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赤い服を着て寝ると火事・血を呼ぶ――色彩迷信と火災統計

「赤い服で寝るもんじゃない」と止められた夜

子どもが赤いパジャマに手を伸ばす。横から祖母か母の声が飛ぶ。「赤い服で寝るもんじゃないよ」。こういう場面を何度もくぐりながら、迷信は家の中を、親から子へ、静かに渡ってきた。

続く言葉も決まっている。「火事になるよ」「血を見るよ」。理由はほとんど添えられない。子どもが聞き返しても、返ってくるのは「昔からそう言うんだ」「縁起が悪い」くらいの、ぼんやりした答えにとどまる。

理由のない空白は、大人になってから効いてくる。本当は何か根拠があったのではないか、と考え始めるからだ。そこから先は早い。説明がなかった分だけ、迷信は余計に重みを帯びて、頭の隅に居座ってしまうんだよな。

厄介なのは、偶然の一致。赤い寝間着で寝た翌日に近所で小さな火事があった、という話が一つ出れば、聞いた人はその晩の寝間着の色まで覚えてしまう。怪我をした、悪夢を見た、体調を崩した、という話も同じ働きをする。一致は語られるたびに、迷信を一段もっともらしく磨いていった。

赤い寝間着は火を呼ばない

先に言っておく。これは色の連想から生まれた迷信だ。赤い寝間着で寝ることと、住宅火災や出血や事故が起きることのあいだに、因果関係は確認できていない。少なくとも、確かめられた資料は見つからなかった。

赤が炎や血、危険を連想させる色なのは確かで、同時に、生命力まで連想させる両義的な色でもある。ここまでは、ちゃんと説明がつく。問題は、その先。

「江戸時代から全国で夜の赤い服を禁じていた」という成立の歴史は、裏が取れないままだ。どの文献にいつ書かれたのか、示した資料は見つからなかった。江戸の大火の記憶と結びつける説明も、起源を示す史料までは確認できていない。

以下では、確かめられた事実と確かめられなかった話を分けて並べていく。確かめられなかった話は、確かめられなかったと書く。噂としての面白さは、それとは別に扱う。

ネットの記事が並べた三つの書名

ネットに出回る一本の記事が、この言い伝えを紹介している。赤い服で寝ると火事になる、血を呼ぶ、霊的な力を引き寄せる。そう書いたうえで、背景に挙げたのが『日本色名総鑑』『江戸大火記』『今昔物語集』の三冊だ。並びだけ見れば、いかにも重厚な布陣。

記事はほかにも、江戸の大火、朱色の鳥居、火防の神への供物を、背景として添えている。逸話は二つ載っていた。2000年代に赤いシャツで寝た翌日に近所で小火があった男性の話と、2010年代に親から赤いパジャマを止められた子どもの話だ。

ところが、書誌情報が一つもない。頁も、どの話のどの箇所なのかも、地域名も書かれていなかった。体験談は、追跡のしようがない。赤い服と火災を結びつける資料は、記事のどこにも示されていなかった。

書名は、裏づけにならない。重い題名が、軽い話に重みを貸しているだけだ。正直、この手の記事は書名が多いほど疑ってかかったほうがいい。

裏の取れていない話が五つある

記事の中身を整理すると、確認できていない話が五つ残る。一つ目は、赤い寝間着を禁じる風習が日本全国に古くからあった、という主張だ。二つ目は、『今昔物語集』に赤い衣装が怪異を起こす話がある、という主張になる。該当する話は、記事に示されていなかった。

三つ目は、神社の話。火防の神を祀る神社では赤い供物を避ける、という主張になる。四つ目は、赤いシャツで寝た翌日に近所で小火が起きた、という匿名の体験談だ。五つ目は、赤い服が悪夢や出血、事故、霊まで招くという異説で、家ごとにばらばらに語られている。

五つとも、事実には数えない。噂が語られてきたこと自体は本当で、出どころだけが分からない。出どころの分からない話は、その場で面白がるくらいがちょうどいい。

出火原因の欄に色はなかった

火災の統計を開いてみる。令和6年11月に消防庁が公表した確定値では、令和5年の総出火件数は38,672件だった。原因の1位はたばこの3,498件、2位はたき火の3,473件、3位はこんろの2,838件。続くのが放火の2,495件と、電気機器の2,205件だ。翌年の令和6年も並びは変わらず、1位はたばこの3,058件、2位はたき火の2,781件、3位はこんろの2,718件だった。

実に地味な面々。どれも発火源の名前で、色の名前は一つも出てこない。赤い服は、出火原因の分類に載る以前に、そもそも欄すら用意されていない。

住宅防火の資料も、同じ並びになる。こんろ、電気器具、たばこ、ストーブ、ろうそくや灯明といった、具体的な火元と、燃えるものとの接触が書かれている。色が登場する余地は、ここにもなかった。

東京消防庁の管内でも同様だった。令和5年の火災は4,330件で、原因の1位はたばこの661件、続いて放火の疑いを含む放火が639件。住宅火災に絞ると、こんろが378件で最も多く、全体の22.6%を占める。

亡くなった人の火元は、寝具や衣類だった

もっと重い数字もある。令和5年の火災による死者は1,503人で、そのうち住宅火災の死者が1,023人、前年より51人増えた。放火自殺者等を除いた住宅火災の死者のうち、65歳以上が74.5%を占める。令和6年も、火災による死者は1,451人、住宅火災の死者は1,030人にのぼった。

死に至る火災の中身を見ると、眠っている時間の火が目立つ。令和3年の統計では、住宅火災で亡くなった人の出火原因は、たばこが最も多く、ストーブ、電気器具が続いた。最初に燃えたものを見ても、寝具類が最多で、そのあとに衣類、くず類の順で続く。

時間帯は、0時から6時が突出していて、この時間帯の死者数は全時間帯の平均の1.3倍にのぼる。死に至った経過で最も多かったのは、逃げ遅れの472人だった。眠っていれば、気づくのが遅れる。

眠っている夜中に、布団や衣類が燃える。怖がり方は、この現実と遠くない。ただ、危険の中身は色ではない。

袖が火に触れる、一瞬で服が燃える

衣服の火災には、着衣着火という名前が付いている。消費者庁も、製品評価技術基盤機構も、繰り返し注意を呼びかけてきた事故だ。消費者庁の資料では、平成27年から令和2年の6年間で572人が亡くなり、そのうち493人が65歳以上の高齢者だった。毎年約100人が犠牲になる計算だ。

事例は、日常の動作そのもの。こんろの上にかがんだ拍子に火が衣服へ移る、料理中にブラウスのひらひらした袖へ引火する、といった例が並ぶ。仏壇のろうそくで供え物の花を替えようとして、袖に火が着いた例もある。掃除中に袖へ燃え移った例も載っている。

怖いのは、表面フラッシュ現象。わずかな炎が毛羽に触れただけで、生地の表面を一瞬で火が走り、約1秒で服全体に燃え広がるという。起きやすいのは、パイルやタオル地、表面を起毛した生地、綿やレーヨンなど植物繊維の服、そして着古して毛羽立った服だ。

この注意書きを最初から最後まで読んでも、色の話は出てこない。出てくるのは、素材、毛羽立ち、袖や裾の広がり、火との距離だ。冬場は厚着のせいで、着火に気づくのが遅れるとも注意されている。赤かどうかは、燃え方を左右しない。

寝たばこと警報器の話

防火の優先順位は、政府広報の住宅防火のポイントにはっきり書いてある。火を出さない習慣は三つ。寝たばこは絶対にしない。ストーブの近くに燃えやすいものを置かず、こんろに火を点けたまま離れることもしない。

出してしまった場合の備えもある。逃げ遅れを防ぐ住宅用火災警報器、寝具やカーテンに使う防炎品、小さいうちに消すための住宅用消火器が、その中身だ。防炎品の例には、パジャマやシーツも挙がっている。近所との協力体制まで含めて、七つの項目になる。

警報器の義務化は、新築住宅が平成18年6月1日、既存住宅が平成23年6月1日からだ。鎌倉市の案内では、寝室、階段、台所が設置の対象に挙がっている。設置から10年が交換の目安だ。

令和6年6月1日時点で、全国の設置率は79.3%だったが、条例に適合した設置の割合は61.4%にとどまる。設置から10年を過ぎた警報器は29.9%あり、作動確認をすると電池切れや故障が見つかったものも約3.0%ある。義務化から十数年たっても、全部の家に行き渡ったとは言えない。

赤い服を避けても、防火にはならない。寝たばこをしない、暖房器具から寝具や衣類を離す、配線を点検する、警報器を付けて期限が来たら替える。優先順位は、こちらが先だ。色の話は、そのずっと後ろに並ぶ。

偶然が起きる数を数える

「赤い寝間着で寝た翌朝、近所で小火があった」。ネットには、この種の話が多い。記事の逸話も同じ型だった。偶然だと分かっていても気になる、と語る人の話だ。

数字を置くと、一致は珍しくなくなる。令和5年の総出火件数38,672件を365日で割ると、1日に約106件になる。東京消防庁の管内だけでも、火災4,330件を割れば1日に約12件だ。

どの街でも、どの夜の翌日でも、どこかで火は出ている。近所と呼べる範囲に小火が出ても何の不思議もなく、その前の晩に赤い服で寝た人がいれば、もう話は出来上がる。色は、あとから貼られるラベル。

もう一つの逸話は、祖母の言いつけ。若い頃に赤い着物で寝た親戚が火傷を負ったと聞いて以来、守っているという。祖母自身も、一世代前から聞いただけだった。理由は世代ごとに薄まり、実践だけが残っていく。迷信が受け継がれる仕組みの、見本のような話だ。

寝具にまつわる話。赤い寝具に替えた直後に体調を崩し、小さな怪我が続いたのを、手放したら不運が止まった、という語りだ。良くなる時期と手放す時期が重なれば、手放したから良くなったと感じるものだ。どちらの話も出どころは確かめられないので、型として眺めるのがいい。

アカは「明るい」という意味だった

赤という言葉の根っこに、色の意味はなかったらしい。古代日本語では、明るい色をアカ、暗い色をクロと呼んだと見られる。アカは、アケ(朱)、あける、あかるいと同じ源の言葉だ。夜が明けて明るくなる、その意味が色の赤に移った。

反対にクロは、暮れる、暗いと同じ源で、アカとクロが明暗の対になり、シロとアヲがはっきりとぼんやりの対になる。日本語の色の名前は、最初は色合いよりも明るさで分かれていたらしい。

夜の寝間着の色を決める話に、夜明けの明るさを表す言葉が顔を出すのは、語源の上では少しねじれた組み合わせだ。赤が夜に嫌われた理由までは、語源だけでは分からない。

石室の壁と棺に塗られた朱

古墳時代には、施朱という風習があった。埋葬の儀礼で、水銀朱やベンガラを遺体や棺、石室に塗る。水銀朱の正体は辰砂で、硫化水銀だ。ベンガラの正体は、酸化第二鉄。

辰砂は中国湖南省の辰州から出たためこの名が付き、上質で純粋なものは丹と呼ばれて、不老長寿の霊薬にもなった。赤い色は呪術的に神聖視され、魔除けや死者の復活を願う意味があったという。

防腐剤としての実際の効果も、あったはずだと解説される。塗る技術は、大きな陵墓を築く土木技術と一緒に、大陸から朝鮮半島を経て伝わったらしい。死者に塗る赤は、守りと再生の色。

還暦のちゃんちゃんこと、巣鴨の赤い下着

還暦に赤いちゃんちゃんこを着る習わしは、よく知られている。干支は60種類で、60年で一巡するから、自分の干支が戻ってくるのは、生まれてから61年目になる。暦がひと回りして、生まれ直す。

だから赤子に還るという考え方で、赤い衣装を贈る習わしが生まれた。赤には魔除けの力があるとされ、生まれたばかりの赤ちゃんには、赤い産着を着せたという。還暦の赤は、その二つの意味を重ねたものだ。

國學院大學の公式記事で、当時文学部教授だった研究者は、赤を「太陽や血液の力が宿る魔よけの色」と説明している。元気づけや勇気づけの意味もある。太陽と血、その二つがそのまま詰まった色。

巣鴨の地蔵通り商店街では、赤い下着が縁起物として人気を集めている。2016年の申年は、とくに注目された。申が「去る」に通じ、猿の顔や尻の赤を連想させるからだ。赤は、身につけて守られるための色。

疱瘡除けの赤い絵

江戸時代の後期には、疱瘡、いまでいう天然痘を除けるお守りとして、赤一色で描いた赤絵が出回った。大阪赤絵プロジェクトの解説に載る赤絵は、嘉永頃、1848年から1854年のものだ。

疱瘡神は赤を嫌う、と信じられた。古い文献の「疱瘡神祭る図」には、赤い猩々や赤い達磨、赤い御幣が並ぶ。根拠にされた書物は、1798年刊の『疱瘡心得草』だという。

赤が選ばれた理由には、説が分かれる。疱瘡の赤い発疹は予後が良い、という見方がある。健康の象徴である赤が病魔を払う、という俗信もあり、生き血を捧げて悪魔の怒りを解く意味があったとする説まである。

病人の周りには赤い品物を置き、まだ罹っていない子どもには、赤い玩具や下着を与えた。沖縄では、病人に赤い着物を着せたという。病人に赤い着物を着せる習わしと、赤い服で寝ると災いが来る迷信は、向きがまるで逆だ。

江戸は燃える町だった

「火事と喧嘩は江戸の華」という言い回しがある。江戸は人家が密集して火事が多く、火消の働きぶりがはなやかだった。江戸っ子は気が早く、派手な喧嘩も多かった。そういう江戸の見どころを指した言葉だ。

東京消防庁の説明では、江戸時代の264年間に、100回以上の大火があった。木造の家と火の使い方に、冬の乾燥が重なった。町ごと焼ける夜が、何度も来たわけだ。

最大の被害は、明暦3年(1657)1月18日、旧暦で起きた大火。本郷の本妙寺から出火し、翌日には小石川、翌々日には麹町でも火の手が上がった。焼けたのは江戸市街地のおよそ6割。大名屋敷が160、旗本屋敷が770、町屋は400町にのぼった。

死者の数は、史料で大きく割れる。古い文献は10万人台、別の史料は3千から7千人余だ。斎藤月岑の『武江年表』は、焼死10万7046人と記す。国の専門調査会の資料では、研究者の推定として少なくとも5、6万人という数字が挙がっている。当時の江戸の人口は、70万人にわずかに届かない規模。

復興では、道路の拡幅、火除地や広小路、火除土手が整えられ、万治元年に定火消が置かれた。町の作りそのものが、火事に合わせて変わり、屋根に土を塗る指導や耐火建築の推奨も、このときに出ている。

三大大火の残り二つは、1772年(明和9年)の目黒行人坂の大火と、1806年(文化3年)の丙寅の大火だ。行人坂では約1万5000人が亡くなり、原因は僧による放火とされる。丙寅は芝の車町付近から燃え広がり、死者は約1200人だった。

振袖が火を呼んだ話

明暦の大火には、「振袖火事」という別名がある。筋書きは有名。お菊という娘が、寺小姓と同じ模様の振袖を作る。お菊は16歳の1月16日に病死し、翌年の同じ日にお花が、その翌年の同じ日に質屋の娘が、やはり16歳で亡くなる。

娘の名前は、菊、花、梅野、きの、いく、たつと語り手ごとに違い、三つの死は振袖にまつわる妄執の話として、まとめて語られた。名前が語り手ごとに変わるのは、伝説によくある形だ。

住職は大施餓鬼を修し、振袖を火に投じる。そこへ突風が吹いた。火のついた振袖は火の粉を散らして舞い上がり、本堂は火柱になったという。

この話は、当時の火災の記録に現れてこない。国の専門調査会の報告書原案も、事実とは異なるものとしている。ほかの原因説は、武家屋敷の失火、幕府による都市計画の意図、そして強風と乾燥の組み合わせだ。

着物が火を呼ぶ、という筋の伝説が、江戸にはあった。この振袖の色は、手元の資料では確かめられなかった。赤い服の迷信と直接つなぐ材料は、見つかっていない。

火消の装束は、赤くなかった

火事装束が生まれたきっかけは、明暦の大火だと東京消防庁は説明する。浅野因幡守長治と井伊掃部頭直孝が着ていた、松葉の煙でいぶした革羽織が、発展のもとになったという。

武士の火事装束は、舶来の羅紗や革で作られ、色は水を連想させる青系で、とくに紺が使われたという。火事兜や火事頭巾には、顔から肩を覆う長い錣が付いた。女性用は色彩が華やかで、刺繍も精巧だった。

女性用の頭巾は烏帽子の形で、嫁入り道具の必需品だったと説明される。町火消は、木綿の刺子半天と刺子の股引を着て、猫頭巾をかぶった。文化遺産オンラインにも、紺木綿の刺子地で作った火消半纏が載っている。

火消の装束は、確かめた資料にある限り、紺や青の系統だった。赤い装束が火と赤を結んだ、という説明は、支えが弱い。

愛宕と秋葉、火を伏せる神々

火の災いに向けた信仰は、江戸の町にも根づいた。中心は火伏せで、愛宕信仰がその代表だ。総本社は、京都市右京区嵯峨愛宕町の愛宕山山頂にある。祭神には、火の神の迦具土神が含まれる。

信者は愛宕山から火伏せの札と樒の枝を受けてくるほか、各地から代参者を送る代参講も、近畿地方を中心に作られた。江戸の芝には、徳川家康が愛宕社を勧請している。縁日は毎月24日で、7月31日の千日詣でも有名だ。

もう一つは、秋葉大権現。神仏習合の火防の神として、広く信仰された。火事から守るために、祠は石造りにされることが多いという。東京都台東区松が谷の秋葉神社は、明治3年(1870)の創建で、秋葉原の地名の由来とされる。

神社に立つ朱の鳥居にも、赤の二つの顔が重なる。朱は丹と呼ばれる顔料で、水銀を含む辰砂などが原料だった。魔除けの色であり、木材を腐りや虫から守る塗料でもあったという。朱の鳥居や社殿が火防の神への信仰と結びついた、と書く記事もあるが、決め手になる文献は確かめられなかった。

鼻血、シーツ、腰巻と姿を変える噂

異説は火事の枠を飛び出して増えていき、ネットの記事や書き込みには、鼻血が出るという形も出てくる。出血への連想が、むき出しになった版だ。赤いふとんカバーやシーツも避けるべきだ、と寝具へ広がった版もある。

東北の農村の話として語られるものは、込み入っている。赤い腰巻や下着は、妊婦や産後の女性の魔除けだった。ところが普段着や寝間着にむやみに着ると、力が強すぎて自分に跳ね返る、と避けられたと語る記事がある。

関西の一部では、赤い長襦袢や肌着は特別な日や厄年にだけ着るもので、眠る無防備な時間に着ると厄を呼ぶ、とも書かれる。並べると、共通点は一つだ。赤は強い力を持つから、扱いを誤ると災いになる。

昼は守りの色で、無防備な夜には逆に災いを引き寄せる。そんな民間の理屈が裏にある、と推測する記事もある。筋は通る話。どれも地域名と典拠がそろっておらず、民俗資料として確かめられた話とは言えない。

興奮色だから眠れない、という言い換え

ネットでは、この迷信への反応が割れる。懐疑派は、偶然の一致を色という分かりやすい要素に結びつけているだけだ、と言う。擁護派は、昔の人の生活の知恵には、今の科学で説明できなくても何らかの合理性があった、と言う。

擁護派からは、実用的な理由づけも出る。赤は交感神経を刺激して興奮させ、安眠を妨げるから、寝間着には向かない、という説明だ。祟りが、知恵に化けたんだよな。

寝具大手の西川は、公式サイトのコラムで、赤を活動的、情熱的、力強い、興奮する色と説明している。眠りのイメージとは正反対だとして、鮮やかな色はアクセント程度にとどめ、部屋全体の5%から10%を目安にと勧める。

同じコラムは、皮膚が色を捉えることが近年の研究で明らかになってきたが、詳しい仕組みは解明されていない、とも書く。暖色の部屋では、室温を20度にすると21度ほどに感じる、という実験結果にも触れている。寝間着の色が睡眠の質を変えると示す研究は、今回は見つけられなかった。

消防車は朱色、消火器は赤

火を消す側の道具は、赤で揃っている。消防車の色は、道路運送車両の保安基準で、朱色と定められている。一般には、赤と呼ばれる色。

赤い理由は、確定していない。外国から輸入した蒸気ポンプや消防車が赤かったから日本でも赤にした、という説が一般的だ。赤は注意を引く色で、炎の赤を連想させて警火心を起こさせる、という理由も挙がる。

消火器にも決まりがある。消火器の技術上の規格を定める省令の第37条で、業務用は外面の25%以上を赤色仕上げにする。住宅用消火器には、この色の規定は適用されない。

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