氷の中で1時間52分。凍った湖の下を57メートル泳ぎ、短パンひとつで北極圏のハーフマラソンを走り抜けた男がいる。名前はヴィム・ホフ。オランダ生まれ、通称アイスマン。彼の言い分はいたってシンプルだ。人間の自律神経は、意識で操れる。医者が「無理」と言い続けてきたその一線を、彼は何十回も跨いでみせた。実験室でも、雪の中でも。だけどその輝かしい記録の裏側には、妻の墓と、少なくとも二十人以上の溺死者の名前と、いまも決着していない科学論争が積み上がっている。ここでは、その全部をまとめて見にいく。
氷の棺に沈んだ男が、コーヒーを頼むまで
まずは絵を思い浮かべてほしい。街の広場のど真ん中に、透明なアクリルの円筒が立っている。中には砕いた氷がぎっしり。人がひとり、そこに首まで浸かっている。上半身は裸。短パン一枚。氷の粒が肩に貼りつき、顎のあたりで細かく震えている。周りには数百人の見物人。誰かがスマホを掲げ、誰かが子どもを抱き上げ、誰かが「まだ生きてるのか」とつぶやく。
これがヴィム・ホフの「氷全身接触」記録挑戦の、いつもの光景だった。彼はこの種目でギネス世界記録を十六回も塗り替えている。数字だけ並べても味気ないが、その伸び方が異常だ。2009年1月23日、1時間42分22秒。翌2010年1月、1時間44分。そして2013年、ついに1時間53分2秒。二時間の壁に、指先が届きかけたところまで来ていた。
現場での彼は、あんまり求道者っぽくない。むしろやかましい。氷に入る前に上半身を叩き、ホーッ、ホーッと大声を出し、観客に向かって「オレを見ろ」みたいな顔をする。オランダ語と英語と、たぶん何語でもない音が混ざる。時計が回りはじめると、しゃべる量が減る。三十分を過ぎるあたりで、皮膚が異様に赤くなる。医療スタッフが直腸温を測る。氷水に一時間浸かった人間の深部体温は、普通ならとっくに危険域に落ちている。ところが彼の数字は、しつこく三十六度台に居座り続けた。
そして時間が来ると、彼は自力で氷から出てくる。震えてはいる。歯も鳴っている。それでもニヤッと笑って、記者にジョークを飛ばす。何度目かの挑戦のあと、彼はごく普通の顔でコーヒーを頼んだという。周囲がざわつくのは、その落差のせいだ。低体温症の人間はコーヒーを頼まない。頼めるほどの意識が残っていない。彼は残していた。
ちなみに、この記録はもう彼のものではない。2014年に中国のジン・ソンハオが1時間53分10秒で抜き、2019年にはオーストリアのヨーゼフ・ケーベルルが2時間8分47秒まで押し上げ、いまはポーランドのヴァレリアン・ロマノフスキが3時間台に到達している。ホフが開けた穴に、世界中の変わり者がなだれ込んだかたちだ。彼が本当に作ったのは記録じゃなくて、市場だったのかもしれない。
氷の下を泳いだ日、彼は一度死にかけている
2000年3月16日、フィンランドのペッロ近郊。分厚く凍った湖に二か所の穴が開けられた。距離にして57.5メートル。ウェットスーツなし、フィンなし、酸素なし。ホフはその穴に飛び込み、氷の裏側を見上げながら、もう一つの穴を目指して泳いだ。前年の1999年には50メートルを泳いでいて、今回はその更新だった。
氷の下というのは、想像よりずっと厄介な場所だ。上を見ても白い天井があるだけで、出口の穴は小さく、ちょっと角度を間違えると視界から消える。水温はほぼ零度。角膜が冷やされると視界が濁る。実際この泳ぎで、彼は後半に方向を見失いかけている。
兄弟のマルセルが後年語ったところによると、あのときホフは「やりすぎて意識を失った」。潜る直前に彼は激しい呼吸を繰り返していた。そこがポイントで、のちに彼の名前が刻まれることになる悲劇の型と、まったく同じ組み合わせなのだ。過換気で血中の二酸化炭素を飛ばすと、息苦しさの警報が鳴らなくなる。警報が鳴らないまま酸素だけが尽きていくと、人は予告なく落ちる。浅い水でのブラックアウトと呼ばれる現象で、経験豊富な泳者ほど引っかかる。彼はこのとき、たまたま助かった側にいた。
なお、この氷下遊泳の記録も、いまは彼のものではない。チェコのダヴィド・ヴェンツルが80メートル超まで伸ばしている。
裸足で、雪の上を、二時間十六分
2007年1月26日、フィンランドの北極圏。気温は氷点下二十度から三十度。ホフは短パン一枚、上半身裸、そして裸足でスタートラインに立った。距離はハーフマラソン、21.0975キロ。
沿道の人間は防寒着でパンパンに膨らんでいる。その中を、素足の男が走っていく。足裏が雪を踏むたび、キュッという音がする。序盤は勢いがいい。中盤で明らかにペースが落ちる。足の感覚が消えていく。彼は途中、意識を保つために大声を出していたという。
ゴールタイムは2時間16分34秒。彼は完走した。そして両足に二度の凍傷を負った。医師団は足を診て顔をしかめた。「勝った」と「壊れた」が同時に起きた日だった。
面白いのは、ギネス世界記録の看板をあれだけたくさん掲げてきた彼が、いま公式に保持している記録は、実質これ一本だという指摘があることだ。彼自身や周辺は「二十一個」「二十六個」といった数字を口にしてきたし、公式サイドが十八タイトルと数えた時期もある。ただ、記録というものは基本的に破られるためにある。破られれば当然、手元からは消える。彼の肩書きの数え方をめぐるこのズレは、後述する批判の伏線にもなっていく。
エベレストとキリマンジャロ、そして水なしのマラソン
2007年、彼はエベレストに短パンと靴だけで挑んだ。標高七千二百メートル付近まで上がったところで、足の負傷により断念している。ここは誤解が広まりやすいところで、「上半身裸でエベレスト登頂」という話が独り歩きしがちだが、頂上には立っていない。
2009年2月、キリマンジャロ。標高五千八百九十五メートルのアフリカ最高峰に、短パンと靴で、しかも二日足らずで到達した。通常の登山者は高山病を避けるため五日から七日かけて登る。彼は駆け上がった。
2009年9月には、ナミブ砂漠でフルマラソンを水なしで走っている。運動生理学者タイス・アイスフォーヘルスの監督下で行われた挑戦だった。氷の男が、今度は灼熱でやる。この振れ幅の大きさが、彼という人間の面白いところでもあり、うさん臭さの源でもある。
2014年末には、二十六人の一般人を引き連れて、四十八時間以内でのキリマンジャロ登頂をやってのけた。全員が薄着だった。ほとんどが登山素人だった。高山病でリタイアしたのはごくわずかだったと伝えられる。この「素人を連れて登る」というやり方が、彼を単なる奇人からビジネスへと押し出していく。
十七歳の冬、公園の運河に飛び込んだ少年
ではこの男は、どこから来たのか。
1959年4月20日、オランダのシッタルト生まれ。カトリックの家庭で、九人きょうだいのひとり。しかも一卵性双生児で、双子の兄弟をアンドレという。この双子の存在が、のちに科学者たちにとって非常においしい材料になる。
十二歳ごろから、彼は妙な方向に興味を伸ばしはじめた。仏教、ヒンドゥー教、先住民の自然信仰、その他もろもろの秘教的な文献。図書館に通い、片っ端から読み漁った。ただ、読んでも何も起きなかったと彼は言う。文字は文字でしかなかった。
転機は十七歳の冬に来る。アムステルダムの公園、凍りついた運河のふち。彼は薄い氷を見て、突然、飛び込みたくてたまらなくなった。理由はなかった。服を脱いで、入った。そして三十秒か一分か、たぶんそのくらいの短い時間のあいだに、本で読んでいた何かが、身体の側から返事をしてきた。彼はそう語っている。以来、彼はほぼ毎日、冷たい水に入る生活を始めた。
この「本ではなく身体が答えた」という原体験が、彼のあらゆる主張の核になっている。彼は理論から入っていない。感覚から入って、あとから理屈を探した。それは彼の強みでもあり、科学者たちを苛立たせる最大の理由でもある。
1995年、八階のバルコニーから
ここから先は、笑って読める話ではない。
彼はアムステルダムのフォンデル公園で、スペイン系の女性と出会っている。名前はマリベル=マリア、通称オラヤ。ふたりは結ばれ、四人の子どもをもうけた。長男エナム、イザベル、ローラ、そして次男ミヒャエル。
オラヤは統合失調症と診断されていた。症状は年を追って重くなった。1995年、スペインのパンプローナで、彼女は八階建ての建物のバルコニーから身を投げて亡くなった。ホフはその場にいなかった。
このあとの十年ほどについて、彼は長いこと語らなかった。のちに周辺取材で明らかになったのは、彼が事実上、子どもたちのそばから離れていた期間があるということだ。当時十五歳前後だった長男エナムが、弟妹にとっての親代わりを引き受けた。父親は山と氷のほうへ行った。
彼が氷に入り続けた理由を「悲しみからの逃避」と単純化するのは乱暴だと思う。彼自身は、冷たい水が痛みそのものを鎮めたと語っている。冷水に浸かっているあいだだけは、頭の中が静かになる。何も考えなくていい。氷は麻酔だった、という言い方を彼はする。妻を失った男が、痛みを消す方法として氷を選んだ。そう考えると、後述する脳画像研究の結果が、妙に生々しく響いてくる。
2008年ごろには、もうひとつ不穏な出来事がある。アムステルダムの公園の噴水で、彼は水流を使って腸内洗浄のようなことをしていて、大腸と腸を穿孔する重傷を負った。次男ミヒャエルが病院へ運んだ。彼は当初「噴水の口が改造されていた」と事故として説明していたが、のちにジャーナリストのスコット・カーニーに対して、あの時期には自分を終わらせたい気持ちがあったという趣旨のことを漏らしている。氷の男の内側は、我々が思うほど無敵ではなかった。
テレビ番組から始まった、メソッドという商品
ヴィム・ホフ・メソッド、略してWHMと呼ばれるものの中身は、突き詰めれば三つしかない。特殊な呼吸、冷たい水、そして集中。彼はこれを「三本柱」と呼ぶ。ここでは具体的な手順は書かない。理由は後半で嫌というほど分かる。
このメソッドが「変人の趣味」から「検証対象」に格上げされた瞬間は、はっきり特定できる。2011年、オランダのナイメーヘンにあるラドバウド大学医療センター。研究者たちが彼を実験台に載せた。氷水に浸かった状態での自律神経系の反応、そして細菌由来の内毒素に対する免疫応答。結果はオランダの国営テレビで2011年4月19日に放送された。国じゅうがひっくり返った。「あの氷の変人、本当に何かやってるらしい」という空気が生まれた。
ここに、長男エナム・ホフが乗ってくる。かつて父の不在を埋めた少年は、実務能力の塊みたいな大人になっていた。彼はイナーファイアという会社を立ち上げ、父の名前とメソッドにまつわる商標を押さえ、オンライン動画講座を軸にした事業を組み立てた。父は看板、息子は経営。この構図が二十年近く続くことになる。
商売としては、これが恐ろしく当たった。ある時期には月に一万本近くの講座が売れ、月商が百万ドル規模に達したと報じられている。会社の評価額は千八百万ドルと伝えられた。世界中に公認インストラクターのネットワークができ、日本にも上陸した。テニスのノバク・ジョコビッチやモデルのミランダ・カーが実践者として名前を出し、シリコンバレーの起業家たちが朝の水風呂を自慢しあうようになった。
書籍も次々に出た。1998年の『沈黙のなかで登る』、2000年の『頂上に達することは恐怖を克服すること』、2012年にジャスティン・ロサレスと組んだ『ビカミング・ジ・アイスマン』、2015年の『コウド・クンストヤ』、そして2020年には大手出版社から『ヴィム・ホフ・メソッド』が出た。映像も豊富で、2015年にはヴァイス制作のドキュメンタリー、2020年にはイエス・セオリーの短編が世界中で再生された。
二十四人に大腸菌の毒素を打った、あの実験
さて、信者と懐疑派の両方が必ず持ち出す、例の研究の話をしよう。
2014年、米国科学アカデミー紀要、いわゆるPNASに一本の論文が載った。タイトルは「ヒトにおける交感神経系の随意的活性化と自然免疫応答の減弱」。筆頭はマティス・コックス、責任著者はペーテル・ピッカース。所属はラドバウド大学医療センター。
デザインはこうだ。健康な若い男性ボランティア二十四人を集める。半分の十二人を、ホフ本人による十日間の訓練プログラムに送り込む。場所はポーランドの雪山。呼吸のトレーニング、冷たい環境への曝露、瞑想的な集中。残る十二人は何もしない対照群として置いておく。
訓練が終わったあと、全員に大腸菌由来の内毒素、いわゆるエンドトキシンを静脈から投与する。これは臨床研究で使われる標準的な「人工的な炎症」の作り方だ。体重一キロあたり二ナノグラム。投与された人間は、たいてい数十分で震え出し、頭痛と吐き気と発熱に襲われる。要はインフルエンザの初日を人工的に再現するわけだ。
結果は、はっきり出た。訓練群は、内毒素を打たれる直前に例の呼吸を行うと、血中のアドレナリンが跳ね上がった。その上昇幅は、バンジージャンプ直前の人間を上回るレベルだったと報告されている。そして抗炎症性のインターロイキン10が対照群より大幅に増え、炎症性のTNFアルファ、インターロイキン6、インターロイキン8が大きく抑えられた。数字で言えば、抗炎症側がおよそ二倍、炎症側がおよそ半減という規模。訓練群のインフルエンザ様症状は、対照群よりはっきり軽かった。
これが何を意味するか。医学の教科書は長らく、自然免疫の応答も自律神経も「随意にはコントロールできない」と書いてきた。この論文は、少なくとも短時間・特定条件下で、その前提にヒビを入れた。免疫学者たちは素直に驚いた。論文の被引用数は跳ね上がり、ホフの名刺には「科学が証明した」という一行が加わった。
で、それは再現できたのか
ここからが本番だ。
まず擁護側から。2019年にはアムステルダムの医療センターが、軸性脊椎関節炎という自己免疫性の疾患を持つ患者を対象に、メソッドを比較的安全に実施できて炎症マーカーが下がったと報告している。赤沈、疾患活動性の指標、カルプロテクチンといった数値が動いた。2015年前後には、期待効果、つまりプラセボ的な思い込みの寄与を検証した追試も出ている。アドレナリンの上昇そのものは、訓練期間の長短やインストラクターが誰かに関係なく、かなり安定して再現された。
問題はその先だ。2023年に公開された系統的レビューは、2014年から2022年7月までに出た九本の論文、八件の試験を洗い直した。結論を要約すると、こうなる。炎症抑制については有望な兆しがある。しかし研究の質が全体として非常に低い。
具体的に何が低いのか。まず被験者数だ。一件あたり十五人から四十八人。この規模で「人類の生理学が書き換わる」と言うのは無理がある。次に偏り。参加者の八十六・四パーセントが男性だった。女性の生理反応が同じである保証はどこにもない。さらに事前登録された研究計画が存在しないケースが多い。そして盲検化がほぼ不可能という構造的な問題。氷水に入れられた人間に「あなたは対照群かもしれません」と信じさせる方法はない。レビューの著者たちは、無作為化比較試験群を「バイアスの懸念が高い」と評価し、コホート研究にいたっては「許容不可能」と切り捨てた。
2024年に出たメタ解析も似た調子だった。アドレナリン上昇を介した炎症低減はありうる。ただし運動パフォーマンスや呼吸パラメータへの効果は一貫しない。そして「質が非常に低いので、すべての結果は慎重に解釈されなければならない」。
そもそも根本的な突っ込みもある。内毒素投与は病気ではない。人工的に炎症を起こして、それを抑えたからといって、実際の疾患が治るとは限らない。炎症を抑えることが常に善だとも限らない。炎症は身体が感染と戦うための機構でもあるからだ。「炎症を意志で下げられる」という発見は、「だから病気が治る」とは何段階も距離がある。
そしてここが一番きな臭いところなのだが、当のピッカースとコックス、つまり彼を有名にした研究者たち自身が、ホフの宣伝文句に公然と警告を発している。関節リウマチ、多発性硬化症、がん。こうした疾患に効くという主張は「科学的に正当化されない」と彼らは言った。ホフはさらに、細菌そのものを中和できるかのような言い方をしたこともあり、そこも訂正されている。研究者に「うちのデータをそんなふうに使うな」と言われる。これは相当に重い。
双子と褐色脂肪、そして「差がなかった」という結論
冷たい環境で人体が熱を作る仕組みとして、いま最も注目されているのが褐色脂肪組織だ。普通の白い脂肪がエネルギーを貯める倉庫だとすると、褐色脂肪は燃やして熱に変える炉に近い。赤ん坊には多く、大人になると減る。ただし寒冷に慣れた人では増えることが知られている。
だからホフの身体には褐色脂肪がわんさかあるはずだ、と誰もが思った。マーストリヒト大学医療センターが調べた。ここで例の双子が効いてくる。一卵性双生児のアンドレは、ホフのような修行を積んでいない。遺伝子はほぼ同一。生活歴だけが違う。理想的な比較対象だ。
結果は肩透かしだった。2014年時点で、ホフの褐色脂肪組織は平均を上回るものではなかったし、双子のアンドレとのあいだにも有意な差は見出されなかった。しかも面白いことに、アンドレのほうも寒冷への耐性が相当に高いことが分かった。つまり「修行の成果」と思われていた部分に、生まれつきの取り分が混じっている可能性が出てきた。
一方で、ホフは冷却中の深部体温を高く保ち、寒さに対する主観的な不快感も明らかに小さかった。研究者たちは、褐色脂肪ではない別の熱産生機構、たとえば呼吸に伴う筋肉の働きが関与しているのではないかと推測した。この推測が、四年後に別の研究チームの手で、かなり具体的な形になる。
なお、当時この研究に関わったウーター・ファン・マルケン・リヒテンベルトは、後年ホフの科学的な語り口について辛辣な評価を残している。彼はそれを「戯言」と呼び、科学用語を無意味な仕方で混ぜ合わせて反論不可能な証拠のように見せている、と指摘した。データを取った本人からの言葉である。
皮膚の下に架かっていた、意外な橋
2018年、米国ウェイン州立大学の研究チームが、ニューロイメージという専門誌に「ブレイン・オーバー・ボディ」という論文を出した。中心にいたのはオットー・ムジック教授とヴァイバブ・ディワドカー教授。
やり方はシンプルかつ贅沢だ。ホフに、水を循環させて温度を細かく制御できるスーツを着せる。そのまま機能的MRIと陽電子放出断層撮影、いわゆるfMRIとPETの装置に入れる。スーツの温度を上げ下げしながら、脳と身体の中で何が起きているかを三日間かけて記録する。
出てきた絵は、予想と違った。まず脳幹にある水道周囲灰白質、略してPAGという領域が、強く活性化していた。ここは何をする場所かというと、痛みを抑え込むところだ。内因性のオピオイドやカンナビノイド、要は身体が自前で作る鎮痛物質と多幸感の物質を放出させる回路がある。ストレス誘発性鎮痛と呼ばれる現象の司令塔だ。つまりホフの脳は、冷たさを感じなくなっているのではなく、感じた上でそれを潰していた可能性がある。
もうひとつが、身体側で見つかった仕掛けだ。PET画像で、肋間筋、つまり肋骨のあいだの呼吸筋に交感神経の活性とブドウ糖消費の亢進が見られた。研究者たちの解釈はこうだ。あの激しい呼吸が肋間筋を働かせて熱を作る。その熱が肺の組織に伝わり、肺の毛細血管を流れる血液を温める。温まった血液が全身を回るので、体表の温度が思ったほど下がらない。ムジック教授は、皮膚温を意志によって調節できるというのは異例の現象で、彼が凍傷になりにくいことの説明になるかもしれない、という趣旨のコメントを残している。
心と身体のあいだに架かった橋。それが精神論ではなく、肋骨の隙間の筋肉と、脳幹の小さな灰色の領域として写真に写った。ここが、この物語のいちばん美しい部分だと思う。ただし被験者は一人。しかも唯一無二の身体を持つ一人。一般化はできない。
死者の名前を、一人ずつ
ここからが、この文章を書いている本当の理由だ。
彼のメソッドの呼吸は、生理学的に言えば意図的な過換気を含む。血中の二酸化炭素濃度が下がる。人間が「息苦しい」と感じるトリガーは、酸素の不足ではなく二酸化炭素の蓄積だ。だから二酸化炭素を飛ばすと、息苦しさという警報が切れる。警報が切れたまま酸素が減っていくと、前触れなしに意識が飛ぶ。水の中でこれをやると、そのまま沈む。浅い水でのブラックアウト、いわゆる浅水失神である。プールの水深が一メートルでも人は死ぬ。この事実だけは、何度でも書く。水の中で、あるいは水に入る直前に、この種の呼吸をやってはいけない。絶対に。
2023年7月17日、コミュニティプールで一人の若者が亡くなった。名前をノヴァ・ザビエルという。母親のキャサリンが、およそ半年前に百ドルほどのオンライン講座を購入していた。ノヴァはそれを熱心にやり込み、講座の第八週にあたる内容まで進んでいた。あの日、プールでノヴァは母親に呼吸のやり方を教えている。ふたりでやってみると、確かにいつもより長く水中にいられた。母は不安になって「これ、大丈夫なの」と訊いた。ノヴァは笑って答えたという。「もちろん安全だよ、母さん。ヴィム・ホフだよ」。そのあと母はプールで泳ぎ、息子は呼吸の練習を続けた。しばらくして、息子が水面に上がってこないことに気づいた。母親が自分の手で、水から引き上げた。この一件は、水中での呼吸法の危険性が広く報じられる転機になった。
2019年の労働者の日、アンドリュー・エンシナスという二十七歳の男性が、プールの中で亡くなっているのを弟に発見された。姿勢が問題だった。彼は水底で、瞑想の姿勢のまま静止していたという。溺れてもがいた跡がない。それが浅水失神の恐ろしさで、本人は苦しみを感じないまま落ちる。周囲から見ると、ただ静かに座っているようにしか見えない。弟は最初、兄が何かの練習をしているのだと思ったと語っている。
2019年1月には、クリストファー・カイフェンホーフェンという二十三歳の元軍人が、ホットタブの中で亡くなった。彼は息止めの練習をしていた。恋人のカーラ・スペンサーがのちに語った言葉が刺さる。曰く、警告文と実際に見せている映像が食い違っていると、人は「メソッドの本家がやっていること」のほうを信じてしまう、と。彼女が問題にしたのは、注意書きの有無ではなく、メッセージの一貫性だった。
生き延びた人の証言もある。2021年、二十四歳のハミッシュ・ジェイミソンは公営プールで例の呼吸をしたあと意識を失い、七分半のあいだ水中にいた。ライフガードが引き上げて蘇生した。奇跡的な生還だった。彼が最初に言ったのは、シンプルな一言だった。危険だなんて知らなかった、と。彼は誰かを恨む言い方をしていない。ただ、知らなかったと繰り返した。この「知らなかった」が、二十件以上積み上がっているのが現状だ。
もう一件、有名な話がある。チェスの元神童ジョシュ・ウェイツキンが、ニューヨークのプールで息止めの練習中に四分間ブラックアウトした。彼は助かった。助かったから、この話が語れる。
スコット・カーニーの集計によれば、2024年1月時点で二十一件の死亡と十八件の負傷。うち十二件の死亡が米国で起きている。同年3月の別集計では三十二件という数字も報じられた。数え方や因果の認定基準によって幅があり、どれも「関連が指摘された事例」であって司法的に因果が確定したものばかりではない。それでもこの規模は、無視できる誤差ではない。
六千七百万ドルの訴訟と、その行方
2022年8月10日、カリフォルニア州ロングビーチ。高校最終学年だった十七歳のマデリン・ローズ・メッツガーが、父親の家の裏にある浅いプールで死亡しているのが見つかった。
父親のラファエル・メッツガーは弁護士だった。彼はロサンゼルス郡上位裁判所に、ホフ本人とイナーファイア社を相手取った民事訴訟を起こす。請求額は六千七百万ドル。求めたのは賠償金だけではなかった。米国内でこの呼吸法を売ることを差し止める命令も求めていた。原告側代理人のスコット・ブラストは、致命的な呼吸技法の米国内でのマーケティングに対する差止めを求めている、と述べた。訴状は、溺水リスクについての警告が不十分であったという過失の主張を中心に組み立てられていた。
被告側の反論は明快だった。ホフとエナムは、自分たちの教材は一貫して「座るか横になった状態でのみ行うこと」「水の近くでは絶対に行わないこと」を警告してきたと主張した。エナム・ホフは、自分たちは過換気を教えていないし、水に潜る前に自分たちの呼吸法をやれと教えたことは一度もない、という趣旨の反論を公にしている。
2024年7月2日、裁判所は請求を退けた。理由は因果関係の立証不足だ。2022年8月10日にプールの中で彼女が実際にその呼吸を行い、それが溺死を招いたと証明できない、というのが判断の骨子だった。ホフ側の代理人ロバート・マツイシがそのように説明している。原告側は控訴の意向を示した。
法的に「証明されなかった」ことと、事実として「起きなかった」ことは別だ。同時に、疑わしいというだけで人を有責にしてはいけないのも法の原則だ。この事件が示したのは、たぶんそのあいだの、どうにも埋まらない溝のほうだった。
追随者が、いちばん厳しい批判者になった話
スコット・カーニーという名前は、この物語で二度出てくる。一度目は伝道者として、二度目は告発者として。
彼はもともと調査報道の記者で、ホフをインチキとして暴くつもりで近づいた。2013年、ポーランドで開かれたホフの最初期の公開ワークショップに参加する。そこで彼は、自分でも信じられないくらい長く息を止められた。さらに三十年来抱えていた自己免疫の不調が軽くなったと感じた。彼は転向した。
そして『何が我々を殺さないのか』という本を書く。これがニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに入り、彼は三百回を超えるメディア出演でメソッドを語った。ホフの主任伝道者と言っていい立ち位置だった。2016年には、氷点下三十度のキリマンジャロを、上半身裸のホフと一緒に登っている。二十八時間でギルマンズ・ポイントに到達した。信じるには十分すぎる体験だった。
彼が向きを変えたのは、死亡事例を数えはじめてからだ。2023年、彼は十三件の溺死をメソッドと結びつけたドキュメンタリーを公開する。翌年には二十一件まで数字が伸びた。彼は自分の本の原稿から、ホフの評判を守るために暗い話をいくつも削っていたことも明かした。自分が広告塔だった期間を悔いる、という主旨の発言を繰り返している。
彼の批判の核心は、実は「効かない」ではない。「メッセージが矛盾している」だ。公式サイトには水辺での実践を戒める警告がある。それは事実だ。しかし一方で、本家本元が水に潜り、氷に浸かり、その直前に激しく呼吸する映像が世界中に流れている。人は文字の警告より、映像の実演を真似る。カーニーはこの構造を、二つの安全な要素を混ぜると危険になる「有毒なカクテル」と表現した。
専門家からの指摘も同じ方向を向いている。英ポーツマス大学のマイク・ティプトン教授は、冷水ショックと息止めが同時に起きると自律神経の指令が競合し、危険な不整脈が生じうると説明している。若く健康な人でも冷水浸漬で不整脈が出る割合は数パーセントあり、息を止めた状態で入るとその割合は跳ね上がるという報告もある。呼吸法の専門家ブライアン・マッケンジーは、いまのあの組織には生理学を理解している人間がいない、と手厳しい。大波サーファーのレアード・ハミルトンは、プールで過換気をやるのはロシアンルーレットだ、という趣旨の言い方をした。浅水失神の啓発活動を続けるブリット・ジャクソンは、潜水前の過換気を教えることは浅水失神のレシピそのものだと述べている。米国心臓協会や英国心臓財団も、冷水療法について医師への相談を促し、エビデンスの弱さに注意を促す文書を出した。
元インストラクターの匿名証言も残っている。信奉が進むと参加者の目つきが変わってしまう、彼はいわば呼吸法の教祖のような存在になったが、実際にやっていることは呼吸法の観点からは良くない、という趣旨だった。
ここで公平を期しておく。ホフ側は一貫して、安全な場所と方法を選んで実践するよう述べてきた。裁判所は少なくとも一件について責任を認めなかった。そして彼の呼吸法に何の効果もない、と断じている研究者もほとんどいない。争点は効果の有無ではなく、効果の大きさ、対象、そして伝え方の責任配分にある。
二千年前から、同じことをやっていた人たちがいる
「意志で自律神経を操れるか」という問いは、ホフの発明ではない。むしろ相当に古い。
インドのヨーガ行者は、少なくとも数千年にわたって呼吸の制御を体系化してきた。プラーナーヤーマと呼ばれる技法群がそれで、目的は身体操作というより意識の変容にあった。二十世紀に入ると、西洋の医師たちがインドに出向き、生き埋めになっても平気だという行者の心拍数を測りにいくようなことをやりはじめる。多くは眉唾で終わったが、一部で説明のつかない数字が出た。
チベット仏教には、トゥンモという技法がある。日本語では内なる火、ないし霊熱と訳される。ナーローパの六法のひとつに数えられる密教的な修行で、背骨に沿って炎が立ち上るイメージを保ちながら、独特の呼吸を行う。伝説では、修行者は氷点下のヒマラヤで、濡れた布を身体に巻いて座り、その布を体温で乾かすという。乾かせた枚数が到達度の指標になる、という話まで伝わっている。
ここに科学のメスを入れたのが、ハーバード大学のハーバート・ベンソンだった。リラクセーション反応の研究で知られる医師である。1981年、彼はダライ・ラマの許可を得てヒマラヤに入り、トゥンモの修行僧たちに温度センサーを取り付けた。結果は1982年、ネイチャー誌に載る。修行僧たちは、指と足の温度を華氏で十七度、摂氏に直すと八度以上も上昇させてみせた。末梢の血管を意志で開いている、としか読めない数字だった。ベンソンはのちに、シッキムの寒い部屋で、僧たちが濡れた布を身体で乾かすところも観察している。伝説の一部は、実測可能だった。
さらに三十年後の2013年、シンガポール国立大学のマリア・コジェブニコフらがPLOS ONE誌に続報を出した。舞台はヒマラヤの、氷点下二十五度の環境で行われる儀式。対象はチベットの尼僧たちで、濡れた布を巻いて瞑想する。今回測ったのは指先ではなく深部体温だ。数値は摂氏三十八・三度まで上がった。発熱と同じ領域である。しかも研究チームは、この現象を二つの要素に分解した。ひとつは壺のような形に腹を保つ特殊な呼吸で、これが筋の働きによる熱産生を起こす。もうひとつは背骨の炎の視覚化で、これが熱の放散を抑え、状態を持続させる。そして西洋人の被験者にも、呼吸の部分だけをやらせてみた。すると彼らも、限界はあるものの深部体温を上げることができた。
つまり、修行の中核にあった熱産生の仕組みは、宗教的な文脈から切り離しても、ある程度は再現できる。ホフがやったのは、この切り離しを大々的に、そして商業的にやったことだ。彼自身、瞑想の部分はチベットのトゥンモを取り入れたと述べている。彼は発明者ではなく、翻訳者だった。祈りを、アプリの動画に翻訳した男。
なぜ、我々はこの男に惹きつけられるのか
ここまで書いてきて、いちばん考えさせられるのはここだ。危険が指摘され、研究の質が低いと言われ、当の研究者から誇大広告だと注意され、それでもなお彼の講座は売れ続けている。なぜか。
ひとつは、身体が即座に返事をくれるからだと思う。冷たい水に入れば、三秒で何かが起きる。心臓が跳ね、皮膚が焼け、呼吸が浅くなる。瞑想アプリを三か月続けても実感が湧かない人が、冷水シャワー三十秒で「何かが変わった」と感じる。効果の真偽以前に、体験の解像度が桁違いに高い。現代人が飢えているのは、たぶん健康より、この「確かに何かが起きた」という感触のほうだ。
ふたつめは、無力感への処方箋という側面だ。我々は自分の身体をほとんど操作できない。血圧も、免疫も、老化も、勝手に進む。医者に行くと、自分は治療される客体になる。ホフの主張は、そこにまっすぐ反対している。あなたの身体はあなたのものだ、意志が届く、と彼は言う。これはデータの話ではなく、尊厳の話だ。だから数字で殴っても効きが悪い。
みっつめは、彼の物語そのものの強度だ。妻を失った男が、痛みを消すために氷に入り、そこで何かを見つけ、子どもたちのもとに戻り、息子と一緒に会社を作り、世界中に広めた。よくできすぎている。神話の型にぴったりはまっている。人は主張を検証する前に、物語に乗ってしまう生き物だ。
よっつめ。これは意地悪な見方だが、彼が「自分で確かめられる」形式を持っていることが大きい。薬なら効いたかどうか分からない。冷水は違う。入れば分かる。そして入って気持ちよかった人は、その体験を根拠として使えてしまう。個人の体感は、統計に対してほぼ無敵だ。効かなかった人は黙って去るので、残った人の声だけが響く。
そして最後に、いちばん危ないやつ。彼は「限界は思い込みだ」と言う。これは半分正しい。ほとんどの人は自分の身体の可能性を過小評価している。でも残り半分では、限界は本物だ。血中の二酸化炭素が足りなければ、意志と無関係に意識は落ちる。水は肺に入る。心臓は勝手に細動する。思い込みを突破する快感を覚えた人間が、本物の壁と思い込みの壁を見分けられなくなったとき、事故が起きる。二十件を超える死は、たぶんその区別がつかなかった場所で起きている。
氷の中の男は、たしかに何かを見つけた。人間の内側には、我々が思っているより手が届く。でも、その扉の向こうは温泉ではない。手を伸ばした先に何があるかを、伸ばす前に知っておくべきだ。彼の記録は破られ続けている。彼の科学は揉め続けている。そして彼の名前の下で、人が死に続けている。この三つは、たぶん全部同じ現象の別の顔だ。
効いていると感じた瞬間が、いちばん危ない
ここからは総括として、少し引いた位置から考えてみたい。
ヴィム・ホフという現象を、単なる「怪しい健康法」として片付けるのは簡単だ。だがそれは事実に反する。2014年のPNAS論文は、当時の免疫学の常識をたしかに揺らした。人間が意志的にアドレナリンを噴出させ、その結果として自然免疫の応答を短時間だけ押し下げられる。これは臨床応用の可能性を持つ発見であり、実際に自己免疫性の疾患を対象とした試験が続いている。同時に、この論文が示したのは「人間の生理学には随意的な介入の余地がある」という原理の証明であって、「あなたの病気が治る」という約束ではなかった。この二つのあいだにある距離を、著者たち自身が繰り返し指摘してきたにもかかわらず、広報の言葉はその距離を平気で飛び越えていった。科学的発見が商品化されるとき、いつも失われるのはこの距離感だ。そして距離が失われた瞬間から、リスクの計算式も壊れる。
もうひとつ考えるべきは、「再現性の危機」という現代科学全体の病が、この話にきれいに重なっていることだ。被験者十五人から四十八人、男性比率八十六パーセント、事前登録なし、盲検化不能。これは怪しい健康法の研究というより、心理学や運動生理学の広い領域で普通に見られる状況でもある。ホフ関連の研究が特別に杜撰なのではなく、我々が「エビデンスがある」と口にするとき、その中身がしばしばこの程度だという話でもある。そう考えると、批判の矛先は彼一人ではなく、小さなサンプルから大きな物語を作り出してしまう情報の流通経路そのものに向くべきなのかもしれない。査読誌に載った、権威ある大学が関わった、有名な雑誌に載った。この三点セットが揃うと、人は中身を読まずに信じる。読まずに信じた人が動画講座を買い、講座を買った人がプールに入る。
死者の話に戻る。ここで最も苦いのは、危険の中心にあるのが「効果」そのものだという構造だ。この呼吸法が人を惹きつける理由の一つは、実践すると本当に息を長く止められるようになることだ。ところがその「長く止められる」という体感こそが、二酸化炭素の警報を切った結果に過ぎない。つまり、効いていると感じた瞬間が、いちばん危ない瞬間なのだ。副作用が本作用と同じ機序から出てくる。こういう構造の技術は、注意書きで守り切るのが極めて難しい。文字の警告は、身体の実感に負ける。ノヴァ・ザビエルが母に言ったとされる「もちろん安全だよ、ヴィム・ホフだよ」という一言は、その敗北を象徴している。ブランドへの信頼が、生理学の事実を上書きしてしまった。だからここでも、もう一度だけ繰り返しておく。水の中で、あるいは水に入る直前に過換気を伴う呼吸を行ってはいけない。プールの深さは関係ない。意識が飛ぶときは前触れがない。
一方で、彼を単純な加害者として描くのも公正ではないと思う。裁判所は少なくとも一件について因果関係を認めなかった。公式教材には警告が書かれている。彼自身、氷の下で意識を失いかけた経験を持ち、その危険を身体で知っている人間でもある。むしろ問題は、一人のカリスマが数百万人に届く時代の構造にある。目の前で数人に教えるなら、その人の状態を見て加減できる。動画で十万人に売ると、加減は消える。受け手の側にどんな精神状態の人がいて、どんな水辺に住んでいて、どんな心臓を持っているのか、送り手には見えない。彼が本当に増幅したのは、寒さへの耐性ではなく、この見えなさのほうだったのかもしれない。
そして最後に、この話の一番古い層に触れておきたい。トゥンモの修行僧たちは、濡れた布を乾かす技術を千年近く保持してきた。だが彼らは、それを一般に売らなかった。技法は師から弟子へ、身体を見ながら手渡された。到達段階が定められ、順番が決められ、条件が整うまで先へ進ませなかった。あの重々しい閉鎖性は、単なる権威主義ではなく、たぶん安全装置でもあった。危険な技法を、危険を理解した人間の手の中にだけ置いておく仕組み。ホフがやったのは、その封印を破って世界に配ることだ。それは民主化であり、同時に安全装置の破壊でもあった。功罪をどう秤にかけるかは、たぶんまだ誰にも決められない。
人間の自律神経は、意志で操れるのか。ここでの出発点だった問いに、いま答えるなら、こうなる。ある程度は、操れる。指先の温度は上がる。アドレナリンは出る。炎症は下がる。深部体温は動く。だがその「ある程度」の幅を測り違えると、人は死ぬ。氷の中で一時間五十三分耐えた男の物語は、人間の可能性の話であると同時に、可能性を過信することの代償の話でもある。両方を同時に抱えたまま眺めるのが、たぶんこの奇妙な現象に対する、いちばん誠実な態度なのだと思う。
