葬儀の場だけ、普段と逆にする
人が亡くなった後、死装束は着物の合わせを普段と逆にする。屏風を上下逆さに立て、故人を清める湯はいつもの順番と反対に作る。こうした葬送の作法は、まとめて「逆さ事」と呼ばれている。
子どもの目には、何かを間違えているように見える。いつも正しいと教わった着方や道具の向きが、その日だけ変わるからだ。大人から「あの世はこちらと逆だから」と聞き、怖さとともに覚えた人もいる。
ただし、全国の葬儀ですべて同じ逆さ事を行うわけではない。宗派、地域、家の習慣によって使う道具も意味づけも変わる。何でも反対にすればよいのではなく、現在では葬儀社や寺院の案内に沿って行われることが多い。
左前の死装束
着物は、生きている人なら右の身頃を先に体へ当て、その上へ左の身頃を重ねる。外から見ると左側が上になる。死装束では合わせを反対にし、右側が上になるように着せる。この着せ方を、一般に左前と呼んでいる。
生者と死者の装いを分ける、という説明が分かりやすい。亡くなった人がこれから向かう世界は、日常の秩序とは別の場所である。その違いを着物の合わせで目に見える形にする。生きている人が同じ着方をすると縁起が悪いと言われるのは、死者の装いを連想するためだ。
左前には強い印象があるが、死者を怖い存在にするための作法ではない。故人を生者の生活から送り出し、葬儀の時間を普段の暮らしと分けるための目印として受け継がれてきた。
屏風、水、布団も逆になる
逆さ屏風は、故人のそばに置く屏風を上下逆に立てる作法だ。屏風の絵柄が普段と違って見え、部屋全体が非日常の空間へ変わる。あの世とこの世の境を示す、死の影響を日常から分ける、といった意味が語られている。
湯灌で使う「逆さ水」も知られている。普段は水へ湯を足して温度を調整するところを、湯へ水を足す。ほかにも、布団の上下を反対にする、ひもを縦結びにする、鏡を覆うといった習慣がある。
細かな作法は土地によって違う。屏風ではなく衝立を使う地域、衣服の別の部分まで反対にする地域もあるとされる。一つの由来ですべてを説明するのは難しく、「この世と逆の作法」「死の時間を日常から切り離す作法」という大きな考え方が、各地で違う形になったと見ると分かりやすい。
間違いではなく境目のしるし
家の中で人が亡くなると、同じ部屋なのに普段とはまったく違う時間が流れる。家族は悲しみながら、連絡や準備に追われる。目に見えない死という変化を、周囲の人がすぐ理解できる形へ置き換える。その役割を逆さ事が担ってきた。
いつもの向きを変えるだけなので、大がかりな道具はいらない。けれど、見慣れた屏風や着物が逆になると、誰の目にも「今は普段ではない」と伝わる。故人を送る時間と、生きている人の日常との境目が、部屋の中に現れる。
現代の家族葬や会館での葬儀では、逆さ屏風を見ない場合もある。作法が省かれたから故人を大切にしていない、ということではない。葬送の形は暮らしに合わせて変わる。
逆さ事を怪しい呪術として面白がるより、死を受け止めるために人が作った所作として見るほうが、その静かな重さが伝わる。左前も逆さ水も、「間違い」ではない。いつもの世界から故人を送り出す、その時だけの向きなのだ。
