奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

怖いしきたり104―119|葬送・死穢・死者供養

なぜ葬式では、日常の作法を逆にするのか

北向きに寝る。水へ熱い湯を足す。着物の襟を左前に合わせる。飯へ箸を立てる。

普段の暮らしなら顔をしかめて避けられる動作が、葬送の場に入ったとたん、きちんと決められた作法になる。順序がまるごと裏返る。

理屈はこうらしい。生者の世界と死者の世界のあいだにはっきりと線を引くため、普段の暮らしでやっている動作の順序を、わざと一つずつ反転させる。民俗学では、こうした所作をまとめて「逆さ事」という一つの型として見る場合がある。

日本中の葬式が、地域を問わずどこでも同じ形だったのかというと、そんなことはまるでない。ここは先に断っておく。

宗派、地域、家、時代によって違う。北枕をしない場合もあれば、枕飯へ箸を二本立てる場合もあり、茶碗をそもそも割らない場合もある。現代の葬儀なら、衛生上の都合、火葬場の設備、それに遺族の希望によって、昔ながらの作法の省略も変更も、いくらでも起きてくる。

だから、ある一つの家でその作法が行われなかったからといって、その葬式が偽物になるわけでもない。よその地域の作法を持ち込んできて、「必ずこうする」と他人の家の葬式へ決めつけることもできない。

葬送習俗の本当の怖さは、死者を祟らせないための迷信という一言だけには、とても収まらない。昨日まで一緒に食卓を囲んだ人を、もう二度と戻らない者として扱い、決められた手順で家の外へ送り出す。

その受け入れがたい変化を、体の向き、衣服の合わせ、食事の出し方、通る道、湯と水の順序の違いによって形にする。怖さの正体はそこにある。

北枕――釈迦の最期をまねる

亡くなった人を安置するとき、頭を北へ向けて寝かせる「北枕」という形が、いちばん広く知られている。

釈迦が入滅した際、頭を北、顔を西へ向け、右脇を下にして横たわったという説話にちなむと説明される。だから日常生活で寝床を北枕にすると「死者と同じ」「死を招く」と言って、露骨に避ける家がある。

住宅の間取りの都合、寺院の方針、宗派の違いによって、遺体を安置する向きはいくらでも変わってくる。部屋の事情でどうしても北へ置けない場合に、西向きや、まったく別の方角を選ぶこともある。

近年は科学風の説明も流通する。地磁気の影響で北枕の方が眠りやすい、血流が改善する、という類だ。ただ、寝る方角だけで睡眠の質や健康効果が決まるという強い医学的根拠は、今のところ確認されていない。

北枕の禁忌は、寝具の向きそのものに物理的な死の力が宿るという話ではまったくない。葬送で死者だけに与えた向きを日常へ持ち込まない、という区別。そこに根がある。

一人暮らしの部屋でたまたま北向きに寝たから寿命が縮む、家族に不幸が次々と起こる、そういう因果関係は、どこをどう探しても出てこない。気になるなら向きを変えて構わない。ただ、恐怖を利用した高額な方位鑑定には注意してほしい。

逆さ水――水に湯を足す

順番が逆になる。遺体を清める湯灌では、先に水を入れ、そこへ熱い湯を足していって、ちょうどいい温度まで調える。ふだんの風呂で湯へ水を加えるときの順序と、そっくり裏返しになるため、「逆さ水」と呼ばれる。

逆さ水だけが単独の奇習として立っているわけでもない。

衣服を左前にする、屏風を逆さに置く、布団を逆向きにする。葬送の場では、日常とはちょうど反対を向いた所作が、これでもかというほどいくつも重なる。死者が向かう世界は、生者の世界とは違う。その境目を、体で分かる形にする。

「逆さ水を普段の風呂で作ると身内が死ぬ」という禁忌もある。これも、葬送専用の作法を日常へ持ち込む不安から生まれた。そういう類の禁忌らしい。

蛇口や給湯器でいくらでも温度を調整できる現在、水と湯のどちらが先に入ったかなんて分からないことも多い。水と湯の順番をうっかり間違えたせいで身内に死が起きる、という筋道はどう考えても通らない。

葬儀の現場で実際に逆さ水をやる場合も、そのやり方は一つに決まっていない。遺族が直接作る、湯灌師が説明して用意する、形式だけ示す、という具合だ。葬儀社の現場では、湯の温度と衛生を安全に管理することが、象徴的な順序よりも当然のように優先される。

左前と経帷子――死者は旅支度をする

仏式の死装束では、故人へ真っ白な経帷子を着せたうえで、その襟を生者とはちょうど逆になる左前へ合わせる、という決まった型がある。

手甲、脚絆、足袋、草鞋、笠、杖、頭陀袋、六文銭などを添えて、そのまま死後の旅に出る姿を整える。

六文銭は三途の川の渡し賃と説明され、現在は本物の貨幣ではなく模造品を使う。火葬できない素材は避けなければならない。

左前という言葉は誤解されやすい。着物でいう「左前」は、亡くなった人から見て左側の襟を内側へ入れ、右の襟のほうが上にかぶさる形になる合わせ方を指す。生者の着方と逆になる。

日常で間違えて左前に着ると縁起が悪いとされるのは、死者の姿との区別があるためだ。

現代の葬儀は、もっと自由だ。故人が好んだ洋服、制服、着物を、通常の合わせのまま着せる場合もある。経帷子を上から掛けるだけのこともある。

だから「正式な死装束でなければ成仏できない」と言って、悲しんでいる遺族をわざわざ脅しにかかるのは、どう考えても筋が違う話だ。宗派の教えと、その土地の地域習俗と、葬儀社の慣行を、まず一つずつ分けて考える。そこから故人と遺族の希望を確認していけばいい。

枕飯と一本箸――日常の食卓で箸を立てない理由

故人の枕元へ茶碗の飯をうずたかく盛り上げ、そこへ箸を垂直に突き立てて供える習俗がある。枕飯、一膳飯などと呼ばれる。

箸は一本だけ立てる地域も、二本立てる地域もある。茶碗も盛り方も、土地によってばらばらだ。

普段の食事で飯へ箸を立てることが強く禁じられるのは、この姿が葬送の供物をそのまま思い起こさせるからだ。家庭や学校給食で「仏様のご飯になる」と叱られた。そんな経験を持つ人も多いんじゃないか。

箸を立てたその瞬間に霊が寄ってくる、家族が死ぬ、という超自然的な因果関係はどこにもない。食卓で箸を立てるのを避けるのは、死者のための形を生者の食事へ持ち込まず、周囲へ不快な連想をさせないためのマナー。

枕飯は、故人のための最後の食事、旅立ちの食、家族と食卓を分けるための印など、その土地ごとにいろいろな形で説明される。

宗派によっては行わない。仏教の教義そのものというより地域習俗の色が濃く、葬儀社が慣例として黙って用意する場合もある。

「箸は必ず一本」「絶対に二本」と全国共通の正解を決めなくていい。その家と寺の作法を確認する方がよい。

末期の水――喉を潤すのか、別れを告げるのか

末期の水は、臨終に際して、または死後、近親者が故人の唇を水で湿らせる儀礼。

道具には違いがある。割り箸の先へ脱脂綿を巻く、樒の葉や鳥の羽を使う、という具合だ。近親者が順に行い、最後の別れを告げる。

釈迦が入滅の前に水を求めた説話と結びつけられることもある。

ここは落ち着いて読んでほしい。医療上の給水と儀礼を混同してはいけない。

意識や嚥下機能が低下した人へ無理やり水を飲ませると、誤嚥や窒息という、笑えない現実の危険がある。生きている人への水分補給は、その場の思い込みではなく医療者の指示に従う。

末期の水というのは、死後の遺体へ大量の水を無理やり飲ませる行為とは、まるで違う。唇をわずかに湿らせ、家族が触れ、別れを伝える。

「水を与えれば蘇生する」という願いが下敷きにある、と説明される場合もある。それでも、目の前で人が倒れているときに、儀礼を救命処置の代わりにしてはならない。心肺停止時には、救急要請と正しい手順の蘇生が優先される。

同じ水でも、医療、看取り、葬送では目的が違う。

湯灌――遺体を洗い、家族の記憶を整える

湯灌は、遺体を湯で洗い清め、そのうえで衣服や髪、化粧まで整えていく行為。

かつて家族や近隣の人々が行った地域もあった。葬送を仕事にする専門職へ任せる地域もあった。現在は、専用の浴槽をそのまま家へ持ち込む湯灌サービスや、清拭だけで手早く整える方法がある。

湯灌には、死の穢れを落とす、来世への旅支度をする、生前の汚れを洗い流す、といくつもの説明がある。

同時に、現実的な役割も大きい。病気や処置ですっかり変わってしまった外見を整え、残された家族が穏やかな姿のまま最後の別れをできるようにする。

遺体には感染、体液、皮膚の脆弱化など、素人にはとても手に負えない専門知識が必要な場合がある。伝統だからと言って、経験のない家族だけで遺体を無理に動かすのは、はっきり危ない。

髪をとかす櫛や刃物を逆向きに使うなど、逆さ事の伝承もある。ただ、すべての現場で行うわけでもない。

湯灌師の仕事を「死体洗いの秘密職」と扇情的に描く記事もある。ふたを開ければ、衛生を守り、遺族へていねいに説明し、故人の尊厳を最後まで保つ専門的なケア。

茶碗割り――もうこの家で食べない

出棺の際、故人が使っていた茶碗を割る習俗がある。

死者が家へもう戻らないようにする、現世への執着を断つ、故人の食事が終わったことを示す、といろいろに説明される。

大切な人を送り出すのに「もう戻ってくるな」と言わんばかりに茶碗を割るのは、字面だけ見ればずいぶん冷たい仕打ちのように見える。

ところが、あれが死者を嫌って家から追い出すだけの冷たい行為なのかというと、そう簡単に決めつけることもできない。いつまでも同じ食器を用意し続けるのをやめる。故人は日常の食卓から旅立った。それを壊れる音で受け入れる。

遺族にとっては心理的な負担があまりに大きく、現在はこの作法を行わない家も多い。故人愛用の茶碗を形見として残す選択もある。

「割らないと霊が帰ってくる」と恐怖で強制する必要はない。

それに、公共の道路や火葬場の前でうっかり陶器を割れば、飛び散った破片がそれだけで危険だし、後始末の清掃の手間も必要になる。実施できる場所と処理方法を確認しなければならない。

伝承の意味は尊重しつつ、遺族がどうしても納得できない所作は、遠慮なく寺や葬儀社へ相談してよい。

出棺時の釘打ち――棺を閉じる最後の一打

かつては、棺の蓋へ遺族が手ごろな小石などを使って釘を打つ作法が、地方を問わずあちこちの土地で広く見られた。

打つのは遺族だった。一人ずつ軽く打ち、最後に葬儀関係者が封棺する。別れの区切りを、手の感触で確かめる行為だった。

愛する人を箱の中へ閉じ込めるようでつらい、遺体へ釘を打つという連想そのものが苦しい。そう感じる遺族もいる。

棺の構造と火葬場の設備が変わった。釘を使わない製品も増えた。現在はすっかり省略されることが多く、蓋へ花を納める「お別れ花」のほうが中心となる葬儀もある。

釘打ちをしないと死者が起き上がる、悪霊が棺から出る。そんな怪談は、封棺というただの現実的な作業を、恐怖の側へまるごと引き寄せたうえで作り替えた。

釘は遺体を拘束する道具ではない。運搬する棺の蓋を固定する役割があった。そこへ最後の別れの象徴が重なった。

設備上できない行為を「作法違反」と責めるべきでもない。

野辺送り――村の道を歩いて死者を送る

野辺送りは、家から墓地や火葬場まで、人を連ねた葬列を作って死者を送る行為。棺、位牌、灯明、幡、花などを伴う。

霊柩車で移動する現代以前、葬送は村の道を通る公的な出来事だった。誰が何を持ち、どの順番で歩くかまで定められた。行列そのものが村の手続き。地域が死を共有した。

辻で回る、行きと帰りで道を変える、草鞋を捨てる。そんな所作も伝えられる。決まりごとは、とにかく細かかった。

死者が家までの帰り道を覚えないようにするため、という説明はなかなか不気味だ。ただ、辻は日常の領域と墓地を分ける境でもある。行きと同じ道を戻らないことで、葬送にあてた時間そのものをそこで閉じる、という意味も考えられる。

死者を恐れて迷わせるだけの仕掛けにとどまらない。生者が家へ戻るための境界儀礼でもある。

現在、交通量の多い道路で長い葬列を組むことは難しく、火葬場へ向かう車列が野辺送りの役割をそのまま引き継ぐ場合がある。

形が変わっても、家から送り出し、戻る者と戻らない者を分ける構造は残る。

葬列を横切らない――霊より先に礼がある

葬列や棺の前を横切ると、不幸や穢れを受ける。そういう禁忌がある。

霊柩車を見たら親指を隠す、葬列に指をさすと親が早死にする、という迷信も、そこかしこで語られてきた。子どもはそう聞かされた。

超自然的な災いをまるきり信じていなくても、葬列を横切らないほうがいい理由はちゃんとある。

棺や遺族の前へ割り込み、列を分断する。それは死者と家族への、はっきりした無礼。交通上も危ない。霊的な恐怖は、共同体の礼儀と安全を強く守らせる働きを持った。恐怖が礼を支えた。

ただ、救急車や災害対応など、やむを得ず通行を優先すべき場面もある。禁忌を理由に現実の安全を損なってはならない。

親指を隠さなかったから親が死ぬという因果関係はない。子どもを脅し続ける必要もない。

迷信を否定した後にも、残せるものはある。死者を送る人々の前でいったん立ち止まり、静かに道を譲る礼。

友引と友引人形――言葉の音が葬儀を変えた

友引の日に葬儀をすると、死者が友を冥界へ引く。そう恐れ、葬儀や火葬を避ける習慣がある。

六曜の友引が本来指していたのは、「勝負がつかず引き分けになる日」だった。そう説明されている。

「友を引く」という字面の連想が、葬送の禁忌と結びついた。

火葬場が友引を休業日とする慣行は、迷信を現実の日程へ固定した。現在は地域によって営業状況が異なる。

どうしても友引に葬る場合、身代わりの人形を棺へ入れる「友引人形」の例がある。死者が生きた友を連れて行かず、人形を伴うよう願う。

友引の日に葬儀をしたから参列者が次々に死ぬ、という統計的な因果関係はどこにもない。遺族の希望、火葬場の予約、宗教者の予定を優先してよい。

ただ、家族の中に強い不安を持つ人がいるなら、理屈だけを持ち出して嘲笑しない方がいい。日程や人形について葬儀社と相談する方が、後悔を減らせる。

両墓制――遺体の墓と、祈る墓を分ける

両墓制は、遺体を葬る「埋め墓」と、石塔などを建てて参詣する「詣り墓」を別の場所に設ける墓制。

遺体を集落からわざわざ離れた場所へ置くという形のため、「死体を恐れて捨てた制度」だと、いかにもそれらしく説明される場合もある。

ところが、話はそんなに単純じゃない。土地の所有、村の構造、家の祭祀、石塔を建てる場所、土葬が終わった後の管理など、いくつもの事情がほどけないほど複雑に絡む。死体忌避だけでは説明できない。

埋め墓と詣り墓の距離、誰が管理するか、いつ参るか、石塔に誰の名を刻むかは、地域ごとにまるで異なる。

二つの墓がどこでもきれいに分かれていたかというと、そうでもない。時代とともに一か所へ統合された。そういう例もある。

土地の事情が変わった。火葬の普及、墓地行政、人口移動によって、両墓制の維持は難しくなった。

「本当の遺骨はどちらにあるか」という謎解きは面白い。ただ、遺体を処理する場所と、死者の記憶を代々継いでいく場所を、あえて二つに分けた社会の仕組みとして見る方がよほどよい。

洗骨――骨を洗うのは遺体を粗末にすることか

葬りは一度で終わらなかった。沖縄、奄美などでは洗骨が行われた。遺体を一定期間安置または埋葬した後、あらためて遺骨を取り出して丁寧に洗い、骨壺へ納め直す。

女性親族が骨を洗う姿が強調される。ただ、誰が担うかは家、地域、時代で異なる。

現代の感覚からすると、一度葬った遺体を掘り出して骨に触れることへ、強い恐怖や嫌悪を感じる。ところが、洗骨は死者を粗末に扱う行為とは違う。

肉体が骨へ変わった。それを確かめ、清め、祖先として墓へ迎え直す。二段階の葬送なんだよな。

風葬、土葬、墓室の構造と結びつき、最初の葬りから一定期間を経て本葬へ進む。映画や怪談で骨を洗う場面だけを切り取ってしまうと、死者を再び共同体へ迎え入れる意味が消える。

手間が重かった。衛生観念の変化、火葬の普及、法律、担い手の負担によって、現在は多くの地域で簡略化・廃絶した。

「今も沖縄の全家庭で女性が必ず洗骨する」という一般化は誤りだ。

風葬――野ざらしという言葉では足りない

風葬は、洞窟、崖、森、墓室などへ遺体を置き、長い時間をかけてゆっくりと白骨化させていく葬法。

「遺体を野原へ放置する残酷な習慣」と紹介されがちだ。ところが中身をのぞいてみれば、墓室や岩陰をきちんと整え、親族が代々管理し、後になって洗骨・再葬まで進める体系を持つ例がある。

風土と切り離せなかった。沖縄や奄美の風葬も、気候、石灰岩地形、墓制、祖先祭祀と分かちがたく結びついていた。

遺体を自然へ委ねることと、何もしないことは違う。入口を閉じ、一定期間待ち、骨を取り出し、清め、骨壺へ納める。

「今も山奥の村が遺体を置き去りにしている」という話が、ネットではもっともらしい顔をして語られる。ああいう話は、具体的な場所、時代、法的状況を確かめないと危ない。古い風葬墓を現在の継続中の遺棄現場と誤認することもある。

現在の日本では、遺体の埋葬や火葬は法と自治体の許可に従う必要があり、個人が思いつきで任意の山へ置くことはできない。

葬法の歴史を知ることと、現代に無許可でそれを再現することは別。

殯――古代の権力者は、すぐに葬られなかった

殯は「もがり」と読む。

古代、高位者の遺体を本葬まで一定期間安置したまま、死を悼む儀礼を続ける制度。単に腐敗を待つ、防腐処理をする、生死を確認するだけの行為にはとどまらない。

王や有力者の死は、政治の空白を生む。後継者を決め、服喪し、死者の地位を祖先へ移す時間が必要になる。殯の期間には、宗教儀礼と政治的な継承が重なった。宗教と政治が溶け合った時間。

遺体が長く安置された。そこから妙な話も生まれる。「実は生き返るのを待った」「死を隠して権力争いをした」という類だ。

個別の事件については史料を検討すべきだ。ただ、殯という制度全体を蘇生待ちだけで説明することはできない。

洗骨や風葬と同じく、死は一瞬で社会的に完了しない。段階を経て死者になる、という考えを示す。

現代の通夜も殯の直接の残存と単純には言えない。それでも、すぐに火葬せず、家族が別れの時間を持つ点では通じる。人が死を受け入れるために時間を必要とすることを伝えている。

逆修――生前に自分を供養する

逆修は、まだ生きているうちに自分の死後の菩提のために、先回りして供養を営む仏教実践。

戒名を受け、墓や石塔、位牌を準備し、法要を営む。寺院の解説では、死後に他人が行う追善よりも、まだ生きているうちに自ら行う供養の方が功徳が大きいと考えられた。

「自分の葬式を準備すると死期が早まる」という不吉な話もある。ところが、逆修の本来の考えは反対だ。死を招くどころか、生きている間に善行を積み、死後への備えをする。

現在よく耳にする生前葬や終活は、仏教の逆修とそっくり同じものかというと、そういうわけでもない。財産、葬儀、墓、医療の希望を整理しておき、残る家族の負担を減らす実務的な意味が強い。

それでも、死から目をそらさないで、まだ生きているうちにきちんと向き合う、という点では通じる。

高額な墓や戒名を契約しなければ成仏できない。そう不安をあおる業者には気をつけたい。宗派の寺院へ内容と費用を確認し、家族とも意思を共有したい。

死の準備は、死を急がせる呪いではない。残された時間をどう生きるかを考える作業でもある。

死者を遠ざけながら、忘れない

茶碗を割り、行きと帰りで道を変え、埋め墓を遠くへ置く。

これらは、死者を家へ戻さないための怖い作法と説明される。

その裏で、枕飯を供え、水で唇を湿らせ、体を洗い、旅支度を整え、何年も詣り墓へ通う。死者を丁寧に扱い、記憶を残す作法も、同じ葬送の中にある。

恐れたから遠ざけた。その理由づけだけでは足りない。愛しているからこそ、生者と同じ場所に留め続けられないことを知っていた。

離すことと、忘れることは違う。

逆さ事で世界を二つに分け、野辺送りで境を越え、墓と供養であらためて関係を結び直す。葬送習俗は、その難しい移行を支える仕組みだった。

現代の葬儀で古い作法を省いても、故人への思いが薄くなるわけでもない。由来の分からない禁忌で遺族を脅すのは論外だ。何のための所作なのかをきちんと説明し、遺族が納得して別れられる形を選ぶ。それでいい。

タイトルとURLをコピーしました