雪のない夕方、道の先に黄色いテープ
「札幌市中央区の山鼻地区在住です」。怖い話を集めたまとめサイトに載った投稿は、この一行で始まる。書き手はこの町に30年住んでいるという。場所は中島公園の電車通りに近い住宅地で、ススキノからなら歩いて20分から30分ほどだそうだ。
ある日の仕事帰り、時刻は18時ごろだった。雪がなかったので冬ではない、と書き手はわざわざ断っている。セブンイレブンの向かいがやけに騒がしく、道は黄色いテープでふさがれ、警察の車がびっしり止まっていた。
大型の車両まで出動していて、野次馬もそこそこ集まっていた。静かな住宅街の夕方にしては、ずいぶん物々しい眺めだ。投稿者はコンビニで聞いてみた。返ってきたのは「なにか爆弾騒ぎみたいですよ」という一言で、その時は「へぇ」ぐらいにしか思わなかったらしい。
営業マンが持ってきた翌日の話
話が動いたのは次の日だった。職場の営業マンが、とんでもない噂を持ち込んできたのだ。ネットで買った爆弾を親子喧嘩の末に身につけ、息子の首から上がぶっ飛んだ、という中身だった。前日の封鎖はそれだったのか、と筋がつながる。
投稿の冒頭には、若い男の子が父親の目の前で自殺したそうだ、とも書かれている。正式な名称はわからない。時期も「確か3、4年前」と、記憶頼みの書き方にとどまる。名前も日付も、手がかりになる固有の情報はほとんど出てこない。
営業マンがなぜ知っていたのか。父親のほうがその営業マンのお客様だったことがあるらしく、噂がチラッと入ったそうだ。又聞きの又聞き、という距離になる。書き手は頼りなさを自覚していて、途中で「そうです」ばかりですみません、と謝っている。
数えてみると、伝聞の語尾は「そうです」が2回、「らしく」「らしい」が1回ずつ出てくる。短い投稿の中で、これだけ重なる。語尾のひとつひとつが、自分の目で見たものではないという印になっている。
自分の目で見たのは、封鎖の様子だけだった。爆弾の話は、最初から最後まで人づての話だ。封鎖を見た日と話を聞いた日が一日ずれていることも、小さくない。現場で耳にしたのは「爆弾騒ぎ」という言葉だけで、首から上の話はすべて翌日に同僚の口から届いた。
「ほとんど報道されなかった」と投稿者は書いた
投稿者がいちばん恐ろしいと感じたのは、騒ぎそのものではなかった。報道の少なさだ。当日に一瞬だけ道内限定のコーナーで読まれたらしい、と書いたきり、話はぷつりと途切れている。
これだけ特異な事件なら、日本中どころか世界のニュースになりそうなものだ。投稿者はそう首をかしげていた。当事者の家族の心情を察して控えたのか、そこは謎だという。結局、何事もなかったことになっている。
本人も、しばらくはペロッと忘れていたと打ち明けている。あれだけ物々しい現場を目の前で見た人が、一度は忘れていた。この一文だけが、妙に生々しい。
控えられた理由は、投稿者が自分で推し量っている。爆弾の入手経路を大々的に報じれば、二次、三次と若い命が絶たれるかもしれない。両親が受けたダメージも思いやられる。情報操作は恐ろしいが、この件については正解だった気がする、と結んでいた。
報道の空白を陰謀だと騒ぎ立てず、家族への配慮として受け止めている。書き手の人柄がにじむ部分だ。しかも真相は確認していないと認めたうえで、道路が封鎖されていたのは見た、と一点だけは譲らない。見た部分と聞いた部分を、本人がきちんと分けているのだ。
2017年9月29日という日付
このページには日付が付いている。2017年9月29日だ。投稿者の言う「3、4年前」を、この日から数えてみる。3年か4年さかのぼると、2013年から2014年に行き着く。
ただし、これは掲載日から逆算した目安にすぎない。投稿がもっと前に書かれ、あとから転載された可能性は消せない。ページの日付が、書かれた日と同じとは限らないからだ。
季節の手がかりは、投稿者が「雪が無かったので冬ではありません」と書いた一言だ。気象庁の平年値で見ると、札幌の積雪は4月10日ごろに終わり、11月9日ごろに始まる。雪のない日が続くのは、7か月ほどだ。冬の夕方だけは外れる。この一言だけでは、月までは絞れない。
それでも、2014年の札幌には覚えておきたい出来事がある。1月27日、北警察署の駐車場に止まっていたワゴン車から、爆発の痕とガスボンベが見つかった。2月20日には北区の大型量販店で火災があり、客およそ200人が避難している。
3月18日にはスーパーの駐車場で車が燃え、男女2人が煙を吸って軽いけがをした。3月27日には、ホームセンターのトイレが全焼している。4月3日の夜11時45分ごろ、道警の官舎の階段で爆発があり、釘が2000本以上飛び散った。合わせて5件で、現場はどれも北警察署から半径3キロ以内にある。
犯行を知らせる文書は、警察署や報道機関あてに、少なくとも4通届いた。2月初めには北海道新聞社に、4月にはテレビ局のキャスターにも届いている。4月30日に当時51歳の主婦が激発物破裂の疑いで逮捕され、決め手のひとつはタクシーのドライブレコーダーの映像だった。死者は、ひとりも出ていない。
逮捕のあとも、5月4日には道警の駐在所で、6日には大型書店でボンベの破裂が続いた。道警は、模倣犯の仕業と説明している。投稿者が書いた「二次三次」という心配は、空想ではない。
2016年3月11日、札幌地方裁判所の裁判員裁判が、懲役18年を言い渡した。罪名は、住居侵入、激発物破裂、現住建造物等放火などだ。求刑は懲役20年。未決勾留の460日は、刑に算入されている。
争点は、誰が犯人かだった。裁判所は、焼け焦げて報道では知り得ない事実がメモに書かれていたことなどを根拠に、犯人と認めた。判決は、人の集まる場所での計画的で危険な犯行が、周辺住民を大きな不安に陥れたと指摘する。
念のため断っておく。この連続爆発の現場は北区とその周辺で、中央区の山鼻ではない。投稿と結びつける材料は、ひとつもない。
ここからは筆者の見立てだ。爆発という言葉が札幌の人の耳に近かった時期に、コンビニで「爆弾騒ぎみたいですよ」と聞かされた。その場面は、少なくとも不自然ではない。
市電の走る電車通り
山鼻という地名には、開拓の歴史が詰まっている。1870年に東本願寺の管刹所が今の南7条西8丁目に開かれ、1874年9月には山鼻村ができた。1876年には、東北の旧仙台藩や会津藩などの元士族240戸、1114人が、屯田兵として移り住んでいる。琴似に次ぐ、2番目の屯田兵村だった。
1882年の山鼻村は、戸数302、人口1382人。桑や麦や豆を育てる農家がおよそ235戸あり、前の年には明治天皇が訪れて、その碑が今も残る。山鼻の名は、山の端がなまったものだ、という説がある。
昭和30年代までは藻岩山の麓に畑が広がる近郊農業地帯で、そこへ公宅やマンションが建ち並んで、今の住宅街になった。市電も早く、1923年には山鼻線がすすきのから行啓通まで開業し、8年後には山鼻西線が走り出している。
札幌に電車が初めて走ったのは、1918年。開道50周年記念の博覧会の会期中で、中島公園へ向かう路線も同じ年に開いた。その中島線は、1948年に廃止された。今、公園の入口に近い停留場は、中島公園通という。山鼻線が通る西7丁目通と、南11条通の交差点にあり、公園の入口までは100メートルほどだ。
札幌市中央区が作った散策地図にも、この一帯の通りに「電車通」という注記が見える。投稿者の言う電車通りは、市電が走るこの通りだと読める。これは筆者の見立てだが、中島公園と電車通りと山鼻をひとつの文に並べた書き方は、地元の人の距離感に合っている。
中島公園は、1886年に中島遊園地として札幌区に編入され、1910年に今の名になった。園内の菖蒲池では、1897年ごろから貸しボートが始まったという。豊平館と八窓庵は国の重要文化財で、1997年には札幌コンサートホールのキタラが開いた。1918年と1958年には、博覧会の会場にもなっている。
菖蒲池の前身は、開拓使が木材の貯木場として造り替えた池で、工事を請け負った人の名から元右衛門堀と呼ばれた。1976年にはこぐま座が開き、公立では日本初の人形劇の専用劇場になった。公園は、見どころの多い場所だ。
中央区の人口は、2020年に24万8680人。道庁も札幌市役所も、同じ区の中にある。区役所は山鼻地区に置かれている。投稿者が「治安や環境はさほど悪くない」と書いたとおり、静かな住宅街の顔と、都心の顔が、徒歩圏で隣り合う場所だ。
この公園には、事件とは別の噂がある。カップルでボートに乗ると別れる、というジンクスだ。札幌の地元情報を書くブログでも「あるそうです」と伝聞で紹介されていて、いつ始まったかは示されていない。同じ公園の名前が出てくるからといって、爆弾の話とつなげる理由はない。
爆発が本当に起きた朝と夜の記録
札幌で爆発が実際に起きたとき、記録はどう残ったのか。2018年12月16日の20時29分ごろ、豊平区平岸の雑居ビルで爆発が起きた。木造2階建てのビルが倒壊して燃え、近くのマンションの窓ガラスが割れた。吹き飛んだトタン屋根が架線に触れ、240戸が停電している。
爆発音は、20キロ離れた江別市でも聞こえたという。国道453号は通行止め。バスは迂回を余儀なくされた。
負傷者の数は、資料によって44人から52人と揺れる。死者は、ゼロ。原因は、店内に充満した消臭スプレーのガスに、湯沸かし器の火が引火したことだ。
あとの調べで、制度の穴も見えてくる。消防局の調査では、ビルの所有者と入居する3つのテナントに防火管理者を選ぶ義務があり、指導は2016年6月から2018年10月までに計12回あった。それでも、対策は取られていなかった。
元店長は、2019年12月2日に書類送検され、2020年4月9日に在宅起訴されている。2020年8月18日、札幌地方裁判所は、元店長に重過失傷害と重過失激発物破裂の罪で、禁錮3年、執行猶予4年を言い渡した。事故から判決まで、1年8か月。全国ネットで速報され、初期の一部報道では、巻き込まれた隣の居酒屋が火元のように扱われたと事典に記されている。
もっと新しい例もある。2026年2月9日の午前5時3分ごろ、手稲区西宮の沢の住宅で爆発があり、1人が亡くなり、4人がけがをした。翌日には、警察と消防の現場検証が始まっている。
被害を受けた建物の数は、報道のたびに違った。10日の時点で、20棟、39棟、約40棟と伝えられ、14日には、火元から半径およそ130メートルの60棟になっている。規制線の範囲も、午後6時前に広げられている。防犯上の観点からだと、テレビ局は伝えている。
2月17日、北海道ガスは、住宅の敷地内でつながるガス管に直径2ミリほどの穴があり、そこからガスが漏れていたと明らかにした。新聞は、2022年の法定点検でさびが見つかりながら補修が見送られていた、と伝えている。2月19日には、同じ供給方式の約8500戸で緊急点検が始まった。事故のあとも、記事は何本も続く。
この夏にも、爆発音の通報が続いた。7月24日の深夜、北区拓北の2階建て住宅で、複数回の大きな爆発音がして火事になり、火元の部屋から遺体が見つかった。出火の原因は、警察が詳しく調べている途中だ。
7月31日の未明には、西区の住宅街から「爆発音が聞こえて停電している」という通報があった。爆発も火災もけが人も確認されず、電線が何らかの原因で切れていた。最大1660戸が停電し、北海道電力が原因を調べている。爆発音の通報があっても、中身が爆発とは限らない。
どの事件にも、日付と場所と原因が残っている。逮捕も起訴も判決も点検の拡大も、あとから検索して追いかけられる。山鼻の話には、その足跡がない。あるのは、封鎖の記憶だけだ。
もう一つ、騒ぎが小さく終わった例もある。2026年8月28日の18時過ぎ、札幌市東区の住宅で「不発弾のようなものが車庫にあった」と通報があった。警察は半径50メートルに避難を呼びかけ、周辺の道路を規制した。依頼を受けた自衛隊が、22時過ぎに回収している。
調べると、それは偽物で、爆発の心配はなかった。結果は、空振りだった。地元のテレビ局のニュースが、日時と場所をつけて伝えている。封鎖と避難の呼びかけだけで、住宅街の夕方はこれだけ物々しくなる。規制線と警察車両を見ただけでは、何が起きたかは決まらないと、筆者は考える。
「爆弾」という言葉の居場所
爆発物の扱いには、古い法律がある。爆発物取締罰則は1884年、明治17年の太政官布告として定められた。140年以上前の話だ。治安を妨げ、または人の身体や財産を害する目的で爆発物を使うと、死刑か無期、7年以上の懲役や禁錮になる。製造や所持などの準備にも罰がある。
火薬類取締法は1950年の制定だ。製造、販売、貯蔵、運搬、消費、廃棄が許可の対象で、運搬は公安委員会が、そのほかは経済産業省や都道府県知事が受け持つ。さきほどの2件で問われたのは、どちらも激発物破裂の系統の罪だった。罪名に、爆弾という語は出てこない。
ここも筆者の見立てだ。火薬類の販売は許可制の世界にある。投稿の「ネットで買った」という一言が事実なら、その世界の外の出来事か、何かの取り違えが混じっている。どちらなのか、材料は出てこない。コンビニで聞いた「爆弾騒ぎ」という言葉も、現場で確かめた判断というより、噂話の呼び名に近い。
警察が不審物に対応するときは、機動隊の爆発物処理班が出る。北海道警察を含む13の都道府県警察に、この専門部隊がある。基本の任務は、エックス線の装置などで不審物を確認し、専用の車両で現場から運び出すこと。不発弾の処理は、自衛隊の部隊が受け持つ。投稿にある「大型の車両」が何を指すのかは、本文に書かれておらず、結びつける材料もない。
「場所を伝えない」という物差し
投稿者は、報道の少なさを情報操作と呼びかけ、すぐに「正解だった気がする」と引っ込めた。その直感には、実際の裏づけがある。世界保健機関は2000年に、自殺を報じる側への手引きを初めてまとめた。2008年と2017年に改訂し、2023年9月に新しい版を出している。
手引きが求めるのは、手段を描写しないこと、場所の名前や詳しい情報を伝えないこと、センセーショナルな見出しを避けることだ。2023年版では、遺書の詳細を報じないことと、原因をひとつに決めつけないことも加わった。悪い影響だけでなく、希望を伝える報道が良い影響を持つこともある、という記述も増えている。
報道が自殺を増やす現象は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』にちなんで、ウェルテル効果と呼ばれる。作品は1774年。1974年にアメリカの社会学者が、新聞報道と自殺の統計を突き合わせて、そう名づけた。
2023年版の日本語訳は、いのち支える自殺対策推進センターが公開している。手引きは誰でも読める。裏で誰かが操作する話ではなく、表に出ている物差しだ。報道の現場がそれを守れば、記事は小さくなり、場所は伏せられ、続報は出にくくなる。
ここからは筆者の見立てだ。仮に山鼻の封鎖が若い男性の死に関わるものなら、手段や場所を伏せた小さな扱いで終わるのは、この物差しと矛盾しない。道内向けの短いニュースで一度流れて消えた、という投稿者の記憶とも、並べて置ける。
「親子喧嘩の末に」という筋書きも、原因をひとつで説明する語り方だ。手引きが避けるよう求める書き方に近い。噂は、報道が守る物差しの外側で育つ。これも筆者の見立てにすぎない。
ただし、小さな扱いに説明がつくことと、実際にあったことは別だ。北海道新聞は、平日の朝刊に市町村単位の記事を載せる3ページの地方版を持つ。札幌の住宅街の出来事を拾える器は、あるわけだ。ウェブで見える範囲の検索では、該当する記事も警察発表も見つからなかった。有料の新聞データベースまでは、当たれていない。
話が一人の口を通るたびに
噂の研究には、よく知られた考え方がある。話の重要さと、内容の曖昧さをかけ合わせると、流言の生まれやすさが決まるというものだ。大事なことなのに、真偽がわからない。その条件が揃うと、人は黙っていられなくなる。
流言の広がりには、話す人の信用度と、情報への近さも効くという。職場の営業マンは身近な相手で、お客様の家の事情にも近い立場にある。この噂が投稿者に届いた道筋は、噂が広がる条件をほぼ満たしている。これも筆者の見立てだ。
一橋大学の研究者は、都市伝説の特徴を二つ挙げている。ひとつは、話がもっともらしいこと。もうひとつは、少し間をおいて、同じような話が繰り返されることだ。
ここからは筆者の見立てになる。山鼻の話は、もっともらしい。封鎖も警察車両も本物で、そこへ衝撃的な一言が乗ると、話は一気に本当らしくなる。
投稿者の語りを、聞いた順に並べ直してみる。コンビニで聞いたのは、爆弾騒ぎという言葉。職場の営業マンから聞いたのは、首から上の話。その営業マンが聞いたのは、お客様だった父親の周りの噂で、首から上の話は少なくとも二つの口を通っている。
出どころは、見える範囲でひとつの投稿しかない。題名や特徴的な言い回しで検索しても、同じ話を別の場所で語る人は見つからなかった。体験談が積み重なってできた都市伝説というより、ひとつの投稿から始まった話に見える。
ページの題が「頭ふっとび」と、いちばん生々しい一語を看板にしているのも、目を引く。著者欄には「管理人」とあるだけで、投稿者の名前はどこにもない。題の頭に付いた「【怖い事件】」が、そのまま棚札の役目をしている。
同じ研究者は、同じ噂を何度も受け取るうちに信用が育つことも、ネット時代の特徴に挙げている。この話は、見える範囲で一度しか見つからない。信用が積み上がる道筋が、どこにも見えないのだ。
その指摘では、1970年代の信用金庫の噂は、パニックまで数日かかった。2003年の佐賀県の例では、携帯メールやネットのせいで、1日もかからなかったという。口づての噂は、ネットの怪談へ姿を変えた。この話が載ったのは、2017年のまとめサイトだった。
見たのは道路だけだった
話の強さは、二段に分かれる。ひとつは、投稿者が自分の目で見た封鎖の様子。もうひとつは、爆弾で首から上が吹き飛んだという伝聞だ。証拠としての重みは、まるで違う。
前者は、住宅街で警察が道を封鎖し、大型の車両まで出てくる場面として、ありふれた光景だった。疑う理由は、特にない。後者を裏づける公的な記録は、見える範囲では見つからなかった。話が衝撃的であるほど、支えになる記録がほしくなる。
生々しい一言は、それだけで本当らしく聞こえる。力のある言葉だ。その一言は、営業マンを通り、投稿者を通り、まとめサイトに載って、今ここに届いている。伝言の回数は、少なくない。
投稿者が見たと言い切っていたのは、封鎖された道路だけだった。黄色いテープと、警察の車。テープの向こうで本当は何が起きていたのか、投稿者自身も確かめないまま、この話を書き終えている。
