かぐや姫は月から来た宇宙人だった。実在の高貴な女性をモデルにした。奈良の竹林で生まれた――。『竹取物語』には、いろいろな「正体」が語られてきた。ただ、かぐや姫本人が実在したと示す記録はない。作品の成立、実在の官人を思わせる登場人物、各地の伝承を順に分けて見よう。
作者も成立年もわからない古い物語
『竹取物語』は、平安時代に成立した古い物語文学だ。紫式部は『源氏物語』の中で「物語の出で来はじめの祖」と呼んでいる。成立は9世紀後半から10世紀前半ごろと推定されるが、正確な年も作者もわかっていない。
原本は残っておらず、現在知られる本文は後世の写本によって伝わった。完全な内容を伝える写本には、1570年に書写された里村紹巴本などがあるとされる。作品の成立から写本まで長い時間があるため、その途中で表現や細部が変わった可能性はある。
物語では、竹取の翁が光る竹の中から小さな女の子を見つける。成長したかぐや姫には五人の貴公子が求婚するが、姫は手に入らない宝物を求め、全員が失敗する。帝の求婚も断り、最後は月の都へ帰る。帝は残された不死の薬を高い山で燃やさせ、その山が富士山になったという形で終わる。
この筋書きが古い作品に書かれていることは確認できても、竹の中から人が現れたことや、月から迎えが来たことを歴史上の事件として扱うことはできない。
求婚者には実在の官人が重なる
江戸時代後期の国学者・加納諸平は、五人の求婚者の名が、奈良時代初めの公卿と重なることを指摘した。右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂は、実在が確認される官人の名と対応する。
この一致から、『竹取物語』の作者は、古い時代の有名人を借りて貴族社会を風刺したのではないか、という読み方が生まれた。無理な宝探しに挑み、偽物を使い、失敗する求婚者たちの姿は、権力者の見栄を笑う話として読める。
ただし、求婚者に実在人物が使われたからといって、かぐや姫も実在したことにはならない。歴史上の人物を登場させた創作は珍しくない。特定の女性がモデルだった可能性は考えられても、その名前を示す記録はない。
「宮廷の誰かへの当てつけだった」という説も、作品の風刺性から考えた推測になる。実在の官人との一致は大事な手がかりだが、かぐや姫本人の身元を証明するものではない。
奈良、京都、滋賀に残る発祥地説
物語の竹取の翁は「讃岐造」と呼ばれる。この名を手がかりに、奈良県広陵町は、かつての「散吉郷」と讃岐造を結びつけ、かぐや姫のふるさとと伝えている。町には讃岐神社があり、竹取公園や祭りにも物語が生かされている。
ほかにも、竹取を「高取」と読む奈良県高取山説、竹の産地に結びつける京都府向日市説がある。滋賀県の余呉湖には、天女が羽衣を失って地上へ残る羽衣伝説があり、月から来て羽衣をまとって帰るかぐや姫の話と似た構造を持つ。
これらは、それぞれの土地に残る地名、信仰、説話を『竹取物語』へ結びつけた発祥地説だ。作者や成立地がわからないため、どの土地も物語を受け止める余地を持っている。ただし、現在の祭りや公園があることは、その土地で物語が大切にされている証しであって、そこで作品が書かれた証明ではない。
各地の羽衣伝説が物語へ影響した可能性もある。しかし、どの伝承を作者が知っていたのかを直接示す記録はない。似ていることと、元になったことは分けておきたい。
富士山と宇宙人説は後世の読み方
物語の最後では、不死の薬を燃やした山を「不死の山」と呼び、それが富士山になったと語られる。作品の成立時期は富士山の火山活動が記録された時期と重なり、山の煙を薬を焼く煙へ見立てたのではないか、という説がある。
静岡県富士市周辺には、かぐや姫が月ではなく富士山へ帰ったという独自の伝承も残る。ただし、『竹取物語』の結末と地域伝承は同じ内容ではない。富士山の実際の地名の由来が、不死の薬だけで決まったとも断定できない。
現代には、光る竹を宇宙船、天人を宇宙人、羽衣を記憶を消す装置と読む説もある。『竹取物語』を日本最古のSFと呼ぶ人もいる。これは古い物語を現代のSF用語で読み替えた解釈で、平安時代に宇宙人との接触が記録されたという意味ではない。
かぐや姫の実在を示す証拠はない。一方、物語には実在の官人、古い地名、羽衣説話、富士山への信仰が重ねられている可能性がある。完全な史実でも、何もないところから生まれた空想でもない。さまざまな歴史と伝承を材料に作られた文学として読むと、モデル探しの楽しさと、証拠の限界を両方保てる。
