オカルト総合資料館
怖い風習・怖い迷信
各地の風習や禁忌が、いつ、どのように語られてきたのかをたどります。
148件の記事を収録しています。
何が語られているか 「投げ込み寺」は、遊郭・宿場などで亡くなった身寄りのない人や災害犠牲者を受け入れた寺院に付いた俗称である。もとの資料は、吉原近くの浄閑寺と板橋宿の文殊院を中心に、遊女・飯盛女が粗末に葬られた歴史として。
何が語られているか もとの資料は、雪女、弥三郎婆、動植物による降雪予測、新潟県十日町の婿投げなどを「雪国の怖い風習」として一括する。雪の夜に子を連れ去る存在、子を抱く試練、禁忌を守れば助かり破れば凍死するという筋が中心で。
何が語られているか もとの資料は、精神疾患や問題行動のある家族を旧家の一室へ閉じ込めた「座敷牢」を、明治から昭和初期の全国的な風習として紹介する。岩手・秋田・山梨・島根などの旧家で死者の泣き声や怨念が残ったという話も列挙。
何が語られているか もとの資料は「婿殺し」を、婿入りした男性を妻の家族が労働力として酷使し、過労死・自殺へ追い込んだ農村の風習と説明する。岩手・秋田・山梨・長野・熊本・鹿児島に分布し、『越後風土記』にも事例があるとする。
何が語られているか もとの資料は「媢嫉(ぼうしつ)の呪い」を、嫉妬した女性や母親が妊婦・子どもへ怨念を向け、病気・事故・死を招く農村の風習として扱い、現代の子持ち女性への攻撃にも連なると説明する。 記録と照らす 「媢嫉」。
何が語られているか 火葬後の遺骨を遺族が噛む「骨噛み」を、故人の力・魂を受け継ぎ、別れを受け入れる九州の葬送儀礼として紹介する。もとの資料は秘密の儀式、祟り、骨から声がするという怪談も付加する。 記録と照らす 民俗学文献。
何が語られているか 村の規範に背いた家を、火事と葬式を除く共同作業・交際から排除する「村八分」を、社会的な死に等しい制裁として扱う。もとの資料は孤立、自殺、怨念、現代のネット排斥との類似も語る。 記録と照らす 村八分は民。
何が語られているか 橋、堤防、城などの難工事を成功させるため、人を生き埋めにして神へ捧げたという「人柱」を紹介する。もとの資料は古代の実在儀礼として描き、各地の霊・うめき声・作品中の「柱」と結び付ける。 記録と照らす 人。
何が語られているか もとの資料は、人骨の頭蓋を祭壇に置き、夜ごと念仏・真言を唱えて死者の霊力や予言を得る「髑髏念誦」が山間農村で行われたとする。失敗すると頭蓋が笑う、声を発する、祟るという怪談を伴う。 記録と照らす 「髑。
何が語られているか もとの資料は、戦死者や罪人の血が染みた石に触れ、色・重さ・滴る血によって未来や死を占う「血塗れ石占い」が各地にあったとする。石に取り憑かれる、夢に死者が現れるという怪談も付く。 記録と照らす 「血塗れ。
何が語られているか もとの資料は、疫病や罪を鬼に見立て、大釜で煮沸して村外へ送る「鬼追い釜」を、奈良・東北などの古い呪術儀礼として説明する。釜から叫び声が聞こえる、覗くと祟られるという怪談が続く。 記録と照らす 「鬼追い。
何が語られているか もとの資料は、平安時代の奈良・岩手で罪人の目を潰して氏神や水神へ捧げ、疫病を防いだ「目潰し祭り」があったとする。『今昔物語集』に罪人を神へ捧げる記述があるとも主張する。 記録と照らす 「目潰し祭り」の。
何が語られているか もとの資料は、室町~江戸期の処刑・自死に使われた松へ縄を巻き、僧侶が念仏を唱えて霊を封じる「首吊り松」の風習が千葉・大分などにあったとする。伐採者の事故、夜の泣き声、病気の噂も列挙する。 記録と照らす。
何が語られているか もとの資料は、火葬後の遺骨を砕き、念仏を唱えながら川へ流す「骨抜き念仏」が東北・北陸で行われ、死者を他界へ送ったとする。骨が川上へ戻る、声が聞こえる、行わないと祟るという怪談を伴う。 記録と照らす 「。
何が語られているか もとの資料は、罪人や悪人の死体を村境へ置き、妖怪「火車」に運ばせて穢れを外へ出す「火車送り」が行われたとする。雷雲、猫、棺が空へ上がる、死体が消えるという話を伴う。 記録と照らす 火車は、葬列や葬儀の。
何が語られているか もとの資料は「人返し」を、村境でよそ者や旅人を追い払い、場合によっては暴力・殺害で共同体を守った闇の風習と説明する。追われた旅人の霊が村へ戻るという怪談も付く。 記録と照らす 歴史用語としての「人返し。
何が語られているか もとの資料は、藁人形を逆さに吊って釘を打つと呪いが強まり、目撃される・手順を誤ると術者へ呪いが返る「藁人形の逆吊り」を、丑の刻参りの怖い風習として紹介する。 記録と照らす 丑の刻参りは民俗資料に採集例。
何が語られているか もとの資料は、貧困・飢饉・人口調整のため、生まれた子を川へ落とす「産子落とし」が東北・北陸などで行われ、赤子の泣き声や母子の霊が残ると説明する。 記録と照らす 近世の堕胎・間引き、明治以降の嬰児殺しは。
何が語られているか もとの資料は、死者の魂を青白い炎として村境や川辺まで導く「人魂送り」が各地にあり、列から外れた炎が家へ入ると祟る、火を消すと死者が戻るとする。 記録と照らす 盆の迎え火・送り火、灯籠流し、精霊送り、墓。
何が語られているか 十三歳の男女が虚空蔵菩薩へ知恵・福徳を願う十三参りで、帰路に振り返ると授かった知恵を失うという禁忌を紹介する。もとの資料はこれを呪い、神隠し、怪異の危険として強く演出する。 記録と照らす 十三参りは。
何が語られているか もとの資料は「子作安寿以外の埋葬」という名称で、妊娠中に亡くなった女性から胎児を取り出し、木箱・瓶に入れて青森では川辺へ埋め、福岡では川へ流したと説明する。母子の泣き声や白布の目撃譚も付く。 記録と照。
何が語られているか 障害者、高齢者、病弱者を農家の小部屋・納屋・蔵へ隔離し、食事を減らして放置した「厄介部屋」が江戸~昭和初期に東北・中国地方へあったとする。壁の爪痕、泣き声、座敷童子化などを語る。 記録と照らす 「厄介。
何が語られているか もとの資料は、妊娠中に死亡した女性から胎児を取り出して別に埋葬し、母子の霊を分けて産女化・祟りを防ぐ「産女の風習」を紹介する。青森・福岡・山口などの塚、川辺、塩の儀礼も挙げる。 記録と照らす 産女は。
何が語られているか 実のならない果樹へ斧・鉈を振り上げ、「成るか、成らぬか」「成ります」と問答し、切るふりをして豊作を願う成木責めを紹介する。もとの資料は木の精の怒り、伐採者の祟り、血のような樹液などを強調する。 記録と。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、岩手・青森で赤い顔と長い黒髪の女「子作安寿」が、親に従わない子供や夜歩く女性を山へさらい、戻った者は正気を失うとされたと説明する。また、昭和期まで「安寿が来るぞ」と脅す言葉が使われ、現。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、隠岐諸島で自殺者や病死者を森の木に吊り、穢れを地上から切り離して神に捧げたとする。『隠岐国志』に類似記述があるとも述べ、1970~80年代に布状の物を見た古老の証言、子供へ「首吊りの木。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、青森県津軽地方で、疫病患者や罪人を土蔵・洞穴へ入れ、二度と出られないよう封じたとする。穴から叫び声や爪で壁を掻く音が聞こえた、1980~90年代にも子供が近づくのを禁じられた、供物を置。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、江戸期の長崎離島で、キリシタン、罪人、疫病患者を崖から海へ突き落とし、穢れを流したとする。対馬で病者を落として疫病が止んだ、五島で罪人を落とすと漁が戻った、明治の旅人の日記や江戸期の漁。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、神通川・庄川などで紙や藁の人形に穢れを移す行事があり、それが生きた罪人・病者を流す「穢れ払いの川流し」へ発展したとする。江戸中期の飢饉、夜の叫び声、明治の旅人日記、1950年代の住民。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、罪人・政治犯を帆や櫂、食料、水のない舟へ乗せて沖へ流し、海神の裁きに委ねたとする。『土佐国風土記逸文』と地元口碑に断片があるとし、流人の叫び、漁の回復、嵐の鎮静、桂浜の舟影などの怪談を。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、長州藩の貧困家庭が養えない子を土蔵・洞窟へ閉じ込め、「自然に返す」名目で死なせたとする。『長州藩郷土史』と口碑に断片がある、指月山に「幽閉子の穴」がある、夜に泣き声・足音がする、昭和初。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、平安~中世に神の使いである鹿を選び、夜の海辺で喉を切り、血を海へ流すことで豊漁・雨・島の加護を願ったとする。『安芸国風土記逸文』、血の岩、角や骨の奉納、江戸・明治・昭和の鳴き声体験、現。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、城の安定と神の加護のため、罪人・貧困層・志願者を礎石下へ埋めたとする。『備前国風土記逸文』に断片がある、特定の石を「人柱の石」と呼ぶ、平安・鎌倉期にも人柱を入れた、夜に呻き声が聞こえる。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、平安~江戸期、潜水死した海女の遺体を石で海底へ沈め、海神への供物・漁場の守護者にしたとする。『志摩国風土記』断片、江戸の漁村記録、的矢湾の「海女の墓」、腰の重石「イサギ」、海底から呼ぶ。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、飢饉・疫病・戦乱の際、罪人、異端の僧、集落の秩序を乱した者を春日山へ追放し、死ぬまで放置したとする。『春日権現験記絵』、神官の記録、明治の役人報告、「神の岩」、夜の呻き声などが存在をほ。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、古代~江戸初期に干ばつ・洪水・疫病を鎮めるため、牛、鶏、若者、処女を森で供犠したとする。『摂津名所図会』に「森の奥に血の跡あり」とある、赤い染みの岩、1960~80年代の気配、2020。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、江戸以前に天然痘・麻疹の病者、窃盗・不義の者、村八分の家族を樹海奥へ置き去りにしたとする。『甲斐国志』や村記録に断片がある、洞穴で暮らした、1960年代以降の影・泣き声、自殺防止パトロ。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、満月の夜、若い女性を霞ヶ浦の中心へ連れて行き水中へ沈めたとする。『常陸国風土記』の香澄郷、水神社、行方市の浮島神社、1950年代の地元紙、漁師・古老の「助けてくれ」という声を関連づける。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、家運を永続させるため、座敷わらしを部屋・蔵へ閉じ込め、人形を壁へ埋め、結界を張り、鏡や塩を置いたとする。封鎖した壁から笑い声・足音が聞こえ、閉じ込めると祟るという話を紹介する。 記録と。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、子熊を1~2年育て、歌・踊り・祈りの後に殺し、魂をカムイモシリへ送るとする。一方、矢、棍棒、血、悲鳴を強調し、「神への供物」「残酷な風習」「怖い光景」と描く。明治の旅行者・宣教師、旭川。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、平安から戦国期にかけて貧困層や罪人、牛・鶏などを岩へ縛り、満月の夜の満潮で海神へ捧げたとする。岩場の血痕、夜の泣き声、古老や住民の証言も挙げるが、証言者名、採録年月、集落名、史料名、引。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、平安期から江戸初期まで、貧困や戦乱で育てられない赤子を籠へ入れ、木や崖から谷へ吊るして「自然に返した」とする。「吊り子の谷」、明治期の山仕事の男が聞いた泣き声、現代住民の証言まで記すが。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、1660年代の改修時、貧しい農家の娘お静が選ばれ、「夫が戦から戻るまで待ってほしい」と懇願したまま城壁基礎へ埋められたとする。また「実行された可能性が高い」「毎年4月に人柱供養」と述べ。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、江戸幕府が浄土真宗を全国的に禁じ、出雲国で1660年代に摘発を強化したとする。数十人の磔・斬首、爪への竹串、火あぶり、家族追放、「亡魂の村」、松江周辺の洞窟集会などを語るが、村名、寺院。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、清明節に墓石を水洗いし供物を捧げる行事を「墓洗い」と呼ぶ。その裏話として、1930年代の白い影、1940年代半ばに旧具志川村で若者が消え、海岸で溺死体となった事件、ユタが供物を増やすよ。
名称 沖縄県立博物館・美術館の採録題名は「人升田と久部良バリ」。琉球新報の用語解説では「トゥング田」とし、「一升田」「人桝田」ともいう。もとの資料の「人桝田」は異表記として存在するが、本記録では公的民話データベースの「人。
地形と文化財 与那国町の2026年資料では、久部良バリは久部良集落北西にある全長約15m、幅約3.5m、深さ約7mの岩の割れ目。「バリ」は割れ目を意味する。岩面には塩類風化でできる蜂の巣状のタフォニが見られる。 一帯は1。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、新見の貧困家庭が口減らしのため赤子を鍾乳洞の穴へ捨て、夜に泣き声が続いたため供物を置いたとする。2008年の大学生行方不明を亡魂と結びつけ、「新見市史には直接記述がないが近隣集落に類似。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、近隣集落が洞窟神へ米・酒を供え、怠ると災害や行方不明者が増えたとする。供物を止めた年に川が氾濫して村人が消え、再開すると災害が収まったという古老談、洞窟の唸り声、2008年事故を祟りと。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、僧侶が火葬前の遺体へ特別な呪文を唱え、魂を現世から解放したとする。魂が抜けないと手が動く・目が開くと恐れられ、呪文を繰り返すと動きが止まったという。『福井県民俗誌』に直接記述はないと認。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、福井県大野市周辺の「隠し子捨ての谷」または「子捨て谷」で、貧困や不義の子を谷へ捨てたとする。雪の夜に泣き声を聞いた農夫の子が病に倒れた話、捨てた母が毎夜泣き声を聞いて村を去った話も記す。
もとの資料が語る内容 もとの資料は、福井の農村・漁村で故人の魂を人形へ移し、川や海へ流したとする。人形が岸へ戻ると、家鳴り、子どもの高熱、漁獲減少などの祟りが起きたというが、地域名、神社・寺名、故人、実施日、採録文献を示。
もとの資料に書かれている内容 もとの資料は、新潟県十日町・魚沼などの豪雪地帯で、長男以外の男子を「おじろく」、女子を「おばさ」と呼び、結婚と財産相続を禁じて無償労働に従事させたとする。さらに、戸籍から外された、老いて働け。
もとの資料に書かれている内容 もとの資料は、鹿児島県大隅半島、とくに旧串良町で「おっとい嫁じょ」という略奪婚が行われたとする。1959年、婚姻を断られた男性が仲間と女性を連れ去り、性暴力により結婚を強要しようとして負傷さ。
もとの資料に書かれている内容 もとの資料は、山形のムカサリ絵馬、青森の花嫁人形、沖縄の夫婦同甕と赤い封筒を一括して「日本の冥婚」と紹介する。死者の慰霊だけでなく「家族の名誉」「未婚は家の恥」を主な動機とし、1898年・1。
習俗 オシラサマは青森・岩手を中心に旧家で祀られる一対または複数の棒状神体。布を重ねて着せ、馬頭・男女・僧形などの頭部をもつ。命日・祭日に女性の祭司役が神体を遊ばせ、古い布を脱がせず新しい布を重ね、語りや占いを行う「オシ。
行事 秋田県男鹿半島の集落で、大晦日など年の折目に、面と藁のケデを着けたナマハゲが家々を訪れる。家の主人は正式に迎え、膳を出し、家族の勤労・健康・子どもの行状について問答する。恐怖による折檻だけでなく、祝福と一年の更新を。
行事 岩手県大船渡市三陸町吉浜で1月15日夜、奇怪な面、藁蓑、俵、アワビ殻などを身につけたスネカが家々を訪れ、怠け者や泣く子を戒める。名は、炬燵に当たり続けて脛にできる火斑を剥ぐという説明と結びつけられる。 具体的所作。
行事 宮城県登米市東和町米川・五日町で、2月初午に行われる火伏せ・厄払い。地区の若者や厄年の男性が藁の蓑・被り物を着け、顔に煤を塗って社寺を巡る。沿道の家々が用意した水を屋根にかけ、火災除けを祈る。 藁を抜く 住民は走る。
二つの伝承地 沖縄県宮古島市の島尻と野原に伝わる来訪神行事。島尻では旧暦9月上旬、蔓草を全身に巻き、古井戸の泥を塗った三体のパーントゥが村を巡り、人・家・車などに泥を付けて厄を払う。野原では旧暦12月最後の丑の日のサティ。
行事 鹿児島県十島村悪石島で、旧暦7月16日の盆最終日に三体のボゼが現れる。赤土と墨の仮面、ビロウ・シュロなどの葉をまとい、男根形の杖ボゼマラを持つ。盆踊りの場へ乱入し、先端の赤泥を人々へ付けて邪気を払う。 意味 泥を付。
行事 鹿児島県薩摩川内市・下甑島の集落で大晦日夜、長い鼻と大口の面、藁蓑、シュロ・ソテツ葉などを着けたトシドンが、子どものいる家を訪れる。馬の足音を立て、日頃の行いを問い、約束をさせ、最後に大きなトシモチを与える。 恐怖。
行事 佐賀市蓮池町見島地区で、笠と藁蓑を着けた青年二人のカセドリが夜に家々を訪れる。玄関から勢いよく入り、手にした青竹を畳や床へ激しく打ち付け、悪霊を払い、家内安全・五穀豊穣を祈る。家人は水をかける。 名称 「加勢鳥」「。
行事 岡山市東区の西大寺観音院で、2月第三土曜を中心に行われる。修正会の結願に、まわし姿の男性数千人が垢離を取り、本堂大床でもみ合い、午後10時に住職が投下する二本の宝木を奪い合う。確保し検分を終えた者が福男となる。 成。
行事 愛知県西尾市鳥羽町で2月第二日曜、地区を東西に分け、スズミと呼ぶ巨大松明二基を燃やす。奉仕者が炎の中から神木と十二縄を取り出し、神前へ供える速さを競う。勝敗と燃え具合から作柄・天候・一年の吉凶を占う。 構造 水垢離。
行事 福島県三島町の複数地区で1月15日前後、雪を踏み固めた会場へ山から神木を運び、藁・豆殻・御幣・正月飾りを付けて立て、夜に燃やす。作り物自体もサイノカミと呼ぶ。 参加と利益 子どもが雪踏み・飾り集めを担い、厄年男性が。
行事 静岡県牧之原市蛭ヶ谷の蛭児神社で2月11日、薪への点火を合図に夜まで演じる田遊び。太刀・木刀による四方切りの後、田打ち、牛ほめ、田植え、稲刈りなど稲作過程を模擬し、豊作を先取りして祈る。 ほた小僧 杉葉を束ねた人形。
行事 長野県阿南町新野の伊豆神社で1月に行われる年頭の祭礼。雪を豊年のしるしとして神前に供え、神事、田楽、面形の舞、模擬的な農耕所作などを夜通し演じる。「雪祭」の呼称は大正期に折口信夫が紹介して以後広まったとされ、地元で。
行事 愛知県北設楽郡一帯で11月から3月ごろ、地区ごとの日程で行われる湯立神楽。舞庭の中央に釜を据え、神々を勧請し、花の舞、湯ばやし、榊鬼・山見鬼・朝鬼などの面形、問答や舞を夜通し奉納する。 「花」の意味 稲の花・生命の。
行事 福島県福島市金沢に伝わる羽山信仰の行事。旧暦11月16~18日ごろ、集落の男性たちが厳しい精進潔斎と夜籠りを行い、羽山へ登る。ノリワラと呼ばれる役を通じて神の託宣を受け、翌年の作柄などを占う。 記録の要点 精進期間。
行事 福岡県久留米市の大善寺玉垂宮で1月7日に行う年頭火祭り。昼に鬼面尊の面を遷し、種蒔き行事、松明揃え、鉾面神事を経て、夜に六本の巨大松明を動かす。阿弥陀堂から鬼が現れ、最後に松明と鬼が一気に本殿へ駆け込む。 鬼の性格。
行事 大分県国東市国見町櫛来の岩倉社で10月、九月祭の宵宮に行う火祭り。奇妙な面のケベスが、藁束を付けたサスマタ状の棒を持ち庭火へ突進し、トウバグミの男性が阻む。反復の末に火をはね、男たちが火の付いたシダで境内を走り火の。
行事 和歌山県新宮市の神倉神社で2月6日、白装束・荒縄・松明を備えた男性の上り子が急峻な石段を登り、山上で神火を松明へ移し、一斉に山を駆け下る。火の川のように見えることで知られる。 祭りの構造 参加資格・潔斎、阿須賀神社。
行事 石川県の能登半島で、七尾市鵜浦町鹿渡島で捕らえた鵜を鵜捕部が徒歩で気多大社まで運び、12月16日に神前で放す。鵜が進み、とまり、飛ぶ動きによって翌年の豊凶や天候を占い、最後は海岸で空へ放つ。 注目点 生きた動物を神。
行事 愛知県稲沢市の尾張大國霊神社(国府宮)で旧正月13日、数千人の裸男が儺追笹を奉納し、選ばれた神男(儺負人)に触れて厄を託そうと激しく集まる。翌日の夜儺追神事までを含む一連の厄払い。 神男 一定期間の潔斎を経て役を担。
行事 長野県諏訪地域で寅年・申年に行われる式年造営御柱大祭。山から選ばれた巨木を氏子が曳き、上社では山出し、木落し、川越し、里曳きなどを経て、上社・下社各社殿の四隅へ柱を建てる。全体で複数地区・役割の巨大な祭祀体系。 危。
行事 京都市左京区鞍馬の由岐神社で10月22日、大小の松明を担いだ氏子が集落を練り、「サイレヤ、サイリョウ」の掛声とともに神輿渡御を行う。天慶3年(940)に御所から鞍馬へ祭神を遷した際、松明で迎えたという社伝をもつ。
法会 奈良・東大寺二月堂で752年以来と伝える十一面悔過法要。現在は3月1日から14日、練行衆が国家・人々の罪過を懺悔し、祈願する。大松明は練行衆を堂へ導く道明かりで、行事全体の一部。 多層の次第 六時の勤行、声明、五体。
行事 和歌山県那智勝浦町の熊野那智大社で7月14日、十二体の扇神輿が那智の滝前の飛瀧神社へ渡御する例大祭。十二本の大松明が石段を進み、扇神輿と火で滝の神を迎え清める。通称「那智の火祭り」だが、正式には扇祭り。 象徴 扇神。
既存79件に続く追加台帳。婚姻は一つの全国制度ではなく、家・村・階層・時代で異なる。 |夜這い 若者が夜に異性のもとを訪れる慣行として各地の民俗記録に現れる。若者組や娘宿が交際の秩序を作る例、婚前交渉、婚姻候補の選択、既。
|胞衣納め 胎盤・臍帯を土中、床下、入口、便所周辺、山野などへ納める産育習俗。人や動物に踏ませる/踏ませない、将来の強さ、母子の縁、再生と結ぶ説明がある。容器、埋納者、場所、時期を地域別に採る。 |産屋 出産を母屋と分け。
|北枕 遺体を北向きに寝かせる仏式葬送と、日常では北枕を避ける禁忌。釈迦の入滅姿勢との説明が広いが、寺院・宗派・住宅事情で方角は異なる。 |逆さ水 湯灌や死者の支度で、水へ湯を足して温度を調える。日常の「湯に水」と逆にす。
|憑きもの筋 犬神、狐、蛇等を使役し他家へ害をなす家筋があるという信念。婚姻忌避、村落差別、財産増加への嫉妬と結ぶ。実際の飼育・呪術の証拠と、家に貼られたレッテルを分ける。 |犬神持ち 四国・中国地方等に分布するとされた。
|山の神の女人禁制 山の神を女性とし嫉妬を恐れる説明、血穢を理由とする説明、修行組織の男性性が重なる。鉱山、狩猟、修験霊山で範囲が違う。女性が山の神を祀る地域も併記する。 |山の神へオコゼ 醜い魚を山の神が好む、または自。
|即身仏 僧が長期修行の末に入定し、後世に遺体を掘り出し乾燥状態なら祀るとされる。木食、五穀断ち、土中入定という通俗的段階を、個々の行者の史料・発掘記録で検証する。全例が自発的生前ミイラ化計画だったとしない。 |補陀落渡。
|宇出津あばれ祭 能登町宇出津。キリコと神輿を激しく扱い、火や水、地面への投擲を伴うことで神を喜ばせ霊力を高めると語る。神輿渡御、松明、キリコ乱舞、八坂神社への還御を日程順に採る。 |お法使祭 熊本の地域祭礼。神輿を地面。
もとの資料の記録 もとの資料は、1990年代後半から2000年代初頭の中高生に流行し、東京・大阪・名古屋で実例があったとする。白い物の正体を耳垢、膿、縫合糸と説明する一方、「神経を圧迫して目がかすんだ」「耳鼻咽喉科学会の。
もとの資料の記録 もとの資料は、平安期以来、地蔵の首には霊魂が宿るため接触が禁じられ、江戸期の青森・京都で発病、悪夢、首のない影が記録されたとする。触れた後は水や塩、念仏で清めたともいう。 もとの資料:\<https:/。
もとの資料の記録 もとの資料は、古代から赤が血・生命力・霊を呼ぶ色とされ、江戸期に夜の赤い衣服が禁忌化したと説明する。さらに18世紀関西の記録、大阪明治期の女性、1960年代東京の行方不明児、関西寺院の記録、現代SNS体。
もとの資料の記録 もとの資料は、『日本書紀』の神鏡観、江戸の育児書『養育訓』、17~18世紀の青森・山形の記録を根拠として、夜の鏡を霊界の入口、赤子を霊的防御の弱い存在と説明する。鏡を布で覆う、川に沈める、僧侶が供養する。
もとの資料の記録 もとの資料は、東北・中部の農村で「オイ」と呼ぶ禁忌があり、18世紀青森、明治期津軽、岐阜県飛騨に行方不明・衰弱・青い光の例があったとする。反響、風、水音、メタンガスの発光を現実的説明として挙げる。 もと。
もとの資料の記録 もとの資料は、『古事記』『日本書紀』でカエルが水神の使いとされ、『農業全書』にカエル保護で田の神の加護を得る記述があるとする。18世紀青森、明治期津軽、山形の大雨・地蔵建立・供養例も載せる。 もとの資料。
もとの資料の記録 もとの資料は『日本霊異記』『養生訓』、18世紀地方記録、明治期青森、1960年代東京を挙げ、夜の腐敗物が貧乏神や悪霊を呼ぶとする。しかし引用箇所、文書名、地域名、証言者は示されない。 もとの資料:\<h。
もとの資料の記録 もとの資料は、『日本書紀』『風土記』に遺品へ霊力が宿る記述があり、18世紀の寺、明治期津軽、山口、九州で着用者の高熱・鏡の顔・憑依が記録されたとする。青森では焼却、山口では川で清めるともいう。 もとの資。
もとの資料の記録 もとの資料は『源氏物語』『今昔物語集』、平安期の井戸怪異、江戸農書、明治期青森、山形の地蔵建立を挙げる。白い手、女のすすり泣き、知らない顔、塩撒きなどを記載する。 もとの資料:\<https://xn-。
もとの資料の記録 もとの資料は『続日本紀』に修験者が法名・仮名を使う記述があるとし、1970年代恐山の猟師、富士山麓の子ども、阿蘇・飛騨の遭難例を紹介する。また現代ガイドも名前を大声で呼ばないと主張する。 もとの資料:\。
もとの資料の記録 もとの資料は、奈良・平安文献で「死花」「幽霊花」と呼ばれ、『今昔物語集』の墓地の赤い光を彼岸花と解釈できるとする。山形の古老日記、京都寺院の声、岡山の鬼、九州の火事、東北の魂抜け、沖縄では装飾花という地。
もとの資料の記録 もとの資料は平安~鎌倉期の『仏教儀礼集成』、江戸期『守貞漫稿』を起源として挙げ、2000年代の主婦の夢、2010年代関西の給食指導、SNS・動画体験を紹介する。 もとの資料:\<https://xn--。
もとの資料の記録 もとの資料は「カラスが3回鳴くと誰かが死ぬ」という言い伝えを紹介し、黒い羽、鋭い声、腐肉食、戦場のイメージから死と結びついたと説明する。また、『古事記』『日本書紀』の八咫烏、『甲子夜話』、欧米の死の鳥の。
もとの資料の記録 もとの資料は「写真に3人写ると真ん中の人が死ぬ」という言い伝えを紹介し、写真が日本に入った明治期、長時間露光、中央人物が目立つ構図、写真に魂を奪われる恐怖、三途の川など数字の三にまつわる死の連想を起源候。
もとの資料の記録 もとの資料は深夜・丑三つ時に鏡を見ると幽霊や死者が映るという迷信を扱う。『古事記』『日本書紀』の神聖な鏡、『枕草子』の夜鏡回避、『怪談老の杖』の夜の鏡の怪異を挙げ、2000年代に深夜2時の洗面所で顔が歪。
もとの資料の記録 もとの資料は、鳥居をくぐった後で振り返ると神や霊の怒りを買い、祟りや不幸に遭うという言い伝えを紹介する。『日本書紀』『風土記』『耳袋』に境界の禁忌があるとし、伊勢神宮・出雲大社では作法が厳格だと説明する。
もとの資料の記録 もとの資料は、夜道で知らない人の声に答えると、人魂や件などの妖怪に魂を奪われ、異界へ連れ去られるという話を紹介する。『日本書紀』『風土記』『怪談老の杖』『稲生物怪録』『今昔物語集』を挙げる。2010年代。
もとの資料の記録 もとの資料は、赤い服を着て寝ると火事になる、血を呼ぶ、霊的な力を引き寄せるという言い伝えを紹介する。『日本色名総鑑』『江戸大火記』『今昔物語集』、江戸の大火、朱色の鳥居、火防の神への供物を背景として挙げ。
もとの資料の記録 もとの資料は刀、はさみ、ナイフを枕元に置くと悪霊や死神を引き寄せ、事故・体調不良・悪夢を招くという言い伝えを紹介する。同時に、一部地域では刃物を魔除けとして置く風習があるとも記す。『日本霊異記』『甲子夜。
もとの資料の記録 もとの資料は、夜に髪をとかすと幽霊や死魂が寄るという言い伝えを紹介する。『古事記』『日本書紀』に髪の霊力、『源氏物語』に神秘的な髪梳き、『怪談老の杖』『牡丹灯籠』に髪をとかす幽霊があるとする。2010年。
もとの資料の記録 もとの資料は丑の刻を午前1〜3時頃とし、藁人形に釘を打つ呪術を平安期の陰陽道と民間信仰へ結びつける。『今昔物語集』『冥途の飛脚』『怪談乳房榎』『竹取物語』『源氏物語』、貴船周辺の伝承を挙げ、2000年代。
もとの資料の記録 もとの資料は、お通夜や葬儀から帰宅した際に玄関で清め塩を使わないと、死者の霊が家へ入り病気・不幸・物音を起こすという言い伝えを紹介する。『日本書紀』『風土記』『守貞漫稿』『徒然草』を挙げ、2010年代に。
もとの資料の記録 もとの資料は「夢で蛇に噛まれると死が近い」という言い伝えを紹介し、『日本書紀』『風土記』の蛇神、平安期の夢占い、江戸期の『夢判断書』を起源候補に挙げる。白蛇を特に霊力の強い警告とし、2010年代に白蛇に。
もとの資料の記録 もとの資料は、敷居を踏むと家神や祖先の霊を怒らせ、病気、貧困、家庭不和を招くと紹介する。『日本書紀』『風土記』『甲子夜話』『徒然草』『枕草子』を挙げ、敷居を内外の霊的結界と説明する。2010年代に敷居を。
もとの資料の記録 もとの資料は「夜に火遊びをするとおねしょをする」「火の神に呪われる」という言い伝えを紹介し、『古事記』『日本書紀』の火神、江戸の大火、『江戸大火記』『今昔物語集』を背景に挙げる。2000年代にマッチで遊。
もとの資料の記録 もとの資料は、日本人形やぬいぐるみに名前を付け、長く大切にすると魂が宿り、夜中に動く・音を立てる・持ち主へ影響すると紹介する。『日本書紀』『風土記』『怪談老の杖』『源氏物語』『竹取物語』、ひな人形・五月。
もとの資料の記録 もとの資料は8月中旬のお盆に海や川へ入ると、帰ってきた死魂や水霊に足を引かれて溺れるという言い伝えを紹介する。『日本霊異記』『今昔物語集』『甲子夜話』、水をあの世との境界とする観念を挙げ、2010年代に。
もとの資料の記録 もとの資料は「夜に爪を切ると死ぬ」「親の死に目に会えない」を扱い、『耳袋』『怪談老の杖』『徒然草』『孝経』、戦国期の夜詰め、江戸期の照明不足を起源候補に挙げる。沖縄ではグソーへ連れられるとも記す。また。
もとの資料の記録 もとの資料は、夜の口笛が蛇、幽霊、悪霊を呼ぶと言い、『和漢三才図会』『守貞漫稿』に夜盗・泥棒の合図があるとする。1990年代の夜道で口笛後に草むらが鳴った男性、2000年代にキャンプで教師から幽霊が来る。
もとの資料の記録 もとの資料は、死者を頭北・顔西で安置する習慣を釈迦の涅槃姿に結びつけ、平安〜鎌倉期に民間へ広がり、江戸期『甲子夜話』にも忌避が見えるとする。『仏説阿弥陀経』を由来資料に挙げ、北を陰陽道の陰・霊的方角、伊。
もとの資料の記録 もとの資料は病院やホテルで4号室・4階が欠番になることが多いとし、『日本書紀』の音の禁忌、『守貞漫稿』の商家の四避け、江戸期の縁起担ぎ、言霊を背景に挙げる。2000年代に病院の4番ベッドへ患者を案内して。
もとの資料の記録 もとの資料は、霊柩車を見たとき親指を隠さないと親が早死にすると紹介し、親指が親を象徴する説、死への畏怖、江戸随筆『甲子夜話』を背景に挙げる。2000年代に隠し忘れた夜に親の体調不良を知った男性、2010。
もとの資料の記録 もとの資料は、夜の神社では神や霊の力が強まり、一般人が立ち入ると祟られると紹介する。『日本書紀』『風土記』『耳袋』、平安〜鎌倉期の夜間制限、伊勢神宮・出雲大社の神職限定儀礼を挙げる。2010年代に肝試し。
もとの資料の記録 もとの資料は、夜に同じ道や橋を三回往復すると霊に惑わされ、神隠し・異世界入り・行方不明になると紹介する。『風土記』『日本霊異記』『怪談老の杖』『稲生物怪録』『今昔物語集』、三界・三途の川など「三」の象徴。
もとの資料の記録 本ページのもとの資料は、死者の着物や愛用品に亡魂が宿り、着用者へ病気・不幸・重い感覚を起こすと紹介する。『日本霊異記』『今昔物語集』『怪談老の杖』『新耳袋』『源氏物語』『竹取物語』を挙げ、2010年代に。
位置づけ このページは、収集元の総覧記事をそのまま「事実一覧」とするのではなく、個別ページ35件の検証結果を横断して読むための索引である。総覧そのものを36件目の収集対象として保存し、重複・誤出典・地域差も記録する。 全。
かつて日本の山深い村には、口減らしのために老いた親を背負って山へ捨てに行く、という恐ろしい掟が伝わっていた。食えぬ冬、家族全員が生き延びるために、まだ息のある母を、父を、雪の尾根に置き去りにする――それが「姥捨(うばすて。
壺の中に、蛇、百足、蜘蛛、蟇、蜈蚣――百種の毒虫を投げ込んで蓋をする。餌はやらない。飢えた虫たちは互いを喰い、喰われ、共食いの地獄がくり返される。やがて壺の底に、他のすべてを喰らい尽くした「最後の一匹」だけが残る。無数の。
墓が二つある、と言われたら奇妙に思うだろう。だがかつて日本の各地では、一人の死者に対して墓を二つ設けるのが当たり前の土地があった。一つは遺体を実際に埋める「埋め墓(うめばか)」。もう一つは、手を合わせ花を供えて参るための。
日が暮れ、家々の灯が消えた頃。若い男が音もなく戸を開け、娘の眠る寝間へと忍び込んでいく――「夜這い(よばい)」。乱れた性の風習として面白おかしく語られがちだが、その実態は、村という共同体が男女の結びつきを厳格に管理するた。
かつての日本には、目に見えない「穢れ(けがれ)」という恐怖が、人々の暮らしを厳しく縛っていた。とりわけ恐れられたのが、血にまつわる「赤不浄」、死にまつわる「黒不浄」、そして出産にまつわる不浄である。この観念は、女性の身体。
節分の夜、日本中の家が「鬼は外、福は内」と豆をまく。だがこの国には、正反対に「鬼は内」と唱える人々がいる。自分たちこそ鬼の末裔であり、追い払われる鬼こそ我らの祖先だと信じ、千三百年ものあいだ鬼の血脈を守り継いできた家が。
丑三つ時、御神木に打ち込まれる五寸釘――丑の刻参りの全貌 草木も眠るという丑三つ時、午前二時から二時半のあいだ。人の気配が絶えた神社の奥、御神木と呼ばれる古木の前に、一人の女が現れる。髪は結わず振り乱し、顔には白粉を塗り。
生きたまま埋められた者たち――人柱伝説の完全な物語 橋がかかろうとしない。堤防が幾度も崩れる。城の石垣が積んでも積んでも夜のうちに崩落する。そんな時、村人や普請奉行が最後の手段として口にしたのが「人柱を立てよう」というひ。
死者に嫁入りさせる ―― ムカサリ絵馬という風習の全貌 山形県の中央部、村山地方と呼ばれる一帯には、今も独特の供養が息づいている。結婚することなく死んだ我が子のために、親が絵馬を発注し、そこに架空の花嫁(あるいは花婿)と。
座敷牢という装置 ―― その構造と暮らしの再現 古い旧家を訪ねると、決まって一つや二つ、家人が「そこには入るな」と言い伝えてきた部屋がある。土蔵の奥、離れの一角、あるいは母屋の北側の暗い一室。建具は分厚く、窓には格子がは。
骨嚙みという呂い ―― その情景と手順 火葬にされた、あるいは風葬・土葬を経て白骨化した故人の骨を、親族が実際に口に含み、嚙む――そう聞けば多くの人はぎょっとするだろう。しかしこれは作り話でも都市伝説でもなく、沖縄・奉美。
夜の九時を過ぎた茶の間。テレビの音量は落とされ、蛍光灯の白い光だけが畳の上に落ちている。誰かがパチン、パチンと小さな音を立てる。爪切りの音だ。その瞬間、台所から母親の声が飛んでくる。「ちょっと、今何時だと思ってるの。夜に。
街角で、指はもう握られている 信号待ちの交差点。前方から黒塗りの、あるいは白木の唐破風を戴いた重厚な車がゆっくりと近づいてくる。窓の奥に白い花が見える。ああ、霊柩車だ――そう気づいた瞬間、隣にいた友人の手がすっと動いて。
軒先に、白い布切れが一体、ぶら下がっている。風が吹くたびにくるりくるりと回転し、まだ目も口も描かれていないその顔は、こちらを見ているようで見ていない。頭に糸が食い込み、体はだらりと重力に従っている――そう、あれは「てるて。
山の斜面にへばりつくように建つ、黒く煤けた茅葺きの家。囲炉裏の煙がいつまでも屋根裏に留まり、家の中には常に薄闇がわだかまっている。そこに、五十を過ぎても子供のように名を呼ばれ、誰とも口をきかず、ただ黙々と薪を割り、田を耕。
序章――誰も来ない寄合、届かない回覧板 夕方六時、集落の公民館に灯りが点く。今夜は月に一度の常会(寄合)だ。軽トラックが次々と砂利敷きの駐車場に停まり、顔なじみの老人たちが「ばんかたです」と声をかけ合いながら引き戸をくぐ。
迷信の全貌――夜、口を尖らせた瞬間に何が起こるか 日が落ちて、家々の灯りも落ちて、虫の声だけが響く時間帯。縁側でひとり涼んでいた子どもが、なんとなく口笛を吹き始める。その瞬間、奥の間から祖母の声が飛ぶ。「やめなさい、蛇が。
迷信の全貌――暗闇の中で交わされる、返してはいけない相槌 修学旅行の夜、あるいは友人の家に泊まった夜。雑魚寝で並んで眠っていたら、隣で寝ているはずの相手が突然、はっきりとした口調で何かをしゃべり出す。「だめだよ、今は行け。
迷信の全貌――夜、屋根の上でカラスが鳴き止まない時 夕暮れ時、あるいは真夜中、普段は静かなはずの住宅街の屋根の上で、カラスが異様なほど甲高く、しつこく鳴き続ける。一羽が鳴けば近くの木にとまっていた別の一羽が呼応し、やがて。
大晦日の闇からやってくる「異形」――来訪神とは何か 日本列島の各地には、年に一度、決まった夜に「神」と称する異形の者たちが集落を練り歩き、家々の戸を叩いて回るという行事が今も残っている。招かれざる客のように玄関を突き破り。
雨の夜道に立つ女――産女という妖怪の完全な情景 雨のそぼ降る夜、人気のない橋のたもとや川べり、あるいは辻の暗がりに、腰から下を血に染めた一人の女が、赤ん坊を抱いて立っている。これが「産女(うぶめ)」と呼ばれる妖怪の、最も。
深夜、旅館の一室。布団を敷こうとした瞬間、ふと方角が気になって枕を反対向きに置き直した経験がある人は少なくないはずだ。「北枕だけは絶対にダメ」――そう教え込まれてきた日本人は多い。だが同じ日本語圏の中に、風水では北枕こそ。
茶碗の底にへばりついた数粒の米粒。それを箸でつつきながら「もう食べられない」と駄々をこねる子供に、母や祖母が低い声でこう告げる。「そんなことしてたら目ぇ潰れるよ」。日本の食卓で、これほど短く、これほど強烈に、そしてこれほ。
月明かりの下、ベランダに一枚だけ干されたシャツが夜風に揺れている。誰もいないはずのその場所で、袖の部分がふわりと持ち上がり、まるで人が立っているかのように見えた――そんな錯覚を一度でも経験したことがある人は多いだろう。日。
夕暮れの四つ角で、名前を呼ぶ声がする 学校帰り、部活帰り、残業帰り。誰しも一度は、あの妙な感覚を味わったことがあるのではないか。街灯がまだ点かない薄闇の四つ角に差し掛かった瞬間、背後から自分の名前を呼ぶ声がする。振り返り。
道端に落ちていた、あの美しい櫛 雨上がりのアスファルトの上、あるいは駅のホームの隅、神社の参道の砂利の間。そこに、誰のものとも知れない一本の櫛が落ちている。塗りの剥げた古い木櫛かもしれないし、まだ艶やかな飾り櫛かもしれな。
