東京で一人の男性が消えた。2006年12月、報道では「新宿・渋谷エリートバラバラ殺人事件」と呼ばれることになる事件の始まりだ。罪名は殺人と死体損壊、それに死体遺棄で、夫を手にかけたのは同じ部屋で暮らす妻だった。事件まとめのサイトでは、彼女の名前をとって三橋歌織事件の名で通っている。
ワイドショーが飛びついた「セレブ妻」
被害者は30歳の男性。外資系の不動産投資に関わる会社に勤めていて、妻の歌織は彼より2歳年上だった。当時の彼女は、白百合女子大学を出た「社長令嬢」や「セレブ妻」として、ワイドショーや週刊誌に大きく取り上げられた。
見出しには「エリート夫婦の闇」みたいな扇情的な言葉がずらりと並び、いかにも数字が取れそうな話に仕立てられていく。ところが、その絵はすぐ崩れる。二人が暮らしていたのは代々木公園近くのマンションで、広さはわずか38平方メートルほどだった。
セレブの住まいと聞いて思い浮かべる部屋とは、正直だいぶ違う。作られた虚像と実像のずれ。メディアがこしらえた「セレブ」のイメージと実際の暮らしぶりの間には、大きな落差があったと報じられてきた。この落差が、事件がネットで何度も蒸し返される大きな理由のひとつだ。
合コンで出会い、翌月には同棲
始まりは合コンだった。伝えられている経緯では、二人は2002年11月に知り合い、翌月にはもう一緒に暮らし始めている。「運命の女と出会った。背が高くて、きれいで、すごいお嬢様だ」と、夫が浮かれた調子で友人に語っていたという証言も報じられている。
2003年3月、妊娠をきっかけに二人は結婚するが、経済的な不安から同じ月のうちに妊娠中絶を選んでいる。結婚と中絶が、同じ月の中に並んでいる。重たいひと月だ。
暴力が始まったのは、そのすぐあとだった。婚姻届を出してからおよそ1週間後に、夫からの暴力が始まったと歌織自身が供述している。彼女はのちにPTSD、つまり心的外傷後ストレス障害を発症し、一時は婦人保護施設に避難した経験もあったとされる。家はもう安全じゃなかった。
12月12日の早朝
2006年12月12日の早朝。歌織は、寝ていた夫をワインボトルで殴って殺害したとされる。夫は身長180センチ近い大柄な男性で、彼女はその遺体を自宅の浴室でのこぎりを使って解体したと認定されている。
細かい描写はここまでにする。行き先は、上半身が新宿区内、下半身が渋谷区内、頭部が町田市内と、都内の三つの街にばらばらだった。これでは捜査がすぐにつながらないのも無理はない。
自宅はその後、リフォームされていたとも報じられている。発覚を遅らせるためだったのかもしれない。38平方メートルほどの狭い部屋で、夫がいなくなったあとの暮らしが何事もなかったように続いていた。想像すると寒気がする。
西新宿で見つかったビニール袋
発覚は12月16日。新宿の西新宿で、ビニール袋に包まれた上半身の遺体が見つかり、ここで初めて世間がこの事件を知った。当初は暴力団がらみのトラブルを疑う見方もあったという。
転機は12月28日。渋谷の空き家で下半身が見つかり、DNA鑑定で二つの遺体が同じ人物のものと確認されたことで、捜査は大きく進んだ。ばらばらだった点が、一本の線になった瞬間だ。
年が明けた2007年1月10日に歌織は死体遺棄の容疑で逮捕され、その後、町田市内の公園で頭部も見つかった。上半身の発見から逮捕まで、1か月足らず。あっという間の展開。年末年始をはさんだ短い間に、事件の全体像がほぼそろった。
精神鑑定で割れた法廷
一審は東京地方裁判所で、2007年12月から2008年4月まで開かれた。最大の焦点は精神鑑定。検察側と弁護側、どちらの鑑定人も「犯行時は心神喪失状態にあった可能性がある」という趣旨の見解を出していた。普通なら、責任能力が大きく削られてもおかしくない流れだ。
でも裁判所は乗らなかった。責任能力は鑑定の結果だけでなく、犯行時の具体的な行動や動機なども合わせて、全体から判断すべきだという考え方を示した。鑑定はあくまで材料のひとつ、という立場になる。
結論は、完全責任能力あり。2008年4月28日、東京地裁は歌織に懲役15年を言い渡した。双方の鑑定人が心神喪失の可能性に触れていたのに、裁判所は鑑定とは逆の方向へ判断を振り切った形だ。
高裁でも変わらなかった懲役15年
弁護側は同じ年の5月9日に控訴した。東京高等裁判所の控訴審は2009年3月から2010年6月まで続き、そこで3回目となる精神鑑定が行われた。結果は同じ。ここでも責任能力は認められている。
2010年6月22日、高裁は一審の懲役15年を維持する判決を出した。歌織側は2010年6月29日までに最高裁への上告権を放棄し、これで懲役15年の刑が正式に確定している。長い裁判だった。
掲示板では今も、ときどき意見がぶつかる。「殺意が希薄だったのではないか」という声もあれば、量刑が軽すぎる、いや重すぎるという言い合いもある。でも確定した法的事実はひとつ。完全責任能力を前提とした懲役15年、それだけだ。
古いネット記事が語る別の筋書き
ここからがややこしい。この事件には、ネットに長く出回ってきた古い記事の語り口があって、その中身は判決で認められた流れとだいぶ食い違う。書かれた時点で「今から11年前の冬」の出来事とされていた。誤った形で語られてきた話として読んでほしい。
発見現場からして違う。古い記事では、東京都渋谷区の公園で、バッグに入れられた男性のバラバラ遺体が見つかったことになっている。通報したのは犬の散歩中の住民だった、と記事は書く。判決側の流れで最初に見つかったのは西新宿のビニール袋に包まれた上半身で、公園が出てくるのは町田の頭部のほうだ。
最初は暴力団がらみと思われていた、という点だけは両方に共通している。そのあと遺体が外資系企業の社員の男性と分かり、犯人として妻の三橋歌織が逮捕された、という筋も大筋では同じだ。ずれているのは年齢だ。記事は彼女を20代後半の女としているが、30歳の夫より2歳年上だったのなら計算が合わない。
地味な学生だった、という話
生い立ちの描き方も独特だ。古い記事によれば、彼女は田舎から大学進学のために上京し、美容院でアルバイトをするような地味な生活をしていたそうだ。報道が伝えた「社長令嬢」の姿とは、ずいぶん違う人物像になる。
ところが大学時代からの友人には、「金やステータスがすべて」という物の見方をする人が多かったという。記事はそれを今どきの若者にありがちな価値観として書き、彼女もだんだん染まっていったとしている。その友人たちがはやし立てて結婚した相手が、殺された夫だったそうだ。話はここから濃くなる。
この人間関係にはカースト制に似たところがあり、そのトップにいたのが彼女と不倫をしていた不動産会社の社長だといわれている。別の記事では、グループの中心にいた既婚の経営者との不倫の噂として語られている。夫がDVに走ったのも、この特異な人間関係がお互いを反目させ、暴力をふるわせたからではないかと言われている。ずいぶん生々しい見立てだ。
掲示板では定番の話になった。嫉妬や見栄、支配の関係が夫婦の間に持ち込まれ、暴力の温床になったという見立てで、まとめサイトでも繰り返し語られてきた。「カースト的な人間関係」も「社長との不倫」も、公式な裁判記録で明確に認定された事実としては確認できていない。週刊誌報道や伝聞がもとの噂、異説の扱いだ。
「このぐらいでは」という一言
古い記事は、事件の怖さを別のところに見ていた。表向きはDVに耐えきれずに夫を殺したことになっているのに、動機がいまひとつはっきりしないというのだ。夫婦を取り巻く人間関係があまりに特異だという点も、怖さとして挙げていた。どちらも不気味だ。
死因とされるワインボトルでの殴打についても、記事は妙な一言を拾っている。彼女には「このぐらいでは・・・」という言葉もあったとされ、殺意はきわめて希薄だったといわれている。読んでいて、もやもやが残る。この殺意の薄さは、掲示板で今も蒸し返される論点のひとつだ。
量刑の話もずれている。古い記事では、情状酌量の面もあって懲役15年が言い渡され、控訴せずにそのまま結審したことになっている。現実には弁護側が控訴し、高裁で3回目の鑑定まで行われたうえで、上告権の放棄によって2010年6月に刑が確定した。懲役15年という数字だけは合っている。
実況見分のあとのワインパーティー
怖さの本命はここだ。現場になったマンションの部屋で警察の実況見分が終わったあと、結婚をはやし立てた面々がそこでワインパーティーを開いていた。後味の悪さと薄気味悪さを、記事はここに見ていた。
事件を詳しく追った記事にも、同じ話が出てくる。生前の夫と交友のあった友人たちが、実況見分の直後にその部屋でワインを飲みながら集まっていたという話だ。本当なら異様すぎる。凶器とされたのもワインボトルだったわけで、後味の悪さはなおさらだ。
ただ、裏付けはない。この話を支える公的な資料は確認できておらず、元の記事や伝聞をもとにした都市伝説めいたエピソードとして受け取るしかない。まあ、ここまで広まったのは、それだけ気味の悪い話だったからだろうね。
前世と怨霊で説明しようとした人たち
もっと突飛な読み方もある。事件をまるで違う角度から解釈するオカルト系ブログでは、加害者は前世で武家の娘だったという設定だ。夫の魂には前世でやくざ者だった男の怨霊が取り憑いていて、逆恨みから彼女を苦しめ、犯行に及ばせたという筋書きになっている。さすがに、ここまで来ると話が飛びすぎている。
根拠はひとつもない。これは科学的な裏付けのない、法的な責任を「霊」に押しつける物語としての解釈でしかない。判決は完全責任能力を認めて懲役15年を科していて、法廷の判断に前世や怨霊が入りこむ余地はどこにもなかった。
それでも、こういう話が出てくる理由は少し分かる。理解しがたい家庭内の殺人や猟奇的な事件が起きると、それを「怨念」や「因縁」の物語にしたくなる人がいる。ネット文化の一面だよね。
愛人との通話録音と、出所のうわさ
実名の報道もある。文春オンラインなどの実名報道では、事件の背景に「愛人との通話録音」があったことがほのめかされていた。歌織の交友関係の複雑さが、動機の解明を難しくしている一因とされる。
2020年代に入ると、YouTubeの事件解説や考察系チャンネルがこの事件を繰り返し取り上げ始めた。切り口はたいてい「エリート妻の転落」。SNSには「三橋歌織はもう出所したらしい」という真偽不明の投稿も出てきたし、手記の出版を望む声もぽつぽつ見かける。どれも公式な情報じゃない。
噂の域を出ない話ばかりだ。それでも、十年以上たっても関心が途切れていないことだけは、こうした声からはっきり伝わってくる。2016年12月には、この事件を題材にしたとされる映画『ひかりをあててしぼる』も公開されている。実際の事件がフィクションとして読み直され、社会に長く記憶され続けている例のひとつだ。
三つの街に散った遺体が残したもの
新宿、渋谷、町田。都内の複数のエリアにまたがって遺体を捨てた形は、過去に国内で起きたバラバラ殺人事件とよく比べられる。DVの被害と加害の境目があいまいになる家庭内殺人の型として、法学や犯罪心理学でもたびたび参照される事例だ。単発の猟奇事件では終わらなかった。
DVによる心の支配と、そこから生まれる歪んだ「殺意の希薄さ」。このテーマは他の配偶者間殺人を論じるときにも引き合いに出され、事件はDVを考えるケーススタディとしても記憶された。重いテーマだ。
セレブ妻の闇に社長との不倫、実況見分のあとの宴会、そして前世の怨霊。どれも派手な話だ。でも裁判で確かめられた芯は、自宅で夫が命を奪われ、妻が懲役15年の刑を受けたという一点だ。うわさ話より先にそこを覚えておきたいし、その陰で30歳の男性が亡くなっていることも忘れずにいたい。
