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日本の冥婚――ムカサリ絵馬・花嫁人形・沖縄の死後婚

山形県のムカサリ絵馬

山形県の郷土学習資料は、ムカサリ絵馬を、若くして結婚せず亡くなった子のために親・兄弟・親戚が婚礼の絵を作って寺社へ奉納し、供養するものと説明する。相手は架空の人物で、「来世で幸福に」「健康で長寿を全うして生まれ変わってほしい」という遺族の願いが込められる。 天童市の若松寺公式サイトは、「むかさり」を結婚式の意味として、江戸時代から最上川沿いに伝わるあの世の結婚式の絵馬と説明する。

交通事故、戦争、病気、水子などで未婚のまま亡くなった人を家族が供養し、現在は約1,300体以上を所蔵するとしている。

一方、文化人類学の2008年報告は、村山地方のムカサリ絵馬について、明治期から奉納例があり、昭和50年代以降に急増し、奉納者の範囲も全国へ広がったと述べる。寺伝の「江戸時代から」と、現物・研究上明瞭になる「明治以降」は区別して記録する。

青森県の花嫁・花婿人形供養

青森県立郷土館の研究紀要は、亡くなった男性に花嫁人形を奉納し、寺僧が読経する現行習俗を報告する。東北大学の博士論文要旨は、未婚の死者の伴侶として、男性には花嫁人形、女性には花婿人形を供える習俗を整理し、下北の恐山・優婆寺、津軽の弘法寺・川倉賽の河原地蔵尊などを奉納地として挙げる。また、本格化は比較的近年で、弘法寺の記録は1985年頃からとしている。

弘法寺公式サイトは「ブライダル供養」「花嫁人形供養」「黄泉の祝言」と呼び、幼くして、または未婚で亡くなった人の彼岸での幸福を願う津軽独自の供養として、現在も約900体を安置すると案内する。

この話の「1986年に亡くなった20代女性」「オガミヤサンの指導」という個別例は、提示された資料では確認できなかった。

沖縄の夫婦同甕と「赤い封筒」

沖縄については、夫婦が同じ墓・同じ甕に入るという価値観を背景に、離婚後に亡くなった女性の骨甕を元の婚家へ移す事例が、冥婚研究者の説明として紹介されている。この型は、未婚死者に架空の伴侶を描く山形、伴侶人形を供える青森とは性格が異なる。 この話の「1992年那覇市の30代女性」「赤い封筒に供物を入れた」という具体例は出典不明。

赤い封筒を拾うと死者と結婚させられるという話は台湾・中国圏の都市伝説として流通しているが、30年以上冥婚を研究する専門家も実際に封筒を拾って強制婚となった例を聞いたことがない、と紹介されている。したがって、沖縄の死後婚と赤い封筒を一つの儀式として断定しない。

「家族の名誉」説の扱い

未婚死が「一人前になる前の死」と考えられ、遺族が果たせなかった通過儀礼を補う、という民俗学的説明は成立する。しかし、この話が強調する「家系図の空白を埋める」「未婚の娘は家の恥」「近所の陰口を避ける」という個々の説明には典拠が付いていない。 公的資料や寺院の説明が前面に置くのは、死者の来世の幸福と生まれ変わりを願う家族の愛情、追悼、供養である。

恥や名誉だけへ還元すると、遺族の悲嘆と地域ごとの信仰実践を取りこぼす。

異説・怪談として保存する情報

  • 奉納した絵馬から「ありがとう」と声がした
  • 赤い封筒が揺れた夜に墓地で足音を聞いた
  • 冥婚をしないと未婚死者の魂が彷徨う
  • 絵馬を見てから気配を感じる
  • 1898年の若松寺絵馬、1975年の事故死男性と家族の発言
  • 1992年那覇、1986年津軽の個別事例
  • これらはこの話由来の伝承・体験談として残すが、現段階では個別の裏付けなし

記録から分かること

日本の「死者の結婚」は実在するが、全国共通の一制度ではない。山形は婚礼場面を描く絵馬、青森は死者の伴侶となる人形、沖縄は墓制・夫婦関係の死後修復という地域差がある。台湾の赤い封筒説や、出典のない年次付き実例は別層の都市伝説として保存する。

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