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播州皿屋敷「お菊井戸」の謎――姫路城に伝わるもう一つのお菊伝説

姫路城には、今も「お菊井戸」と呼ばれる井戸がある。皿を一枚ずつ数える幽霊の話は、江戸の番町皿屋敷が有名だが、姫路には別の筋書きを持つ播州皿屋敷が伝わっている。井戸は実在する。ただし、お菊という女性がそこで殺されたことまで確認できるわけではない。

姫路に伝わるお菊の物語

播州皿屋敷では、物語の舞台は戦国時代初めの姫路とされる。城主の小寺氏を倒そうとする家老・青山鉄山の陰謀を探るため、お菊は屋敷へ下女として入る。お菊の知らせによって主君は危機を逃れるが、のちに鉄山側が城を奪い、お菊の正体も知られてしまう。

鉄山の家臣・町坪弾四郎は、お菊に言い寄って拒まれたことを恨み、家宝の皿を一枚隠す。その罪をお菊へ着せ、最後は殺して井戸へ投げ込む。以来、井戸から一枚、二枚と皿を数える声が聞こえ、九枚のあとに悲鳴が上がるという。

この話は、主家へ忠義を尽くす女性、横恋慕、濡れ衣、井戸、数え続ける幽霊という要素を持つ。現在の姫路城に井戸が残っているため、物語の場所を実際に見ることができる。ただし、青山鉄山や町坪弾四郎の行動、拷問の日数、殺害の場面を同時代史料で確認できるとは書かれていない。

井戸の暗さや深さが怪談に現実味を与えているが、現地で寒さや視線を感じたという体験談は、事件の証拠にはならない。

どこまで古い話なのか

播州皿屋敷の原型は、天正5年(1577年)の刊行とされる『竹叟夜話』に記述がある、と伝えられている。物語の時代を1504年ごろとする説も、嘉吉年間とする説もあり、年代や登場人物の細部は一定していない。

古い記録があるとされることから、播州版は番町版より先に成立したという見方が広まった。ただ、後世に伝わる怪談は、写本、口伝、芝居を通して内容が変わる。現在の長い筋書きが、最初からそのまま語られていたとは限らない。

姫路城のお菊井戸があることも、怪談のすべてを史実にするわけではない。もともと城内にあった井戸へ、地域で語られていた話が結びついた可能性も考えられる。実在の場所と伝承上の事件は分けておきたい。

番町皿屋敷とは何が違うのか

江戸の番町皿屋敷では、お菊は旗本屋敷の腰元として描かれる。皿を割った、あるいは主人の求婚を拒んだことで殺され、井戸へ捨てられる。こちらは18世紀の人形浄瑠璃や歌舞伎を通して広く知られるようになった。

播州版と番町版には、主人公がお菊、加害者側に青山の名、十枚の皿、井戸、皿を数える声という共通点がある。偶然にしては似ているため、播州の伝承が江戸で翻案されたという説がある。

一方で、両方がもっと古い「皿を数える幽霊」の型から別々に育ったという見方もある。番町版には独自の恋愛要素があり、播州版には城の乗っ取りと密偵の話がある。単純な丸写しでは説明しにくい違いも多い。

どちらが元祖かは決着していない。確認できるのは、姫路と江戸で似た怪談が別の舞台と人物関係を持ち、芝居や読み物の中で発展したことだ。

お菊虫と後世の顕彰

ジャコウアゲハの蛹は、後ろ手に縛られた人の姿に見えることから「お菊虫」と呼ばれた。1795年、姫路や尼崎でこの虫が多く現れ、お菊の怨念だと恐れられたという記録がある。

蛹の形と大量発生は自然の現象だが、怪談を知る人には、お菊の姿が戻ってきたように見えた。実在する虫が伝説を補強し、伝説が虫の見え方を変えた例になる。

明治以降、お菊は怖い幽霊だけでなく、主家への忠義を守った女性としても語られた。姫路ではお菊を祀る神社が再建され、恐怖の対象が忠義や貞節の象徴へ変わっていった。

播州皿屋敷で確かなのは、姫路城にお菊井戸と呼ばれる場所があり、古くからお菊の怪談が地域に結びついてきたことだ。密偵だったこと、皿の罠、井戸から聞こえる声は伝承になる。史実と怪談を分けても、実在の城を舞台に何百年も語り直された物語のおもしろさは消えない。

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