「人類は、金を掘らせるために宇宙人が作った」。アヌンナキをめぐる説は、そんな強い一文で広がった。元になった古代メソポタミア神話には、神々が労働を任せるために人間を作る話がある。ただし、そこに遺伝子操作、金鉱山、未発見惑星を加えたのは、20世紀の作家ゼカリア・シッチンによる独自解釈だ。
古代神話に書かれていること
メソポタミアの『アトラハシス叙事詩』などには、神々の労働と人間創造を結びつける物語がある。下位の神々が重い労働に反発し、上位の神々が粘土と神の血を使って人間を作り、仕事を担わせるという筋だ。
これは、神々と人間の関係や、なぜ人間が働くのかを説明する創世神話として伝わった。現代科学の実験記録ではない。粘土と血という表現を、そのまま生物学の材料や遺伝子操作の手順として読む根拠も示されていない。
アヌンナキは、古代メソポタミアの神々を指す名として登場する。神話上の存在が記されていること自体は事実だが、「天から来た神」というイメージだけで、別の惑星から宇宙船で来た生命体だったことにはならない。
古代の人々が神を空や天と結びつけたことと、地球外生命が実際に訪れたことは別の話だ。ここを一気につなげたのが、後の古代宇宙飛行士説だった。
シッチンが作った宇宙人の物語
ゼカリア・シッチンは、1976年の著書『第12の惑星』で、シュメールの粘土板を独自に読み直した。彼の説では、ニビルという未発見の惑星からアヌンナキが地球へ来て、金を採掘する労働力を必要とした。そのため、自分たちの遺伝子と原人を組み合わせ、現代人を作ったという。
神の血と粘土から人間を作る古代神話を、異星人による遺伝子操作の記録へ置き換えたわけだ。神々の反乱は労働争議、神による創造はバイオ技術、天上の世界は宇宙の惑星という具合に、神話の要素がSF的な歴史へ読み替えられた。
この説は、古代文書に隠された事実を解読したように見える。でも、ニビル、金採掘、遺伝子交配という一連の筋書きが、元の神話にそのまま書かれているわけではない。シッチンの物語に合うよう、言葉の意味を広げた部分が大きいと批判されている。
「アヌンナキは天から降りた者」という説明も、語の意味を宇宙人へ直結させたものだ。古代語の一語を現代の宇宙概念へ置き換えるには、文脈やほかの用例による裏づけが必要になる。
学術研究は宇宙人説を支持していない
シュメール語や古代メソポタミアを研究する立場からは、シッチンの翻訳や解釈に問題があると指摘されている。原文の語を自説に合わせて訳し、神話の比喩を歴史上の出来事として扱っているという批判だ。
現在のアッシリオロジー、つまり古代メソポタミア研究では、アヌンナキを異星人とする説は支持されていない。人類が異星人の遺伝子操作で作られたことを示す考古資料や生物学的証拠も、この説からは提示されていない。
懐疑的な立場からは、シッチンの著作は科学ではなくSFに近いと評されてきた。ここで大事なのは、神話そのものを否定することではない。古代の創世神話として読むことと、科学的事実の記録として読むことを分けることだ。
アヌンナキの粘土板が実在するから宇宙人説も実在する、とは言えない。実在するのは古代の文書で、宇宙人説はその文書へ20世紀の発想を重ねた解釈になる。
現代でも説が作り直されている
シッチンの死後も、アヌンナキ説を扱う本や動画は作られている。ヘザー・リンの著作は、秘密結社への調査や機密解除文書を手がかりに、この説を肯定的に検討すると紹介されている。古代宇宙飛行士説で知られるエーリッヒ・フォン・デニケンも評価したという。
ただし、秘密結社へ入ったことや機密文書を読んだという紹介だけでは、古代の異星人を証明できない。どの文書の、どの記述が、考古学や遺伝学の証拠とつながるのかを示す必要がある。そうした具体的な裏づけは、ここで確認できる材料には含まれていない。
この説が長く残る理由の一つは、古代神話そのものが強い物語を持っていることだ。人間はなぜ作られ、なぜ働くのか。神話が投げかけた問いを、現代人が宇宙人や遺伝子工学の言葉で読み替えている。
アヌンナキは古代神話の神々だ。異星人だったという話はシッチン以降の疑似歴史で、確認された事実ではない。その線を引けば、宇宙人説に引っ張られず、元のメソポタミア神話が持つおもしろさへ戻ることができる。
