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石川五右衛門は実在したのか ― 釜茹での大泥棒、その正体をめぐる四百年の謎

石川五右衛門と聞けば、派手な着物の大泥棒や、釜の中で最期を迎える姿がすぐに浮かぶ。でも、その生涯を丸ごと史実として読んでしまうのは危ない。記録から見えるのは、1594年ごろの京都で盗賊たちが厳しい刑に処されたこと。そして後世、その出来事を芯にして、忍者、義賊、秀吉暗殺といった物語が重ねられていったことだ。

同時代の記録から見えること

五右衛門の実在を考えるとき、まず手がかりになるのが、公家・山科言経の日記『言経卿記』だ。そこには、盗人やすりが捕らえられ、そのうち一人が釜で処刑されたという趣旨の記述がある。細かな人物像まではわからないが、豊臣政権下の京都で、盗賊に対する見せしめの処刑が実際に行われていたことは読み取れる。

日本に滞在した宣教師の記録にも似た話がある。ペドロ・モレホンの記録には、1594年の夏、「イシカワゴエモン」と読める名の人物と家族が油で処刑されたという趣旨の注釈が残る。また、ベルナルディーノ・デ・アビラ・ヒロンの『日本王国記』には、盗賊の頭目たちが京都の三条河原で油による刑に処されたという記述がある。

ただし、これだけで歌舞伎や講談に登場する五右衛門の生涯まで確認できるわけではない。同時代の記録が伝えるのは、名前と処刑を結びつける断片や、同じ時期に行われた処刑の様子までだ。出身地、家族関係、盗賊団の規模、具体的な犯行については、はっきりしたことがわからない。

忍者や義賊という話は後世の伝承

五右衛門には、丹後の豪族の子だった、伊賀で百地三太夫に忍術を学んだ、師のもとを逃げて盗賊になった、といった説がある。権力者ばかりを狙い、庶民からは盗まなかったという「義賊」のイメージもよく知られている。

さらに、豊臣秀吉の寝所に忍び込んだところ、千鳥の香炉が鳴いて見つかったという話や、処刑の釜の中で子どもを助けようとしたという話も語られてきた。ところが、これらを同時代の記録で追うのは難しい。話ごとに細部も違い、油だったのか熱湯だったのか、子どもがいたのか、どの城に忍び込んだのかさえ一定していない。

有名な辞世「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」も、本人の言葉と断定はできない。『古今和歌集』仮名序にある表現を踏まえた、後世の創作ではないかという見方がある。どの話も五右衛門らしさはたっぷりだが、史実というより、長い時間をかけて整えられた人物像として読むほうが無理がない。

歌舞伎が作った「絶景かな」の五右衛門

五右衛門の名は、江戸初期の林羅山による『豊臣秀吉譜』にも盗賊として現れる。その後、実録本や歌舞伎が物語を大きくふくらませた。とくに『楼門五三桐』の南禅寺山門の場は強烈で、豪華な山門の上から「絶景かな」と見得を切る姿を、五右衛門の定番にした。

けれども、現在の南禅寺三門が再建されたのは1628年とされ、五右衛門の処刑より後になる。つまり、あの名場面は時代が合わない。これは間違い探しというより、史実の人物が大衆芸能のヒーローへ変わっていく過程を、わかりやすく示す例だ。

京都には、藤森神社の手水鉢を五右衛門が寄進したという話や、大仏餅屋を隠れ家にしたという伝承も残る。ただし、こうした土地の伝承も、同時代の記録と同じ強さの証拠ではない。史跡や地名と結びつきながら、物語が地域に根づいていったものとして分けて見たい。

現代に残る説と、いま言える範囲

現在よく語られるのは、実在した盗賊団の頭目を核に、複数の人物や事件が一人の五右衛門へまとめられたのではないか、という見方だ。河内、丹後、遠江など出身地の説がばらばらなのも、その考え方とは相性がいい。ただし、これも決着した事実ではない。

いま無理なく言えるのは、1594年ごろ、京都で盗賊たちが重い刑に処され、「石川五右衛門」と結びつく記録も残ったというところまでだ。忍者だったのか、義賊だったのか、秀吉を狙ったのかは、後世の物語の領域に入る。実在の痕跡はある。でも、私たちが知る五右衛門の大部分は、歌舞伎や講談が育てた人物像だ。その二つを分けて見ると、大泥棒の輪郭はむしろおもしろくなる。

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