真ん中に写ると早死にする?
三人で写真を撮ると、中央の人が早死にする。病気や不幸に見舞われる。そんな迷信を聞いて、真ん中を避けた経験がある人もいるかもしれない。けれども、写真の位置が健康や寿命に作用することはない。中央で写ったあと体調を崩したという体験談も、写真が原因だったと証明するものではない。
写真が日本へ入ってきた時代
日本で写真器材の輸入が試みられたのは一八四三年で、撮影の成功はその五年後とされる。一八六二年には下岡蓮杖と上野彦馬が写真館を開き、慶応から明治初年にかけて次の世代の写真家も広がった。一八七〇年代末にはゼラチン乾板によって瞬間撮影が可能になっていく。写真が新奇で高価だった時代が、迷信成立の候補時期と重なる可能性はある。
写真史だけでは起源を説明できない
初期の写真は撮影に時間がかかり、写真そのものにも不思議な力を感じやすかっただろう。「写真に魂を奪われる」という恐れ、中央の人物へ視線が集まる構図、死者をしのぶ遺影などが結びついたという説は、たしかに物語として分かりやすい。しかし、三人写真の中央が早死にする迷信の直接の起源として確認されたわけではない。写真史の解説にも、その成立を示す記述は見つかっていない。
数字の三との結びつき
三途の川など、死を連想させる「三」が影響したという説明もある。ただ、似た数字が使われていることだけで、二つの習俗が歴史的につながるとは言えない。中央の人が左右から挟まれ、ひときわ目立つため、不幸が起きたときに思い出されやすいという見方はできる。それでも、迷信がいつ、どこで、誰から始まったかは未特定だ。
体験談が信じられやすい理由
一九九〇年代に中央で写った女性が原因不明の体調不良になった、二〇〇〇年代に関西の家庭で子どもが三人撮影を止められた、という語りがある。詳しい人物や記録は確認できないが、こうした話は身近だからこそ広がりやすい。何も起きなかった大量の写真より、偶然その後に不幸があった一枚のほうが記憶に残り、写真へ原因を求めてしまう。
気にせず、好きな場所で写ろう
三人のうち誰が中央にいても、寿命は変わらない。思い出の写真を怖がって撮り直したり、中央の人を責めたりする必要もない。この迷信は、写真という新技術への驚き、死者の記憶との近さ、目立つ構図、あとから不幸を結びつける心理が重なった近代の怖い話とみられる。ただし、最初の記録はまだ分からない。写真史の謎として楽しみつつ、撮影するときは三人とも自然に笑える並び方を選ぼう。
