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ナスカの地上絵――誰も空を飛べない時代に、誰に見せるために描かれたのか

ペルー南部の荒野に眠る巨大なキャンバス

首都リマから南へおよそ400キロ、ペルー南部の乾燥地帯イカ県。ナスカとパルパという二つの町の間に広がる、雨がほとんど降らない台地。その一面を、暗赤褐色の岩石が覆っている。この土地に、少なくとも2000年前の人々が、驚くべき方法で「絵」を刻みつけた。

やり方そのものは、拍子抜けするほど単純なんだよな。表面の酸化した黒っぽい石を、幅1\~2メートル、深さ20\~30センチほど取り除く。すると、その下から酸化していない明るい色の地肌が露出する。

この単純な作業だけで、消えることのない巨大な線画が完成する。これがナスカの地上絵(ナスカ・ライン)の正体である。図柄はハチドリ、サル、クモ、シャチ、爬虫類、海鳥といった動植物。さらに幾何学模様と、地平線まで一直線に伸びる無数の直線群からなる。

動物の絵はよく知られている。ところが実際には、地上絵全体からすればごく一部に過ぎない。大半を占めるのは、膨大な数の巨大な幾何学図形と直線なのだ。中でも有名な「ハチドリ」は全長約93メートル、「サル」は尾を含め約110メートルにも及ぶ。

地上に立って眺めても、これらの絵が何を描いているのかはほとんど分からない。全体像が判別できるのは、上空数百メートルから見下ろした時だけである。

発見の経緯――空路の時代が謎を呼び覚ました

地上絵の存在自体は、近隣住民には古くから知られていたともいわれる。ただ、学術的な注目を集めたのは20世紀に入ってからだ。最初の報告は1926年のことだ。アメリカの人類学者アルフレッド・クローバーと、ペルーの考古学者トリビオ・メヒア・ヘスペが直線状の地上絵を発見・報告。

しかし決定的だったのは、1939年6月22日のことだった。アメリカの歴史学者ポール・コソックが、小型飛行機で上空を飛行中に地上絵の全体像を初めて視認した。背景には航空路の開設がある。

1920年代末には、首都リマと南部アレキパを結ぶ定期航空路が開設された。これも、地上絵が「空からしか見えない謎の図形」として世界的に知られるきっかけとなった。コソックはこの地に魅了され、後にドイツ出身の数学者マリア・ライヘを共同研究者として招く。

ライヘはその後の人生を、ほぼすべてナスカの地に捧げた。道具は木の柄杓と箒だ。自らの足で線をたどり、測量と保護活動を続けた。

彼女は、夏至・冬至の日没方向と一致する線があることを見出した。地上絵に天文学的な意味があるという仮説の基礎を築いた人物として、今なお「ナスカの守護者」と呼ばれている。

いかにして「空からしか見えない絵」を描けたのか

ここからが、この謎の本丸だ。この謎について、現在最も有力視されているのが「拡大法」だ。

まず十分な大きさの縮小デザイン画を地面に描き、そこに適当な中心点を設定。その点から放射状に伸ばした線を基準に、原画の各点を相似的に拡大していく。それだけで、正確な巨大図形を作り出せるという理論である。

実際、地上絵の縁に打ち込まれた杭の跡や、対応する縮小図が発見されている。この方法が採用されていたことを裏付けている。この仮説を実証しようとした日本の研究例も興味深い。

九州産業大学の諫見泰彦准教授は、画鋲2個と一本の糸だけを使って、子供たちに地上絵の再現作業をさせる実験を行った。必要な人数は15人から160人程度。それだけの人手があれば、開始からわずか150分以内に正確な図形を再現できることを実証した。

結論はこうだ。「日本の小学生程度の算数の知識さえあれば、地上絵の制作は十分可能」。超常的な技術を想定せずとも地上絵は作れる、ということを示している。

山形大学の坂井正人教授による現地調査でも、こんな制作風景が確認されている。現地の女性たちが左右に分かれて歩幅を揃えながら協働し、黒く酸化した表面の石を足で蹴飛ばして除去していく。つまり地上絵は、上空から見る前提ではなく「地上を歩きながら」作られたものだった可能性が高いのだ。

なぜ描いたのか――対立する諸説

目的については、今も決定打がない。考古天文学者ジェラルド・ホーキンズは、コンピューター解析を行った。その結果、線の方向が太陽・月の運行と一致する確率は偶然の2倍に達すると報告された。

しかし、数百本ある線のうち天体運行と一致するものはごく少数に過ぎない。単体でこの説を支持する研究者は、現在ではあまり多くない。

雨乞い・音楽隊説もある。考古学者ホスエ・ランチョは、多くの地上絵が一筆書きの構造になっている点に着目した。そして、雨乞いの儀式で楽隊がその線をなぞって歩いたのではないかと提唱した。

ペルー人考古学者ジョニー・イスラも、雨乞い儀礼説を支持している。根拠は、線の周辺から発見されているスポンディルス貝の破片である。遠く離れたエクアドルでしか採れない、貴重な貝だ。

儀礼・巡礼路説もある。地上絵の上に割れた土器が落ちている例が、複数見つかっている。宗教的な儀礼や巡礼のために人々が線の上を歩いた、という説も根強い。近年の学術研究では、地上絵が神殿複合施設への「行進ルート」として機能していたとする見方も有力になっている。

社会統制・食料再分配説もある。イリノイ大学の研究者W・イスベルが着目したのは、ナスカ社会には中央集権的な食料備蓄システムが存在しなかった点だ。

豊作の年には余剰食料を、地上絵制作という大規模な労働力を要する「公共事業」に強制的に投入させる。それによって、飢饉に備えた社会的なセーフティネットを機能させていたのではないか。イスベルはそう論じている。

水利管理説もある。アメリカの研究者グレゴリー・チャールズ・ハーマン博士が指摘したのは、直線や台形・長方形の使い道だ。その多くが地下水脈や水の流れを管理するために描かれた、という可能性である。

ただし、水路にしては溝が浅すぎる。そのため、この説を支持する声は限定的である。

宇宙人説――エーリッヒ・フォン・デニケンの衝撃

そして、ナスカの地上絵を一躍世界的な「オカルトの代名詞」に押し上げたのが、いわゆる古代宇宙飛行士説である。1968年、スイスの実業家エーリッヒ・フォン・デニケンが一冊の本を著した。『未来の記憶(Erinnerungen an die Zukunft)』は世界的ベストセラーとなり、一大「宇宙超古代史ブーム」を巻き起こした。

その中身が、なかなかすごい。デニケンは、旧約聖書の『エゼキエル書』の記述を宇宙船の描写だと解釈した。そのうえで、古代文明の数々の謎を説明しようとした。

ピラミッド、モアイ像、そしてナスカの地上絵。すべては、太古に飛来した地球外知的生命体の痕跡だという。

彼の理論では、ナスカの地上絵は宇宙船の「滑走路」だとされた。あるいは、地上から空にいる宇宙人へ向けたメッセージ。あるいは、彼らを再び呼び戻すための着陸誘導標識。地上絵の一つに、「フクロウ人間」(通称アストロノート)と呼ばれる図像がある。

これがまるで宇宙服を着た人物のように見えることも、この説に拍車をかけた。ただし、この説は学術的には強く否定されている。1970年代、前述のジェラルド・ホーキンズらの調査により、地上絵は人力で十分制作可能であることが実証された。「宇宙人でなければ作れない精度」という前提そのものが崩れたわけだ。

それでも今日に至るまで、この説は繰り返し取り上げられている。舞台はYouTubeやテレビの疑似科学系ドキュメンタリーだ。「なぜ空を飛べない古代人が、空からしか見えない絵を描けたのか」。このキャッチーな問い自体が、コンテンツとして再生産され続けている。

保護の危機――現代人による破壊

地上絵は非常にデリケートな存在である。1994年12月17日、「ナスカとフマナ平原の地上絵」としてユネスコ世界遺産に登録された。2016年に「ナスカとパルパの地上絵」へ名称変更された。専用の靴でしか立ち入れないなど、厳格な保護体制が敷かれている。

それでも人為的な破壊は後を絶たない。2014年、環境保護団体グリーンピースが無許可でハチドリの地上絵付近に立ち入った。再生可能エネルギーをアピールするパフォーマンスの一環だ。

表層の石を乱してしまい、国際的な批判を浴びた。正直、あきれるほかない。2018年には、トラック運転手が誤って地上絵のエリアに進入した。幅約100メートル×330メートルにも及ぶ傷跡を残す事件も発生している。

近年は山形大学ナスカ研究所が、ドローン撮影や人工衛星画像、AI解析を駆使している。それによって新たな地上絵を続々と発見しており、2019年には一気に143点。2023年2月までに確認された地上絵は、累計733点に達している。

同時に、気候変動や都市開発による消失リスクも指摘されている。保存活動は今も進行中の課題である。

ナスカの地上絵は、今も人々を惹きつけてやまない。理由は、「答えが出ているのに、問いが消えない」という逆説的な構造にある。制作方法はほぼ解明され、拡大法や人力による制作実験まで成功している。

ところが、動機の謎だけは別だ。「なぜ地上からは見えない絵をわざわざ描いたのか」。この問いをめぐって、天文説・雨乞い説・社会統制説が、どれも決定打を欠いたまま並立している。

「方法は分かったが目的は分からない」。この宙ぶらりんな状態が、古代宇宙飛行士説のような荒唐無稽な仮説にすら生存の余地を与え続けている。

SNS時代には、ドローン映像やAI新発見のニュースが定期的に拡散される。そのたびに宇宙人説が”再燃”するという循環が、この謎を風化させない最大の原動力になっている。

空からしか見えない、は正確ではない

ナスカの地上絵は、上空から見ると分かりやすい。しかし、全てが地上から見えないわけではない。

台地周辺の丘や斜面から見える図像がある。線や台形は、地上を歩く人にも認識できる。制作に飛行技術が必要だったという前提は、成り立たない。

2024年、山形大学とIBMの研究チームが成果を公表した。巨大な線タイプと小型の面タイプで、分布と使われ方が異なる可能性が示された。

小型の面タイプは、曲がりくねった小道から見える位置に多い。人や家畜、首級に関連する図像を含む。巨大な線タイプは直線・台形のネットワーク沿いに分布し、共同体規模の儀礼に使われたと考えられている。

「誰に見せたのか」という問いに、空の神か宇宙人かの二択を置く必要はない。地上を歩く個人、小集団、儀礼へ参加する共同体では、見る距離も目的も違う。

地上絵を全て同じ時期、同じ方法、同じ目的で作られた一組の作品とみなさない。それが、近年の研究を理解する入口になる。

303点の発見はAIだけの成果ではない

研究チームは航空写真をAIで解析し、地上絵の可能性が高い候補を絞った。その後、現地調査で候補を確認し、6か月で303点の新たな具象的地上絵を特定した。AIが画像から自動的に考古学上の発見を確定したわけではない。

表面の石が動いた跡、線の連続、周辺の道や土器との関係。これらは、現地で確かめなければならない。自然地形、車両痕、近年作られた偽物を除く作業も要る。「AIが新発見」という短い見出しの後ろに、候補抽出と現地確認の二段階がある。

ちなみに既知の数も、何を一件と数えるかで変わる。具象的地上絵、直線、台形、複合図形を一つの総数へ混ぜると、古い報道と新たな研究を比べられない。山形大学の2024年発表は、具象的地上絵430点が既知で、303点を追加確認したと説明している。

制作方法より、使い方を問う段階へ

地表の暗い石を除き、明るい土を露出させる方法は複雑な機械を必要としない。杭と縄、歩測、見通し線を使えば、大きな図形を配置できる。実験で再現できることも、「古代人には不可能だった」という主張を退ける。

一方、同じ制作技術が使えたことは、目的が一つだった証拠にはならない。長い期間に異なる集団が図形を加え、重ね、道として歩いた可能性がある。天文、雨、水、巡礼、社会的な集まりという説は、図形の型や場所ごとに検討する必要がある。

天体の方向と一致する線があることも、それだけで巨大な暦とは言えない。多数の線があれば、偶然一致するものが生じる。そのため、統計的な比較と考古学的な文脈が欠かせない。スポンディルス貝や土器片も、出土位置と年代を確かめて初めて儀礼との関係を論じられる。

宇宙船の滑走路には向かない

古代宇宙飛行士説では、長い台形や直線を宇宙船の滑走路とみなす。しかし線は表面の石を浅く除いたもので、舗装や機体の重量を支える構造を持たない。直線が長いことと、離着陸設備であることの間に証拠がない。

「宇宙飛行士」と呼ばれる人型図像も、現代の宇宙服に似て見えるという通称である。古代の制作者が宇宙飛行士を描いたと示す文字資料や機械遺物は、確認されていない。未知の目的が残ることは、どの仮説も同じ確率になるという意味ではない。

宇宙人説が長く残るのは、研究が止まっているからではない。新たな図像が見つかるたび、発見の部分だけが切り取られる。そして「まだ説明できない」と紹介される。実際には、分布、道との位置関係、図像の種類から目的へ近づく研究が進んでいる。

保護区域は巨大な遺跡そのもの

ユネスコ世界遺産の登録範囲は、動物図像数点だけではない。ナスカとパルパの広い文化的景観に、直線、図形、道、周辺遺構が残る。乾燥した環境が保存を助けた一方、一度表面を踏み乱すと痕跡が長く残る。

現地で線へ近づく行為は、写真を撮るだけでも破壊につながる。車両の侵入、無許可の広告活動、都市開発、洪水が危険となる。ドローンや衛星画像は発見だけでなく、人が歩き回らずに状態を把握する保護手段でもある。

地上絵の謎を楽しむことと、未知の部分を超常説で埋めることは同じではない。制作可能性、図像の年代、使われ方、保存状態を一つずつ確かめるとどうなるか。空から見た一枚絵ではなく、人びとが長期間使った地上の空間として姿を現す。

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