告発によって開いた病棟の扉
朝倉病院事件とは、2000年末から2001年にかけて、埼玉県庄和町、現在の春日部市にあった精神科病院の診療と入院管理をめぐり、深刻な人権侵害と診療報酬の不正請求が疑われた問題である。
元職員の告発をきっかけに、患者を長時間ベッドへ縛る身体拘束、医学的な必要性が疑われる中心静脈栄養、医師や看護職員の不足、精神保健指定医がいない状態での入院管理などが次々に表面化した。
病院内で多数の患者が亡くなっていたことも報じられ、「四十人の不審死」「病院ぐるみの殺人」といった強い言葉が広がった。しかし、公開されている国会審議や行政資料が認定しているのは、違法な拘束や不適切な医療、不正請求の疑いである。死亡した患者すべてが犯罪によって殺害されたとする司法判断は確認できない。
この区別は、病院の責任を軽くするためではない。実際に確認された人権侵害だけでも重大だからこそ、刑事事件として立証されていない話を混ぜ、輪郭をぼかしてはいけない。
病院に集められた人々
朝倉病院には精神疾患のある患者だけでなく、認知症の高齢者、生活基盤を失った人、身体疾患を抱える人が多数入院していた。2001年3月1日の衆議院予算委員会分科会では、約二百人の入院患者のうち七、八割が認知症の高齢者だったとの指摘が出ている。
高齢で、家族とのつながりが弱く、退院先も見つけにくい。そうした患者は、自分で病院を選び直したり、外部へ助けを求めたりすることが難しい。医療機関へ入った後、生活の全体を施設に委ねざるを得ない人ほど、閉鎖された環境で不利益を受けても声を上げにくい。
当時は、精神科病床や高齢者施設が長期入院者の生活の場になっている現実があった。医療が必要だから入院するという原則と、行き場がないため病院にとどまる「社会的入院」が重なり、患者本人の意思が後回しになりやすかった。
朝倉病院だけを異様な施設として切り離すと、弱い立場の人を大規模施設へ集め、外から見えにくくする仕組みを見失う。個々の職員や経営者の責任と同時に、患者をそこへ送り続けた行政、紹介元、医療制度の監督も問われた。
身体拘束は治療なのか
国会審議では、患者を複数箇所でベッドへ固定する「七点拘束」が取り上げられた。身体拘束は転倒や自傷を防ぐ目的で行われる場合があるものの、必要性、代替手段、実施時間、医師の指示、継続的な観察が欠かせない。
拘束された人は、自分で寝返りを打つことも、トイレへ行くことも、水を飲むこともできなくなる。長時間に及べば、筋力低下、褥瘡、血栓、肺炎、せん妄などの危険が増す。認知症の人が拘束へ強く抵抗し、さらに拘束が強められる悪循環も起こりうる。
朝倉病院では、精神保健指定医が不在の状態や、十分な診察を伴わないまま拘束が行われた疑いが示された。坂口力厚生労働大臣も国会で「違法な身体の拘束」に言及し、医の倫理として避けなければならない問題だと答弁している。
患者が騒ぐから、転ぶと困るから、職員が足りないからという理由で自由を奪えば、拘束は治療ではなく管理の道具になる。人手不足は病院側の事情であり、患者の権利を縮めて埋め合わせてよい理由にはならない。
