について。実は、ここが物語全体でいちばん検証しにくい。彼は車をバックさせながら、視界の隅に少年たちを捉え、そのあと振り返ったら誰もいなかった、と書いている。だが、パニック状態で急発進する車の中から、暗い駐車場の一点を確認する行為の精度は、控えめに言って低い。歩道は映画館の建物に沿っている。少年たちが建物の陰や柱の裏へ二歩動いただけで、視界からは消える。

これは彼を嘘つきだと言っているのではない。むしろ逆で、消えた、という描写が、この話の中で唯一、平凡な説明がついてしまう箇所だという指摘だ。そして、伝説としてはここがいちばん重要なパーツになっている。皮肉な話だ。

十六年かけて広がった理由

第四に、伝播の速度について改めて考えたい。一九九七年の投稿から、二〇一三年の大手ポータル掲載による一般層への到達まで、十六年かかっている。この十六年は、単なる待ち時間ではなかった。この間にインターネットの構造が三回変わっている。ニュースグループとメーリングリストの時代、掲示板とブログの時代、そしてソーシャルメディアとまとめサイトの時代だ。

この怪異が生き延びたのは、そのすべてのプラットフォームに適合できる形をしていたからだ。文字だけで完結する。写真がなくても成立する。むしろ写真がないことが強みになる。長さの調整が効く。ベセルの原文は数千語あるが、要点だけなら三行で伝わる。一人称で書ける。舞台を自分の街に置き換えられる。ローカライズのコストがほぼゼロだ。

スレンダーマンと比べると差が見える。スレンダーマンは画像が本体だ。だから画像文化のあるプラットフォームでは爆発的に強いが、テキストだけの環境では弱い。ブラック・アイド・キッズは逆で、視覚的な決定版がない代わりに、どんな環境でも生きられる。地味だが、長寿という点では有利な設計だった。

第五に、イギリスへの飛び火の意味について。二〇一四年のキャノック・チェイスの一件は、単なる海外進出ではない。伝説の変異の実例だ。

アメリカ版のコアは招き入れの禁忌だった。イギリス版では、それが森への誘い込みに置き換わっている。キャノック・チェイスの黒い目の少女は、家に入れてくれとは言わない。悲鳴を上げて人を呼び寄せ、追いかけさせ、木の密生した暗がりへ導く。これはイギリスの森の妖精譚の構造そのものだ。道に迷わせる存在、追わせる存在、深みへ引き込む存在。

つまりブラック・アイド・キッズは、イギリスに上陸したときに、現地の在来種と交配した。目の黒さという表層的な特徴だけを持ち込み、行動様式は現地の伝承に合わせて組み替えた。これは伝説の伝播として、教科書的なくらい典型的な現象だ。

日本ではなぜ定着しなかったのか

そして日本ではどうか。実は日本での定着度はさほど高くない。翻訳された怪談として紹介はされているし、まとめ記事も動画も存在するが、日本発の一次目撃談がまとまった数で発生している形跡は薄い。理由はいくつか考えられる。

まず、住宅の構造の違い。日本の集合住宅では、玄関の外は共用廊下だ。オートロックのマンションなら、そもそも子どもがドアの前まで来られない。深夜に見知らぬ子どもがドアをノックする、という状況が発生しにくい。

次に、車の使われ方の違い。ベセルの原型は、駐車場に停めた車の中の一人きりの大人、というシチュエーションだ。アメリカでは日常的な光景だが、都市部の日本人の生活導線には、この空白時間があまり存在しない。

第三に、既存の怪異の飽和。日本には玄関系、電話系、来訪系の怪談がすでに大量にある。メリーさん、八尺様、きさらぎ駅、そして無数の訪ねてくる何か。生態的地位が埋まっているところに外来種は入りづらい。

第四に、子どもという記号の位置の違い。日本の怪談では、子どもの姿の怪異はむしろ古典的だ。座敷童子、産女に抱かされる子、小豆とぎ。子どもの姿をしたものが人ならざるものである、という発想に対して、日本の読者はあまり驚かない。驚きの落差が小さいぶん、恐怖の効きも弱くなる。

こう並べると、都市伝説というのは本当に環境依存の生き物なのだと分かる。同じ話が、土地によってまったく違う育ち方をする。あるいは、まったく育たない。

二〇二〇年代に読み直すと、別の顔が出てくる

第六に、この怪異が現代に持っている別の意味について書いておきたい。

同意というテーマは、二〇二〇年代において、怪談の外側でも重い言葉になっている。同意のない接触が問題視され、同意の有効性が議論され、そもそも同意とは何かが問われている。圧力の下で与えられた同意は同意なのか。判断力が奪われた状態の同意はどうか。相手が拒否しにくい状況を意図的に作っていた場合は。

ブラック・アイド・キッズの物語構造は、実はこの議論とぴったり重なる。彼らは形式上、必ず許可を求める。手続きは守っている。だが同時に、相手の判断力を歪める何かを行使している。ベセルの手がロックへ伸びたのは、彼の自由意志だったのか。

形式的な同意と、実質的な同意。この二つのズレを可視化する装置として、この怪異は不気味なくらいよくできている。一九九六年のテキサスで生まれた話が、三十年後に別の文脈で読み直せてしまう。優れた怪談は、たいていこういう二重性を持っている。

第七に、目撃談の質のばらつきについて、率直に書いておく。

本文で紹介した四件は、比較的まとまりのある報告を選んだ。だが、ネット上に流通している体験談の大半は、正直に言って質が低い。文体が同じ。展開が同じ。台詞が同じ。明らかに先行する話を読んだうえで書かれている。中には、そもそも創作であることを隠していないものもある。

だから読むときには、こういう点を見たほうがいい。日時と場所が具体的か。証言者の生活の細部が書き込まれているか。都合の悪い情報、たとえば同居人は気づかなかった、隣人は何も言われていなかった、といった、話を弱める要素がちゃんと残っているか。

カンザスのケイティの話が印象に残ったのは、まさにこの点だった。恋人は目に気づかなかった、と彼女は正直に言っている。隣人たちは少年に話しかけられていなかった、とも。これは彼女の話を弱める情報だ。それでも残している。創作なら、まず真っ先に削る部分だ。

もちろん、これは真偽の証明にはならない。うまい書き手なら、あえてこういう要素を入れることもできる。だが、読むときの手がかりにはなる。

実務的な話と、ベセルという人物について

第八に、この記事を読んだあなたに対して、一応の実務的な話を。

深夜に見知らぬ子どもが玄関に来たら、どうするのが正解か。怪異とは関係なく、現実的な答えははっきりしている。ドアを開けずに、屋内から話す。本当に困っている子どもであれば、警察に通報するのが最善だ。あなたが家に入れるより、はるかに確実にその子は助かる。

つまり、この伝説が推奨する行動、つまりドアを開けないことは、現実の防犯上の推奨行動とも一致する。ここが、この怪談が二十年以上支持され続けた地味な理由のひとつかもしれない。伝説が教えている作法が、実生活で普通に役に立つのだ。

古い伝承の多くは、そういう機能を持っていた。夜道を一人で歩くな。知らない者を家に入れるな。深い森に入るな。怪異はしばしば、生存の知恵を運ぶ容器だった。ブラック・アイド・キッズは、その最も新しい世代の容器なのだと思う。一九九六年製の、車の窓の形をした容器。

第九に、そして最後に、ブライアン・ベセルという人物について。

彼は、この話で有名になった。テレビに出た。ポッドキャストに呼ばれた。世界中の記事で名前を引かれた。だが、彼は一度も、私は真実を知っている、とは言わなかった。書籍を出して大儲けしたわけでもなく、団体を作ったわけでもなく、講演で食べているわけでもない。地方紙の記者として仕事を続け、聞かれれば同じ話をした。

その姿勢は、この怪異にとって最良の広報だったと同時に、最良の反証でもある。彼が断定していれば、話はもっと早く安っぽくなり、もっと早く飽きられていた。彼が沈黙していれば、話は誰かの創作として片付けられていた。彼が、作り話ではない、でも証明もできない、という位置に立ち続けたからこそ、この話は判定不能のまま、生きたまま、三十年が経った。

判定不能なものは、死なない。証明された怪異は科学になる。否定された怪異は笑い話になる。判定不能な怪異だけが、怪異のまま残る。

そう考えると、あの一九九六年の夏の夜、アビリーンの映画館の駐車場で本当に何が起きたのかは、もはやそれほど重要ではないのかもしれない。

大事なのは、ベセルの手が、勝手にロックへ伸びたことだ。

あの一瞬、彼は自分の意志の外側にいた。それだけは、彼が繰り返し、揺らぐことなく語り続けている。そして読者は全員、その一瞬を自分の身体で想像できてしまう。

だから怖い。それだけの話で、そしてそれだけあれば、怪談としては十分すぎる。

もし今夜、あなたの家のドアが三回叩かれても、開けなくていい。ただし、それは黒い目のせいではなく、単に夜だからだ。夜には夜の作法がある。人類はずっとそうやって生き延びてきた。

窓の外は見ないほうがいい。見たら、たぶん何もいない。

そして、何もいないことを確認したくてドアを開ける瞬間が、いちばん危ない。メリーさんの話が、ずっと前からそう教えてくれている。

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