二人が登校途中に消えた朝
一九九二年二月二十日、福岡県飯塚市で、小学一年生の女児二人が登校途中に姿を消した。二人とも七歳だった。
翌二十一日、当時の甘木市、現在の朝倉市にある国道三二二号八丁峠付近の山中で、二人は遺体となって発見された。さらにその翌日、遺体発見場所から約三キロ離れた崖下で、ランドセルや衣類などが見つかった。
事件発生から約二年七か月後の一九九四年九月、福岡県警は飯塚市に住む久間三千年を逮捕した。久間は一貫して犯行を否認したが、略取誘拐、殺人、死体遺棄の罪で起訴された。
福岡地裁は一九九九年九月二十九日、死刑を言い渡した。控訴と上告は棄却され、二〇〇六年十月八日に死刑判決が確定。二〇〇八年十月二十八日、福岡拘置所で死刑が執行された。
法的には有罪判決が確定し、刑も執行された事件である。一方、久間の遺族と弁護団は誤判だとして再審を求め続けている。未解決事件と呼ぶのは正確ではなく、「確定判決がある事件」と「再審で争われている事件」という二つの側面を同時に見る必要がある。
直接証拠ではなく情況証拠の積み重ね
確定判決は、久間と犯行を直接結びつける目撃や自白がないことを前提に、複数の情況証拠を総合して犯人と認定した。
中心となったのは、犯行に使われたとみられる車両の特徴、被害者の衣類に付着した繊維、久間の車内から検出された血痕と尿痕、当時のDNA型鑑定、土地勘、行動時間、アリバイが成立しないことなどである。
一つずつ見れば、久間以外でも説明できる可能性がある。確定判決は、それらが同時に重なることを重く見た。
情況証拠による有罪認定そのものは特別なものではない。犯行を撮影した映像や自白がない事件でも、物証と行動の一致を積み上げて合理的な疑いを超えれば、有罪を認定できる。
問題は、各証拠がどれほど確かなのか、弱くなった証拠を除いても全体の推認が維持できるかにある。飯塚事件の再審請求では、まさにその総合評価が争われてきた。
「百二十七台の一台」という言葉
事件を紹介する記事では、久間の車は捜査対象となった百二十七台のうちの一台にすぎなかった、と書かれることがある。
確定判決が重視した車両は、紺色のワゴン、後輪がダブルタイヤ、後部窓にフィルムが貼られているなどの特徴を持つとされた。久間は同じ特徴を持つ車を所有していた。
同型車が複数存在したことは、車種だけでは犯人を一人へ絞れないことを意味する。百二十七という数字が正しいとしても、「百二十七分の一の偶然だけで死刑になった」という説明は確定判決の構造を正しく表さない。
裁判所は、車両の特徴に加え、繊維、車内の痕跡、土地勘、時間関係などを合わせて判断した。弁護側は、その各要素に別の説明があり、車両特定も不十分だと主張する。
車の台数は重要な論点だが、数字を単独で切り出せば、検察側にも弁護側にも都合のよい印象を作れる。どの地域、どの時点、どの条件で百二十七台を数えたのかまで確認しなければ、証拠価値は評価できない。
車内の繊維と痕跡
被害者の衣類から、久間の車と同型車の座席シートに使われる繊維である可能性が高い繊維片が見つかった。確定判決は、二人が犯行車両へ乗せられた際に付着したものと評価した。
繊維鑑定は、色、太さ、形、材質、染料などを比較する。同じ製造ロットや車種なら似た繊維が使われるため、ある車両の可能性を高める一方、その一台だけに固有の指紋のような識別力があるとは限らない。
久間の車の後部座席からは、被害者の一人と同じABO式血液型の血痕と、人の尿痕が検出された。確定判決は、犯行時の状況と整合すると判断した。
これに対し、血液型が同じ人は多数おり、久間の家族に由来する可能性などが争われた。古い微量試料で誰のものかを現代のDNA型鑑定によって特定できたわけではない。
物証は「ある」か「ない」かだけでなく、どこから、どの方法で採取され、どれだけ識別力があり、別の由来を排除できるかが問われる。確定判決は複数の符合を総合したが、再審側は個々の不確かさが積み重なっていると主張している。
MCT118型DNA鑑定
飯塚事件で長く争われてきたのが、警察庁科学警察研究所によるMCT118型鑑定である。
当時の鑑定は、DNAの特定領域にある反復配列の長さを調べ、型を比較する方法だった。現在主流の複数領域を調べるSTR型鑑定とは精度と判定手順が異なる。
確定判決では、遺体周辺などから得られた犯人由来とみられる血液の型と、久間の型が一致するとする鑑定が有罪認定の一要素になった。
その後、同じMCT118型鑑定が使われた足利事件で、再鑑定によって受刑者と犯人由来試料のDNA型が一致しないことが判明し、再審無罪が確定した。この出来事を受け、飯塚事件の鑑定にも強い疑問が向けられた。
第一次再審請求で裁判所は、測定法の改善を踏まえると、犯人由来とみられる試料の正確な型を一つに確定できず、久間の型と一致したと単純に有罪の根拠にすることはできない状態だと認めた。
一方で、裁判所は不一致とも認定できないとした。DNA鑑定の証明力を慎重に評価しても、残る情況証拠の総合によって有罪認定は揺らがないとして、再審を認めなかった。
ここを「DNAが完全に別人と証明された」と書くのは誤りである。同様に、「一度一致と出たから科学的に犯人確定」とすることも、後の裁判所判断を無視している。現状は、旧鑑定を単純な一致証拠として使えないが、不一致を確定する再鑑定結果もない、という複雑な位置にある。
足利事件との共通点と相違点
飯塚事件と足利事件は、近い時期にMCT118型鑑定が用いられたため、しばしば並べて語られる。
足利事件では、保存試料を新しい方法で再鑑定し、菅家利和のDNA型と犯人由来型が一致しないという直接的な結果が得られた。再審公判で無罪となった。
飯塚事件では、同じ形の決定的な再鑑定が行われたわけではない。試料の保存状況や量、鑑定の争点が異なり、足利事件が誤判だったから飯塚事件も自動的に誤判になるわけではない。
それでも、旧式鑑定を過大評価する危険を示した点で、足利事件は飯塚事件の見直しに大きな影響を与えた。科学鑑定は「科学」という名だけで絶対になるのではなく、試料管理、測定法、画像判読、統計的な識別力まで検証されなければならない。
死刑が執行された後では、本人から新たな説明を聞くことも、誤判だった場合に生命を戻すこともできない。鑑定の確実性をどの段階で再点検するかという問題は、事件を超えて刑事司法全体へ及ぶ。
第一次再審請求
死刑執行後、久間の妻が再審を請求した。弁護側はDNA型鑑定や目撃証言の信用性を争い、新しい専門家意見などを提出した。
福岡地裁は二〇一四年三月、再審請求を棄却。福岡高裁も二〇一八年二月に即時抗告を棄却した。最高裁第一小法廷は二〇二一年四月二十一日、特別抗告を棄却し、第一次請求は終結した。
最高裁決定は、旧DNA鑑定の証明力を慎重に見る必要があることを踏まえながらも、車両、繊維、車内痕跡、行動状況などを総合すれば、有罪認定に合理的な疑いは生じないとする下級審の結論を維持した。
再審請求で必要なのは、単に確定判決へ疑問を述べることではない。刑事訴訟法四三五条六号にいう、無罪を言い渡すべき明らかな新証拠があると認められる必要がある。
再審段階で新旧証拠をどのように総合評価するか、個々の証拠の弱まりを全体へどう反映させるかは、飯塚事件で繰り返し争われる核心となった。
第二次再審請求と二人の新証言
第二次再審請求は二〇二一年七月に申し立てられた。主な新証拠は二人の証言だった。
一人は、事件当日に女児二人を乗せた不審車両を目撃し、その車は久間の所有車とは特徴が異なり、運転者も久間ではなかったとする証言である。
もう一人は、確定判決が二人の最後の目撃と失踪地点を認定する根拠にした自分の供述調書について、実際に女児を見たのは事件当日ではなく、捜査機関に記憶と異なる内容の調書を作られたとする証言だった。
福岡地裁は二〇二四年六月五日、二人の新証言を信用できないとして再審請求を棄却した。供述の変遷、記憶と当時の調書の具体性、捜査初期に警察が虚偽の調書を作る動機が乏しいことなどを理由に挙げた。
弁護側は、捜査による誘導の可能性を十分検討せず、新証拠をほかの証拠と総合していないと批判した。福岡県弁護士会や東京弁護士会なども、審理と証拠開示に問題があるとする声明を出している。
福岡高裁は二〇二六年二月十六日、地裁判断に不合理な点はないとして即時抗告を棄却した。弁護団は同月二十四日に最高裁へ特別抗告した。
二〇二六年六月に公開された弁護人の報告では、特別抗告は最高裁に係属中とされる。裁判所が再審開始を認めた段階ではなく、確定判決の法的効力は続いている。
裁判所判断と弁護側批判を分けて読む
飯塚事件の記事は、書き手の立場によって語調が大きく変わる。確定判決を重視する側は、情況証拠の重なりを強調する。再審を求める側は、旧DNA鑑定と目撃供述の問題、直接証拠の不在を強調する。
弁護士会声明は重要な資料だが、裁判所の中立的な判決文と同じ性格ではない。再審開始を求める立場から、決定を批判する文書である。
逆に、裁判所が再審請求を棄却した事実は、誤判の可能性を数学的にゼロにしたという意味ではない。新証拠が再審開始の法的要件を満たさないと判断したものである。
記事では「裁判所はこう判断した」「弁護側はこう反論した」と主語を明確にしたい。異なる立場の主張を、無署名の真実として一つの文章へ混ぜると、読者はどこまで確定しているのか判断できなくなる。
久間を「真犯人」と断定する場合は確定判決が根拠になる一方、再審係属中という状況を省けない。「完全な冤罪」と断定する場合も、再審無罪が出ておらず、裁判所が請求を繰り返し棄却している事実を省けない。
死刑執行後の再審
久間の死刑は、確定から約二年後に執行された。本人は再審請求の準備を進めていたとされるが、請求前の執行だった。
死刑執行後でも、遺族は一定の条件で再審を請求できる。再審で無罪となれば、亡くなった本人の名誉を法的に回復する意味がある。
しかし、生きて釈放されることはなく、本人が新証拠について説明することもできない。死刑事件で科学鑑定に後から疑問が生じた場合、不可逆性がもっとも厳しい形で現れる。
この点から、飯塚事件は死刑制度と再審制度の関係を考える代表的な事件になった。再審請求中の死刑執行をどう扱うか、検察が保有する証拠をどこまで開示するか、古い鑑定を新しい技術で検証できる状態に保つかが問われている。
制度論を語るときも、二人の被害女児が殺害された事件であることを後景へ追いやってはいけない。誤判防止と被害者の尊厳は対立する目標ではなく、真犯人を正確に処罰するために同時に求められる。
一九八八年の女児失踪との関係
飯塚市では事件の数年前にも女児が行方不明になっており、二つの事件を関連づける説がある。
同じ地域で子どもが被害に遭ったという共通点は重いが、同一犯と認定するには、犯行方法、車両、遺留物、DNA、目撃情報など具体的な一致が必要になる。
公表された裁判所判断は、別の失踪事件との連続性を有罪認定の中心にしていない。ネット上で「連続誘拐だった」「別事件の犯人が飯塚事件の真犯人」と書くことは、裏づけのない仮説である。
未解決の失踪と、確定判決後に再審が争われる事件を結びつければ、強い物語になる。しかし、物語としてのつながりと、捜査上の関連は別である。
八丁峠に付け加えられた怪談
遺体発見場所の八丁峠周辺について、深夜に子どもの泣き声が聞こえる、白い車が現れて消える、霧の中に女児が立つといった話がネット上にある。
日時、投稿者、原記録を確かめられない話が多く、事件との関係を示す証拠はない。道路の風切り音、動物、対向車のライト、濃霧による見え方を、人の声や消える車と感じることはある。
飯塚事件には、DNA鑑定、目撃供述、死刑、再審という現実の複雑な争点がある。そこへ心霊話を重ねると、裁判資料を読む手間を省き、「謎の力が真相を隠した」という安易な説明へ流れやすい。
二人の女児を泣き声や幽霊として消費することも避けたい。事件の被害者は、怖がらせるために山中へ現れる存在ではない。
八丁峠周辺へ夜間に出向き、路上駐車や崖への立入りをする行為は危険である。現場探索で裁判上の新証拠が見つかる可能性は低く、土地所有者や地域住民へ負担をかける。
現在地
二人の女児が誘拐、殺害、遺棄されたこと。久間三千年に死刑判決が確定し、二〇〇八年に執行されたこと。久間が一貫して無実を主張し、遺族が二度の再審請求を行ったこと。ここまでは争いのない経過である。
DNA型鑑定については、確定判決当時の単純な一致評価をそのまま有罪根拠にできないと後の裁判所も認めた。しかし、裁判所はほかの情況証拠を総合し、有罪認定は維持できるとして再審開始を認めていない。
第二次請求では新しい目撃証言が提出されたが、福岡地裁と福岡高裁は信用性を否定した。弁護側はその評価と審理方法を批判し、二〇二六年七月時点で最高裁への特別抗告が続いている。
「百二十七台の一台だった」「DNAが一致した」「DNA鑑定は誤りだった」という短い言葉のどれか一つで、事件全体を説明することはできない。確定判決、再審決定、弁護側資料を並べ、各証拠の示す範囲を読む必要がある。
心霊話や陰謀説がなくても、この事件が社会へ投げかける問いは重い。子どもの安全、科学鑑定の限界、情況証拠の総合評価、死刑の不可逆性、再審における証拠開示。結論を急ぐほど見えなくなる問題が、今も法廷に残されている。
