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大仙陵古墳――被葬者・設計意図・宇宙人説とレイライン説

丘というより、もはや地形だ

大阪の堺、住宅地のど真ん中に、地形と呼ぶしかない大きさの丘がある。大仙陵古墳だ。宮内庁が仁徳天皇陵として管理している巨大な前方後円墳で、百舌鳥・古市古墳群の構成資産でもある。

先に断っておく。「仁徳天皇本人の墓」だとする治定と、考古学的に被葬者を個人特定できていることは、まったくの別物だ。ここを一緒くたにすると、この先の話が全部ぼやける。

そのうえでネットを覗くと、説が湧いて出てくる。宇宙船だ、星座を写したものだ、レイラインの結節点だ、超古代文明の施設だ。どれも測量や発掘の資料で裏付けが確認できたものではない。

そこに残っている記録だけを見る

まずは確かな側から並べていく。文化庁は百舌鳥・古市古墳群について、規模と多様な墳形が古代の社会政治構造を示す物証だと説明している。堺市の資料に載る墳丘長は486メートル。数字だけ見てもピンと来ないが、外周を歩けば嫌でも分かる長さだ。

宮内庁と堺市は2018年に共同調査を行い、円筒埴輪の列などを確認した。宮内庁はこの丘を、祭祀の上では「仁徳天皇百舌鳥耳原中陵」として管理している。

一方、日本考古学協会は、世界遺産の名称が被葬者を学術的に確定したかのような印象を与える、という問題を指摘している。学界の側から見れば、あの名前は決着済みの看板ではないわけだ。

そして墳丘内部の全面発掘は行われていない。棺も人骨も副葬品も掘り出されていないのだから、被葬者を直接同定する段階にはない。分からないものは、いまのところ分からない。

あの形は何のために造られたのか

前方後円墳は、棺を納めるだけの箱ではない。葬送の儀礼をやる舞台であり、権力の見せ方であり、地域の首長とヤマト王権の関係を目に見える形にした巨大記念物だと考えられている。

よく言われる「鍵穴の形」も、順番としては逆だ。古墳が鍵穴を模したのではなく、航空写真の輪郭を見た英語圏の人々が keyhole-shaped と呼ぶようになった。後からくっついた比喩なんだよな。

前方部が祭壇で、後円部が墓室。この説明はたしかに分かりやすい。ただ、すべての古墳へ一律に適用できるほど確定した説ではない。

中に眠っているのは、いったい誰なのか

被葬者の説は、大きく四つに分かれる。まずは仁徳天皇説。記紀と延喜式の陵墓伝承、それに宮内庁の治定を根拠にする、いちばん素直な立場だ。

次が、5世紀の大王級人物説。規模、埴輪の年代、古墳群のなかでの序列から、名前までは特定せずに大王墓とみる。慎重といえば、かなり慎重な構えになる。

三つめが治定再検討説。古墳の推定築造年代と記紀の年代、それに周辺古墳の編年を突き合わせて、別人物の可能性を論じるやり方だ。

最後が複数埋葬・追葬説になる。巨大な墳丘を長い年月かけて築いたことや、祭祀が続いたことから派生した見方だ。内部が未調査である以上、これも未確定のまま宙に浮いている。

そして、話は宇宙まで飛んでいく

ここからが本番だ。ネットで語られている説を、まとめて並べてみる。

上空から見た形は宇宙船、あるいは宇宙人へ向けた信号であり、埋葬されているのは地球外生命体である。墳丘の軸が夏至と冬至の方角や特定の星座、伊勢神宮などの聖地を指しているという話もある。

大仙陵古墳と箸墓古墳、富士山、伊勢神宮などがレイラインで結ばれる、という主張もよく見かける。内部には王墓ではなく超古代文明の装置や巨大な空洞、失われた文字が眠っているという説も根強い。発掘制限は真相を隠すためだ、という陰謀説もだいたいセットでついてくる。

順に見ていく。発掘制限のほうには、陵墓の静安と管理制度という、確認できる背景がある。

任意の地点を後から直線で結ぶレイラインは、候補地の選び方しだいでいくらでも作れてしまう。設計時にそう意図したというなら、それを示す史料が要る。宇宙人説や装置説を裏付ける遺物も、いまのところ確認されていない。

鍵穴の丘に眠るのは人間ではない、という話

大阪府堺市の住宅地の只中に、周囲を三重の濠に囲まれた全長486メートルの巨大な鍵穴状の丘がそびえている。宮内庁は正式にこれを「仁徳天皇百舌鳥耳原中陵」として管理する。日本書紀と古事記に記された仁徳天皇その人の陵墓だ、という位置づけになる。

ところが、この丘の内部に何が眠っているのかを、現代の私たちは誰も直接確認していない。宮内庁が「皇室の祖先を祀る神聖な祭祀の場」として、発掘そのものを認めていないためだ。ここに、都市伝説が入り込む隙間が生まれる。

まず語られるのが「宇宙人の墓」説である。上空から見ると鍵穴のようなこの形は、実は宇宙船を模したものだった。埋葬されているのは人間ではなく、地球外から飛来した存在だったのではないか。そういう筋書きだ。

論者はまず「大仙」という名称に注目する。「仙」の字は仙人、すなわち「ただの人間ではない存在」を意味するという。さらに仁徳天皇の別名は「大雀命」「鷦鷯尊」で、いずれも鳥にちなむ。だから「古代において鳥は宇宙人や宇宙船の隠喩だった」という独自の解釈が出てくる。

古墳が属する古墳群が「百舌鳥(もず)古墳群」と呼ばれることも、この鳥のモチーフを補強する材料として持ち出される。とにかく鳥が付いて回る、というわけだ。

さらに前方後円墳という形状そのものについて、単なる墓ではなく宇宙船あるいは「スターゲート」だったとする説もある。後円部の内部空間を、NASAの宇宙船エンタープライズの設計と比較するブログまで存在する。内部の空洞が異次元や別世界への「扉」として機能していたのではないか、と論じるわけだ。

加えて、仁徳天皇の祖先である神武天皇が「角、鱗、尾、背びれを持っていた」という伝承も引き合いに出される。その血を引く仁徳天皇もまた普通の人間ではなかった、という血統論も語られる。

もう一つの大きな噂が「レイライン」説である。大仙陵古墳と、奈良県の箸墓古墳、伊勢神宮、富士山などを地図上で直線に結ぶと、一直線に並ぶという主張がなされる。これは偶然ではなく、古代の設計者が意図的に配置した「聖地のネットワーク」だとされる。

夏至や冬至の太陽が特定の方角に沈む、あるいは古墳の主軸が特定の星座を指し示している。そんな派生形も存在する。

噂の出どころをたどると、一冊の本に行き着く

史実の側の基礎資料から確認していく。文化庁は2019年の世界文化遺産登録に際して「百舌鳥・古市古墳群」の資料を発表しており、そこでは古墳群が古代日本の社会政治構造を示す物証と位置づけられている。

堺市と宮内庁は2018年に、共同で墳丘裾部の調査を行っている。円筒埴輪の列などが確認された。ただしこれはあくまで墳丘表面の限定的な調査で、内部の埋葬施設そのものにはメスが入っていない。

日本考古学協会は、世界遺産名称の登録に際して公式の見解を出している。「仁徳天皇陵」という名称が、あたかも被葬者が学術的に確定しているかのような誤解を与える、という懸念だ。考古学界の中でも被葬者比定は確定事項ではない。それを示す重要な一次資料になる。

一方、オカルト的な噂の初出をたどると、GHQによる「木箱持ち出し」説に行き着く。発端とされるのは、超常現象研究家として知られる飛鳥昭雄氏の著書『失われた古代ユダヤ王朝「大和」の謎』だ。同書には、戦後占領期にGHQの調査隊が仁徳天皇陵に立ち入り、大量の木箱を運び出したという記述があるとされる。

この説は、note上の個人による考察記事「仁徳天皇陵の〝禁断の謎〟──GHQの影、そして消えた木箱の伝説」などを通じて再解釈・拡散されている。「木箱の中身は日本古代文明に関する重要資料だった」「マッカーサーが昭和天皇の処刑計画を撤回したのは、この中身を知ったからだ」。尾ひれは、この調子で伸びていく。

もっとも、こうした説の出典はすべて個人の証言や伝聞、または一冊の書籍にとどまる。公文書や報道機関による裏付けは一切確認されていない。宇宙人説にしても、アメブロなどの個人ブログで論じられているのが実態だ。学術論文や公的資料に基づくものではない。

説はどんどん枝分かれしていく

被葬者をめぐる説から見ていく。記紀の記述と宮内庁治定をそのまま支持するのが仁徳天皇説だ。

古墳の推定築造年代と、記紀が伝える仁徳天皇の在位年代には、ズレがある。そこから、実際には5世紀のある大王級人物の墓であり、特定の個人名までは確定できないとする説が出てくる。さらに編年研究の進展によって、別人物の陵墓である可能性があるとする治定再検討説もある。

オカルト系の派生はもっと踏み込む。巨大な墳丘の内部には棺ではなく、超古代文明の装置や、失われた文字が刻まれた石室が眠っている。発掘制限は真相を隠すための国家的な情報統制である。そういう陰謀論的な語りも普通に流通している。

レイライン説にも、さらに枝分かれがある。大仙陵古墳と伊勢神宮を結ぶ線上に、いくつもの古社が等間隔に並んでいる。そんな具体的な検証を試みるブログ記事もある。

一方で、地球規模のエネルギー網の結節点として日本の古墳が配置された、という語り方もある。地球外生命体の関与を示唆するTOCANAなどのオカルトメディア記事の文脈に接続して語られるパターンだ。

ただし後者の記事群を精査すると、大仙陵古墳そのものへの直接的な言及は乏しい。レイラインの一般論と、個々の古墳への当てはめ。この二つがネット上でいつのまにか結合されているケースが多いことも分かる。

濠のそばで背筋が寒くなった人たち

大仙公園を訪れた観光客のブログには、拝所である鳥居前に立ったときの独特な感覚を綴ったものが複数見つかる。

ある訪問記にはこう記されている。「濠の水面が異様なまでに静かで、木々のざわめきすら聞こえない瞬間があった。案内板を読みながら、こんなに大きな丘の中に本当に誰か眠っているのだろうかと考えると、急に背筋が寒くなった」

別の探訪ブログでは、周濠沿いを一周する散策コースを歩いた体験が語られている。「拝所から少し離れた木立の中で、明らかに人の気配がしたのに誰もいなかった。宮内庁の職員が巡回しているのかと思ったが、その気配は一瞬で消えた」

堺市の博物館を訪れた家族連れの感想も、SNS上で共有されている。「展示されている埴輪のレプリカを見ていた子どもが、急に『後ろに誰かいる』と怖がり出し、なだめるのに苦労した」というエピソードだ。

こうした体験談は、いずれも一次資料としての裏付けを持たない。広大な古墳という非日常的な空間が、来訪者の感覚を刺激しやすい。その表れとも解釈できる。

知恵袋からゆっくり解説まで

Yahoo!知恵袋やQuoraには、同じ趣旨の質問が繰り返し投稿されている。「なぜ仁徳天皇陵の発掘調査をしないのか」「発掘すると何か不都合なことがあるのか」。

そして回答は、きれいに割れている。「単純に皇室の祭祀の場を荒らすべきではないという配慮に過ぎない」という穏当な説明がある。かたや「本当は仁徳天皇ではない別人が眠っているから調査できないのだ」という推測もある。この二つが並存している。

まぐまぐニュースやライブドアニュース、Japaaanといったネットメディアも動いている。「古代の天皇陵、実はほとんどが別人の墓」といった刺激的な見出しで記事を配信している。

体裁としては、学術的な被葬者比定の難しさを紹介するものだ。ただ、タイトルの煽り度合いによって、オカルト的な陰謀論と地続きに読まれやすい構造を持っている。

YouTubeの「ゆっくり解説」系動画もある。「未だ解明されない聖域…仁徳天皇陵が現在でも調査制限が続く理由」という一本のコメント欄には、賛否両論のコメントが数多く寄せられている。「絶対何か隠してるだろ」「ロマンがあっていい」「普通に皇室への配慮でしょ、考えすぎ」。

オカルト考察系のコミュニティでの扱いは、また少し違う。宇宙人説そのものを本気で信じるというよりも、「古代の巨大建造物にはロマンがある」という娯楽的な楽しみ方として消費されている側面が強い。ムー的なオカルト雑誌の文脈や、ピラミッド・ナスカの地上絵といった他の「古代ミステリー」と並列に語られることが多い。

元ネタは、ぜんぶ現実の側にある

大仙陵古墳が属する百舌鳥・古市古墳群は、大阪府堺市・羽曳野市・藤井寺市にまたがっている。2019年にユネスコ世界文化遺産へ登録された。

周辺には、応神天皇陵とされる誉田御廟山古墳をはじめ、大小さまざまな古墳が密集している。いずれも宮内庁の陵墓治定を受けているため、学術的な内部調査が制限されている点は共通している。

GHQ関連の噂の背景にも、実在の歴史がある。占領期の日本では、皇室財産の調査や華族制度の解体など、GHQによる大規模な調査・接収が各所で行われた。陵墓にも何か手を付けたのではないか。そういう想像を後押ししやすい土壌になっていると考えられる。

レイライン説の元ネタもはっきりしている。1921年にイギリスの考古学者アルフレッド・ワトキンスが提唱した「レイライン」概念だ。もともとはイギリス国内の古代遺跡の配置を論じたものだった。

それが日本では、戦後のオカルトブームの中で伊勢神宮や富士山、出雲大社などの「聖地」を結ぶ独自の解釈へと転用されていった。この元ネタに、大仙陵古墳の巨大さと被葬者不確定という学術的事実が組み合わさる。だから今も、新しい派生的な都市伝説が生まれ続けている。

デカさの謎と、名前の謎は別物だ

大仙陵古墳は国内最大級の前方後円墳で、百舌鳥古墳群を構成している。宮内庁は仁徳天皇陵として管理する。ただ、考古学上の築造年代や出土資料だけから、被葬者を仁徳天皇本人と確定できるわけではない。陵墓参考地として立入りや発掘に制限があることも、議論を難しくしてきた。

墳丘の向きや周辺古墳を線で結び、星座や聖地の配置を読む説は、どの地点を選ぶかで結果が変わりやすい。巨大建造物だから古代人には造れず、宇宙人の技術が必要だった。この説明も、土木技術、労働力、築造期間の研究を無視している。

分からない被葬者の問題と、根拠のない設計者像。この二つを混ぜないことが大切だ。

2019年に百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産へ登録された際も、評価の中心は巨大な一基だけではなかった。規模や形の異なる古墳が密集し、当時の社会秩序や葬送のあり方を示す点が重視された。

上空写真で見える鍵穴形は、たしかに印象的だ。ただ、後円部と前方部が造られた過程、周濠、陪塚まで含めて見なければ、築造の実像には近づけない。

立入りが限られるから何も分からない、というわけでもない。測量、周辺調査、それに過去に得られた埴輪や地形の検討から、築造時期や構造についての知見は積み重ねられている。そこは押さえておいてほしい。

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