ハワイには、人が眠っている夜だけ働き、一晩で石の壁や水路を作ったという「メネフネ」の伝説がある。小柄で働き者、姿を見られるのを嫌う、不可能に見える工事をあっという間に終える。そんな語りが島々に残っている。一方で、実在した先住集団の記憶だという説も、比較的新しく作られた物語だという説もある。遺構の存在と、小人族の実在は分けて見たい。
夜に働くメネフネの伝承
伝承のメネフネは、背の低い人々として描かれる。人目につかない夜に集まり、ダム、道路、祭祀場などの石造物を一晩で完成させるという。大勢が一列に並び、遠くの採石地から手渡しで石を運んだ、という話もある。
こうした物語では、工事の途中を人に見られると、メネフネは作業をやめて消えてしまう。朝になると、前夜までなかった石垣だけが残っている。建造物の作り手がわからないとき、その空白を埋める存在としてメネフネが登場するわけだ。
小柄な体格や一晩という時間を、測定された事実として受け取ることはできない。伝承ごとに細部は変わる。ここで確かなのは、ハワイで「夜に働く小さな建築者」の物語が受け継がれてきたことだ。
アレココ養魚池は実在する
メネフネ伝説と強く結びついているのが、カウアイ島のアレココ養魚池だ。溶岩石を積んだ長い壁が水を区切っており、古い土木技術を今に伝える遺構である。
伝承では、メネフネたちが遠くから石を運び、一晩で壁を完成させたという。石を一人ずつ手渡して運ぶ長い列まで語られている。ただし、壁が現実に残っていることと、一晩で作られたことは別だ。遺構は当時の人々の技術を示すが、超人的な工期を証明するものではない。
カウアイ島のキキアオラ水路にも、精密に並べられた玄武岩の石材が残る。ネッカー島には、玄武岩の直立石を使った祭祀場が複数あるとされる。高い技術で作られた石造物が各地にあるため、「普通の人間にはできない仕事だった」という物語が育ちやすかったのだろう。
でも、作り手の技術が高いことを、そのまま小人族の存在証明にはできない。石造物から読み取れるのは、ハワイや周辺の島々に、石材を運び、加工し、目的に合わせて組み上げる人々がいたことまでだ。
実在した先住集団だったという説
民俗学者キャサリン・ルオマラは、メネフネを、ハワイへ早い時期に移住した人々の記憶と結びつけて論じたとされる。あとからタヒチ系の人々が来た際、先に住んでいた集団が山間部へ追われ、その記憶が小人伝説へ変わったという説明だ。
「メネフネ」という名を、社会的地位の低い人を指す「マナフネ」という言葉と結びつける説もある。この考え方では、もともとは小さな妖精の名前ではなく、征服された側や下層とみなされた人々への呼び名が、時間とともに神秘的な種族名へ変わったことになる。
一方で、メネフネがヨーロッパ人との接触以前の神話に見えず、後世に作られた物語ではないか、という見方もある。ただ、ハワイの伝承は文字だけでなく口伝で受け継がれてきたため、古い文書に名前がないことだけで、物語自体が存在しなかったとも言い切れない。
早い時期の移住者説も、身分を表す言葉から生まれた説も、現時点では仮説だ。メネフネと断定できる骨や、彼らの名を刻んだ遺物は確認されていないとされる。
遺構と伝説を混ぜない
世界各地には、小柄な人々が優れた知恵や技術を持つという伝説がある。アイヌ文化のコロポックルや、フローレス島の小人伝説もその例だ。似た物語があるからといって、すべてが同じ実在集団の記憶だったことにはならない。人間が「誰が作ったのかわからないもの」を説明するときに、似た型の物語を生み出した可能性もある。
メネフネについて確かに言えるのは、ハワイに古い石造遺構があり、その一部が小さな建築者の物語と結びついてきたことだ。実在した先住集団の記憶かもしれないし、優れた工事を説明するための伝承かもしれない。今の材料では、どちらか一方に決められない。
アレココ養魚池の壁は現実にある。メネフネが一晩で作ったという話は伝承だ。その二つを混ぜずに見ると、遺構を築いた人々の技術と、その仕事を語り継いだハワイの想像力の両方が、きちんと残る。
