奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

屋根に登り、井戸に向かって死者の名を叫べ――「魂呼び(たまよばい)」という蘇生の儀式

名前を呼んで魂を戻す

人が息を引き取った直後、家族が屋根へ上がり、亡くなった人の名前を大声で呼ぶ。井戸や戸口に向かって呼ぶ土地もある。離れたばかりの魂をもう一度体へ戻そうとする習俗で、「魂呼び」「魂呼ばい」などと呼ばれている。

死は一瞬で終わるのではなく、魂が少しずつ遠ざかる過程だと考える。今なら呼び戻せるかもしれない。そう信じられる時間が、たしかにあった。そんな願いから、近しい人が名前を何度も呼び、衣を振ったり、道具を鳴らしたりした。

全国で同じ作法が行われたわけではない。屋根、井戸、庭先、水辺など場所は違い、呼ぶ回数や方角も地域で変わる。魂が実際に戻ったと確かめる儀式ではなく、死を前にした家族の切実な行為として記録されてきた。なぜ屋根で、なぜ衣なのか。

屋根と衣を使う理由

魂呼びでは、死者が着ていた衣を掲げる形が知られている。衣には持ち主の気配が残り、魂が帰る目印になると考えられた。肌に触れていたものほど、気配が濃いと感じられたのだろう。屋根は家の内と空の境にあり、遠ざかる魂へ声を届ける場所として選ばれた、と説明される。家の中で一番、空に近い場所というわけだ。

北を向く、桝や鍋の蓋を鳴らす、傘を広げるといった作法も伝わる。傘を広げるというのは、いま聞いても不思議な絵だ。すべてに一つの由来があるとは限らない。大きな音で呼びかける土地もあれば、近しい人が静かに名を呼ぶ土地もある。

中国の古い招魂儀礼には、人が亡くなると屋根へ上がり、衣を持って名を呼ぶ作法が記されている。日本でも平安時代の記録に、亡くなった人の魂を呼び戻そうとした記事がある。大陸由来の儀礼が、日本各地の霊魂観と結びついて形を変えたと考えられている。

地域で変わる魂の考え方

井戸へ向かって呼ぶ習俗では、声が深い穴の中で反響する。暗い水面から、呼んだ名前が跳ね返ってくる。井戸を別の世界とつながる場所と考えたため、と説明されることもある。屋根とは反対に下へ向かうが、「魂の通り道へ声を届ける」という考えは共通している。

沖縄には、人が強い驚きや事故で魂を落とすという「マブイ」の考えがあり、魂を戻す儀礼が知られる。必ずしも死者だけを対象にせず、生きている人の落ち着きを取り戻すためにも行われる。これを本土の魂呼びとまったく同じものにすることはできないが、魂が体から離れるという感覚には重なる部分がある。

地域差は、どこに魂が宿り、どこから出入りすると考えたかの違いでもある。屋根の上へ声を放つ土地、井戸の中へ呼ぶ土地、衣で魂を招く土地。それぞれの暮らしの風景が、そのまま儀礼の形になった。

生き返らせる魔法ではない

魂呼びは、ときに「日本の蘇生術」として面白おかしく紹介される。けれど、医学的に亡くなった人を呼び声で生き返らせる方法ではない。ここは、はっきりさせておきたい。危篤時や呼吸が止まったときに必要なのは、当時と現在で違うとしても、現実の救命や医療の対応だ。

この儀礼で大切なのは、呼んでも戻らないと知りながら、家族が最後まで名前を呼んだことだろう。突然の死をすぐ受け入れることは難しい。頭では分かっていても、体がついていかない。「まだ近くにいるなら帰ってきてほしい」という願いを、声と動作へ変える時間だった。

病院での看取りや集合住宅での暮らしが増え、屋根へ上がって叫ぶ形は見かけにくくなった。今どき、アパートの屋根に上がるわけにもいかない。それでも、亡くなった人へ声を掛け、名前を呼ぶことは今もある。作法が消えても、もう一度だけ返事を聞きたいという気持ちは変わらない。

魂呼びを奇妙な風習として眺めるだけでは、その場の切実さが抜け落ちる。屋根の上の声は、死者を操る呪文ではない。残された人が、別れの直前にできる限りのことをしようとした声だった。

タイトルとURLをコピーしました