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田原坂、三月二十日の四十分

毎朝、家の前の桜を数えてから仕事に出る。
川沿いの道に一列に植わった、十二本だ。
古い借家に一人で住んで、もう十年になる。
端の一本は、その借家の奥の間の窓のすぐ前に立っている。
夏はその枝の影のおかげで、奥の間の畳が焼けずにすむ。

十二本目は、幹が少し家のほうへ傾いている。
風の強い夜は、枝の先が窓ガラスをこつこつ叩く。
その音で目が覚めた夜も、何度かあった。

市内の造園会社で、剪定をして二十年近くになる。
見積もりの日は、庭の木を一本ずつ数えて回る。
手の中には、かちりと鳴る数取器。
木を見ると数えてしまう癖は、この仕事より前からあった。
たぶん、小学三年の遠足からだ。

三月二十日は、毎年休みを取っている。
植木の田原坂では、この日、西南戦争で亡くなった人たちの追悼式がある。
植木に住んでいた祖母が、近所の者として毎年顔を出していた。
その祖母が亡くなって、何年かたつ。
それからは、私が代わりに行っている。

遺族でもないのに、と最初はためらった。
祖母には、口癖があった。
「あそこで死んだ人は、どっちの兵隊さんも若かったとよ」
帰りの車で祖母が口ずさむのは、決まって民謡の田原坂だ。
雨は降る降る、のところで、いつも声がかすれた。
その声を思い出すと、休みの届けを出す手は迷わずに動く。

その年の三月二十日も、朝のうちに桜を数えた。
十二本。
奥の間の前の一本は、ほかより遅れていて、蕾がまだ固い。
喪服に着替えて、九時半に車を出す。
植木までは、四十五分ほどの道のりだ。
公園の駐車場は広く、もう何台も停まっていた。
車を降りると、風が冷たい。

田原坂を上りきった台地の上が、公園だ。
資料館があって、その向かいに白い土蔵が建っている。
壁に弾の痕を残した、弾痕の家だ。
建物は、昔のものを復元したと聞いている。
桜の枝の向こうに、馬に乗った少年の像が見える。
桜は、早い木だけがちらほら咲いていた。
慰霊碑の前に、人が集まり始めていた。
黒い服の人と、普段着の人が半々くらい。
年配の人が多い。

碑には、この戦争で亡くなった人たちの名前が刻んである。
官軍の名も、薩軍の名も、そこに並んでいる。
子供の頃、祖母に手を引かれて来た時は、名前の多さに足がすくんだ。
今は、一つずつ目で追う。
どれも、知らない人の名前だ。
それでも、来るたびに自然と頭が下がる。

碑から離れて、桜の下をゆっくり歩いた。
資料館の手前で、携帯の時刻を見る。
十時四十一分。
式までは、まだ間がある。
携帯をしまいかけた時、資料館の向こうから子供の声がした。
「じゅうなな」
「じゅうはち」
何人かで、声をそろえて数えている。
楽しくてしかたがない、という声だ。
語尾が跳ねて、一本ごとに笑いがまじる。

資料館の角を回って、声のほうをのぞいた。
桜の幹と、白い壁。
子供の姿は、一つも見当たらない。
箱を抱えた係の人が一人、駐車場のほうへ歩いていくだけだ。
声だけが、数を進めていく。
「にじゅう」
そこで、わっと笑いがはじけて、止んだ。
携帯を見ると、十時五十三分になっていた。
声を聞いていたのは、ほんの何秒かのつもりだった。

十二分が、まるごと抜けている。
駐車場のほうから、さっきの係の人が手ぶらで戻ってくる。
「今日は、子供さんの団体は来とるですか」
「いえ、式の日ですけん。来とらんですよ」
じゃあ、あの声は誰の声だ。
資料館の入口ものぞいてみた。
入ってすぐのホールで映像が流れていて、字幕が出ているだけだ。
礼を言いそびれたまま、碑のほうへ戻る。
戻りながら、あの数え方を思い出していた。

三十年以上も前、小学三年の春の遠足で、私たちは田原坂に来た。
一の坂の下から、列になって歩いて上る。
笛を吹きながら、先生が先頭を行く。
この公園で、弁当を広げた。
祖母が持たせてくれた水筒には、麦茶が入っていた。
食べ終わると、担任の先生がぱんと手を叩く。

「班で桜を数えてごらん。先生の数と合った班が勝ちよ」
先生の数は、二百。
私は班の数える係で、紅白帽を白にかぶり直した。
あごのゴムが、汗で張りつく。
五人で公園じゅうを走り回り、一本ごとに声をそろえて笑う。
息が上がっても、楽しくて足が勝手に前へ出る。
ひゃくきゅうじゅうく、で、数が尽きた。
あと一本が、どうしても足りない。

「まさくん、あと一本ばい」
班の子に背中を押されて、私は一人で探しに行った。
そこから先の記憶は、すっぽり抜けている。
見つかったのは四十分後で、場所は二の坂の道ばただった。
側溝のふちに座って、膝の上で両手を握っていたそうだ。

「みんなと数えよった」
先生には、そう言ったらしい。
うちの班は、一本足りないまま負けた。
祖母はそれを、田原坂で四十分消えた孫の話として、何年も親戚に聞かせていた。

さっきの声は、あの日の班の声によく似ている。
似ているだけだ、と思うことにする。
春の公園で子供がはしゃぐのは、当たり前の音だ。
十二分は、ぼんやりしていた、で片がつく。
朝は、缶コーヒーを一本飲んだきりだった。

式が始まって、私はいちばん後ろに立った。
前の人たちの肩ごしに、碑の上の空が見える。
左隣には、杖をついたおばあさんがいた。
杖の握りに、白いハンカチが巻いてある。
挨拶の声が、風にちぎれて届く。
桜の枝が、しきりに揺れている。
前のほうで、人の頭がそろって下がった。
その少し前に見た携帯は、十一時八分。
私も手を合わせて、目を閉じた。

声は、すぐに来た。
今度は近い。
背中のすぐ後ろで、何人もの子供が数えている。
「ろくじゅういち」
「ろくじゅうに」
いちばん高い声は、班長のたかちゃんの声に聞こえた。
小さな足音が、ぱたぱたと私のまわりを回る。
すぐそばで、水筒の氷がからからと鳴る。
誰かが、くすくす笑いながら上着の裾を引っぱった。

式の最中だ。
振り向いて騒ぐのは、ここで亡くなった人たちに悪い気がした。
私は手を合わせたまま、目を閉じていた。
数が一つ進むたびに、合わせた手のひらの中が冷えていく。
声は楽しそうに、少しずつ遠ざかる。
「ななじゅう」
そのあたりで、ふっと聞こえなくなった。

目を開けると、前に並んでいた背中が、ばらばらに動いていた。
人の列がほどけて、駐車場のほうへ流れていく。
式は、もう終わっている。
携帯は、十一時三十三分。
左隣のおばあさんが、私の顔を見て笑った。
「よう拝みよらしたなあ。いっちょん動かんで」
二十五分のあいだ、私の体はここで手を合わせていたらしい。
覚えているのは、数える声と、氷の音だけだ。

「子供の声、聞こえませんでしたか」
おばあさんは、杖に両手を重ねて少し考えた。
「子供?今日は年寄りばっかりたい」
そう言って、駐車場のほうへゆっくり歩いていく。

人がいなくなってから、もう一度碑の前に立った。
今度は目を開けたまま、手を合わせる。
それから、資料館の向かいの弾痕の家まで歩いた。
白い土蔵の壁には、黒い穴がびっしり開いている。
気づくと、穴を目で数え始めていた。
三つ目で、目をそらした。
中に入る。

中は、博愛社の展示だった。
官軍も薩軍も分けずに、けが人を手当てした人たちだ。
大きな扇風機が、低い音で空気を回している。

壁ぎわで、なくした時間を順に考えた。
一回目は、空腹のせい。
二回目は、立ちっぱなしで血が下がったせい。
子供の声は、近所の子が遊びに来ていただけ。
そう並べれば、どれも筋は通る。
通るのに、靴の中で足の指が冷えきっていた。

携帯の時計がずれているのかと思い、設定の画面を開いた。
時刻は、自動で合わせる設定のままだ。
狂っているのは、時計のほうではないらしい。

帰る前に、二の坂まで下りてみることにした。
子供の私が見つかった場所だ。
あの四十分の続きが、そこに落ちている気がする。
車は駐車場に置いたまま、歩いて坂を下りる。
十二時を、少し回っていた。

田原坂は、地面を深く掘りこんだような道だ。
両側が高い土手で、上から竹がかぶさってくる。
坂に入ると、風がぴたりと止んだ。
湿った土と、竹の葉の匂いがする。
道幅は、車一台ぶんに少し余るくらい。

土手の上に、みかん畑の緑がのぞいている。
軽トラックが一台、私の横をゆっくり上っていった。
三の坂の標識を過ぎると、聞こえるのは竹の葉の音だけになった。
遠足の日は、この坂を班で笑いながら上ったものだ。

標識から少し下ったところで、後ろから声がした。
「ひゃくきゅうじゅうはち」
「ひゃくきゅうじゅうく」
坂の上から、跳ねるように近づいてくる。
握っていた携帯の画面は、十二時十分。
振り向く。
道は、曲がりながら上へ消えている。
見えるのは、竹の影と、白っぽい空だけだ。

「まさくん」
喉の奥が、ひくりと鳴った。
その呼び方を最後に聞いたのは、祖母の葬式の時だ。
「あと一本ばい」
「まさくん、あと一本は?」
心から楽しそうな声だった。
楽しそうであるほど、首の後ろの毛が立つ。

車は、坂の上の駐車場にある。
声も、坂の上から下りてくる。
下へ逃げれば、車からどんどん離れていく。
足が、その場で固まった。

小さな手が、後ろから私の目をふさいだ。
子供の背では、届くはずのない高さだ。
冷たい。
雨に濡れた石のような冷たさで、指が細い。
麦茶の匂いがした。
遠足の水筒の、氷の溶けかけた麦茶の匂いだ。
耳のすぐそばで、声がもう一度たずねた。
「あと一本は?」

頭の中に、木が一本浮かんだ。
毎朝数えている、家の前の桜。
奥の間の窓を叩く、十二本目。
「にひゃく」
口が、勝手に動いていた。
私の声だった。
子供たちが、わあっと手を叩く。
「あったあ」
「勝った、勝った」
はしゃいだ声が、竹の中を駆け上がっていく。
竹の葉が、いっせいに鳴った。
目の上から、手が離れた。

気づくと、二の坂の道ばたに座っている。
側溝のふちに腰を下ろし、膝の上で両手を握っている。
子供の私が見つかった時と、同じ格好だ。
道の脇に、碑が二つ立っている。
三の坂の標識を過ぎてすぐのところにいたのに、体は二の坂まで下りてきていた。
携帯は、十二時十三分。
声がしてから、三分。
坂の上の曲がり角で、白い帽子のようなものが一つ、ひょいと引っこんだ。

立ち上がって、二つの碑に頭を下げる。
竹の鳴る坂を、足元だけ見て上った。
運転席に座ると、手のひらに爪の跡が赤く並んでいた。
ハンドルに置いた指が、まだ冷たい。
指を折って、数える。
十二分と、二十五分と、三分。
足すと、四十分になる。
遠足の日に、私が消えていたのと同じ長さだ。

あの日の班の五人は、今はみんな四十を過ぎている。
声だけが、子供のままだ。
空腹や立ちくらみで、きっちり四十分にそろうものか。
偶然だ、と声に出して三回言ってから、エンジンをかけた。
帰りの道では、看板を数えそうになるたびに唇をかんだ。
街なかに入るまで、一度も止まらずに走った。

家に着いたのは、一時過ぎだ。
裏の駐車場から勝手口で上がり、茶の間で喪服のまま横になる。
目が覚めると、もう次の朝だった。

祖母の仏壇の水を替えようとして、奥の間のカーテンを開けた。
畳の上に、まっすぐ日が差しこむ。
いつもなら、桜の枝の影が落ちている場所だ。
窓の外にあるのは、明るい空と、川向こうの家の屋根だけだった。

表に出て、桜を数えた。
十一本。
ほかの十一本は、昨日と同じ枝ぶりで、同じ場所に立っている。
端の一本があったところには、切り株が一つきり。
灰色に乾いて、ひびが走り、ふちに苔がついている。
切り口の年輪は黒ずんで、ところどころ崩れていた。
しゃがんで、切り口に手を当てた。
仕事柄、見れば分かる。
何十年も前に切られた株だ。

昨日の朝、私はここで十二本を数えた。
蕾がまだ固い、と思ったのも、この木だ。
去年の冬には、大家に頼まれて、この木の枝を私が詰めている。
脚立を立てた場所も、切った枝の太さも覚えている。

隣の家のおじさんが、ほうきを持って出てきた。
聞いてみると、首をかしげる。
「そこは昔から切り株たい。わしが越してきた時から、ずっとそぎゃん」
もう一度、端から数え直す。
十一本。

それから、暮らしは前と同じに戻った。
剪定に出て、数取器を押して、夜は早く寝る。
仕事で数える木は、どの庭でも帳面どおりの数だ。
得意先の庭の桜も、例年どおりに咲いた。
変わったのは、一つだけ。
奥の間の窓の前が、空いたままだ。
朝の日は畳まで届き、風の強い夜も窓はしんとしている。

毎朝、私は桜を十一本数える。
数え終わると、切り株の前で、口の中だけで十二と言う。
言わずに通ると、坂の上の数が、また一本足りなくなる気がする。
来年の三月二十日も、田原坂へ手を合わせに行く。
奥の間の畳は日に焼けて、少しずつ色が変わってきた。

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