見えないはずの目に映る「幻の同居人」――シャルル・ボネ症候群、失明者だけが視る亡霊たちの正体

序章――誰もいないはずの居間に、猫と見知らぬ子供が座っている

18世紀、スイス・ジュネーヴ。老貴族シャルル・リュランは白内障の進行によって両目の視力をほとんど失っていた。ある日、彼は自宅の居間に一匹の猫がちょこんと座っているのを目にする。だがその家に猫は一匹も飼われていなかった。数日後には、机の上にあるはずのない一輪の花が見え、やがて見知らぬ男女や子供たちが部屋の中を歩き回る姿までもが見えるようになった。リュランは自らの目が信じられず困惑したが、決して恐怖に取り乱すことはなかった。なぜなら彼は、自分がそれを「見て」いるだけで、それが実在しないことを冷静に理解していたからである。この老人の孫こそが、後にこの現象に自らの名を刻むことになる博物学者、シャルル・ボネその人だった。

これは単なる幽霊譚でも心霊現象でもない。医学的に実在が確認されている神経眼科学的な症候群――シャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome、略称CBS)の、記録に残る最初期の症例である。視力を大きく失った人にだけ、まるでスクリーンに映写されたかのようにありありと「見えないはずのもの」が見える。この症候群は、当事者にとってはしばしば恐怖や困惑の種であり、周囲にとっては「認知症の始まりでは」という誤解の種であり、そしてオカルト愛好家にとっては「霊感」や「霊視能力」と紙一重に語られてきた、きわめて生々しい現象なのである。

発見の歴史――魔女狩りの記憶が消えぬ時代に、孫は祖父の「幻視」を世に問うた

1760年、スイスの博物学者シャルル・ボネは、祖父シャルル・リュランが体験していた奇妙な幻視の記録を克明に書き残し、これを公表した。当時のヨーロッパはまだ魔女狩りの記憶も生々しい時代であり、「見えないはずのものが見える」という体験は容易に悪魔憑きや呪いと結びつけられかねない、きわめて危険な話題だった。実際、キリスト教世界においては長らく、こうした幻視体験は霊的な干渉や精神の錯乱の証として扱われてきた歴史がある。そうした空気の中で、ボネはあえてこの現象を「視覚器官の疾患による、純粋に生理学的な現象」として学術的に記録するという、当時としては異例の合理主義的態度を貫いた。

祖父自身も自らの見ているものが幻であることをはっきりと自覚しており、弟子のレヴェック・ド・プイが残した記録によれば、リュランは晩年、目の前に現れる奇妙な物体について「これは錯覚だ」と認めた上で、それでもなお興味深そうにその光景を観察し続けていたという。 しかしこの祖父の症例が「シャルル・ボネ症候群」という正式な医学用語として確立されるまでには、実に200年以上の歳月を要した。1967年、スイスの神経学者ジョルジュ・ド・モルシエが、視力障害を伴わずに幻視を呈する複数の症例をまとめて報告する中で、初めて「シャルル・ボネ症候群」という呼称を用いた。

この用語が英語圏の精神医学・眼科学の主流に本格的に導入されたのは、さらに遅れて1982年のことである。つまりこの現象は、発見自体は18世紀まで遡るにもかかわらず、医学界がそれを正式な症候群として体系的に扱い始めたのは、驚くほど最近――ようやく半世紀ほど前のことに過ぎないのだ。

症状の完全再話――光と影の中に浮かび上がる「幾何学模様の住人たち」

シャルル・ボネ症候群の幻視は、大きく二つのタイプに分類される。一つは点滅する光や格子状の模様、幾何学的なパターンといった「単純幻視」。もう一つは人物、動物、風景、建物など、まるで写真のように精緻な「複雑幻視」である。患者たちの証言を集めると、その光景の多様さには驚かされる。ある患者は見知らぬ人々の顔が壁一面に並んで見えたと語り、別の患者は色鮮やかな小鳥や蝶が部屋の中を飛び回るのを目撃したと証言する。中には実在しない小人のような人物が繰り返し部屋の隅に座っているのを見続けた患者もいれば、漫画のキャラクターのようにデフォルメされた顔が浮かんでは消えていったという証言も存在する。

近年報告されたある症例では、免疫療法薬(ニボルマブ)の副作用で両側性の視神経炎を発症した48歳の女性が、6か月にわたる視力障害の経過の中で、テディベアや蜘蛛、紙の上に浮かぶ文字といった、実に具体的で生々しい幻視を繰り返し体験したことが医学論文で報告されている。 これらの幻視には共通する重要な特徴がある。まず、幻視は視覚だけに限定され、音や匂い、触覚を伴うことはほとんどない。次に、患者は目を開けているときにのみそれを見て、まぶたを閉じたり視線を意図的に動かしたりすると幻視は消える。そして何より重要なのが、患者本人がその光景を「現実ではない」とはっきり自覚できている点である。

これは統合失調症などの精神疾患に伴う幻覚――患者が幻覚を現実だと確信し、しばしば妄想と結びついてしまう病態――とは決定的に異なる特徴であり、この鑑別点こそがシャルル・ボネ症候群を正確に診断する上で最も重要な手がかりとされている。

医学的メカニズム――視覚が届かなくなった脳が、自ら幻を描き出す

なぜ視力を失った脳が、勝手に幻を映し出すのか。現在もっとも支持されているのは「求心路遮断による解放現象」という仮説である。目から脳の視覚野へと送られる視覚情報の流れが、白内障や加齢黄斑変性、緑内障といった眼疾患によって著しく減少すると、本来はその情報によって抑制されていたはずの視覚皮質のニューロンが、いわば「暇」になり、外部からの入力なしに自発的に発火し始める。すると脳はその自発的な神経活動を、あたかも実際に外界から届いた視覚情報であるかのように解釈してしまい、結果として実在しない像を「見て」しまうのだという。

これはちょうど、テレビの受信状態が悪くなったとき、画面が砂嵐状のノイズを映し出すのに似ている――ただしシャルル・ボネ症候群の場合、脳という高性能な画像生成装置が、単なるノイズではなく、記憶に蓄積された顔や動物、模様といった具体的なイメージを「補完」して映し出してしまう点が恐ろしくも興味深い。加えて、脳内の神経伝達物質アセチルコリンの不足も幻視の誘発に関与していると考えられており、感覚が遮断された状態や、強い眠気、暗い環境、ストレス下で幻視が起こりやすくなることも複数の患者証言や研究から裏付けられている。

有病率についての報告は幅があり、視力低下を抱える65歳以上の高齢者では10%から40%程度、2008年のオーストラリアの研究では17.5%という数字が示されている。ただし患者本人が「頭がおかしくなったと思われたくない」という理由で症状を医師にすら打ち明けないケースが非常に多く、実際の有病率はこれよりもはるかに高いとする専門家の指摘も根強い。この「言い出せなさ」こそが、シャルル・ボネ症候群を長年にわたって過小評価されてきた「隠れた奇病」たらしめている最大の要因である。

派生する別バージョン――アントン症候群という、さらに不気味ないとこ

シャルル・ボネ症候群と混同されやすい、しかしまったく異なる病態として「アントン症候群(アントン・バビンスキー症候群)」が存在する。これは脳卒中などによって後頭葉の視覚野そのものが両側性に損傷を受け、完全に目が見えなくなっているにもかかわらず、患者本人が自分は「見えている」と強く確信し続けるという、極めて奇妙な病態盲(病態失認)の一種である。患者は壁にぶつかったり物につまずいたりしても、それを視力の喪失のせいだとは認めず、「部屋が暗いから」「眼鏡が汚れているから」といったもっともらしい理由をでっちあげて自らの失明を否認し続ける。

シャルル・ボネ症候群の患者が「見えているものが幻だ」と自覚しているのとは正反対に、アントン症候群の患者は「見えていないのに見えていると思い込む」――視覚と自己認識をめぐる脳のバグが、正反対の方向にねじれて現れる好例として、神経眼科学の教科書でしばしば対比的に語られる。

日本の文脈――「霊能力者」たちの視力低下という、もう一つの読み方

シャルル・ボネ症候群がオカルト愛好家の間で語られる際、決まって話題に上るのが、日本の著名な霊能力者とされた人物たちの経歴である。テレビ番組でたびたび「霊視」を披露したことで知られる宜保愛子は、幼少期に火箸が左目に当たる事故で視力を大きく損なっており、本人はその左目で「立体的な霊の姿」が見えるようになったと繰り返し証言していた。また彼女には先天性の難聴もあり、右耳の聴力を失った後に「霊の声」が聞こえるようになったとも語っている。同様に、22歳のときの事故で失明したとされる霊能力者・中井シゲノも、失明後に霊の姿が見え、声が聞こえるようになったと証言した人物として知られる。

もちろんこれらの人物が実際にシャルル・ボネ症候群であったと医学的に確定されているわけではなく、あくまで後年の考察記事やオカルト系メディアが「視覚障害の発症時期と霊視能力の発現時期が一致している」という状況証拠から提示している仮説にすぎない。しかし、視覚を失った者だけに見える「誰か」という現象の構造そのものが、洋の東西を問わず「霊感」や「第六感」の物語と分かちがたく結びついてきたという事実は、この症候群が単なる眼科疾患を超えて、人類の霊性理解の歴史そのものに深く食い込んでいることを示している。

証言集――当事者たちが語る「もう一人の同居人」

ある網膜色素変性症を患う患者はブログの中で、「最初にそれを見たとき、認知症になったのかと本気で怖くなった。誰にも言えず、一人で震えていた」と自身の体験を綴っている。彼女は後にシャルル・ボネ症候群という病名を自分で調べて知り、「ようやく“おかしくなったわけじゃない”と分かって、涙が出るほど安心した」と述懐している。免疫療法の副作用で幻視を発症したある患者は診察の場で、「クマのぬいぐるみが部屋の隅に座っているのが見えるんです。触れないことは分かっているのに、つい話しかけそうになる」と担当医に語ったと記録されている。

高齢の白内障患者の家族の証言としては、「祖母が“知らない子供が縁側に座っている”と何度も言うので、最初は認知症を疑って専門医に相談した。しかし検査の結果、視力低下によるものだと分かり、家族全員でようやく安心して受け止められるようになった」という体験談が眼科系のコラムに紹介されている。専門医の立場からは、複数の眼科医が「患者本人にこの病名と機序を説明するだけで、多くの場合、症状そのものは消えなくても不安は大きく和らぐ」と繰り返し強調しており、実際にある調査では患者の約6割が、病気について正しく知った後は幻視があっても日常生活への支障を感じなくなったと回答している。

ネット・考察界隈の反応――「見えてはいけないものが見える」への恐怖と好奇心

シャルル・ボネ症候群は、noteやオカルト系ウェブメディア、まとめサイトなどで繰り返し取り上げられる定番の題材でもある。「霊能力の謎を解く鍵ではないか」という切り口の考察記事は特に人気が高く、視力を失った人にしか見えない「誰か」という構造が、心霊体験や超能力の伝承と重なることから、オカルト愛好家と医学愛好家の双方から関心を集め続けている。一方で当事者コミュニティやSNSでは、「認知症や精神病だと誤解されて余計に孤立してしまう患者がまだまだ多い」という啓発目的の投稿も目立ち、当事者自身が症状を公表することで同じ悩みを持つ人々を勇気づけようとする動きも見られる。

また「不思議の国のアリス症候群」(物や自分の体が大きく見えたり小さく見えたりする別の知覚異常)と混同する投稿もしばしば見られ、両者の違いを整理する解説記事が定期的にバズるというのも、この分野特有のネット上の風物詩となっている。

シャルル・ボネ症候群を突き詰めて眺めると、浮かび上がってくるのは「見る」という行為が、実は目という器官だけで完結していないという、身も蓋もない事実である。眼球から入ってくる光の情報が途絶えても、脳という臓器は「見る」という機能そのものを止めようとはしない。むしろ入力が失われたぶんだけ、記憶と想像力を総動員して、自ら幻の映像を生成し続ける。

18世紀のシャルル・リュランが見た見知らぬ子供たちも、免疫療法を受けた現代の患者が見たテディベアも、宜保愛子が見たと語った「霊の姿」も、突き詰めれば同じメカニズム――視覚皮質という映写機が、外部からのフィルムを失ってなお回り続けている状態――の異なる発露に過ぎないのかもしれない。 この症候群が私たちに突きつける最も生々しい事実は、「幻を見ること」と「正気を保つこと」は決して矛盾しないという点である。

シャルル・ボネ症候群の患者たちの多くは、目の前に誰もいないはずの人物や動物が繰り返し現れても、それが幻であることを冷静に理解し続けている。むしろ彼らを追い詰めるのは幻視そのものよりも、「頭がおかしくなったのでは」という周囲の――そして自分自身の――誤解と沈黙である。

実際、正しい病名と機序を知るだけで、消えない幻視をそれでも受け入れて生活できるようになった患者が数多く報告されているという事実は、この奇病が最終的には「見えるかどうか」ではなく「見えるものをどう説明してもらえるか」という、極めて人間的な物語に帰着することを示している。

視力を失った者だけに見える幻の住人たちは、恐怖の対象であると同時に、脳という装置が最後まで世界を諦めずに描き続けようとする、ある種の執念の証でもあるのだ。

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