手のひらに親指を握り込むと、小指側からはみ出す
人間の身体を内側から支えているのが結合組織だ。骨、腱、靭帯、血管の壁、眼球の水晶体を吊るす繊維。そのすべてにフィブリリンというタンパク質が使われている。
このタンパク質の設計図に生まれつき欠陥があると、身体は驚くほど特徴的な姿へ変わる。それがマルファン症候群である。
もっとも目立つ外見的特徴は、四肢と指が異常なまでに長く、細く伸びることだ。とりわけ指の長さは際立っている。
手のひらの中に親指を握り込むと、小指側から親指の先端がはみ出す。これがサムサインだ。親指と人差し指で手首を輪のように囲めてしまうのがリストサイン。どちらも、今でも診察室で使われる古典的な診断のサインである。
この極端に長く節くれだった指は、しばしば蜘蛛指症、あるいはクモ状指趾症と呼ばれてきた。見世物小屋や大衆文化の中では、蜘蛛男という異名とともに語られた歴史も持っている。
身長は平均より高くなる傾向がある。腕を左右に広げた長さが、身長を上回ることも多い。
骨格にも特徴が出る。胸骨が陥没または突出する漏斗胸や鳩胸。背骨が左右に湾曲する側弯症や、扁平足も見られる。顔つきも面長で頬骨が低く、あごが小さいといった特徴を伴いやすい。
だが本当に怖いのは、見た目ではない
この病の恐ろしさは、外見の変化などではまったくない。
フィブリリンの欠陥は血管の壁を脆くする。とりわけ問題なのが、心臓から全身へ血液を送り出す最大の血管、大動脈だ。
大動脈の根元が徐々に拡張して大動脈瘤を形成する。そしてある日突然、風船が破裂するように血管の内壁が裂ける。大動脈解離である。
激烈な胸痛や背部痛とともに発症し、治療が数時間遅れれば致死率が跳ね上がる。まさに時限爆弾のような病態だ。
若く健康に見えたスポーツ選手や音楽家が、突然の胸の痛みを訴えてから数時間のうちに命を落とす。この病の歴史には、そんな悲劇が繰り返し刻まれてきた。
眼にも影響が出る。水晶体を支える繊維、チン小帯が弱くなるのだ。患者の実に65から75パーセントに、水晶体亜脱臼というレンズが本来の位置からずれる症状が現れる。強度の近視や網膜剥離のリスクも高い。
『レント』の初日を、彼は見なかった
この病の静かな恐ろしさを世に知らしめた実例がある。ミュージカル『レント』の作者として知られる劇作家、ジョナサン・ラーソンの死だ。
ラーソンは長年、原因不明の胸の痛みや動悸を感じては医療機関を受診していた。だがその訴えは、食中毒やストレス性の症状として片付けられてしまう。
背景には、若く健康的に見える体型があった。当時のニューヨークの救急医療現場が抱えていた多忙さも重なっている。長身で細身、長い指を持つ彼の体型。それ自体が実はこの病のサインだった可能性も指摘されている。だが当時、そこが結び付けられることはなかった。
1996年1月25日の未明。『レント』のオフブロードウェイ初日公演を目前に控えたリハーサルの直後、ラーソンは自宅アパートの床に倒れた。35歳の若さでこの世を去っている。死因は大動脈解離だったとされる。
彼が世に送り出した『レント』はその後ブロードウェイへ進出し、ピュリッツァー賞やトニー賞を受賞する大ヒット作になった。だが作者本人は、その栄光を目にすることなく静かに、しかし劇的に命を落としたのだ。
この出来事は強烈な印象を残した。マルファン症候群は、見た目こそ特異だが致命的ではない奇病ではない。正しい診断と定期的な心臓の画像検査、必要なら予防的な大動脈手術。それによって初めて防ぎうるサイレントキラーなのだ、と。
1896年、パリの医学会で報告された5歳の少女
この病に名を残すアントワーヌ・ベルナール・ジャン・マルファンは、1858年生まれのフランスの小児科医である。
彼が1896年、パリの医学会で報告したのは、当時5歳の少女の身体的特徴に関する症例だった。この少女の四肢と指は、成長するにつれて胴体に対して不釣り合いなほど長く細くなっていった。マルファンはその様子を克明に観察し、記録に残している。
この最初の症例報告こそが、後にマルファン症候群として世界中の医学文献に刻まれる疾患概念の出発点になる。
ただし面白いことに、この最初の症例には後日談がある。のちの遺伝学的な研究により、別の結合組織疾患だった可能性が指摘されているのだ。先天性拘縮性クモ状指症などである。それでも、クモのように長い指と四肢に医学的な光を当てた最初の報告者としての栄誉は、彼の名とともに残り続けた。
その後20世紀に入り、この症候群が単なる骨格の異常ではないことが次第に分かってくる。眼、心臓血管系を含む全身性の結合組織疾患だと明らかになっていくのだ。
決定的な転機は1991年に訪れる。フィンランド出身の研究者ライネンらのグループが、原因遺伝子を突き止めたのだ。第15番染色体上のフィブリリン1遺伝子の変異が、1型マルファン症候群を引き起こしていた。
これによって、それまで外見の特徴だけで診断されていた病が、遺伝子レベルで科学的に裏付けられる疾患へ変わる。さらに2004年には、日本の研究チームによってTGFベータ受容体2遺伝子の変異が関与する2型も同定された。この病の全体像は、より複雑で多様なものだと判明していった。
そっくりだが、まったく別の病たち
外見上よく似ているため、専門医でさえ鑑別に慎重を期す疾患がいくつも存在する。
まず挙がるのがロイス・ディーツ症候群だ。TGFベータ受容体遺伝子の変異によって起こる疾患で、長い四肢や大動脈瘤という特徴を共有する。だが口蓋垂裂や動脈の蛇行、広い間隔を持つ目といった独自の特徴を伴う。しかも大動脈瘤の破裂リスクがマルファン症候群より高く、進行も急速だとされる。
次に先天性拘縮性クモ状指症、いわゆるビールス症候群も重要な鑑別対象だ。長い指という外見的特徴を共有しながら、関節の拘縮を伴う点で異なる。生まれつき関節が曲がったまま固まるのだ。原因遺伝子もフィブリリン2遺伝子とされる。
さらにホモシスチン尿症という代謝疾患もある。長身で細い体型、水晶体脱臼といった特徴が酷似するため、歴史的にしばしば誤診の原因になってきた。ただしこちらは知的発達の遅れや血栓症のリスクを伴う、本質的に異なる病態だ。尿検査によって鑑別できる。
これらマルファン様疾患群の存在は、現代医学に強い警告を与え続けている。背が高くて指が長いという外見だけで診断を下すのは危険なのだ。
暗殺されなくても、リンカーンは死んでいた?
この病を語るうえで避けて通れないのが、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンをめぐる病跡学上の議論だ。
身長は193センチあった。手足は極端に長く、手のひらは大きく、指も長い。顔は面長で、頬はくぼんでいた。そして生涯を通じて記録に残る慢性的な疲労感、原因不明の胸の痛み、失神発作。
19世紀当時の人々は、これを単に痩せて背の高い個性的な体格として片付けていた。だが20世紀後半になって、医学界の一部からまったく異なる解釈が提示される。
この仮説を最初に本格的に提唱したのは、シンシナティの医師アブラハム・ゴードンである。彼はリンカーンの実母ナンシー・ハンクス・リンカーンの身体的特徴の記録にも着目した。母方の家系を遡る中で、マルファン症候群の特徴的な体型が世代を超えて受け継がれてきた可能性を指摘したのだ。
この仮説はセンセーショナルに報じられた。暗殺されなかったとしても、リンカーンは大動脈解離によって早晩命を落としていたかもしれない。そんな劇的な物語として世に広まっていく。
もっとも、医学界からは数多くの反論も寄せられている。
まず、リンカーンの家族や親族に大動脈瘤の破裂や早世といった、この病に典型的な健康被害の記録がほとんど確認できない。次に、彼の慢性的な体調不良は、南北戦争という未曾有の危機を指導した重責によるストレス性のものだった可能性も十分にある。
さらに1990年代、原因遺伝子が同定されて以降のことだ。リンカーンの遺髪や血液が付着した歴史的遺物を使う、直接的な遺伝子検査が幾度も提案された。だが正式な検査は実施されずじまいだ。これも論争に決着がつかない大きな理由になっている。
一方、母方の家系の調査からは別の可能性を示唆する論文も出ている。多発性内分泌腫瘍症2B型という、粘膜の神経腫、痩せ型で長い手足、甲状腺髄様がんを特徴とする遺伝性疾患だ。マルファン症候群とはまったく異なる病である。
史上最も有名な病跡学ミステリーの一つとして、議論は今も続いている。この論争が特別なのは、単なる歴史のロマンにとどまらないからだ。もし本当にこの病を患っていたのなら、暗殺という悲劇がなくても、大動脈解離というもう一つの死が彼を待っていたことになる。歴史のIFを揺さぶる、重い問いである。
見世物小屋から、患者会の証言へ
19世紀から20世紀初頭にかけて、極端に長い手足と指を持つ人々の一部は、いわゆるフリークショーの舞台に立たされた。蜘蛛男。ゴムのように伸びる男。そんな扇情的な呼び名で観客の好奇の目にさらされたという記録が残っている。
医学的知識が乏しかった時代のことだ。彼らの身体的特徴は治療の対象ではなく、見世物の対象として消費された。本人たちがどんな心境でその舞台に立っていたのか、今となっては断片的な証言しか残っていない。
時代が下って、現代の患者会に集う当事者たちの証言はまるで違う。もっと切実で、生々しい。
ある成人患者は、10代の頃の体験を語っている。部活動でバスケットボールをしていた最中、突然の胸の激痛に襲われて倒れた。救急搬送された病院で下された診断は、大動脈解離の初期段階。緊急手術によってかろうじて一命を取り留めた。
彼は後にマルファン症候群と確定診断された。あのときコートで倒れていなければ、どうなっていたか。自分の身体に爆弾が仕掛けられていると気づかないまま、いつか本当に死んでいたかもしれない。そう振り返っている。
別の患者の母親の言葉も重い。我が子が生まれたときから他の赤ん坊より手足が長く、産科医から経過観察が必要だと告げられた。その瞬間の緊張を、今も鮮明に覚えているという。
定期的な心臓エコー検査を受けさせる日々。大動脈の根元がわずかずつ拡張していく様子を、モニターで見守り続ける。まるで見えない時限爆弾のタイマーを見ているようだった。彼女はそう表現している。
循環器外科医の証言も忘れがたい。予防的な大動脈基部置換手術を数多く手掛けてきたある医師は、こう繰り返し訴えている。この病気は正しく診断され、正しいタイミングで手術さえできれば、ほぼ天寿を全うできる。問題は、診断される前に突然死してしまう患者が後を絶たないことだ、と。
「天才の病」というロマンの、危うさ
この病は、その特異な体型が並外れた身体能力や芸術的才能と結び付けられてきた。天才の病。そんなロマンティックなイメージとともに語られる歴史を持っている。
ヴァイオリンの鬼才ニコロ・パガニーニ。超人的な広い手の届く範囲を誇ったピアニスト、セルゲイ・ラフマニノフ。彼らの常軌を逸した演奏技巧の背景に、マルファン症候群あるいは類縁の結合組織疾患があったのではないか。そんな病跡学的な推測が古くから語られてきた。
インターネット上でも、マルファン症候群だったかもしれない有名人・偉人といった特集記事は根強い人気がある。リンカーンの逸話とあわせて拡散されるたび、歴史ロマンとオカルト的な想像力が入り混じった話題として盛り上がる。
だが、このロマン化には危うさもある。実際の患者が日々向き合っているのは、大動脈解離の恐怖だ。視力障害もあれば、慢性的な体力の消耗もある。天才と紙一重の病というイメージは、そうした過酷な現実を覆い隠してしまいかねない。患者団体や医療関係者が、正しい医学的知識と早期診断の重要性を繰り返し訴えているのは、そのためだ。
管理できれば、天寿を全うできる病になった
現代の医学において、この病は指定難病として認定されている。
管理のプロトコルも体系立っている。まず遺伝子検査で確定診断をつける。次に定期的な心臓超音波検査で大動脈径をモニタリングする。そして大動脈基部の拡張が一定の基準を超えた段階で、予防的な人工血管置換手術に踏み切る。
β遮断薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬といった薬物療法によって、大動脈の拡張速度を遅らせる治療も広く行われている。
約75パーセントの患者は、親から常染色体優性遺伝の形式でこの体質を受け継ぐ。だが残る約25パーセントは、両親のどちらにも症状がない突然変異による孤発例だ。つまり、ある日突然この体質を持つ子供が生まれてくる可能性は、誰にでもある。
近年の研究で、フィブリリンというタンパク質の役割もより深く分かってきた。単に結合組織の構造を支えるだけでなく、細胞の成長シグナルであるTGFベータの調節にも関わっているのだ。この経路の異常こそが、鍵になると考えられている。骨格の過成長や血管壁の脆弱化といった、一見無関係に見える多彩な症状を統一的に説明できるのだ。
命に関わる病でありながら、正しい管理下に置かれれば健常者とほぼ変わらない寿命を全うできる。そういう時代になった。それでもこの病は、未診断のまま突然命を奪うというかつての恐ろしさを、完全には失っていない。
長い指と長い四肢という異形の身体。かつては見世物として消費され、あるいは大統領の隠された宿痾として歴史のロマンに彩られてきた。だがその実態は、極めて現実的で容赦のない病だ。結合組織というミクロな構造物の設計図の欠陥が、全身と命そのものを静かに脅かし続ける。
