ティティウス・ボーデの法則が投げかけた問い
話は18世紀後半にさかのぼる。ドイツの天文学者ヨハン・ティティウスとヨハン・ボーデは、太陽系の惑星の距離が一定の数列で表されることに気付いた。この「ティティウス・ボーデの法則」に従えば、火星と木星の間にも何か惑星が存在するはずだった。太陽から2.8天文単位(AU)の位置。
しかし実際にそこで見つかったのは、単一の惑星ではなく、無数の小天体がバラバラに散らばる小惑星帯だった。話が違うじゃないか。1801年、イタリアのジュゼッペ・ピアッツィが最初の小惑星セレスを発見した。以降、同じ軌道域で数百万個の天体が次々と確認されていった。
この事実が、「かつてここには惑星があり、何かの原因で破壊されたのではないか」という仮説を生んだ。ソ連の天文学者は、この仮想の惑星を「パエトーン」と命名した。ギリシア神話で太陽神の息子、天から墜落した者の名だ。欧米では「バルカン」と呼ばれた。
破壊説を支える状況証拠
単一大型母天体の破壊説は、現在の天文学では定説ではない。だが複数の観測データが、この仮説を完全には排除しない。
小惑星の明るさ変化は、単純な双峰形を示す。隕石と小惑星では、鉱物組成が一致している。鉱物の冷却速度分析は、「数百キロ規模の厚い地層内での冷却」という痕跡を示す。こうした点が、一部の研究者によって根拠として挙げられている。
つまり小惑星の中には、もっと大きな天体の断片と思われるものが含まれている。かつて内部分化、コアとマントルの分離を経験した天体の断片だ。
現代天文学の主流解釈:「餓えた惑星」説
一方で、現在のアカデミズムの主流は「微惑星統合説」、英語で言う「starved planet」である。火星と木星の間では、木星の強大な重力が小天体、つまり微惑星同士の衝突速度を極端に高める。その結果、合体ではなく破碎を引き起こす方向に作用してしまう。
このため、惑星は一度も形成されなかった。発達を途中で阻まれた大量の微惑星が、そのまま分散して現在の小惑星帯となった。それがこの説の骨子である。
実際、主小惑星帯の総質量は月の約4%にすぎず、惑星を一つ形成するには圧倒的に不足している。材料が足りないわけだ。また最大の小惑星セレス自体がほぼ完全な丸形を保って現存していることも、「完全に破壊された惑星」説とは相容れにくい。
神話と天文学の奇妙な共鳴
面白いことに、「惑星が破壊された」というモチーフは、古代メソポタミア神話にも存在する。バビロニアの創世神話「エノーマ・エリシュ」では、主神マルドゥクが混沌の女神ティアマトを弓で射抜く。そして二つに切り裂き、天と地を作ったと語られる。
リバイバル的な天体激変論を主張したイマヌエル・ヴェリコフスキーは、この神話を惑星衝突の記憶だと解釈した。シュメール学者ゼカリア・シッチンも、別の文脈で未発見惑星「ニビル」を同様の古代図像から読み取ったと主張している。
こうした解釈は、主流の天文学からは疑似科学として退けられている。だが「天にあったものが壊れた」というイメージは、世界各地の神話に共通して現れる。古代人が天空の異変や隣接する天体群をどう物語化したかを考える上で、その一致自体は興味深い。
現在の研究の最先端
内部分化を経験したベスタ型小惑星と、分化していない原始的なコンドライト型小惑星。この二つが混在している実態が、NASAのダウン小惑星探査機や日本のはやぶさによる近年の実地調査で明らかになってきた。
これは単一の惑星が破壊した痕跡ではない。多数の小天体が未完成のまま混在している状態を支持する証拠とされる。
それでも一部の鉱石学的痕跡は、未知の大規模衝突イベントを示唆し続けている。「幻の第5惑星」をめぐる議論は、200年以上を経ても完全には決着していない。
