これは「怖い話」ではない。存在しなかった化け物が、存在しないまま世界中のニュース番組に出て、存在しないまま消えていった話だ。そしてその顔を作ってしまった実在の人間が、一番苦い思いをした。
## 銀座の画廊に、一体の異形が立っていた
発端は2016年の夏だ。東京・銀座にあるヴァニラ画廊で、「幽霊画廊」というグループ展が開かれていた。ホラーや幻想専門の、どちらかと言えばニッチな展示だ。そこに一体、異様な造形が置かれていた。上半身は長い黒髪の女。だが顔は人間のバランスを完全に外している。目が異常に大きく、面積の半分近くを占領している。口は耳の下まで裂けて、歯を展示するように引きつれている。そして下半身は鳥の足だ。鶏のように痩せて、筋が浮き出て、爪が床を掴んでいる。展示室で実物を見た人間は、まずサイズに驚いたという。写真だと伝わらないが、目の前に立っていると、ちょうど人と目が合う高さにあの顔がある。
## 「姑獲鳥」という妖怪を、現代の造形で立ち上げる
作ったのは相蘇敬介。特殊造形を手がける LINK FACTORY という会社の代表で、本業はテレビ番組向けの造形制作だ。合間にオリジナル作品を作る。作品のタイトルは「姑獲鳥(うぶめ)」。日本に古くから伝わる妖怪で、お産で命を落とした女が鳥になって子供を求めてさまよう、という伝承だ。本人は後に、口裂け女や雪女のような日本の都市伝説・怪談がもともと好きで、「パンチのある、見た人がコワいと思うものを作りたかった」という意図を語っている。つまりこれは、ちゃんと日本の妖怪を下敷きにしたアート作品だった。ネットの子供を怖がらせるためのものでは、当然ながら、まったくない。素材はラテックスゴムを中心にしたもので、展示期間を越えて保存することは想定されていなかった。作家本人が後に「もともと長持ちするものではなかった」と語っているとおりだ。
## 二〇一六年八月、一枚の写真がInstagramに上がる
展示を見に行った一般の来場者が、この造形を撮って Instagram に上げた。2016年8月25日のことだ。アカウントは nanaakooo という名前だったと記録されている。この投稿は別にバズったわけでもなく、展示の感想として自然に流れていった。ここが不幸の分岐点だ。実物はガラスケースのない展示室に立っていただけだが、写真になった瞬間、それはファイルになる。ファイルはコピーできる。コピーは国境を越える。しかもこの写真は、背景が暗く、顔だけが上半分を占領する構図で撮られていた。スマホの画面で見たとき、これ以上ないくらいに強い。作品の全身像は見えない。鳥の足も見えない。つまり「妖怪を造形したアート作品」という文脈が、写真のトリミングで完全に落ちていた。
## 二年間、その顔は静かに眠っていた
面白いことに、この写真はすぐには燃えなかった。英語圏のホラー好きの間で小さく回ったり、まとめサイトに拾われたりしながら、二年近く、とくに名前もないままネットの底に沈んでいた。この“潜伏期間”はネット怪談の歴史ではよくあることだ。画像は先にばらまかれて、あとから誰かが物語をくっつける。日本の怪談でも、どこの誰とも知れない人形の写真に後から伝説がつくパターンは山ほどある。「顔」というのはそれ自体が器なんだよな。中身が空っぽな器だからこそ、後から何を入れても成立してしまう。この場合、後から入れられたのが最悪の内容だったというだけの話だ。
## 二〇一八年七月、スペイン語圏のFacebookで火がついた
最初に火がついたのは英語圏でも日本でもなく、ラテンアメリカを中心としたスペイン語圏だった。2018年7月の初めごろ、Facebook や WhatsApp のグループで、あの顔をプロフィール画像にした「Momo」というアカウントの話題が回り始める。内容は単純だ。この番号に連絡すると、不気味な画像やメッセージが返ってくるらしい、というだけ。当初は「チャレンジ」なんて要素はなかった。ただの「連絡してはいけない番号」。この手の話は世界中にある。日本にだって「かけてはいけない番号」の伝説はいくらでもある。なのにこの件だけが世界規模になったのは、やはりあの顔のインパクトのせいだろう。
## 三つの国番号――噂に付いていた電話番号の話
拡散された投稿には、具体的な電話番号が並んでいた。コロンビアの国番号で始まるもの、メキシコのもの、そして日本の +81 で始まるもの。この「日本の番号」が噂の信ぴょう性を一気に上げた。だって、あの顔はどう見てもアジア的な顔立ちをしているし、日本はホラー映画の国というイメージが世界中にある。スペイン語圏のユーザーにとっては「日本発の何かやばいもの」というパッケージが一瞬で成立した。実際にはこれらの番号の多くは、ボットや悪質ないたずらや、場合によっては無関係の一般ユーザーの番号だったとされている。巻き添えを食った人間もいたわけだ。メキシコのタバスコ州警察は7月13日に、この画像を使った WhatsApp 上の詐欺・個人情報抜き取りに対して注意を呼びかけている。この段階での危険は、怪異ではなく、ごく平凡なネット犯罪だった。
## Redditに貼られた一枚と、ある動画投稿者の検証
2018年7月10日、Reddit の r/creepy 板にあの顔の画像が投稿される。投稿者は AlmightySosa00 というユーザーで、文脈の説明はほぼなかった。これが一万近い評価を集め、英語圏に一気に拡散する。翌11日、ネットの暗い側面を追うことで知られる動画投稿者 ReignBot が検証動画を公開。二十四時間で十万近い再生を稼いだ。この動画が効いていたのは、初期段階ですでに「これは日本の展示作品の写真であって、何かの実在の存在ではない」という足を取っていたことだ。つまり、2018年7月の時点ですでにネタは割れていた。にもかかわらず、その後半年以上かけて噂はむしろ巨大化していく。このズレが今回の一件の最も不気味なところだ。検証は拡散に勝てない。
## ブエノスアイレスの少女――「関連は確認されなかった」という結論
2018年7月、アルゼンチンで十二歳の少女が亡くなったという報道が出た。現地メディアの一部が、この一件と「モモ」を結びつけた。ここが噂の性質が決定的に変わった瞬間だ。それまで「気味の悪いアカウント」だったものが、「子供を死に至らしめる何か」というレッテルを貼られた。ただし、事実関係を確認しておくと、当局の調査でこの少女の死と噂の間の因果関係は確認されていない。同様の報道はコロンビアやベルギーでも出たが、いずれも警察調査は「具体的な証拠はない」という結論に落ち着いている。ここはこの話を語るうえで一番大事なところだ。一人の子供が亡くなったという悲しい事実と、それをネットの噂に結びつけた報道は、別のものだ。
## 噂が「チャレンジ」に変質していく過程
噂はバージョンアップを繰り返した。第一版は「奇妙なアカウントがいる」。第二版は「連絡すると危険な指示を出される」。第三版は「その指示に従わないと家族に危害が及ぶと脅される」。このエスカレーションの付け足し方は、ネット伝説の典型例だ。ちなみに「具体的な指示の中身」は、噂の中でも常にあいまいだった。語り手によって違うし、具体的な内容を提示した実例の保存された証拠は実質的に出てこなかった。つまりこの噂は、中心に空洞を抱えたまま膨らんだ。人間は「何か恐ろしいことが指示されているらしい」という輪郭だけでも十分に恐怖を感じる。むしろ中身がない方が、各自が最悪を想像して埋めてしまう分だけ強い。
## 二〇一九年二月、イギリスで爆発する
年が明けて、2019年2月。ここで噂は最終形態になる。「子供向けの動画の途中に、あの顔が割り込んでくる」。しかも人気アニメや人気ゲームの実況動画の名前が具体的に挙げられた。これが親の急所をちょうど突いた。スマホやタブレットを渡して子供に動画を見せている、というのは世界中の家庭の日常だ。親は全部を監視できない。その後ろめたさを、この噂は正確についた。イギリスの地方紙、SNSの保護者グループ、学校のお知らせ。一週間もたたないうちに、イギリス全土から北米、オセアニアへと報道が連鎖した。トレンドのグラフを見ると、この月だけ垂直に尖っている。
## 学校からの手紙が、噂を本物にした
この騒動の構造を理解する上で一番重要なのがここだ。イギリスの多くの学校が、保護者向けに注意喚起のニュースレターを配った。学校としては良心だ。万が一のことがあっては困るから、先に知らせておく。だが受け取った側にとって、これは決定的な意味を持つ。学校が公式に手紙を出すということは、実在するということだろう――と。ネットの噂と、学校の公式文書は、信ぴょう性の重みが桁違いに違う。この瞬間、ネットのよそ話は「学校が警告している事実」に昇格した。保護者はそれをSNSに上げる。別の学校がそれを見て、うちも出さなきゃと手紙を出す。完全な正のフィードバックループだ。存在しない危険への警告が、危険の存在証明になってしまう。
## 警察の注意喚起という、最悪の燃料
2月24日、北アイルランド警察が地域全体に向けて注意喚起を出した。これを別の国の警察や学区が追従する。ここで面白いのは、これらの発表の多くが「このチャレンジが実在する」とは一言も言っていないことだ。書いてあるのは「こういう噂が回っているので、子供のネット利用に目を配ってください」という一般論。だがニュースの見出しになる段階で、この微妙な言い回しは全部削られる。残るのは「警察が警告」の八文字だけだ。行政機関の慎重な表現が、報道と拡散の過程で断定に変わる。この変換が、モラルパニックのエンジンだ。ちなみに後に、一部の警察組織はこの注意喚起自体を取り下げたり、表現を修正したりしている。
## 慈善団体たちが「これはデマだ」と言い切った日
騒ぎがピークに達した2月末、イギリスの主要な子ども支援団体や相談団体が、揃って否定の声明を出した。子ども虐待防止を掲げる団体も、いのちの電話を運営する団体も、ネット安全の専門機関も、同じ結論だった。このチャレンジによって子どもが実際に危害を受けたという信頼できる報告は一件もない――と。さらに見逃せないのが、彼らが同時に「この騒ぎ自体が子どもに害を与えている」と警告したことだ。これまで何も知らなかった子どもが、親の心配を通じて初めてあの顔と噂を知る。不安を植え付けられる。つまり、子どもを守るための行動が、子どもにダメージを与えていた。この指摘は、いま読み返しても重い。
## YouTubeの声明と、報道機関の梯子外し
2月27日、YouTube が公式にコメントを出す。要旨は「このチャレンジを示したり促したりする動画について、直近の証拠は受け取っていない」というもの。世界中のメディアが「子ども向け動画に潜んでいる」と書き立てていた当のプラットフォームが、実例を確認できていないと言ったわけだ。ここから風向きが一気に変わる。ファクトチェックサイトが検証記事を出し、大手報道機関も「これはデマだった」という記事に切り替えていく。驚くべきことに、パニックの発生から収束宣言までの期間は、だいたい一週間しかない。一週間で世界中を恐怖に陥れ、一週間で自分たちの報道を否定した。この素早さ自体が、当初の取材がどれだけ薄い氷の上で行われていたかを物語っている。
## セレブの一投稿が持つ、桁違いの射程
拡散のピーク時、アメリカの超大物セレブであるキム・カーダシアンが、自身のSNSでこの件に触れ、プラットフォームに対応を求めた。彼女のフォロワーは当時ですでに一億人規模。一人の投稿が、もはや中規模国の全国放送と同じ重みを持つ時代だ。本人に悪意はない。親として心配しているだけだ。だが結果として、検証されていない噂に巨大なブーストがかかった。この件は現代のデマ拡散の構造をよく表している。影響力のある人間ほど、善意で動いたときの被害が大きい。しかも“心配する”という行為は道徳的に正しいので、誰も止められない。
## 日本にはどう入ってきたか
日本での受け止められ方は、他国とはかなり違っていた。まず、拡散のタイミングが遅い。2019年3月に入ってから、海外での騒動を伝える形で日本のネットメディアに登場した。しかもこの時点ですでに「デマらしい」という情報とセットで入ってきている。さらに決定的だったのが、「あの顔の作者は日本人で、これは銀座の画廊に展示されていたアート作品だ」という地元情報だ。日本のユーザーにとっては、恐怖の対象ではなく、「うちの造形師が作った妖怪像が、なぜか世界をパニックにしている」という奇妙なニュースとして届いた。SNSでも掲示板でも、怖いというより「造形のクオリティが高い」「作者が可哀想すぎる」という反応が目立った。妖怪という概念に慣れている国なので、「妖怪の造形です」と言われたら納得してしまう。文化的な文脈があるというのは、デマに対する免疫になるんだよな。
## 作った本人のもとに、一日三十通の中傷メールが届いた
一方で、日本の中でただ一人だけ、笑えない人間がいた。造形を作った相蘇敬介本人だ。噂が世界規模になったとき、作者の名前も会社の連絡先も、ネットの上ではすぐに割れた。しかも幸不幸なことに、別の造形作家が誤認されて巻き込まれる一幕もあった。本人の証言によれば、ピーク時には一日に三十通前後のメールが届いた。内容は「死ね」「こんなものを作って恥ずかしくないのか」といった直球の中傷。不在の間にイタズラ電話も入ったという。彼は噂を作っていない。拡散もしていない。写真の使用を許可した事実もない。ただ、展示会に作品を出しただけだ。なのに世界中の怒りが、一番連絡しやすい宛先として彼に集中した。デマの被害者というのは、こういう位置に発生する。
## 「モモはもう死にました」――作者が語った終わり方
騒動の最中、彼は英国メディアの取材に応じている。そのコメントがなかなか良い。まず、最初にモモがネットで話題になったときについては「ある意味では良かった、自分が作ったものが注目されたのだから嬉しかった」と語っている。そのうえで、今の使われ方については「非常に不本意だ」と。責任を問われることについては「少しは責任を感じる。困ってはいるが、もう自分の手を離れている」。そして一番有名なのがこの一言だ。子どもたちは安心していい、モモはもう死んだ、彼女は存在しないし、呪いは消えた――。作者本人が自分の作品に引導を渡したこの発言は、噂の歯止めとして実際に相当効いた。化け物の作者が公に“殺した”と宣言した例なんて、そうそうない。
## 溶け崩れた原型と、残された片目
ここもネットで誤解されやすい部分だが、彼は「騒動の責任を取って後から壊した」わけではない。実際には、ラテックス素材の作品は値段のつくコレクターズアイテムではなく、時間の経過で劣化する。あの造形も自然に溶け崩れてしまった。彼の言葉を借りれば「もう存在しないし、もともと長持ちするものではなかった」。廃棄の時期は、報道によればパニックのピークより先だったとされる。つまり世界中が恐怖していた頃、実物はすでにこの世になかった。作者の手元に残ったのは、作品の片目だけだという。さらに友人が作ったラバーマスクのレプリカが一つ。なお後年、彼は姑獲鳥をあらためて作り直している。今存在するのは二代目だ。一代目はもう写真の中にしかいない。
## なぜ親たちはこれほど信じたのか
この件の本当の主題はここだ。なぜ世界中の保護者が、十分な証拠のない噂を信じたのか。答えは単純で、「既にあった不安に、ちょうどいい顔が付いたから」だ。子どもがタブレットで何を見ているか完全には把握できない、という不安は、噂の前から世界中の親の中にあった。アルゴリズムはブラックボックスで、何が次に再生されるかは親には見えない。この形の定まらない不安は、受け皿を探している。そこに「具体的な顔を持った悪意」が現れれば、不安は一気にそこに流れ込む。漠然とした恐怖より、名前のある怪物の方が、実は扱いやすい。だから人は、存在しない怪物を強く信じる。
## 一九八〇年代の悪魔崇拝パニックと、同じ形
検証記事の多くが、この騒動をモラルパニックの教科書的な例だと位置づけている。1980年代の欧米では、保育園やロック音楽を巻き込んだ大規模な“悪魔崇拝騒動”があった。あのときも構造は完全に同じだった。一、子どもの安全という否定しにくい大義名分。二、新しいメディアへの親世代の不信。三、専門家や当局による慎重なコメントの、報道段階での断定化。四、反証しようのない命題(「ないこと」の証明は原理的に難しい)。五、否定すると「子どもの危険を軽視している」と取られる社会的圧力。この五つが揃うと、噂は止められなくなる。不安を伝える方が、伝えないよりコストが低いと全員が判断するからだ。
## あの顔が「効いた」造形的な理由
造形としてなぜここまで人を不安にさせたのかも考えておきたい。人間の脳は顔の認識に異常に最適化されていて、目と口の位置関係には厳密な許容範囲がある。あの造形は、その許容範囲を意図的に、しかも微妙に外している。目が大きすぎ、口が広すぎ、顔の中心線だけは人間らしい。完全な化け物ではなく、「人間になり損ねた何か」に見える。これが不気味の谷の真ん中だ。さらに、目が強いハイライトを持っていて、どこから見てもこちらを見ているように感じる。子ども向けの動画に割り込むという噂と、この「こちらを見ている顔」の相性が最悪に良かった。作者は妖怪を作っただけなのに、その仕事の精度が、意図しない方向で完璧に機能してしまった。
## デマが残していったもの
騒動が収まったあと、この顔は奇妙な旅を続けた。ハロウィンの仮装になり、ミームになり、ネタのグッズになった。2019年7月には、有名なホラー作品を手がけてきた面々が参加する形で、この題材の映画化企画が発表されてもいる。噂がフィクションとして回収されるというのは、ある意味で健全な終わり方だ。フィクションになってしまえば、誰ももう信じない。一方で、検証記事の数だけはいまもネットに残っていて、何年かに一度、この顔を知らない世代が見つけて小さく騒ぐ。そのたびに誰かが「あれは日本の造形作家の作品だよ」と訂正を入れる。この繰り返しが、これからもしばらく続くだろう。
## 当時を見ていた人間たちの語り
この騒動を内側から見ていた人間の話が、いくつも残っている。ひとつ目はイギリスのある小学校の保護者の語り。金曜日の夕方、子供のランドセルにプリントされた手紙が入っていた。読んだ瞬間、背中が冷えた。その夜、保護者のチャットグループは深夜まで鳴りやまなかった。週末にはタブレットを取り上げ、子供に事情を説明しようとした。ところが、その説明をするためには、子供に噂の内容を話さなければならない。何も知らなかった子の目が、話すうちに強張っていくのがわかった。結局その子は一つ年上の友達に聞いて回ってきて、一週間、夕方に一人で部屋にいられなくなったという。守ろうとして、不安を手渡してしまったという話だ。
ふたつ目は、スペイン語圏で初期の拡散を見ていたユーザーの語り。グループチャットに、友人があの顔の画像を貼って「この番号、やばいらしい」と書いた。最初は全員が笑っていた。だが一人が面白半分に連絡を試み、「何か返ってきた」と書き込んだとたんに、グループの空気が一瞬で凍りついた。後で確かめたら、その「返信」はひとつも保存されていなかった。本人に聞くと、本当は何も届いていなかったという。グループの反応が面白くて、つい盛っただけ。この小さな嘘が、何千というグループで同時に起きていた。
三つ目は、日本で当時このニュースを追っていた人間の語りだ。海外のタイムラインがあの顔で埋まっているのを見て、最初は意味がわからなかった。だが画像を拡大して、背景に見覚えのある展示ケースの形が写っているのに気づいたという。日本の小さな画廊だ。そこから展示履歴を辿って、作者と作品名に行き着くまで一時間もかからなかった。世界中の報道機関が何ヶ月も“謎の化け物”として扱っていたものの正体が、日本語で検索すれば一時間で割れた。この非対称性が、今回の件の本質をよく表している。
## 悪人が一人もいないまま起きた災害だった
この一件を改めて並べ直すと、「怖い話」の部分はすこしも残らない。残るのは、情報が人から人へ渡るときにどう変形するかという、かなり乾いた観察だけだ。一番効いてくるのは、この噂には「発信源」がなかったことだろう。悪意を持った主犯がいて、そいつが世界中の子供を狙った、という構図ならまだわかりやすい。だが実際には、入り口にいたのは展示会の感想を上げた一般の見学者だし、拡散させたのは心配した親と、良心で手紙を出した学校と、職務に忠実な警察と、クリックを稼ぎたいメディアだ。悪意を持っていたのは、いたとしてもチャットで人を驚かせた子供くらいしかいない。つまりこのパニックは、悪人のいない災害だった。災害なのに誰も悪くないというのが、一番回避しにくいところだ。
もうひとつ、深く考えさせられるのが「検証は拡散に間に合わない」という事実だ。2018年7月の段階で、すでにこの画像の正体は特定されていた。日本の展示作品であることも、実在の存在ではないことも、英語で公開されていた。にもかかわらず、その七ヶ月後に世界規模のパニックが起きた。つまり「正しい情報を先に置いておけばデマは防げる」という前提が、現実には成立しない。正しい情報は検索しないと届かないが、不安は検索しなくても向こうからやってくる。この非対称性は、リテラシー教育とかファクトチェックとかいう言葉ではなかなか埋まらない。実際、この件で最も効いた反論はデータでも統計でもなく、作者本人の「もう壊れて存在しない」という一言だった。人は事実ではなく物語で安心する。だから噂を消すには、噂と同じ形式の物語が必要になる。
## 溶けて消えた妖怪と、サーバに残り続ける顔
そして、この話をどう締めるかはちょっと難しい。相蘇敬介は完全な被害者だったが、同時に、自分の作品が世界で一番有名な顔になった造形作家でもある。本人が「ある意味では嬉しかった」と語っているのは、この複雑さをそのまま言っていると思う。彼は子どもが恐怖を感じること自体を否定していない。怪談や妖怪は、子供が世界の不条理を消化するための装置として、どの国にもあったものだ。問題なのは恐怖そのものではなく、恐怖が確認されないまま全世界の報道機関を介して一日で一周する現代の回路の方だ。銀座の画廊に一ヶ月ばかり立っていたラテックスの妖怪は、本来なら見に行った一部の人間の記憶に残るだけで終わっていたはずだった。それが一枚の写真になったばかりに、作者の手を離れ、作者の国を離れ、作者の言語を離れて、十億単位の人間の不安の受け皿になった。作品の方は溶けて崩れて、もうこの世にない。でも写真は残っている。この非対称こそが、この話の一番怖いところだと思う。化け物は存在しなかったけれど、化け物の顔だけは、いまもどこかのサーバに残っている。
