奇怪千万からのお願い

このサイトの記事が面白かった、役に立ったと思って頂けたら、一つお願いがございます。
Amazonで何か買う予定があるとき、その前に下のボタンから入って頂いて買い物をしていただくと
サーバーの運営費と心霊スポットやパワースポットの取材費になります。

ここから入って買い物をすると、金額の数%が紹介料として私に入ります。
貴方様の支払いが増えることは一切ありません。買う物も何でも構いません。
記事をもっとたくさん増やしたいので、ご協力をお願いします。

当サイトではアマゾンアソシエイト以外のアフィリエイトは使用しません
(記事が見づらくなるから・・・)

南酒々井のバケトンまで、昼休みの散歩

昼休みは十二時からの一時間だ。
弁当は十五分で片づける。
残りの時間で、私は歩く。
四月から五月にかけての、田植えの前の話である。

勤め先は佐倉市八木にある運送会社の事務所だ。
二階の窓から、東関東自動車道の高架が見える。
南酒々井駅から歩いて十分ほどの、田んぼの中の会社である。
事務は私と、五十代の田中さんの二人きり。
社長は昼間ほとんど外に出ていて、トラックの運転手たちも夕方まで戻らない。
午後は電話番と伝票で埋まるから、昼のうちに外の空気を入れておきたい。

事務所は古い。
窓は冬でも隙間風が入るのに、夏は開かない。
複合機の熱と、埃の匂いがこもる。
一時間座っていると、肩が石になる。
歩いて戻ると、その肩がほどけている。
それだけの理由で始めた散歩だ。

道順は決まっている。
事務所の裏から農道に出る。
田んぼの間を北へ向かう。
高架が近づくと、タイヤの音が上から降ってくる。
その高架の下に、短い通路がある。
コンクリートの四角い口だ。
向こう側の光が、入口から見える長さしかない。
天井は低く、両側の壁には水の跡が縦に走っている。
出口の先は、草の色しか見えない。

この通路は、バケトンと呼ばれている。
南酒々井のバケトン。
何年か前にテレビでやったらしい。
奥の沼で亡くなったおばあさんが出る、という筋の話だ。
真偽は知らない。
昼に見れば、ただのコンクリートの箱である。

私は中に入らない。
入口の前で踵を返す。
それが私のルールだ。
通路の向こうは草と湿地で、畑に用のない人間には、行っても戻るだけ。
それに、入りたくない気持ちが、少しだけある。
壁に黒い染みがあって、目に入ると足が止まるのだ。
腰から胸くらいの高さに、横に広がっている。
二年、このルールで歩いてきた。

田中さんは、私の散歩を知っている。
「よく飽きないね」
最初の年に、一度だけそう言われた。
それ以来、何も言われない。
毎日十二時十五分に私が席を立ち、五十分に戻る。
入口で折り返すのは、十二時半ごろ。
田中さんにとっては、時計と同じものになっているらしい。

四月、派遣で美奈が来た。
派遣会社から届いた名簿で名前を見て、まさかと思った。
玄関で顔を見て、確かめるまでもなかった。
高校の同級生である。
十四年ぶりに会った。
千葉市の高校で、三年間ずっと同じクラスだった。
隣の席で、弁当のおかずを交換した仲だ。
女子の中では、一番よく話した相手である。

笑い方が変わっていない。
声の高さも同じ。
ただ、左目の下にあったほくろが、なくなっていた。
取ったのかな、と思う。
聞かずにおいた。

初日、社長が美奈の入館カードを作った。
玄関の明るいところで、スマホで顔を撮る。
名前と会社名を印字して、紐を通す。
うちの会社のカードは、みんな顔が白く飛んでいる。
社長の撮り方が下手だからだ。
私のも、そうだった。
美奈は自分のカードを見て、笑った。
「これ、誰だか分かんないね」

美奈は初日から、私の散歩についてきた。
「あんた、昔から散歩好きだったもんね」
そう言われて、私は首をかしげた。
高校のころ、私は歩くのが嫌いだった。
駅までバスに乗る側の人間である。
三十を過ぎれば、人は変わる。
そのくらいに思って、流した。

初めて二人で歩いた日のことを書く。
晴れていた。
四月の農道は、土の匂いが強い。
高架の手前で、美奈が足を止めた。
「ここ、バケトンでしょ。テレビで見た」
うれしそうな声だった。
私は入口の前で止まった。
美奈は、止まらなかった。

通路に入っていく背中が、小さくなる。
足音がコンクリートに跳ね返る。
一人分の足音が、二人分に聞こえた。
向こう側の光の中で、美奈の影が横を向いた。
何かを見ている。
それから、戻ってきた。

「奥、沼あるよ」
息が弾んでいる。
「出口から見えた。水、真っ黒だった。草が一列だけ倒れてた」
それから、声を落とした。
「おばあさんが、草の中にしゃがんでた」
私は、地元の人だよ、と答えた。
高架の向こうに畑があるのは知っている。
美奈は、だよね、と笑った。
その日はそれで終わり。
午後の伝票は、いつもの量だった。

弁当は、美奈も事務所で食べる。
二日目に、卵焼きを一切れ、私の弁当箱に入れてきた。
甘い。
高校の時と同じ味だった。
お母さん元気なんだ、と言うと、美奈は箸を止めた。
「うん。元気」
それから、窓の外の高架を見た。
「ここ、来てみたかったんだよね。佐倉」
派遣先を選べるものなのか、私は知らない。
聞かずに、卵焼きを食べた。

翌週の水曜日、美奈は休みだった。
派遣の契約で、水曜は出ない。
私は一人で歩いた。
一人の方が、歩幅が合う。
田んぼにはまだ水が入っていなくて、土が白く乾いている。
風が低く吹いて、裾を押した。
高架の下まで来て、入口の前に立つ。
タイヤの音が、頭の上を通り過ぎる。
通路の向こうの、明るい四角。
そこに、人が立っていた。

小さい。
背中が丸い。
逆光で、顔のあたりは白く飛んでいる。
こちらを向いているかどうかは、分からない。
私は手を上げかけて、やめた。
向こうは、片手を顔のあたりまで上げた。
それだけ。
横へ動いて、光の外に出た。

畑の人だ。
そう決めて、私は踵を返した。
帰りの農道で、背中の汗が冷えた。
首の後ろが、ずっとこわばっている。
事務所の階段を上がるとき、膝が一段ごとに重かった。
席に着いても、指先の冷えが取れない。

午後、田中さんに聞いてみた。
「高架の向こうって、畑ありますよね」
「あるよ。八木の人がやってる」
伝票から顔も上げずに言う。
「でも、この時期は誰も行かないよ。蛇が出るから」
私は、そうですか、とだけ返した。
おばあさんの話は、しなかった。
聞けば、何か決まってしまう気がしたから。

その夜、スマホでバケトンを調べた。
出てくる話は、どれも似ている。
奥の沼、おばあさん、写真を撮ると壊れるカメラ。
掲示板には、地元の年寄りも普通に通る道だ、と書いてあった。
私はそれを信じることにした。
通るなら、立ち止まることもある。
手を上げることもある。
そこまで考えて、電気を消した。
布団の中で、足の裏だけが温まらなかった。

それから三日、美奈は私と歩いた。
通路の前まで来ると、美奈は中に入る。
私は入口で待つ。
美奈が向こう側で光の中に立ち、戻ってくる。
三日とも、誰もいなかったと言った。

三日のうちの二日目に、沼の方へは行かないで、と頼んだ。
蛇が出るから、と田中さんの言葉を借りた。
美奈は、行ってないよ、と答えた。
草が倒れてた、と初日に言った口で。

三日目、戻ってきた美奈の靴下に、草の種が付いていた。
細長い、黒い種だ。
ズボンの裾が、片方だけ濡れている。
通路の中に、草は生えていない。
私は種を見て、何も言わなかった。
美奈も、裾を払わなかった。

「ほくろ、どうしたの」
一度だけ、聞きかけた。
美奈は伝票の束を数えていて、聞こえなかったらしい。
私もそれ以上は言わずにいる。

その次の週の金曜日のことだ。
美奈がいつものように通路に入っていった。
私は入口で、壁の黒い染みを見ないようにしていた。
美奈が出てきた。
顔が、少しだけ白い。

「あんたのカード、中に落ちてたよ」
入館カードのことだ。
首から下げる、顔写真つきのやつ。
「拾ってきなよ。私、先に戻る。電話が鳴る時間だから」
美奈はそう言って、農道を足早に戻っていった。
私は自分の胸元を触った。
カードは、そこにある。
紐も切れていない。

呼び止めようとして、やめた。
美奈の背中は、もう田んぼの角を曲がっている。
腕時計を見る。
十二時四十分。
戻るまで十二分かかる。
中に入って拾うだけなら、二分で済む。
誰かの落とし物なら、持ち帰って田中さんに渡せばいい。
それだけのことだ。
入口から中をのぞくと、黒い染みの下に、白いものが小さく見える。
私は、二年目にして初めて、ルールを破った。

通路の中は、ぬるかった。
外より三度は高い。
コンクリートの匂いに、草の匂いが混じる。
足音が、二重になって返ってくる。
自分の呼吸まで、壁から戻ってきた。
黒い染みの真下に、カードが落ちていた。
裏返しで、紐が泥で汚れている。

拾おうとして、しゃがんだ。
目の高さに、黒い染みが来る。
近くで見ると、染みは一つではなかった。
細かい点の集まりで、縁がにじんでいる。
目をそらした。

頭の上で、タイヤの音が途切れた。
車が一台も通らない時間が、ある。
その一瞬が、長かった。
その時、出口の光が暗くなった。
顔を上げる。
三歩先に、立っていた。
小さい。
背中が丸い。
顔のあたりは、光で白く潰れて、見えない。
入口までは、十二歩。
しゃがんだままの膝が、伸びなかった。
片手が、上がった。
指が、五本とも、同じ方へ曲がっていた。

壁に手をついて、立った。
私はカードを握って、後ろ向きに歩いた。
踵が、壁の水の跡をこする。
振り返らない。
入口の明るさが背中に当たるまで、目をそらさずにいた。
農道に出る。
走った。
事務所の階段を、二段飛ばしで上がる。
田中さんが、顔を上げた。
「どうしたの、靴」
スニーカーの裏に、黒い泥がついていた。
農道は乾いていたのに。
田中さんが、雑巾を一枚、黙って差し出した。
時計は、十二時五十一分。
一分だけ、遅れていた。

美奈は自分の席で、電話を取っていた。
受話器を置いて、こちらを見る。
「拾えた?」
私はカードを机に置いた。
「これ、私のじゃない」
美奈がカードを裏返す。
「え。あんたのでしょ」

名前の欄には、私の名前があった。
会社の名前もある。
写真は、顔が白く飛んでいる。
うちのカードは、みんなそうだ。
けれど左目の下に、黒い点が一つ。
それだけが、はっきり写っていた。

美奈はカードを私に返して、伝票に戻った。
私は引き出しの一番下に、カードを入れる。
鍵をかけた。
午後の電話は、いつもの本数だ。
受話器を持つ手が、夕方まで湿っていた。
終業前に、玄関の流しでスニーカーを洗った。
泥は黒く、水に溶けて、沼の匂いがした。
私は沼を知らない。
その匂いを、なぜ沼だと思ったのかも分からない。
帰りは、ロッカーの通勤靴を履いた。

翌週の月曜、美奈は来なかった。
派遣会社から、田中さんに電話があった。
家庭の事情で契約を終える、という話だ。
美奈の机の上には、何も残っていない。
引き出しも空である。
社長は、次の派遣はしばらく入れないと言う。
美奈の席には、翌日から伝票の箱が積まれた。

社長が、美奈の入館カードを回収しておけと言った。
田中さんがロッカーと、玄関の流しを探す。
出てこない。
美奈のカードは、どこにもない。
私は、自分の引き出しの一番下を、見なかった。
あれには、私の名前が印字してある。
そう自分に言った。

私のスマホに、美奈の番号は入っている。
かけなかった。
高校の時の番号のまま、更新していないことに、かけようとして気づいた。
この一か月近く、私たちは一度も電話をしていない。
同じ部屋にいたから、する理由がなかった。

散歩は、やめた。
昼休みは、弁当を食べて、二階の窓から高架を見るだけ。
タイヤの音は、ここまで届かない。
田中さんは、何も言わない。
十二時十五分になると、一度だけ時計を見る。
肩は石のままで、夕方まで過ごす。
スニーカーは、机の下に置いたままだ。
洗った日から、一度も履いていない。
窓から見える高架の下は、遠くて、人の姿までは分からない。
それでも毎日、確かめてから目をそらす。
二週間、そうして過ごした。

今日、引き出しの一番下を開けた。
伝票の控えを探していただけである。
田中さんは電話中で、こちらを見ていない。
カードは、あった。
拾った時のまま、紐に泥がついている。
乾いていなかった。
引き出しの底に、湿った輪が広がっている。
沼の匂いが、鼻の奥に入ってきた。

写真の黒い点は、位置が変わっていない。
左目の下。
高校の三年間、隣の席で見ていた、あの場所である。

私はカードを引き出しに戻した。
鍵をかけた。
窓の外で、高架が、昼の光に白く横たわっている。

舞台になった場所

千葉県佐倉市八木の心霊スポット「南酒々井の化けトン」。南酒々井駅近くの高架下通路に、老婆の霊、声、カメラ不調の噂が残る。現地の空気と、噂の出…

同じ地域の怪談

2026.10.10

十月の半ばの火曜日、印西の現場に着いたのは三時四十分だった。前の現場の生け垣が長引いて、一時間近く押していた。社長からは、日が暮れる前に上が…

2026.10.10

「昼飯のあとは、橋を渡るな」。義兄は低い声でそう言って、卓を指の節で二度、こつこつと叩いた。養老川の水音が畳まで上がってくる、十月の昼だった…

この地域の心霊スポット

千葉県四街道市、JR総武本線の谷田踏切は、白装束の老婆や女性の霊が語られる県内屈指の心霊スポットだ。背景には平成二十六年・二十七年をはじめ記…

千葉県の史跡に残る心霊スポット「納谷の首切塚」。利根川近くの題目碑。先に耳へ来る首切塚の名。怪談・都市伝説として語られる噂と、現地の空気を追…

千葉県香取市下飯田に鎮座し、七つの鳥居や狐像の祟り、男性の霊が語られてきたコンコン神社こと下飯田稲荷。下飯田瘡守稲荷の表記と病除け信仰、森山…

千葉県松戸市主水新田の心霊スポット「まこも池」。主水池とも呼ばれる水辺に、少女の霊、手招き、すすり泣く声の噂が残る。現地の空気と、噂の出どこ…

千葉県の廃墟系の心霊スポット「オレンジハウス」。我孫子の畑と細道の先に語られる廃屋。鮮やかな色だけが噂より先に立つ。現地の空気と、噂の出どこ…

コメント

タイトルとURLをコピーしました