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人体の謎

オカルト総合資料館

人体の謎

身体にまつわる不思議な説を、医学・解剖学・研究記録と照らします。

138件の記事を収録しています。

親指を定規で測っても賢さは出てこない 親指が長い人ほど知能が高い。六・五センチ以上なら脳が大きい。親指の長さからIQを予測できる――こうした説明を裏づける人間対象の研究は確認できない。 結論から先に言っておく。定規で親指を測って、知能、記憶力、学力、脳の大きさを判定することはできない。 この説の根拠としてよく引用される論文は、たしかに実在する。2025年に学

渦巻き、ループ、アーチは性格分類ではない 指紋が渦巻き型なら天才や指導者、ループ型なら協調的、アーチ型なら堅実――このような対応表から個人の知能や性格を判定できる、再現性の高い科学的根拠はない。指紋は個人識別に役立つ身体特徴であり、胎児期の発生や遺伝を研究する対象でもある。しかし、唯一性があることと、人格が刻まれていることは同じではない。 指紋の隆線は、大き

手のひらに「悪い予兆」が見えたら 生命線の途中に切れ目がある。線の中に小さな島のような形ができている。頭脳線が鎖状になっている。 手相占いでは、こうした形を「病気の前触れ」「大きな事故」「精神の不調」と説明することがある。動画や短い記事になると、言葉はもっと強い。「あったらやばい手相」「すぐ病院へ行くべき線」と煽られる。 先に言っておく。掌の線だけで病気、寿

結論から言えば、手のひらに十字形の線があることだけで、霊感、予知能力、守護霊の強さ、神職や巫女の血筋を判定することはできない。「神秘十字」は手相術で使われる呼び名であり、解剖学や遺伝学の診断名ではないからだ。十字形が見える人が珍しいとも限らない。手のひらには太い屈曲線のほかに細いしわが多数あり、二本が交われば十字に見える。 一方、この印を面白い文化として楽し

舌を動かせば脳の活動が起こる。これは正しい。だが、脳が活動したという画像から、記憶力や知能が向上した、認知症が治る、潜在能力が目覚めるという結論へ進むことはできない。舌の運動は、話す、食べ物をまとめる、飲み込むといった日常動作に必要であり、適切な訓練が舌圧や口腔機能の維持に役立つ可能性はある。一方、舌だけを一定回数動かすことで記憶成績が持続的に改善すると示し

大きく厚い耳たぶを「福耳」と呼び、金運や長寿の印とする見方は、日本で広く知られている。だが、耳たぶの大きさ、厚さ、付着の仕方だけから、その人の寿命や将来の財産を予測することはできない。耳たぶは年齢や遺伝的特徴、皮膚・軟部組織の状態などによって形が異なる身体の一部であり、寿命計ではない。 耳たぶに斜めのしわがある人では冠動脈疾患が多い、という医学研究は実在する

足の裏は、立つ、歩く、姿勢を保つための重要な感覚器官である。皮膚から送られる触覚や圧の情報を脳と脊髄が処理し、筋肉への指令を調整する。だから足裏の感覚が鈍ると、バランスが悪くなる場合がある。けれども、足裏そのものが考え、記憶し、全身の臓器を制御する「第二の脳」ではない。 「第二の脳」は科学用語ではなく、重要性を強調する比喩である。腸管神経系に対して使われるこ

車を持ち上げた母親の話 幼い子どもが車の下敷きになった。助けを求める声。母親はそれを聞いた。 普段なら動かせるはずのない車体。それを持ち上げた。そのまま子どもを救い出した。「火事場の馬鹿力」を説明する時、決まって登場する場面だ。 海外では「ヒステリカル・ストレングス」と呼ばれる。車や岩を一人で動かした。倒木や瓦礫を動かした。そんな救助談が紹介される。 日本で

事故で車が迫った瞬間や、足を滑らせて高所から落ちた瞬間。意識を失うほどの重傷を負ったとき。助かった人のなかには、「幼いころからの出来事が一度に押し寄せた」と話す人がいる。「昔の場面が順番を無視して現れた」と語る人もいる。日本語では、こうした体験をひとまとめにして「走馬灯が見えた」と表現することが多い。 ただし、走馬灯は医学上の単一の症状名ではない。生命の危機

薄暗い部屋で自分の顔をじっと見ていると、輪郭がゆがみ、目や口が消え、ついには知らない人の顔に見えてくることがある。ネット上では「鏡の中の自分と入れ替わる」「三時間見続けると戻れなくなる」と語られる現象だが、鏡の向こうに別人が潜んでいる証拠はない。 一方、変化を感じる体験そのものは作り話ではない。低照度で鏡を凝視する実験では、健康な参加者の多くが自分の顔の変形

眉間の奥に眠る「第三の目」を開けば、霊視、直感、テレパシーが目覚める。水道水のフッ化物で石灰化した松果体を浄化すれば、本来の能力を取り戻せる。こうした話は、瞑想や健康情報の世界で広く流通している。 頭のほぼ中央に松果体という器官があることは事実である。光と暗闇の周期を受け取り、夜にメラトニンを分泌する重要な内分泌器官だ。加齢などに伴って石灰化が画像に写ること

展示ケースの向こうにいるのは誰なのか 皮膚を取り除き、筋肉や神経、血管まで見えるように処理された人体標本。走る姿勢を取るもの、ボールを投げるもの、胎児を宿した妊婦の姿を示すものまである。 こうした展示を前にすると、精巧さに驚く一方で、どうしても一つの疑問が残る。 この人は、生前、自分の身体が大勢の観客に見られることを本当に承知していたのだろうか。 人体標本展

山盛りの丼を何杯も平らげて、食後もすらっと細いまま。大食い番組や動画を見ていると、必ず解説が付いてくる。「胃が別の場所まで伸びている」「食べ物を吸収しない体質だ」「褐色脂肪が全部燃やしている」。なかには一度に数キロ食べて、それでも毎日同じ体形を保つ人もいるらしい。 でも、画面に映る一食だけでは、その人の一週間の摂取量も活動量も健康状態も分からない。体重は一回

頭を打った後に、突然ピアノが弾ける。眠りに落ちる瞬間、頭の中で爆発音がする。重い認知症の人が、亡くなる前に家族と会話を交わす。こうした現象は「現代科学にも解けない人体の謎」として、一つの棚に並べられやすい。 けれども、十の現象は同じ意味で未解明なのではない。臨床で知られた症候群、発生機序の一部が研究中の現象、少数の症例報告、原因名を誤って付けられた火災までが

目が覚めているのに、体だけが眠っている 深夜、ふいに意識が戻る。天井もカーテンも見えている。隣の部屋の生活音まで聞こえるのに、指一本動かせない。助けを呼ぼうとしても声が出ない。 胸の上に重いものが乗っている。部屋の隅に誰かが立っている。耳元で足音や囁きがする。逃げなければと思うほど呼吸が浅くなり、時間が異様に長く感じられる。 やがて指先が動く。体を起こすと、

眠りに落ちる瞬間、頭の中で爆発音がする 布団に入り、意識が遠のき始めた瞬間だった。 耳元で風船が破裂したような音がする。金属板を叩いたような衝撃、雷鳴、ドアを蹴破る音。頭の中で爆弾が爆発したと思う人もいる。 驚いて飛び起き、家の中を確認しても、物は倒れていない。家族は眠ったままで、近所にも異変はない。痛みはない。それでも、音は夢よりはるかに現実的だった。 こ

ないはずの手が、握りしめられて痛む 事故や病気で腕を失った後も、その手がまだあるように感じることがある。頭では無いと分かっていても、感覚のほうが納得してくれない。 指が曲がっている。手のひらがかゆい。足先が冷たい。もう存在しないはずの部分の位置や形が、はっきり分かる。 やっかいなのは感覚だけで終わらない場合で、強い痛みになる人もいる。焼ける、締めつけられる、

「5」は赤く、「水曜日」は青い 紙に黒い数字の「5」が印刷されている。それを見た瞬間、赤を感じる人がいる。 インクが黒いことは本人にも分かっている。それでも、5には昔から同じ赤が伴う。隣にある「2」は黄色、「8」は深い青。曜日にも人名にも、それぞれ固有の色が割り当たっている。 音楽を聴くと色や形が現れる人もいる。トランペットは橙色の三角、低いピアノ音は濃紺の

目を閉じても、リンゴが見えない 「赤いリンゴを思い浮かべてください」 多くの人は、頭の中に丸い輪郭や赤い色を思い浮かべる。実物を見るほど鮮明ではなくても、葉、つや、切った断面まで描ける人もいる。 ところが、何も見えない人がいる。リンゴが赤く、丸く、甘いことは知っているし、絵だって描ける。しかし、目を閉じた内側には暗さしかない。 このように、意図して視覚的な心

家族の顔が、分からない 駅で手を振っている人がいる。近づいて声を聞き、ようやく母親だと分かる。 職場の同僚が髪型を変えると、廊下ですれ違っても気づけない。映画では登場人物の顔を見分けられず、服が変わるたび誰の場面か分からなくなる。 目は見えている。顔に目、鼻、口があることも分かる。年齢や表情をある程度読める人もいる。それでも、その顔が誰のものかを識別できない

初めての場所なのに、前にも来た気がする 旅行先のカフェへ入った瞬間、場面のすべてが以前と同じだと感じる。 窓際に座る友人。外を通る自転車。店員がカップを置く音がする。次に友人が何を言うかまで知っている気がする。 だが、この町を訪れたのは初めてである。記憶をいくら探しても、いつ、どこで経験したのか思い出せない。 この強い既視感をデジャヴと呼ぶ。フランス語で「す

部屋が遠ざかり、自分の手だけが巨大になる 夜、子どもが突然泣き出す。 「お母さんの顔が小さくなった。部屋がすごく遠い」 自分の手は風船のように膨らみ、天井が頭のすぐ上まで下がってくる。時計の音が異様に速く、数分が何時間にも感じられる。 目をこすっても、物の大きさは戻らない。本人は、実際の母親が縮んだわけではないと分かっている。それでも、見える世界と身体の感覚

朝起きたら「外国人の話し方」になった、という現象 脳卒中や頭部外傷の後、話し方が以前と変わり、周囲から外国語なまりのように聞こえることがある。医学では外国語様アクセント症候群、英語では foreign accent syndrome と呼ばれる。 本人が知らない外国語を突然話せるようになる現象ではない。使っているのは、それまでと同じ母語の単語と文法である。変

「私は死んでいる」という言葉を比喩だと決めない 「自分はもう死んでいる」「心臓も胃もなくなった」「身体が腐っている」「世界そのものが存在しない」。人がこうした確信を持つ。そして、訂正する説明を受け入れられなくなることがある。コタール症候群、またはコタール妄想と呼ばれる状態である。 気分の落ち込みを「死んだようだ」と表現しているのとは違う。本人にとっては現実の

顔は分かるのに「この人ではない」と感じる 毎日会ってきた配偶者の顔が目の前にある。名前も関係も説明できる。それなのに、本人ではなく、そっくりに作られた偽物だと確信する。カプグラ症候群、より正確にはカプグラ妄想と呼ばれる症状である。 単に顔を思い出せないのではない。外見の一致を認めながら、同一人物であることを否定し、「入れ替えられた」という説明を作る。偽物は一

眠りと覚醒の境目で、身体だけが動き出す 夜中に起き上がり、部屋を歩き、扉を開ける。声をかけると目は開いているのに、受け答えがかみ合わない。翌朝になると、本人は何も覚えていない。 夢遊は、睡眠中に起きる異常な行動をまとめたパラソムニアの一つである。睡眠時遊行症とも呼ばれ、深いノンレム睡眠から不完全に目覚める過程で起こる。脳全体が完全に眠ったまま身体だけが自動操

生還した人が語る、現実以上に鮮明な記憶 心停止、重い外傷、出血、窒息。そうした状態から回復した人が、生命の危機にあった間の体験を語ることがある。身体から離れて上から見た、暗い通路を進んだ、光に包まれた。亡くなった家族と会った、人生の場面が一度に現れた。こうした報告は臨死体験と呼ばれる。 全員が同じ順番を経験するわけではない。静けさや安堵ばかりでもない。恐怖、

長く会話できなかった人が、ふいに名前を呼ぶ 重度の認知症で言葉がほとんど出ず、家族を見分ける反応も乏しくなっていた人がいる。その人がある日、目の前の相手の名前を呼び、昔の出来事を話す。数秒か数分後には、再びいつもの状態へ戻る。 家族や介護者は、こうした出来事を古くから語ってきた。研究の世界では近年、予期せぬ明晰、明晰エピソード、逆説的明晰といった言葉で扱われ

「効く」と思うだけで、痛みは変わるのか 同じ成分の注射でも、強力な鎮痛薬だと説明された人は痛みが軽くなる。効果がないかもしれないと伝えられた人は、変化を感じにくい。注射器の中身は、どちらも同じものだ。 薬を飲んだ直後、まだ吸収される前から楽になる。副作用の一覧を読んだ後、偽薬なのに頭痛や吐き気が起こる。どっちも、順番としては妙な話に見える。 良くなる方向をプ

教室で一人の生徒が吐き気を訴えた。その後、隣の生徒も頭痛を感じ、やがて何十人も息苦しさやめまいで運ばれる。工場で異臭がしたという声が上がると、離れた部署にまで咳やしびれが広がる。検査を重ねても、全員の症状を説明する濃度の毒物や感染源は見つからない。 こういう集団発生の一部は、集団心因性疾患、または集団社会性疾患と呼ばれる。英語の mass psychogen

傷がないのに、血が流れる 額から赤い汗がにじむ。目に傷を負った様子もないのに、赤い涙が頬を伝う。 映画や怪談なら、不吉な予兆や呪いの場面として描かれる。宗教的な文脈では、聖痕や奇跡と結びつけられてきた。 だが、医学文献にも「血の汗」「血の涙」と呼ばれる症例は存在する。 血汗はhematidrosisまたはhematohidrosis、血涙はhemolacri

深夜、隣から長いうなり声が聞こえる 眠りについた人が、深く息を吸う。 次の瞬間、吐く息に合わせて「うううう……」と低い声が長く続く。苦しそうな声は数秒からさらに長く伸び、いったん止まると、また深く息を吸って繰り返す。 声を出している本人は、朝になっても覚えていない。 同じ部屋で眠った家族や旅行仲間だけが、「悪夢を見ていた」「息が止まりそうだった」「泣いていた

家具は無傷、人間だけが灰になる夜 火事で人が亡くなることは珍しくない。だが、周囲の家具や新聞紙は無傷のまま、人間の体だけが骨まで灰になって消え去るとしたらどうだろうか。しかもその足だけが、まるで最初から燃える予定などなかったかのように、きれいな靴を履いた状態で残っているとしたら。 これが「人体自然発火現象(Spontaneous Human Combusti

恐怖は本当に髪の色を奪うのか 処刑台に上る前夜、鏡に映った自分の姿に絶句する。昨日まで艶やかだった黒髪が、朝には雪のように真っ白へと変わり果てていた。この「一夜白髪」の物語は、洋の東西を問わず語り継がれてきた恐怖伝承の定番である。 人間が極度の恐怖や絶望に直面したとき、体そのものが老いを一気に先取りしてしまう。そんな発想は、単なる作り話として片付けるにはあま

墓の下で、自分の心臓が止まる音を聞いた男 墓に埋められた人間が、何年も経ってから生きたまま自分の村に戻ってくる。しかも本人はこう語る。意識を保ったまま埋葬され、地面の下で自分の心臓が止まっていく音を聞いていた、と。ハイチのヴードゥー文化に伝わる「ゾンビ化」の恐怖は、ここから始まる。 ハリウッド映画が量産してきた、腐敗した死体が徘徊するあのゾンビとは別物だ。ハ

笑いが止まらないまま死ぬ病が、この世にひとつだけある 「笑いながら死んでいく」という表現がふさわしい病が、世界にひとつだけ存在する。舞台はパプアニューギニアの高地、深い霧に覆われたジャングルの奥地だ。そこに暮らしていたフォレ族という民族を、20世紀半ばに静かに、しかし確実に滅ぼしかけた奇病こそクールー病である。 この病の恐ろしさは、単に死に至るという点にある

打撲ひとつで、筋肉が骨に変わっていく 打撲、捻挫、ちょっとした注射。誰もが日常で経験するような、ささいな身体の刺激だ。それがそのたびに、筋肉を石のように硬い骨へと変えていく。動かせる関節は少しずつ減っていき、最後には瞬きと呼吸、そしてわずかな表情筋だけが残される。 これは架空の呪いの話ではない。進行性骨化性線維異形成症、通称FOP。英語圏では「Stone M

「人間の骨は206個」。保健体育か理科の授業で、誰もが一度は暗記させられた数字だ。ところが一方で、「赤ちゃんの骨は約300個ある」という話もよく聞く。この二つを並べた瞬間、妙に不穏な疑問が浮かぶ。赤ちゃんから大人になるまでに、体からおよそ100個もの骨が「消えて」いるのか。 この雑学がSNSやまとめサイトでたびたびバズるのは、知識として面白いからだけじゃない

痛くない。それは平気なのではなく、壊れているということだ 想像してほしい。あなたの三歳の子どもが、庭に置いてあった高圧洗浄機のノズルに手のひらを押し当てて、水ぶくれと火傷でぐずぐずになった皮膚を、泣きもせずニコニコしながら見せてくる光景を。あるいは、あなたの息子が真夏の炎天下、素足でアスファルトの上を何十分も歩き続け、足の裏の皮がめくれて肉が見えているのに、

夜だけを生きる病――ある女性患者の告白 太陽の光を浴びると皮膚が焼けただれ、水疱ができ、やがて瘢痕となって顔や手の皮膚を醜く変形させていく。歯茎が痩せて後退し、犬歯だけが異様に長く目立つようになる。皮膚は蒼白を通り越して土気色になり、尿は太陽に当たった後にどす黒い赤茶色に変わる。そんな症状を抱えたまま、日が沈んでからしか外を歩けない人生を送ってきた人々が、現

「小さな狼」と呼ばれた少年――メキシコ・ヘスス・アセベド一家の物語 メキシコに、家族から「チュイ」の愛称で呼ばれる男性がいる。ヘスス・アセベド、通称チュイ・アセベド。彼は生まれたときから、顔と全身を長く黒い毛で覆われていた。 物心つく前から近所の子どもたちに「オオカミ小僧」と囃し立てられ、学校へ通う道すがら好奇の視線と嘲笑にさらされ続けてきた。地下鉄に乗れば

見世物小屋の「ツリーマン」――デデ・コスワラという生涯 インドネシア・西ジャワ州の貧しい村に、デデ・コスワラ(1971年―2016年)は生まれた。若い頃は建築業や狩猟で家族を養う、ごく普通の青年だった。18歳で結婚し、やがて息子二人と娘一人を授かる。まあ、ここまでは普通の村の若者の暮らしだ。 しかし彼の身体では、幼少期の小さな怪我をきっかけに、人生を根底から

病院の待合室で告げられた、あり得ない検査結果 スイス・ジュネーブ。ある少年が10歳のとき、ごく普通の入院検査で採血をした。ただの血液検査のはずだった。ところが検査室から戻ってきた技師の顔色は、明らかにおかしかった。「もう一度、採らせてもらえますか」。そう言われて再検査になった。何度採っても、結果は同じだった。少年の血液には、Rh式血液型を構成するはずの抗原が

生活保護の申請窓口で始まった悪夢 2002年、アメリカ・ワシントン州でのことだ。3人の子どもを育てるシングルマザー、リディア・フェアチャイルドは、生活が苦しくなり、生活保護(福祉給付)を申請することにした。手続きの一環として、子どもたちの実の親であることを証明する必要があった。どこの役所にもありそうな、ただの書類仕事に見える。 彼女と当時の交際相手ジェイミー

ウェールズの寒村に現れた「奇跡の少女」 1857年5月12日、ウェールズ南西部カーマーゼンシャーの農家で、サラ・ジェイコブという女の子が生まれた。父エヴァンと母ハナのジェイコブ夫妻にとって、彼女は特に変わったところのない、ごく普通の娘だった。 ところが1867年2月、10歳になったサラは突然重い病に倒れる。高熱と痙攣を伴う発作の末に昏睡状態に陥り、周囲が生死

3.77キロで生まれた子が、なぜ止まらなくなったのか 1918年2月22日、アメリカ・イリノイ州オールトン。ハロルド・ワドローとアディ・メイ夫妻のもとに、第一子が生まれた。体重3.77キロ、どこにでもいる平均的な新生児だった。この子がやがて「人類史上、疑う余地のない医学的記録がある中で最も背の高い人間」になる。そんな未来を、このときは誰も想像していなかった。

一人の女性が、路上で踊り始めた 1518年7月14日、神聖ローマ帝国の自由都市ストラスブール。夏の午後、この街のある通りで、一人の女性が突然、自宅の前で踊り始めた。記録にはトロフェア夫人(Frau Troffea)という名で残っている。 音楽は鳴っていない。伴奏もなければ、祭りの気配もない。それでも彼女は、まるで何かに憑かれたかのように腰を振り、足を踏み鳴ら

一人の女王から始まった、見えない呪い 1837年、18歳でイギリス女王として即位したヴィクトリアは、9人の子をもうけた。その子どもたちをヨーロッパ各国の王侯貴族へ次々と嫁がせ、後世「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるまでになった。しかし彼女は同時に、決して意図しなかったもう一つの「遺産」も、ヨーロッパ中の王家に残すことになる。 それが血友病である。血友病は、血液を

1862年、イギリス中部の工業都市レスター。貧しい靴下職人の家に、一人の男の子が生まれた。この赤ん坊がのちに世界中で「エレファントマン」と呼ばれることになる。 ヴィクトリア朝ロンドンの上流階級から王族までもが、彼のために涙することになる。そんな未来を想像していた者は、当時ひとりもいなかった。男の子の名前は、ジョセフ・ケアリー・メリックといった。 彼の27年間

「1980年2月5日火曜日から、私はすべてを覚えています」。カリフォルニアに暮らす一人の女性が、研究者にそう告げたのは2000年のことだった。名前はジル・プライス。当時34歳だった彼女は、14歳のあの日を境に一変していた。 自分の身に起きたほぼすべての出来事を、鮮明に思い出せるようになっていたのだ。その範囲は日付と曜日、その日の天気やニュース、着ていた服の色

ある夜、目が覚めたまま二度と眠れなくなるとしたら。そんな悪夢のような病が、この世に実在する。致死性家族性不眠症、英語でFatal Familial Insomnia、通称FFI。 発症するとまず眠れなくなる。やがて完全に眠りを失う。そして眠らないまま、数ヶ月から数年のうちに死に至る。 しかも本人の意識は、はっきりしたままだ。思考力を保ったまま、身体のほうだけ

太陽の光を浴びるだけで、皮膚が焼けただれる。そしてやがて、皮膚がんへと変わっていく。まるで吸血鬼伝説がそのまま現実になったかのような遺伝病だ。それが色素性乾皮症(Xeroderma Pigmentosum、通称XP)である。 患者たちは昼間の外出をほぼ完全に断念し、夜になってから外に出る生活を強いられる。だから世界各地で「ムーンチャイルド(月の子供たち)」あ

生まれたときは普通の赤ちゃんだった。それが1歳を過ぎる頃から、髪が抜け、身長の伸びが止まる。皮膚が薄くなり、関節がこわばっていく。10歳になる頃には、外見も体内の血管も、80代の高齢者とほとんど変わらない状態になってしまう。 これが早老症プロジェリアの現実だ。正式名称はハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、略してHGPSという。世界でも数百人しか患

目が覚めたら、見知らぬ部屋のベッドの上にいた。時計を見ると、最後に記憶している時刻から丸一日以上が経過している。着ている服は自分の趣味とは思えないし、財布の中には買った覚えのないチケットの半券が入っている。手帳を開くと、自分の字とは明らかに違う、丸っこい幼稚な文字で「またやったね」とだけ書かれている――。これは怪談でもホラー映画の導入でもない。解離性同一性障

クレア・シルビア――ドナーの名は「ティム・L」 物語の起点は1988年5月、アメリカ・コネティカット州のイェール・ニューヘブン病院に遡る。原発性肺高血圧症を患い、余命宣告まで受けていたバレエダンサーがいた。名前をクレア・シルビアという。彼女はこの病院で、心臓と肺を同時に移植する大手術を受けた。 では、その心臓は誰のものだったのか。ドナーは交通事故で亡くなった

痒みに耐えかねて肌を掻く。すると傷口から、色とりどりの細い繊維がにょろりと出てくる。医学的には存在しないはずの症状だ。それを世界中で数万人が「自分の身に起きたこと」として訴え続けている。 それが「モルジェロンズ病(モルゲロンズ病)」だ。皮膚科医の多くは、これを精神疾患の一種として片付ける。ところが患者たちは、断固としてそれを拒否した。そしてインターネット上に

頭部外傷の後に現れた音楽 2006年、米国コロラド州に暮らすデレク・アマトは、友人宅のプールに飛び込み、頭を強く打った。本人の回想や後年の取材記事によれば、事故後には頭痛、記憶の問題、聴覚の変化などが残った一方、ピアノに向かうと、それまでとは異なる仕方で旋律を弾けるようになったという。 彼は、目を閉じると白黒の小さな四角形が流れるように見え、その並びを音とし

自分の手なのに、自分の命令で動かない 片方の手が、本人の意思に反して物をつかむ。服のボタンを留めた直後、もう一方の手が外してしまう。料理中に道具へ伸び、制止しようとすると抵抗する。こうした動きが単なる震えや筋肉のけいれんではなく、目的をもつ行為のように続き、本人が「自分で動かしている感覚」を失う状態は、エイリアンハンド症候群と呼ばれる。 日本語では「他人の手

深夜、自分の左手が自分の首を絞めていた 想像してほしい。ベッドで眠っていたあなたが、息苦しさで目を覚ます。喉に強い圧迫感がある。何が起きているのか分からないまま、視線を動かす。 自分の左手が、自分の首にしっかりと巻きついて力を込めている。慌てて右手でその手を引き剥がそうとする。だが、まるで他人の手であるかのように抵抗してくる――。これはホラー映画の一場面では

メナム川で「奇妙な生き物」と間違われた少年たち 1824年、シャム(現在のタイ)を流れるメナム川。スコットランド商人ロバート・ハンターは、水面で泳ぐ二人の少年を目撃した。最初は「見たこともない奇妙な生き物」だと思い込んだという。 近づいてよく見ると、それは胸のあたりでつながった、生きた双子の少年たちだった。彼らの名はチャンとエン。まあ、遠目には無理のない見間

脳死と告げた直後、その腕がゆっくり持ち上がった 集中治療室のベッドに、一人の患者が横たわっている。脳波は完全に平坦化していた。瞳孔は光に反応せず、脳幹反射もすべて消失している。医師は所定の検査をすべて終え、家族に「脳死」を告げた。 あとは人工呼吸器を外す準備を進めるだけだ。そのときだった。遺体となったはずの患者の両腕がゆっくりと持ち上がり、まるで自ら十字を切

ヘリコプターで見た街を、三日で紙の上に蘇らせる男 2005年5月、東京上空。一機のヘリコプターに乗った英国人男性が、ただ黙って窓の外を見つめていた。写真は一枚も撮らないし、メモも取らない。都市の輪郭を、ビルの窓の数を、道路の曲がり方を、目という名のスキャナーで焼き付けていくだけだ。 飛行時間はわずか数十分だった。ところが数日後、彼はホテルの一室で幅10メート

序章――誰もいないはずの居間に、猫と見知らぬ子供が座っている 18世紀のスイス、ジュネーヴ。老貴族シャルル・リュランは、白内障の進行によって両目の視力をほとんど失っていた。ある日、彼は自宅の居間に一匹の猫がちょこんと座っているのを目にする。ところが、その家に猫は一匹も飼われていなかった。 数日後には、机の上にあるはずのない一輪の花が見え、やがて見知らぬ男女や

知らない町でふと我に返り、そこへ来るまでの記憶がない。映画ならここから謎解きが始まるところだ。ただ、精神医学にも、これに近い状態を扱う言葉がちゃんとある。「解離性遁走(フーグ)」だ。 ただし、突然いなくなった人や記憶が曖昧な人を、外から見てそう呼べるわけではない。似た状態はほかの病気や事故でも起こりうる。だから、物語と診断はきちんと分けて考える必要がある。

子どもを病院へ連れていき、かいがいしく世話をする保護者。その姿だけを見れば、献身的な家族に見える。ところが、検査結果と説明がどうしてもかみ合わない。症状が保護者の前でだけ起きたり、病院を移るたびに話が変わったりする。 かつて「代理ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれた問題は、こうした不自然さの奥を扱う。養育者が子どもの病気を作り出す行為が隠れている場合だ。 古い

前の晩まで普段どおりに過ごしていた人が、眠ったまま亡くなる。残された家族にとっては、別れの時間も理由をのみ込む時間もない。「ぽっくり病」という言葉は、そんな突然死を語る場面で長く使われてきた。ただし、これは一つの病気を指す正式な診断名ではない。響きの強い俗称の下に、原因の異なる死がまとめられてきた。 「ぽっくり病」は一つの診断名ではない この呼び方は、働き盛

グリム童話のラプンツェルは、塔から長い髪を垂らす。医学で使われる「ラプンツェル症候群」も髪に関係する。ただ、童話のような話ではない。飲み込まれた毛髪が胃の中で塊になり、その一部が小腸側へ長く伸びた状態を指す。 珍しい症例なので、驚きのニュースとして紹介されやすい。だが中心にあるのは毛の塊の奇怪さではなく、身体の問題と心の問題が重なった患者の苦痛である。 毛髪

二人で暮らすうちに、片方が抱く「誰かに狙われている」という確信を、もう片方も共有するようになる。郵便の遅れも、隣家の物音も、テレビの言葉も、すべて同じ筋書きの証拠に見えてくる。かつて「フォリ・ア・ドゥ」と呼ばれたのは、密接な関係にある人々の間で、妄想が共有されるように見える現象だった。まあ、順を追って見ていこう。 「二人の狂気」という歴史的な名称 フォリ・ア

「人食いバクテリア」という言葉を聞くと、未知の細菌が肉を食べながら進む姿を想像してしまう。けれど、これは正式な菌名でも病名でもない。重い細菌感染症を報じるときに使われてきたメディア上の呼び名だ。実際の医療では、劇症型溶血性レンサ球菌感染症や壊死性筋膜炎など、病態を区別して扱う。 一つの菌や一つの病気を指す言葉ではない 劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、レンサ球

映画や雑誌で見たパリと、実際に歩くパリは同じじゃない。地下鉄は混むし、言葉は通じない。店員の受け答えひとつに戸惑うこともある。 旅先の疲れと孤独が重なって、心身の調子を大きく崩す人もいる。そうした一部の事例を説明する言葉として広まったのが「パリ症候群」だ。パリへ行くと日本人だけが発症する、独立した病気という意味じゃない。そこは先に押さえておいてほしい。 パリ

蓮の花托や蜂の巣のように、小さな穴がまとまった模様を見ると、ぞわっとする。怖いというより、皮膚がむずむずして目をそらしたくなる。そんな反応を表す言葉として「トライポフォビア」、日本語では「集合体恐怖症」という呼び名が広まった。多くの人が知る言葉になったが、現在のところ、独立した正式な精神疾患の名称ではない。 ネットから広まった新しい呼び名 トライポフォビアは

腹部の画像検査で、骨のような構造を含む塊が見つかり、手術で取り出すと、脊椎や手足を思わせる組織が並んでいる。「胎児内胎児」は、そんなごく珍しい先天性の状態につけられた医学用語だ。ニュースでは「体内で双子が育った」と表現される。でも、独立して生きる胎児が長年成長していた、という意味じゃない。 名前の圧が強すぎる。字面はほとんど怪談。それでも実像は、画像と手術の

「狼に育てられた子ども」という話は、昔から人を引きつけてきた。四つ足で走り、生肉を食べ、人の言葉を話さない。だが、「野生児」とひとまとめにされた記録を読むと、話はそう単純ではなくなる。動物に育てられたという伝説、森で孤立していた子ども、家庭内で長期間隔離された被虐待児が混在している。どれも同じ現象ではない。 「野生児」という言葉が隠してしまうもの 一般に野生

深夜二時。台所から音楽が聞こえてくる。誰もいないはずの台所からだ。しかも曲がまた妙に懐かしい。子どもの頃に教会で歌わされた讃美歌だったり、小学校で習った童謡だったり、若い頃にさんざん聞かされた軍歌だったりする。同じところが何度も何度も繰

##湖の上に建った家で、家族の全員が踊っていた一九七九年七月、ベネズエラ北西部。マラカイボ湖の水面から杭を何本も立てて、その上に板を渡して建てた家がある。壁はトタンと板の継ぎはぎ。床の隙間から下を覗くと、緑がかった濁った水がゆっくり揺れ

冷蔵庫の製氷皿を、一日に何度も空にする人がいる。庭の土を、わざわざ深いところから掘り出して、天日に干して、少しずつ口に運ぶ人がいる。トイレットペーパーを一巻き、誰にも言わずに食べてしまう人がいる。硬貨を、剃刀の刃を、スプーンの柄を、次か

きみの尾てい骨は、ただの飾りじゃない。そこには、かつて本当に尻尾だったものの残骸が埋まっている。埋まっているというか、正確には「引っ込んだ」だけだ。骨盤の底にひっそりと丸まって、内臓が股の間から落ちないように支える床板の、その留め具にな

##夜中に扉が蹴破られる音から、この話は始まるまず一つ、頭のなかに絵を描いてみてほしい。タンザニア北西部、ビクトリア湖のほとりにある小さな村だ。電気は来ていない。夜は本当に真っ暗になる。土壁と波トタンの家のなかで、母親と子どもが同じ寝床

顔って、たぶん人間の体でいちばん「その人そのもの」に近い部品だ。心臓は動いていることを他人に見せない。腎臓にいたっては、自分でも位置をよく知らない人のほうが多い。でも顔は違う。朝起きて洗面所で見る。写真に写る。免許証に貼られる。名前を呼

##石鹸になった女が、ガラスの向こうで口を開けているフィラデルフィアのミュター博物館に、ずっと同じ姿勢で寝ている女性がいる。仰向けで、両腕は体の脇。顔は上を向いていて、口が開いている。あくびの途中で時間が止まったみたいな顔だ。灰色がかっ

いきなりだけど、こういう話をする。あなたの隣を歩いている誰かが、あなたには絶対に見えない色を見ている。しかもその人自身、自分が余計に見ていることに気づいていない。生まれてからずっとそうだったからだ。比較対象がない。だから気づきようがない

1726年の秋、イングランド南部のちっぽけな町で、ひとりの貧しい女が「ウサギを産んだ」と言い出した。普通なら村の噂話で終わる。終わらなかった。噂はギルフォードの外科医を動かし、ロンドンの医学界を動かし、最後には国王ジョージ1世の侍医まで

テレビを見ているのは片方だけ。なのに目を閉じたもう片方が、画面の中身を言い当てる。カナダのある家の居間で、それは日常の風景だった。##目を閉じたまま、妹はテレビの中身を言い当てたまずこの一場面から入りたい。カナダ西部、ブリティッシュコロ

パリの社交界に、こういう噂が流れた時期がある。あの家の令嬢は、悪魔に取り憑かれている、と。話しているとき、いきなり言葉が途切れる。そして本人の口から、彼女が絶対に使わないはずの、最下層の罵り言葉が飛び出す。 言い終わった瞬間、彼女は真っ

##テネシーの森には、番号を振られた人間が置いてあるまず、匂いの話からしたい。アメリカ・テネシー州ノックスビル。大学病院の裏手に、有刺鉄線を巻いた金網のフェンスに囲まれた雑木林がある。広さはだいたい三エーカー弱。日本の感覚だと、小学校の

##まず、痛みの物差しの話から始めさせてくれ痛みって、比べられないと思ってないだろうか。おれもそう思ってた。でも医療の世界には、痛みを言葉で測ろうとした人たちがいる。カナダのマギル大学のロナルド・メルザックとウォーレン・トーガーソンが一

心臓が止まって2時間35分。体温13.7度。脈もなければ呼吸もない。瞳孔は開ききって、光を当ててもぴくりとも動かない。どこからどう見ても死体だ。それでもノルウェー北部の病院の医者は、その体をストレッチャーから下ろしながらこう言った。温か

1860年3月、モスクワ。25歳の女性が死んだ。出産から5日後だった。産まれた男の子は、その前にもう死んでいる。生きたのはたった36時間ほど。ふつうなら、ここで話は終わる。悲しいけれど、19世紀にはいくらでもあった話だ。ところが彼女の場

夜中に読むと確実に眠れなくなる話をひとつしたい。頭部移植だ。首から下を丸ごと取り替えるという、あの話。まず言っておくと、これはネットの怪談じゃない。学術誌に論文が載り、医学会の壇上で実物が披露され、写真週刊誌が誌面を割いて、国家が予算を

##最初は、ただ「字が下手になった」だけだった六十八歳の男性がいたとする。名前は仮にKさんとしておく。ここに書くのは、日本と欧米で積み上げられた孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病の典型的な経過を、一人の人物にまとめ直したものだ。特定の誰か

##眠れない夜、うなじの唇が動きはじめる想像してほしい。真夜中、蝋燭が一本だけ灯った寝室。若い男がベッドに横になっている。顔立ちは整っている。ギリシャ彫刻みたいだ、と当時の記録は書いている。でも彼は仰向けにならない。絶対にならない。うつ

氷の中で1時間52分。凍った湖の下を57メートル泳ぎ、短パンひとつで北極圏のハーフマラソンを走り抜けた男がいる。名前はヴィム・ホフ。オランダ生まれ、通称アイスマン。彼の言い分はいたってシンプルだ。人間の自律神経は、意識で操れる。医者が「

1922年9月12日、ニュージャージー州ニューアークで、24歳の女性が死んだ。名前はアメリア・マジア。みんなは彼女をモリーと呼んでいた。死因欄には「梅毒」と書かれた。嘘だ。彼女を殺したのは、勤め先で毎日口に含んでいた絵の具だった。暗闇で

スウェーデン中部、ホルンダルという小さな町のアパート。真昼なのにカーテンは閉め切ってある。二段ベッドの下段に姉、隣のベッドに妹が寝ている。黒い髪が枕の上に扇みたいに広がっていて、肌つやはいい。頬もこけていない。 ただ、目を開けない。 姉

##その日、診察室にアイスピックが持ち込まれた一九四六年一月十七日、アメリカの首都ワシントンの、ごく普通の診察室。そこに一台の携帯型電気けいれん療法の装置と、台所用品売り場で買えるような細い金属棒が持ち込まれた。患者はサリー・エレン・イ

##一八二二年六月六日、マキノー島の店先で鳴った一発その朝、五大湖のまんなかに浮かぶ小島は、たぶん北米大陸でいちばん人口密度の高い場所のひとつだった。ミシガン湖とヒューロン湖のあいだに突き出したマキノー島。オジブワの言葉で「大きな亀」を

たぶん、あなたが想像している「水を怖がる病気」とはちょっと違う。狂犬病の恐水症は、心の問題じゃない。理屈で怖がっているんじゃないんだ。水を飲もうとすると、あるいは水を見ただけで、喉と横隔膜が勝手に痙攣する。本人の意思とは無関係に、体が勝

##「無害」と刷られた箱が、世界中の玄関に置かれていた1957年10月1日。西ドイツのアーヘン近郊、シュトルベルクという小さな町に本社を置くグリュネンタール社が、一錠の白い薬を売り出した。商品名はコンテルガン。効能は睡眠と鎮静。売り文句

一八四八年九月十三日、午後四時半の岩場 まずは場面から入ろう。バーモント州キャベンディッシュのすぐ近く、ラトランド&バーリントン鉄道の建設現場だ。秋の夕方、日が傾きはじめる時間帯。岩を砕くために穴を掘り、そこへ火薬を詰め、砂をかぶせて、

まずはこの話の重心から。一九五三年の秋口、アメリカ・コネチカット州ハートフォード。二十七歳の男が、てんかんを治すために手術台に乗った。名前をヘンリー・グスタフ・モレゾンという。他に手がなかったというのは本当だ。薬は効かない、仕事にもつけ

この話を初めて知ったとき、一番引っかかったのは「原因不明のまま終わっている」という部分だった。世界中で百万人規模の人間が罹患し、半数近くが死に、生き残った人の一部は何十年も彫像のように固まったままになった。それだけのことをやっておいて、

手術室の照明の下で、摘出されたばかりの袋がステンレスの受け皿に置かれる。大きさは握りこぶしより少し大きいくらい。表面はつるりとしていて、見た目はただの水風船だ。執刀医がメスで壁を切る。中から出てきたのは、黄色い脂の塊と、そこにびっしり絡

パリの南の外れに、ビセートルという名前の巨大な収容施設がある。病院と呼ばれてはいたけれど、実態は貧民と老人と精神を病んだ人と、行き場のない障害者をまとめて放り込んでおく場所だった。十九世紀半ばには数千人が暮らしていたという。ここで一八六

おむつを替えようとした母親が、最初に気づく。布地に、オレンジ色の細かい砂のようなものがついている。砂糖でもない、汚れでもない。指でこすると、ざらっとした結晶の手ざわりがある。病院で聞いても「濃い尿ですね」で終わることが多い。実際そう言わ

自分の左脚を見下ろして、「これは自分の脚じゃない」と思ったことがあるだろうか。たぶんない。普通はない。脚は生まれたときからそこにあって、ぶつければ痛いし、蚊に刺されれば痒い。所有権を疑う機会がそもそも人生に用意されていない。

想像してみてほしい。自宅の台所で、コーヒーを淹れている。背後で誰かが玄関のドアを閉める。バタン、というだけの音だ。近所の子どもが上げた笑い声でもいい。救急車のサイレンでもいい。次の瞬間、足の指が丸まる。ふくらはぎが石になる。それが太も。

太平洋のまんなかに、グアムという島がある。日本からだと三時間半。免税店とビーチとホテルの島だ。そのグアムの南のはしっこ、車で山を越えた先に、ウマタックという小さな村がある。人口八百人にも満たない。湾に面した家が並び、坂の上にスペイン時。

一九三六年十二月七日の午後、シカゴ大学の実験室で、一匹の猿の頭蓋が開かれた。執刀したのは脳外科医パウル・クランシー・ビューシー、当時三十二歳。手術台の上にいたのは「オーロラ」と呼ばれる成体のメスのアカゲザルで、この個体はもともと別の教。

##皿が置かれた瞬間に、その子の首が落ちる北ウガンダ、キトゥグム県のトゥマング村。乾いた赤土の庭にマンゴーの大木が立っていて、その根元に子どもが何人か座っている。母親が家の中から盆を持って出てくる。キビの粥と、豆を煮たやつ。湯気が立って

##黒い角の生えた麦を、彼らは平気で粉にして焼いた10世紀のフランスの村を想像してほしい。夏が終わり、ライ麦を刈り取る。穂のところどころに、黒紫色をした角みたいなものが混じっている。指でつまむと硬い。長さは1センチから4センチくらい。形

##公園のベンチに、その女は座っていた街灯のまばらな夜の公園で、遠くのほうから犬の吠える声が聞こえていた。女はベンチにひとりで腰かけていて、時刻は深夜に近かった。地元の人間なら、治安のよくないその場所に、まずその時間帯に入ろうとは思わな

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