## 懐に、干した魚を一匹忍ばせて山へ入る
猟師が山に入るとき、懐に忍ばせるものがあった。鉄砲でも弾でもない。干したオコゼだ。海の魚を、山に持って入る。しかも食べるためじゃない。見せるためだ。山の神に。初めてこの話を聞いたとき、意味が分からなかった。なぜ魚なのか。なぜオコゼなのか。なぜ見せると良いことが起きるのか。調べていくと、この風習の奇妙さは入口にすぎなくて、その先には、山では周りのものを本来の名前で呼んではいけないという、もっと徒ならぬ体系が待っていた。山というのは、入った瞬間に言語が切り替わる場所だったんだ。
## 山の神は女で、しかもとびきり醜い
日本の多くの地域で、山の神は女神だとされてきた。しかもやたら焼きもち焼きで、嫉妬深くて、気が短い。自分より美しいものが山に入ってくると機嫌を損ねる。だから女を山に入れない、という理屈が組まれた。同時に、出産や月経の穢れを特に嫌うとされ、祭の日に女性が参加することは許されなかった。この二つの理由はよく見ると矛盾している。嫉妬なら美しい女を嫌うはずだし、穢れなら美醜は関係ない。つまりこれは、別の時代に別の理由で作られた禁忌が、後からひとつの神格に押し込まれた結果なんだろう。ちなみに中世以降、「山の神」は口やかましい妻の俗称になった。今でも使う人は使う。
## だから、もっと醜いものを見せると喜ぶ
ここからロジックが奇妙な方向へ跳ねる。山の神は醜い。醜いことを気にしている。だから、自分より醜いものを見ると安心して機嫌が良くなる。この理屈だけで、全国の猟師と木こりが数百年にわたって魚の干物を懐に入れて山を歩いた。神に対するもてなしとしては、かなり失礼な部類だと思う。供え物として美しいものや高価なものを持っていくのが普通なのに、ここでは「あなたより醜いやつ」を見せる。しかも神はそれで喜ぶ。この人間臭さというか、神への距離の近さは、日本の山の信仰のめちゃくちゃ面白いところだ。
## オニオコゼという魚のこと
実物を見ると、確かにこれはすごい。全体がいぼだらけで、目は上向きについていて、口は強引に引き裂いたみたいに大きい。背びれには毒棘が並んでいて、刺されると激痛が数時間続く。つまり見た目も危険度もトップクラスの魚。しかも味は非常にいい。このギャップも、山の神への供物に選ばれた理由のひとつかもしれない。ちなみに日本には「ヤマノカミ」という別名を持つ魚が複数いて、カジカの仲間などがそう呼ばれる。山の神と魚の結びつきは、オコゼ一属に限らない広い広がりを持っているんだよな。
## 紀州・八木山村の、袖口からチョイと出す作法
具体的な儀礼の記録が残っている。紀州熊野の八木山村では、山の神の祭礼の場で、氏子一同が当番者に向かって「懐のオコゼを見せろ」と迫る。当番はもったいぶって、袖口から魚の頭をチョイとだけ出す。すると全員がドッと笑う。これで儀式は成立する。当地には「山の神にオコゼを見せたようだ」という慣用句すらあったという。この光景、想像するとなかなか奇妙だ。大の大人が集まって、一人の袖口を見つめている。小さな魚の頭がちらっと見える。で、笑う。神事なのに、どこか道化していて、だからこそ本物っぽい。
## 見せるのは、少しずつでいい
この「全部見せない」というところが、この風習のミソだ。各地の伝承で、オコゼは包みを少しだけ開けて見せることになっている。一気に見せてしまうと、それで終わりだからだ。少し見せて、神が機嫌を良くして、獲物をくれる。また少し見せる。このフラグメント供給の発想は、神との長期取引を前提にしている。一度だけの契約じゃなくて、一生付き合う相手として山の神を扱っている。しかもちょっとケチで、小出しにする。神を相手に値切り交渉しているみたいなセコさが、この信仰にはある。
## 日向・椎葉村の猟師と、紙に包んだオコゼ
もっと徒ならぬ例がある。日向の椎葉村では、猟師がオコゼを紙に包み、山の神に向かって「この世の光を見せる」と誓う。つまり、獲物をくれたら包みを開けて見せてやるぞ、という取引だ。ところがこの猟師は、獲物を得るたびに紙を一枚追加して包んでいく。包みはどんどん分厚くなる。神は永遠にオコゼを見られない。約束を守っているようで、完全に騙している。しかもこのイカサマが風習として定着していたというのがすごい。猟師たちは山の神を神として敬いながら、同時に完全に手の内に入れていた。
## 十津川の材木師は、生きたオコゼで雨を降らせた
十津川の奥白谷では、材木師が土小屋の社に生きたオコゼを捧げて大雨を祈ったという記録がある。これは実用目的がはっきりしていて、切り出した材を流すには川の水量が必要だからだ。雨が降らなければ仕事にならない。だから魚を供える。魚を水のない山に置くというのは、魚が苦しむということで、その苦しみが雨を呼ぶという発想も含んでいるらしい。オコゼをめぐる伝承は、猟と木こりと雨ごいと子宝にまで枝分かれしていて、地域ごとに微妙に違う。一つの魚で、これだけの伝承を背負っている例は珍しい。
## 柳田国男と南方熊楠が、揃ってこの魚に食いついた
このテーマは、日本の民俗学の初期に大きな話題になった。柳田国男が「山神ヲコゼ魚を好むということ」を東京人類学会雑誌に発表し、翻って『後狩詞記』で日向の猟師の習俗を詳しく記録した。『後狩詞記』は一九〇九年に出ていて、これが日本民俗学の実質的なスタート地点のひとつになっている。山の猟師たちの言葉と作法を、彼ら自身の語彙で拾い集めたところに価値がある。オコゼという奇妙なディテールが、学問の取っ掛かりになったというのは、なかなか良い話だ。
## 明治四十四年、牟婁新報の連載
そこへ南方熊楠が参戦する。一九一一年の三月から五月にかけて、牟婁新報に「山の神とオコゼ魚」を連載。熊楠は自分の地元である紀州の事例を中心に、全国の例と海外の類例を雑に積み上げていく。この人の文章はとにかく情報量が多すぎて、論旨を追うというよりは、オコゼをネタに彼の頭の中を見学している感覚になる。二人が同じ魚を追いかけた結果、今の僕らは、大正以前の山村の作法を、相当な解像度で知ることができる。学問のこういう自己目的化した熱量は、ときどきとんでもない仕事をしてのける。
## 山では、里の言葉を使ってはならない
さて、ここからが本題だ。オコゼは入口で、山の信仰の本体は言葉にある。山に入ったら、里で使っている普通の言葉を使ってはいけない。これを「山言葉」とか「山詞」とか呼ぶ。マタギの世界ではとりわけ厳格で、一言でも里言葉を口にしたら、その場で水ゴリを取らねばならなかったという記録がある。冬の山で、冷たい水を浴びる。単なるマナー違反ではなく、実害のある罰則がついていたということだ。なぜそこまでするのか。山の神に聞こえるからだ。聞こえたら、何かが起きるからだ。
## 熊を「熊」と呼ばない、三十八の方法
もっとも厳重に避けられたのが熊だ。これは当然で、マタギにとって熊は神であり、同時に山の神の使いでもある。名を呼べば届く。届けば逃げられるし、逃げない場合はもっと悪い。だから別の名前で呼ぶ。調査によっては、熊を指す呼び方が三十八種類も確認されている。三十八だぞ。一つの動物に対して、地域ごと・状況ごとに違う別名を三十八も用意していた。これはもう単なる忌み言葉ではなくて、別の言語体系と呼んでいい規模だ。
## イタズ、オヤジ、コシマキ
具体的な別名を見ていくと、発想の幅が面白い。秋田や青森のマタギが使った「イタズ」は、もっとも有名な熊の別名。「オヤジ」は人間の家族関係になぞらえた呼び方で、敬意と親しみを同時に含む。「コシマキ」はツキノワグマの胸の白い模様をさしている。「シシ」はもともと食用にする獣全般を指す古語で、これを熊に当てることで固有名を回避する。つまり方式はいちいち違う。外見で呼ぶ、関係で呼ぶ、上位カテゴリで呼ぶ。共通しているのは、直接指さないことだけ。この回避の多様さ自体が、いかに彼らが真剣だったかを物語っている。
## 蛇、猿、犬、猫――四本足と長いものは特に危ない
熊だけじゃない。山で口にしてはいけない名前は広い。特に厳しくタブーされているのが四本足の動物で、猿、犬、猫の三つは全国の伝承でワーストクラスに挙がる。猟師でさえ、これらをみだりに連呼するのは禁じられていた。蛇も同様で、長いものは山の神の使いだとされやすい。他にも、女に関する言葉、「死ぬ」「殺す」といった直接的な表現が忌まれる。マタギ語では「死ぬ」を「サジトル」と言い換えたという記録がある。山の中では、死という字を口に出した瞬間に、それが引き寄せられると信じられていた。
## 味噌も飯も、山では別の名前になる
もっと奇妙なのは、危険と無縁なものまで言い換え対象になることだ。味噌、飯、水、火、塩。日常の中核にあるものほど、山では別名が用意されている。越後川内の事例では、山ことばと里ことばを対応表にして記録した資料が残されていて、地域ごとに内容が違っている。つまりこれは全国共通の儀礼ではなく、山ごと・集団ごとの隆語だった。だからこそ、他の集団と山で遇ったときに言葉が通じないこともあったらしい。山の中で、同じ日本人同士なのに言葉が通じない。なかなかの光景だ。
## アイヌ語が混ざっている、という不気味さ
マタギ言葉を調べていて背筋がさむくなるのは、その中にアイヌ語由来と見られる語が混ざっていることだ。水を「ワッカ」、犬を「セタ」、舟を「チプ」、大きいを「ポロ」。これらはアイヌ語と明らかに対応している。岩手、秋田、青森で使われていたということは、東北北部の山の民が、どこかの段階でアイヌ語圏と接触していたことになる。しかも日常語ではなく、山の中だけで使う語彙として残った。里では日本語を話し、山では別の語彙を使う。山は別の国だったということを、言葉がそのまま示している。
## うっかり里言葉を口にしたら、水を浴びる
罰則の話に戻る。山中で里言葉を用いた場合、水ゴリをとらねばならない。このルールのキモは、失言した本人がやるという点にある。つまりこれはマナー違反への制裁ではなく、汚れを落とす作業なんだ。里の言葉を口にしたことで、この人は山に不純物を持ち込んだことになる。それを洗い流さないと、集団全体が危ない。マタギの掟はすべて集団安全の発想でできていて、一人の失敗が全員の命に直結する現場のルールとして読むと、意外なほど合理的に見えてくる。
## マタギの掟は、驚くほど細かい
資料に残された掟を見ていくと、これがもう完全に規律だ。山入りの一週間前から水ゴリをとり、禁欲し、家の女性も化粧をせずに謹慎する。山に入っている人のいる家では、寒の三十日の間、豆を煎ってはならない。豆を煎る音が雪崩を呼ぶとされていたからだ。これはすごい発想で、山での出来事が、数十キロ離れた家の台所の行為と連動していると信じられていた。山と家は離れていない。猟に出ている間、家に残った人間も同じ儀式の中にいる。
## 忌み数は四と九と十二
数字のタブーもはっきりしている。四、九、十二が忌まれた。四と九は全国共通の語呂合わせで分かるとして、十二が入っているのが山らしい。十二は山の神の数だからだ。津軽では山小屋に十二人で入るのを避けたという。人数が十二人になってしまったら、人形を一体入れて十三人にするという対処法まであった。さらに夕べ見た夢の内容で、その日の猟を中止することもあった。夢と数字と言葉。この三つを監視しながら山に入る。現代の感覚だと神経質すぎに見えるが、死亡率を考えれば彼らは合理的だった。
## 女を山へ入れない、という禁忌の重さ
山の神が女だから女を入れない、という理屈は、実際にはもっと複雑な事情を抱えている。猟や林業は命を落としやすい仕事で、集団の統制を保つ必要があった。同時に、山は技術と利権の場でもあり、誰を入れて誰を入れないかは経済問題でもあった。神の嫉妬は、それらをまとめて説明できる便利な物語だったのかもしれない。ただ、当事者がそう割り切っていたわけではない。彼らは本気で、山の神の機嫌を気にしていた。この両方が同時に成り立っていたのが、民俗のリアルなところだ。
## 大峰山の女人結界門は、今も立っている
この禁忌が現在形で残っている場所がある。奈良の大峰山・山上ヶ岳は、千三百年にわたって女人禁制を守り続けている。登山道には実際に「女人結界門」という門が立っていて、そこから先には女性は入らないという約束になっている。これをめぐっては当然ながら長年議論があるし、地元でも意見は割れている。ここでは判断を下すつもりはない。ただ、オコゼや山言葉と同じ系統の禁忌が、両方とも消えたと思われている今でも、実際の山の入口に、物理的な門として存在しているという事実は、知っておいていいと思う。
## 十二様――山の神は年に十二人産む
東北では山の神を「十二様」と呼ぶ。この名前の由来は、年に十二人の子を産むからだとされる。十二ヶ月に一人ずつ。これが十二という数字の神聖性と、同時に山の神の子育て神としての側面を作っている。山の神は怖いだけじゃない。産の神でもある。だから山仕事の人だけでなく、集落全体で祭られる。醜くて、嫉妬深くて、しかし旺盛な生殖力を持つ女神。このイメージは、神話的にはかなり古層に属するものだと思われる。
## 十二月十二日、山の神が木を数える日
山民にとって最重要の祭日は、十二月十二日と一月十二日。十二にまつわる日だ。この日、山の神は山にある木を一本一本数えて回る。自分の持ち物の棚卸しだ。だからこの日だけは、人間は山に入ってはならない。この禁忌は今も生きていて、東北や北海道の林業現場では、十二月十二日に山林作業を一切行わないという慣行が残っている。会社の規則になっているところもある。信じているかどうかとは別に、やめておこうという判断が、令和の作業現場で下されている。
## 入れば、木の下敷きになる
では、破ったらどうなるのか。伝承ははっきりしている。木の下敷きになって死ぬ。これは強制力のある言い方で、なぜなら実際に山で人が死ぬとき、回転した木に叩き倒されるのは典型的な死因だからだ。つまりこの禁忌は、実際に起きている事故を根拠にもっている。年末の山は雪があり、日が短く、寒さで判断力が鈍る。事故が多いのは当然なんだ。神の機嫌という形をとっているが、実態は安全規則だ。そして事故が実際に起きると、禁忌はさらに強化される。このループが、伝承を百年単位で固めていく。
## 大晦日の南佐久で聞こえる「ミソカヨー」
地域ごとのバリエーションが、これまた妙に怖い。長野県南佐久郡では、大晦日の入山が特に忌まれた。禁を破ると、山の中から「ミソカヨー」という叫び声が聞こえる。しかもその後、首が回らなくなるという。この「ミソカヨー」という音の意味不明さが、本当に気持ち悪い。晦日を呼ばわっているようにも聞こえるし、人の声ではない何かの鳴き声を聞きなしたものにも聞こえる。首が回らなくなるという罰も具体的で、死を与えるのではなく、身体を不自由にするというやり口が、じわっと嫌だ。
## 山の神の洗濾日、冠落とし
別の地域ではもっと不思議な名前の禁忌日がある。神奈川から山梨にかけては、正月二十一日に「山の神の冠落とし」という行事がある。博多では旧暦十二月二十四日を「山の神の洗濾日」として入山を避けた。洗濾日という命名がいい。神が洗濾をしているから邪魔してはいけない。神の生活に具体的なスケジュールがあって、人間はそれに合わせて遠慮する。山の神というのは、遠い超越者ではなくて、同じ山に住んでいる、ちょっと面倒な隣人なんだよな。
## 山で口笛を吹くな
今でも一番広く知られている山の禁忌がこれだろう。山で口笛を吹くと、何かを呼んでしまう。蛇だという地域もあれば、天狗だという地域、山の神そのものだという地域もある。口笛が危険なのは、それが人間の声でも動物の声でもない中間的な音だからだという解釈がある。人の声なら山は人だと判断する。鳥の声なら鳥だと判断する。口笛はどちらでもない。分類不能の音が山に響いたとき、何かが確かめに来る。この理屈を初めて聞いたとき、ちょっと感心してしまった。
## 名を呼ばれても、振り返って返事をするな
もうひとつ、これも強い。山で名前を呼ばれても、返事をしてはいけない。これはマタギの掟にもあるし、現代の登山者の間でも囁話として流通している。理由は単純で、山には人の声を真似るものがいるとされるからだ。返事をすれば、こちらの位置を教えることになる。しかも呼んだ側は、こちらの名前を知っている。この非対称性が怖い。こっちは相手を知らないのに、向こうはこっちを知っている。山の怪異談で繰り返し現れるモチーフで、体験談の数だけならトップクラスだろう。
## 体験談その一 「猿」と連呼したら山が暗くなった
山の怪異を集めている場所に、こんな話が残っている。ある人の父親の兄弟が、薪拾いに山へ入ったときのこと。子ども心に禁忌を試したくなったのか、「猿」という言葉をわざと連呼したらしい。すると、すぐに山が急に暗くなった。真っ黒い雲がどこからともなく集まってきて、上空を覆っていく。面白いのは、この異変を家にいた祖父も目撃していたということだ。祖父は即座に「あいつら何かやったな」と分かったという。帰ってきた本人に事情を聞いて、「気付かなければ帰れなかったかもしれない」と叱った。同じ禁を犯した別の人は、崖道で足を踏み外して転落し、ほぼ全身骨折したという記録もある。
## 体験談その二 歩いても歩いても、猟場に着かない
ベテランの猟師が語る体験に、こういうタイプがある。冬の熊狩りで、自分の持ち場に向かったはずなのに、途中からどこを歩いていたのか記憶がない。気がついたら四キロから五キロ離れた場所にいた。さらに不気味なのは集団での例で、六人の猟師が雪の中を歩いても歩いても猟場に着かなかったという。途中で全員がおかしいと感じはじめ、恐ろしくなって呪文を唱えながら引き返した。後で検証したところ、間違えるはずのない道を全員で間違えていたことが分かった。一人なら見間違いで済む。六人全員というのが、この話の根っこの怖さだ。
## 体験談その三 すれ違った女が、手に何かを持っていた
山の怪異を実名で集めた記録の中でも、とりわけ引用されるのがこのタイプだ。人のいるはずのない山道で、女とすれ違う。向こうは何も言わない。こちらも声をかけない。ただ、すれ違うときに手元が見える。何かを持っている。それが何か分かった瞬間に、背中が冷たくなる。この手の話の共通点は、怪異の本体が描写されないことだ。猟師は長々と説明しない。「いたんだよ」と言って黙る。この語りの短さが、山の怪異談のスタイルなんだよな。説明をしないこと自体が、山の神への遠慮として機能している。
## 山で死んだ者は、どう扱われたか
重い話になるが、これを抜くと山の信仰は分からない。山での死は、里での死と区別されてきた。事故死は山の神の意思とされ、遺体の運び方や埋葬の場所に特別な作法が設けられた地域がある。山で死んだ者の名を、その後山で口にしてはならないという禁忌もある。名を呼べば戻ってくるからだ。逆に、事故現場には小さな神や地蔵を置いて、彼らを山の側に属させるというやり方もあった。山に取られた人を、山に返してやる。この発想は、残された側の心を守る仕組みでもあったと思う。
## ネットの反応と、「全部低体温と疲労」説への反証
山の怪異談がネットで拡散すると、必ず合理的説明派が現れる。道に迷うのは疲労と低体温。声が聞こえるのは風の音と聴覚の誤認。見知らぬ人影は地元の人か霧。これらはもちろん大部分正しい。ただ、この説だけでは説明しにくい点が一つある。体験談を語るのが、その山を一番知っている人間だということだ。登山初心者じゃない。四十年同じ山に入っている猟師が、自分の庭のような尾根で道を失う。しかも本人は、迷ったことの異常さを十分に自覚している。だから話す。分かっている人間が分からなくなる。ここだけは、疲労では貫けない。
## なぜこの禁忌が、これほど怖いのか
山の禁忌が他の迷信と違うのは、実害と直結していることだ。山では人が死ぬ。実際に、非常によく死ぬ。だからこの禁忌体系は、使っている人間にとってはネタでもロマンでもなく、生存規則だった。もうひとつは、言葉を封じるというやり方の気持ち悪さだ。普通の禁忌は行動を縛る。山の禁忌は、頭の中の語彙を縛る。口に出さなければいいということは、常に自分の口を監視し続けるということで、山にいる間中、脆弱な意識が切れない。そして三つ目に、向こうはこちらを見ているという前提。見られているから、言葉に気をつける。この三つが揃うと、山はグッと怖くなる。
## 山は、入るのにビザが要る別の国だった
この一件を通して見えてくるのは、山という場所が、日本人にとってだいぶ長い間「別の国」だったということだ。別の国には別の言語があり、別の暦があり、別の法律がある。入国するには手続きが要る。一週間前からの水ゴリ、禁欲、夕べの夢の確認、人数のチェック。これはもうビザの申請だ。そして入国後は現地の言語を使わなければならない。里の言葉は持ち込み禁止。もしうっかり使ってしまったら、その場で検疫を受ける。このフレームで見ると、山言葉もオコゼも十二日の禁忌も、すべて一本の線で繋がる。向こうには主がいて、こちらは客だ。客は主のルールに従う。それだけのことだった。
もうひとつ、オコゼの件に戻って考えておきたい。山の神にオコゼを見せるというのは、神を笑わせる行為だ。神に対して、思わず笑ってしまうようなものを差し出す。しかも八木山村の例では、実際に人間のほうが先に笑っている。当番が袖口から魚の頭をチョイと出して、氏子一同が笑う。神も一緒に笑っていることになっている。この、神と人が同じネタで笑うという構図は、日本の地方神事の本質をついていると思う。山の神は怖い。機嫌を損ねれば人が死ぬ。しかし同時に、醜い魚を見せられると嬉しくも機嫌が直る。完全に超越したものなら、こんな手は通じない。山の神は、人間の手の届く範囲にいる。この距離感こそが、山という場所と付き合ってきた人々の、もっともリアルな神観なんだ。
## コストゼロの禁忌だけが、信仰より長生きした
最後に、この体系が今どうなっているか。マタギ集団は極端に減り、山言葉を実際に使える人はほとんど残っていない。辞典には記録されたが、辞典に載った時点でその言葉は生きていない。一方で、奇妙なことに禁忌のいくつかは生き残った。山で口笛を吹くな。呼ばれても返事をするな。十二月十二日は山に入るな。この三つは、今でも登山者や林業関係者の間で普通に流通している。なぜこの三つが残ったのか。どれも「やらない」という形の禁忌だからだと思う。オコゼを持ち歩くのは手間がかかる。山言葉を覚えるのは努力が要る。しかし口笛を吹かないのはタダだ。コストゼロの禁忌だけが、信仰が消えた後も自動的に生き残る。この選別の仕方に、民俗がどうやって次の世代へ渡っていくかの、ひとつの答えが出ている。あと、これだけは言っておきたい。山では慎重にして、周りをよく見て、やたらに声を出さない。この掟を守っていれば、のとも避けられるところは、かなり広いと思うんだ。
