深夜、隣から長いうなり声が聞こえる
眠りについた人が、深く息を吸う。
次の瞬間、吐く息に合わせて「うううう……」と低い声が長く続く。苦しそうな声は数秒からさらに長く伸び、いったん止まると、また深く息を吸って繰り返す。
声を出している本人は、朝になっても覚えていない。
同じ部屋で眠った家族や旅行仲間だけが、「悪夢を見ていた」「息が止まりそうだった」「泣いていた」と驚く。
この現象は、カタスレニアと呼ばれる。日本語では夜間呻吟、睡眠関連うなりなどと訳される。
寝言やいびきの一種だと思われやすいが、典型例には独特の呼吸パターンがある。深い吸気の後、長く引き伸ばされた呼気に声が乗り、最後に短い呼気が続く。
音だけを聞けば、悲しみ、苦痛、性的な声、あるいは怪談めいた「死者のうめき」にも聞こえる。
しかし、音の印象から本人の夢や感情を読むことはできない。
声は、息を吐く時に作られる
いびきは一般に、上気道が狭くなり、吸う時や吐く時に軟口蓋などが振動して生じる。
カタスレニアの典型的な音は、呼気時の喉頭、主に声帯の働きで作られると考えられている。
音響解析では、単純な気道雑音だけでなく、声帯から生じる音に特徴的な多数の倍音が認められる。
睡眠ポリグラフの記録を見ると、まず比較的深い吸気があり、その後、呼気が不自然に長くなる。その呼気へ一定の高さの呻吟が重なる。最後に短く強い呼気をして、再び息を吸う。
一回で終わらず、まとまった群れとして何度も繰り返すことがある。夜の後半やREM睡眠で目立つ典型例が報告されている。
外から聞くと息を止めているように感じられるが、長い声の間も空気は吐き出されている。
このため、呼吸の流れを確認しない機械判定では、中枢性睡眠時無呼吸と誤分類されることがある。
中枢性無呼吸と間違われる理由
中枢性睡眠時無呼吸では、一定時間、気流と呼吸努力がともに止まる。
カタスレニアでは、深く吸った後、非常にゆっくり息を吐くため、吸気の動きが次に現れるまで長い間隔ができる。呼吸努力を示すベルトの波形や気流信号だけを粗く見ると、その部分が無呼吸に見える場合がある。
しかし、音声、気流、胸腹部の動き、酸素飽和度を時刻で合わせれば、声を伴う呼気だったことが分かる。
診断では、この「長い呼気にうなりが乗る」という順序が重要になる。
酸素飽和度がどの程度変わるか、覚醒反応が伴うか、閉塞性睡眠時無呼吸も併存しているかは、人によって異なる。
カタスレニアという名前だけで「呼吸は安全」とも「必ず危険」とも決められない。
睡眠中に息が止まる、あえぐ、顔色が変わる、日中の眠気が強いという情報があれば、録音だけで判断せず検査が必要になる。
典型型と短い反復型
カタスレニアは、すべて同じ現象ではない可能性がある。
二〇二四年の系統的レビューでは、長い呼気性のうなりを示す典型型と、より短い声を規則的に繰り返す非典型型が整理された。
典型型は、深い吸気、長く音を伴う呼気、短い終末呼気、次の深い吸気というまとまりを示す。REM睡眠や夜の後半に群発しやすい。
非典型型では、一回が約二秒程度の短いうなりが半ば連続的に続き、NREM睡眠の浅い段階とREM睡眠の双方に現れる。軽い上気道狭窄を伴う人もいる。
この違いは治療反応にも関係するかもしれない。
上気道を陽圧で広げるCPAPや下顎を前方へ保つ口腔内装置で、短い非典型型が減る例が報告されている。一方、典型型は病態自体がまだよく分からず、同じ治療が必ず効くわけではない。
長い声も短い声も一括してカタスレニアと呼ぶべきか、異なる仕組みを持つ複数の現象なのかは、研究が続いている。
どれくらいの人に起きるのか
カタスレニアは、以前は非常にまれな睡眠現象と考えられていた。
専門の睡眠施設へ「夜にうなる」という理由だけで受診する人が少ないことも、まれに見える理由である。本人は気づかず、同室者もいなければ、一生記録されないかもしれない。
二〇二四年のレビューは、成人のおよそ四%という推定を紹介している。
ただし、この数字を一般人口の確定した有病率として読むのは早い。
研究ごとにカタスレニアの定義、録音方法、対象者が異なる。スマートフォン調査では軽い声も拾う一方、睡眠施設の研究には症状が強い人や別の睡眠障害を疑われた人が集まりやすい。
いびき、寝言、呼吸音を本人や家族が「うなり」と呼んでいる場合もある。音声だけで分類した調査と、睡眠ポリグラフで呼吸相まで確認した研究を同じ精度として扱うことはできない。
珍しい症例報告ばかりだった時代より、実際には身近な現象かもしれない。だが、正確な割合を知るには、一般集団を同じ基準で一晩以上調べる必要がある。
なぜ本人は覚えていないのか
カタスレニアは、眠っている本人より、隣で聞く人を悩ませることが多い。
声を出した後に短い覚醒反応が記録される例はあるが、完全に目を覚まし、出来事を記憶するとは限らない。
朝、「昨日ずっと泣いていた」と言われても、本人には悪夢を見た記憶すらない。録音を聞いて初めて、自分の声だと知る人もいる。
本人が覚えていないことは、わざと声を出している証拠にも、意識が別の存在へ乗っ取られた証拠にもならない。
寝言、歯ぎしり、周期性四肢運動など、睡眠中に起きても本人が記憶しない現象は多い。
声の調子が悲しげだからといって、悲しい夢を見ているとも限らない。声帯が一定の状態で振動すると、聞き手が感情を感じる音色になるだけかもしれない。
人の声は意味を持つものとして聞こえるため、単調な呼気音にも「泣いている」「助けを求めている」と物語を読み込みやすい。
悪夢の叫び、寝言、いびきとの違い
悪夢から目を覚ました人は、夢の内容を思い出し、恐怖を訴えることがある。声は叫び、単語、会話の形を取り、長い呼気へ規則的に乗るとは限らない。
睡眠時驚愕症では、深いNREM睡眠から突然、叫び声や強い自律神経反応が起こる。座り上がる、目を見開く、動き回ることもあり、朝は覚えていない場合がある。
寝言は単語や文章から不明瞭な音まで幅広い。呼吸の特定の相と毎回そろうとは限らない。
いびきは、狭くなった上気道の組織が振動する音で、吸気時に目立つことが多い。低い連続音から破裂音まで変化する。
カタスレニアでは、呼気が引き伸ばされ、その間に比較的単調な声が続く。
しかし、家庭録音だけで完全に区別できるわけではない。いびきとカタスレニアが併存することも、寝言が途中に入ることもある。
診断名より先に、どの睡眠段階のどの呼吸相で何が起きたかを見る。
てんかん発作との区別
夜間に繰り返す声は、てんかん発作でも生じることがある。
発作性の発声では、突然の叫び、短いうなり、同じ動作の反復、体の硬直などが起きる場合がある。毎回ほぼ同じ時刻ではなく、同じ形で突然始まり、短時間で終わることが手掛かりになる。
ただし、見た目だけで診断することはできない。
意識の状態、発作後の混乱、舌をかんだ痕跡、失禁、けが、日中の発作歴などを確認し、必要なら脳波を含むビデオ睡眠検査を行う。
カタスレニアの人へ、うなり声だけを根拠にてんかん薬を使うべきではない。反対に、繰り返す夜間発作を「珍しい寝言」と放置するのも危険である。
動きや呼吸停止を伴う、本人がけがをする、日中にも意識が途切れるといった場合は、専門医へ記録を見せる。
睡眠ポリグラフで何を見るのか
睡眠ポリグラフでは、脳波、眼球運動、あごの筋電図から睡眠段階を判定する。
鼻や口の気流、胸部と腹部の呼吸努力、血中酸素飽和度、心電図、いびき音、体位、脚の動きも記録する。
カタスレニアを調べる時は、音声と映像がとくに重要になる。声が始まった瞬間に、空気を吸っていたか吐いていたか。呼気は何秒続いたか。酸素は低下したか。声の直後に覚醒したか。
この同期を確認すれば、中枢性無呼吸、閉塞性無呼吸、いびき、寝言、発作性発声を分けやすくなる。
一晩の検査で声が出ないこともある。家庭では毎晩あるのに、検査室の環境や睡眠時間が違うため現れない場合がある。
その時は、家族の記録、家庭音声、複数夜の経過も参考にする。家庭用機器の自動判定だけで病名を確定せず、必要に応じて睡眠医療機関で評価する。
健康への影響
カタスレニアの典型例では、本人の睡眠を大きく妨げず、日中も元気な人がいる。
一方、二〇二四年のレビューでは、過度の日中眠気を伴う例が三分の一ほどあるとまとめられた。声に伴う短い覚醒が積み重なる、別の睡眠障害が併存する、同室者に起こされるといった理由が考えられる。
本人より、パートナーの睡眠が壊れることも多い。
毎晩、苦しげな声が響けば、隣の人は「呼吸が止まるのではないか」と不安になり、何度も本人を起こす。旅行や共同生活を避け、恥ずかしさから人間関係へ影響する場合もある。
音があるだけで身体に重大な害があるとは限らないが、生活上の負担は実在する。
カタスレニアを良性と説明する時も、「気にしなければよい」と同室者の不眠を軽く扱わないことが大切である。
治療は一つではない
病態が十分に分かっていないため、全員に確実な治療法はない。
軽く、本人にも同室者にも負担がなければ、経過を見る場合がある。音の性質と危険な無呼吸ではないことが分かるだけで、不安が減る人もいる。
上気道狭窄や閉塞性睡眠時無呼吸を伴う場合、CPAPが検討される。短い反復型の呻吟が陽圧で減った報告もある。
下顎を前へ出す口腔内装置で改善した例、上気道へ働きかける処置を受けた例もある。しかし、少数例の結果を全員へ当てはめることはできない。
薬物治療についても確立した標準薬はない。インターネットで紹介された睡眠薬や向精神薬を自己判断で使えば、呼吸や睡眠構造を変え、かえって症状を悪化させるおそれがある。
治療目標は、音を完全にゼロにすることだけではない。日中の眠気、酸素低下、睡眠の分断、同室者の不眠など、困っている点を確認して決める。
家庭で録音するなら
スマートフォンの録音は、診察で音の特徴を伝える助けになる。
一晩を連続録音できれば、何時ごろ、何回、どのくらい続いたかが分かる。動画なら体の動きや呼吸の様子も参考になる。
ただし、録音の目的は病気を笑いものにすることではない。
眠っている人の声を、本人に無断でSNSや動画サイトへ投稿しない。うなり声は性的な音や泣き声と誤解されることがあり、切り抜かれて拡散すれば大きな苦痛になる。
同室者は、声と同時に息が止まって見えたか、あえぎ、胸の強い動き、けいれん、寝床から落ちる動きがあったかを記録する。
首を強く揺さぶったり、口へ物を入れたりしてはいけない。呼吸が明らかに止まり、反応がなく、顔色が悪いなど緊急性がある場合は、通常の救命対応を優先する。
受診を考える目安
長いうなり声だけで、毎回救急受診が必要になるわけではない。
一方、日中の強い眠気、居眠り運転の危険、朝の頭痛、窒息感、繰り返す無呼吸、酸素低下を示す機器記録、夜間のけががあるなら、睡眠医療機関へ相談する。
発声とともに体が硬直する、同じ複雑な動きを繰り返す、発作後に混乱する、日中も意識が途切れる場合は、てんかんを含む評価が必要になる。
子どもで発育や日中の行動へ影響している、家族が眠れず生活が破綻している場合も、音だけの問題と我慢しない。
受診時には、家庭録音、発生時刻、頻度、寝る姿勢、飲酒や服薬、日中の眠気を伝えるとよい。
「うめき声」に意味を与えすぎない
カタスレニアの声は、ときにひどく人間的に聞こえる。
苦しんでいる、悲しんでいる、誰かと話している。聞く側の文化や不安によっては、死者の声や憑依と解釈される。
しかし、音は呼気と声帯の振動で作られる。声の高さや長さから、夢の内容、隠れた欲望、霊的な存在を読み取ることはできない。
同じ人でも夜や睡眠段階によって音が変わる。録音のマイク、部屋の反響、寝具でも印象は違う。
怖い声を出していた本人が、悪夢を見ず穏やかに眠っていたということもある。
まず音の意味ではなく、呼吸の順序を見る。
深い吸気の後、長い呼気にうなりが乗る。本人は覚えていない。群れになって繰り返す。その特徴が、怪談のような声を睡眠医学の現象として捉え直す手掛かりになる。
カタスレニアは、まだ仕組みも治療も分からない部分が多い。
分からないからこそ、無呼吸や発作と区別し、必要な人は検査を受ける。そして、録音された人の尊厳を守る。
夜の声を恐怖だけで終わらせないために必要なのは、その二つである。
