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かごめかごめ――「後ろの正面だあれ」、輪の真ん中にしゃがまされた子の正体

## 輪の真ん中に、目を隠した子がいる
改めて想像してほしい。子どもが一人、地面にしゃがむ。両手で目を覆う。そのまわりを、他の子どもたちが手をつないで囲む。そして歌いながらぐるぐる回る。回って、回って、歌が終わるとぴたりと止まる。中央の子は目を閉じたまま、自分の真後ろにいるのが誰かを当てなければならない。これを文字だけで説明されたら、どう見ても儀式だ。子どもの遊びの説明として読むのはもはや無理がある。実際、「かごめかごめ」は日本のわらべ唄のなかでも完全に異質で、この唄だけがなぜか「降霊術」として語られるようになった。唄としての古さ、歌詞の意味不明さ、遊戯の形、この三つが揃ってしまったからだ。順番にばらしていこう。
## まずは歌詞を確認しておこう
現在全国で歌われている形はこうだ。「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった 後ろの正面だあれ」。五つの句しかないのに、すべての句が意味不明だ。鳥はいつ出るのか答えがない。夜明けの晩という時間は存在しない。鶴と亀は滑らない。後ろの正面という日本語はない。文法も意味も崩壊しているのに、日本人ならほぼ全員が歌える。このアンバランスが、百年以上人を引っ張ってきた。
## 遊びのかたち——鬼を囲んで回るという異様さ
花一もんめも鬼ごっこも、全部「逃げる」か「追う」かのゲームだ。ところがかごめかごめはどちらでもない。鬼は動かないし、囲む側も逃げない。ただ囲んで回る。このフォーメーションは、世界中の儀礼で見られるものだ。中心に何かを置いて、周囲を回る。盆踊りもそうだし、宗教儀礼の多くがそうだ。回ることには境界を引く意味がある。内側と外側を分ける。そして内側にいるものは、外に出られない。
### なぜ「しゃがませる」のか
立っていてはいけない。座ってもいけない。しゃがむ。この姿勢は妙に具体的で、しかも子どもだと体が小さく丸くなる。囲んだ人間から見下ろす形になる。「かごめ」の語源に「屈め(かがめ)」をあてる説があるのはこのせいだ。つまり「かがめ、かがめ」と命令している。子どもの遊びとしては自然だが、儀式として見ると、しゃがませるというのは服従の姿勢を取らせることだ。
### なぜ「目を隠させる」のか
もっと引っかかるのはこちらだ。中央の子は目を封じられる。見えない状態で、回る足音と歌声だけを聞く。そして歌が終わったとき、自分の背後に誰がいるかを答えろと言われる。これは目隠しをして神の声を聞くという儀礼の型そのものだ。目を封じることで、普段見えないものが見えるとする発想は、日本に限らず世界中にある。後に「かごめ降霊術」なんてものが発明されてしまったのは、この二つの作法があまりにも儀式っぽかったからだ。
## 「かごめ」とは何か——三つの読み
ここがすべての入口で、誰も確定を出せていない。
### 籠目、あの六角形の編み目
竹籠を編むと、六角形の隙間が並ぶ。これを籠目という。六角形は、三角形を二つ重ねた六芒星に見える。日本では籠目紋と呼ばれ、魔除けの印として使われてきた。この形がイスラエルのダビデの星と同じに見える、というところから後述のヘブライ語説が生まれる。実際のところ、六角の編み目は籠を作れば自動的にできる形で、世界中のどこにでもある。なのにこの一致がここまで人を熱くさせるのは、唄のすべてが意味不明だからだ。
### 囲め、という命令形
「囲め」と読む説も強い。囲め、囲め、と囲むことを命令している。遊びの形そのままだから、これがいちばん素直だ。囮人説はここから出る。囲まれ、捕らえられ、籠(牟屋)の中に入れられた人間。囲んでいるのは看守や見物人だ。この読みだと、歌詞全体が強制収容された人間の独白になる。
### 屈め、というしゃがむ動作
さっき触れたやつ。「かがめ」がなまって「かごめ」になったというもの。音韻変化としては無理がなく、遊戯の手順とも完全に一致する。これを取ると唄は一気に味気なくなるが、一番リアルでもある。子どもの唄なんて、もともとは動作の指示から始まるものだ。
## 「籠の中の鳥」は誰なのか
中心にしゃがんでいる子が、籠の中の鳥だ。この対応は読み替えの余地がない。問題は、なぜ鳥なのか。鳥は飛べるものだ。飛べるはずのものが閉じ込められているから悲惨になる。しかも鳥は、日本の民俗では霊魂の乗り物だ。死者の魂が鳥になって飛んでいくという話は全国にある。つまり「籠の中の鳥」は、肉体という籠に閉じ込められた魂とも読める。降霊術説の土台がここにある。さらに遠野を利かせる人は、契約の箱だの、監禁された女性だの、幽閉された貴人だのと読む。鳥という一語だけで、これだけ分岐する。
## 「いついつ出やる」の宙ぶらりん
問いかけなのに答えがない。これがこの唄の不安の中心だ。「出やる」は「出やる(出てくる)」で、出られるのを待っているニュアンスがある。問うているのは誰か。囲んでいる側なのか、中の鳥自身なのか。囲んでいる側が問うとしたら、それはもはやいじめだ。いつ出られるんだい、とぐるぐる回りながら笑っている。中の鳥が問うとしたら、答えてくれるものは誰もいない。どちらにしても救いがないのがこの句だ。
## 「夜明けの晩」という存在しない時間
夜明けなのに晩。矛盾している。この一句のせいで、この唄は一気にこの世のものでなくなる。合理的に読むなら、夜明け前の最も暗い時間帯を指すという解釈ができる。丑三つ時を過ぎ、寅の刻に向かうあたり。誰も起きていない。魔が差すとされる時間だ。もうひとつ、「やおやけ」という地域語を含む別の句が訛られて変化したという読みもある。実は江戸期の古い記録にはこの句自体が見当たらないものも多く、後から入った可能性が高い。つまり、人々が唄を歌い継ぐうちに、より不気味な方向へ自発的に進化していったということになる。
## 「鶴と亀が滑った」——最も謎の一句
鶴も亀も長寿と吉祥の象徴だ。それが滑る。転ぶ。つまり吉が崩れる。この不吉さは一目で分かる。だからこそ、この句を起点にして数え切れない説が生まれた。日光東照宮の鶴亀だという説、孕婦が石段で滑るという説、統治者の失脚だという説。だが、ここで江戸期の記録を見ると、話がちょっとひっくり返る。
### 江戸の記録には「鶴と亀」がいなかった
現存する最古級の記録とされるのが『竹堂随筆』。浅草覚吽院の修験僧・行智が編んだもので、文政三年(一八二〇年)ごろの編纂、収められている唄は宝暦・明和年間(一七五一年から一七七二年ごろ)のものとされる。ここにあるのは「鶴と亀が滑った」ではなく、「つるつるつっぺぇつた」だ。鶴も亀もいない。文化十年(一八一三年)に江戸市村座で初演された鶴屋南北の歌舞伎『戻橋背御攝』にも子どもの遊び唄として登場するが、こちらは「つるつるつっはいた」。天保十五年(一八四四年)の万亭応賀編『幼稚遊昔雛形』では「つるつるつッペッた」となり、さらに「そこぬけたらどんかちこ」なんて句がついている。つまりもともとは、ものがするする引っ張られる擬態語だったと見るのが自然なんだよな。鶴と亀は、音が似ているからあとから当てられた。ところが一度当てられてしまうと、今度はその鶴亀を埋蔵金と東照宮に結びつける人間が現れる。唄はこうやって肥大化する。
## 「後ろの正面だあれ」の日本語崩壊
後ろなのか正面なのか。普通に考えれば「真後ろ」を子どもなりに言い換えたものだろう。自分の背中側にある、正面にあたる位置。子どもの語感覚としては十分ありえる。だが、文字だけ見ていると妙な図が浮かぶ。後ろなのに正面。つまり、自分は後ろを向いているのか。もしくは、後ろにいる何かの顔がこちらを真っすぐ見ているのか。この不安定な語感が、後の降霊術化を決定付けた。しかもこの句も、大正四年(一九一五年)刊行の『俚謡集拾遺』に収められた東京・長野・新潟の採集例には確認されていない。この記録は明治三十八年(一九〇五年)に文部省が各都道府県から集めたものだ。つまり一世紀前の日本でも、「後ろの正面」はまだ全国共通ではなかった。
## 記録をたどる——五つの本と一つの調査
整理するとこうなる。文化十年の歌舞伎『戻橋背御攝』で舞台に上がり、文政三年ごろ編まれた『竹堂随筆』に宝暦・明和の唄として収められ、文政六年(一八二三年)には市村座初演の浄琉璃『月花茲友鳥』にも登場し、天保十五年の『幼稚遊昔雛形』ではすでに定番の子ども遊びとして載っている。そして明治三十八年の文部省調査を経て、大正四年に『俚謡集拾遺』として刊行される。百五十年分の変遷がこの五つの点で追えるというのは、わらべ唄としては異例に恵まれている。人気があった証拠だし、同時に、変化がはっきり見えてしまうということでもある。
## 昭和初期、千葉県野田の旋律が全国標準になった
今日、日本人が一様に歌えるあのメロディは、実はかなり新しい。昭和初期に作曲家の山中直治が千葉県野田市のバージョンを採譜し、それが教育やラジオを通じて全国に広がったとされる。つまり、あなたが子どものころ歌っていた「かごめかごめ」は、あなたの土地の唄ではない可能性が高い。本来なら地域ごとに旋律も歌詞もバラバラだったものが、一つに上書きされた。この均質化のおかげで、歌詞の意味不明さだけが全国均一の謎として残った。地方のバリエーションが生きていたら、「こっちではこう歌うから、ああこういう意味か」とヒントが出ていたはずなんだ。その道が閉ざされてしまった。
## 説その一:囮人説
「かごめ」を「囲め」と読み、籠を牟屋と読む。罪人は囲まれ、捕らえられ、出る日を教えてもらえない。「いついつ出やる」は刑期への不安。夜明けの晩は処刑の時刻を指す、という読みまでつく。江戸期の処刑は早朝に行われることが多かったからだ。鶴と亀が滑ったは、吉事が崩れる、つまり命が終わる意味。後ろの正面だあれは、斬首役もしくは密告者は誰かという問い。全部きれいにはまるのがこの説の恐ろしいところで、一度このレンズで聞くと、子どもの歌声が刑場のザワメキに聞こえる。
## 説その二:遊女説
籠の中の鳥を、廓に売られた女性と見る。外に出る自由もなく、一日中男たちの相手をさせられる。いつここから出られるのか、という問いだけが頭を占める。身代金を肩代わりする客が現れない限り、出られない。夜明けの晩は、客を送り出してやっと一人になれる時間。鶴と亀が滑ったは、年を取って商品価値が下がること。後ろの正面だあれは、自分をここへ売ったのは誰なのかという問い。この読みも、不覚にすとんと入ってしまう。江戸の唄であること、遊廓が実在したこと、両方が背景にあるからだ。
## 説その三:流産・堤胎説
ネットで一番インパクトが強いのがこれだ。「かごめ」を「籠女」と書いて、お腹の大きい孕婦を指すと読む。籠の中の鳥は、胎児。いついつ出やるは、いつ生まれるのか。しかし孕婦は、夜明け前の暗い時間に、神社の石段で背中を押されて滑り落ちる。子を失う。そして彼女は問う。私を押したのは、後ろにいた誰なの。姑だとも、先妻の子だとも、家督争いの相手だとも言われる。この読みは全句を消化していて、しかも悲惨なので拡散力が抜群だった。もちろん何の史料的根拠もない。だが、この説を一度知ってしまうと、中央でしゃがんでいる子どもの丸い背中が、どうしても孕婦の背中に見えてくる。
## 説その四:口減らし・人選び説
貧しい村で、身売りに出す子どもを決めるクジ引きの儀式だった、という説。輪になって回り、歌が終わったときに中央の子の真後ろに立っていた子が選ばれる。運に任せることで、誰も恨まれないという仕組み。この説の幅のあるところは、儀式を遊びに化けさせる必要性がちゃんと説明できる点だ。儀式だと重すぎる。遊びにしてしまえば、子ども自身にやらせられる。もっとも、こういう話を特定の地域に紐づけて語るのは良くない。かつて一部に伝わった、という受け方が健全だ。
## 説その五:徳川埋蔵金と六芒星
ここからはスケールが一気にでかくなる。籠目は六芒星。徳川家が関東に建てた神社仏閣を線で結ぶと六芒星が浮かび上がり、その中心か交点に埋蔵金がある、というやつ。「籠の中の鳥」は六芒星の中の鳥居だと読み、その鳥居が日光東照宮を指すとする。
### 日光東照宮の鶴亀
東照宮の奥社には鶴と亀をもとにした青銅の燭台がある。これが「鶴と亀が滑った」の正体だという。さらに、朝日が当たると影がある方向を指し、その先に何かがある、と語られる。後ろの正面だあれは、家康の墩の真後ろにあたる場所を指す、というオチもつく。実際に地質調査で何かが埋まっている、という話までセットで回っている。
### なぜ掘られないのか
この手の話の定番のオチは「掘れない理由」だ。国宝だから手をつけられない、という実務的な説明の他に、もし埋蔵金と一緒に史実をひっくり返すものが出てきたら困る人間がいるからだ、という陰謀論味の強いバージョンもある。検証不能にしている時点で話としては反則だが、逆にいえばだからこそ二十年以上死なない。テレビの埋蔵金番組が定期的に復活するのも同じ理屈だ。
## 説その六:明智光秀と天海の影
もう少しマニアックなところで、明智光秀が山崎の合戦後に生き延びて南光坊天海になった、という例の説とこの唄を結びつける考察がある。岐阜市の本徳寺にある光秀の肖像と、「後ろの正面」の位置関係をひねくり回すやつだ。この説は学者の論考として発表されたこともあり、完全なトンデモ扱いはされていない。三芳野神社の遷宮式に天海が導師として登場しているのを思い出すと、わらべ唄の陰謀論は妙なところでつながっていて面白い。
## 説その七:ヘブライ語説
六芒星から直結するのが日ユ同祖論ルートだ。「かごめ」を帯を締める意のヘブライ語にあて、「籠の中の鳥」を「武装して確かに取り下ろせ」と訳し、「いついつ」を「火をつける」、「夜明けの晩」を「神が不毛の地にした」と読む。そして全体を、契約の箱をめぐる古代の儀式の記録だとする。この手の語呂合わせは、やろうと思えばどんな言語とでもできるので、言語学の側からは相手にされていない。ただ、読み物としての面白さは否定しがたい。そして、この説を信じている人は想像より多い。
## 説その八:降霊術としてのかごめ
そして本題だ。中央に一人を座らせ、大勢で手をつないで囲む。囲んだまま歌いながら回る。この手順は、日本の古層の儀礼にある「依り代」の作り方そのものだと言われる。中央の人間を空っぽにして、そこに何かを降ろす。「後ろの正面だあれ」は、降りてきたものを名乗らせる問いだ。この読みを一度でも聞いてしまうと、幼稚園の校庭でやっていたあの遊びが、二度と同じものには見えなくなる。
### 掲示板で流通した「かごめ降霊術」の噂
二〇〇〇年代、匿名掲示板のオカルト系スレッドで「かごめ降霊術」なるものが流通した。真夜中に一人で面に向かい、人形に切った紙と火を使い、目を閉じて「かごめかごめ」を歌う、という作法だと語られていた。やり方の細部はコピペを重ねるうちにどんどん増殖し、バージョンが十以上に枝分かれした。共通しているのは二点だけで、「目を閉じて歌うこと」と「終わったとき背後に何かが立っていること」。ここではやり方は書かない。噂の精神は、手順ではなく「やったらどうなるか」の部分にしかないからだ。実際、当時のスレで盛り上がっていたのは手順の議論ではなく、「やったけど何も起きなかった」という報告と、それに対する「本当に何もなかったのか?」という返しの応酬だった。
## 体験談その一:公民館の和室で回った夜
北関東のある町で育った女性の話。小学五年の夏、子供会の合宿で公民館に泊まったときのことだ。消灯後、上級生の提案で和室に集まり、電気を消してかごめかごめをやることになった。人数は九人。一人が真ん中でしゃがみ、八人が囲む。一周目は普通に終わった。二周目も普通だった。三周目、彼女が中央になったとき、回る足音がやけに多いことに気づいたという。畳の上のすり足の音が、八人分じゃない。だが歌っている声は八人分に聞こえる。彼女は怖くなって途中で目を開けてしまった。目を開けたら、目の前には普通に八人の同級生の足があった。数えた。八人。ちゃんと合っていた。なのに、止まってから背中をトンと叩かれた。振り向くと、真後ろの子は手をつないだままで、同じことをされたと言っていた。その夕、誰も二回目をやろうとは言わなかった。彼女は今でも、子供会という言葉を聞くと背中が痒くなると言う。
## 体験談その二:祖母の家の裏庭で
中四国出身の男性が語った話。子供のころ、盆に祖母の家へ行くと、いとこたちと裏庭でかごめかごめをやっていた。ところが祖母が、一度だけひどく怒ったことがあるという。夕方、日が落ちてもやめなかったときだ。祖母は縁側から飛び出してきて、「暗くなってから囲むな」と叫んだ。囲むな、という言い方が妙に引っかかったと彼は言う。歌うなではなく、囲むな。あとで理由を聞いても祖母は何も言わなかったが、一度だけ「夕方に人を囲うと、囲ったもんが揃う」とこぼしたしい。数が揃う、という意味だと彼は受け取った。数十年たってから地元の古い人に尋ねたところ、その周辺では夕方の子どもの輪遊びを喜ばない風習が確かにあったという返事が返ってきた。理由は、誰も覚えていなかった。
## 体験談その三:小学校の視聴覚室で
関西の小学校で教員をしていた男性の話。二〇一〇年代のはじめ、放課後の視聴覚室で、鍵をしめようと入ったときだった。部屋は暗幕が引かれていて真っ暗。電気をつける前に、奥のほうから子どもの歌声がした。一人分ではない。何人かがゆっくりとユニゾンで歌っている。「かごめかごめ」だった。彼は子どもが残って遠びをしていると思って電気をつけた。部屋には誰もいなかった。並べられたパイプ椅子が十六脚、全部同じ向きで並んでいるだけ。不思議なのは、そのうちの一脚だけが、内側を向いて円を作るように少しだけ角度がずれていたことだったという。彼はその夕、同僚に話さなかった。翌日、クラスの子どもに「昨日、視聴覚室で遊んだ子いる?」と聞いてみたところ、一人の女の子が「あそこ、この前も歌ってたよね」と答えた。彼はそれ以上聞かなかった。今でも、暗い部屋に入るときは先に電気のスイッチを探す癒しをやめられないと言っている。
## 掲示板・SNS・考察界隈の温度
ネット上の「かごめかごめ」は、いくつかの層に分かれている。ひとつは唄の民俗学的な変遷を地道に追う層で、この人たちは『竹堂随筆』などの歌詞を並べて、鶴亀は後付けだと淡々証明していく。もうひとつは埋蔵金と六芒星の層で、地図に線を引く作業を廃人的に楽しんでいる。三つめがホラー層で、降霊術や学校の怪談として消費する。この三つはほとんど交わらない。交わらないからこそ、どの層も元気なんだよな。学術側が「鶴亀は擬態語が元」と結論しても、ホラー側は一向に困らない。怖いのは歌詞の由来ではなく、暗い部屋で囲まれることそのものだからだ。
## 主要な説への反証
流産説の弱点は、「かごめ」を「籠女」と書いた古い記録が見つかっていないことだ。字面から発想された後世の読みと見るのが妄当だろう。埋蔵金説の弱点は、さっき見たとおり、江戸期の記録に「鶴と亀」がいないことだ。もともと存在しない句に暗号を埋め込むことはできない。降霊術説の弱点は、江戸期の記録に降霊の「こ」の字もないことだ。あれは二十世紀後半の発明で、コックリサンやエンジェルさまと同じ棚に並ぶものだ。囮人説と遊女説は、反証もできないかわりに証明もできない。唄の意味を確定させる資料が、この世に存在しないからだ。
## なぜこの唄だけが霊感遊戯に化けたのか
答えは、遊戯の形が儀式と区別できないからだ。これに尽きる。他のわらべ唄は、手を叩いたり、走ったり、じゃんけんをしたりする。どれも「遊んでいる」ことが見た目で分かる。ところがかごめかごめは、遮眼した人間を中心に置いて周囲を回るという、世界中の神事と同じ形をしている。しかも歌詞が全部意味不明で、最後に「背後にいるのは誰か」と問う。これだけ揃えば、不安を見つけるのが上手な人間は必ず「何かを呼んでいる」と読む。そして、一度そう読んだ人間は、二度と安心してこの歌を聞けない。
## 意味を失ったことで、この唄はかえって強くなった

この唄について、いちばん肝心なところをもう一度書いておきたい。「かごめかごめ」は、意味が失われたことによって価値が上がった唄だ。普通、歌は意味が分からなくなったら死ぬ。誰も歌わなくなる。ところがこの唄は逆だった。意味不明になればなるほど、人は意味を探しに来る。探しに来た人間が説を置いていく。置いていった説が新しい謎を呼ぶ。百年これを繰り返した結果、今やこの五句の唄の周囲には、歌詞本体の何百倍もの量の解釈が堆積している。唄は変わらないのに、唄を取り囲むものだけが膨張を続けている。唄自体が、囲まれてしゃがんだ中央の子どもみたいな位置にいる。
もうひとつ、時間の話をしたい。「夜明けの晩」という句は、論理的には壊れている。だがこの壊れ方は、実は民俗の中ではごく普通のことなんだ。日本の古い時間感覚では、一日は日沒から始まるとされていた。夕方になればもう明日だ。だから「夜明けの晩」は、夜が明けようとしているのにまだ昨日でもあり明日でもある、という重なった時間を指せてしまう。日付がだぶる瞬間。境目。日本の怪異は、こういう境目にしか出ない。黄昏、丑三つ時、島の中、橋の上。時間と空間のつなぎ目で、この世とあの世の壁が薄くなる。「夜明けの晩」は、その壁がいちばん薄い瞬間を、偶然にしても完璧に言い当ててしまっている。
そして「後ろの正面だあれ」の不気味さは、問いの形式にある。これは「背後に人がいる」という前提を洗っている。いるかどうかを問っていない。誰かを問っている。人間の脳は、問われると探すようにできている。だから「後ろの正面だあれ」と歌われた瞬間、聞いている側の意識は自分の背中へ逃げていく。背中は人間にとって永遠の死角だ。鳥肌が立つ。実際に何かがいるかどうかは、実のところどうでもいいんだ。この唄は、聞いた人間の意識を強制的に後ろへ向けさせるスイッチなんだ。一行で人の意識を損ねることができる歌詞は、そう多くない。
## 真ん中でしゃがんでいる子は、何者でもない

最後に、中央にしゃがんでいる子の話に戻る。あの子は、囮人でも遊女でも孕婦でも契約の箱でもない。もっと単純で、もっと怖いものだと思う。あの子は、周囲から見られていて、自分からは何も見えない人間だ。囲まれ、しゃがめさせられ、目を封じられ、回る足音を聞かされて、最後に「お前の後ろにいるのは誰だ」と問われる。これは子どもの遊びの形をしているけれど、中身は完全に孤立の体験だ。子どもはこれを、意味も分からずに何百回と繰り返す。回される側と、回る側を交代で体験する。いつか自分が真ん中に座らされる日が来ることを知っている。これ以上に作り込まれた恐怖の装置を、人間はそう簡単には作れない。しかもこれを作ったのは、名前も分からない昔の子どもたちだ。作者のいない恐怖。それが一番たちが悪い。

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