なぜ人は「血」を求めるのか――吸血鬼伝説の正体は遺伝性代謝疾患ポルフィリン症だったのか

夜だけを生きる病――ある女性患者の告白

太陽の光を浴びると皮膚が焼けただれ、水疱ができ、やがて瘢痕となって顔や手の皮膚を醜く変形させていく。歯茎が痩せて後退し、犬歯だけが異様に長く目立つようになる。皮膚は蒼白を通り越して土気色になり、尿は太陽に当たった後にどす黒い赤茶色に変わる。そんな症状を抱えたまま、日が沈んでからしか外を歩けない人生を送ってきた人々が、現実にこの世界には存在する。彼らが患っているのが「ポルフィリン症」という遺伝性の代謝疾患であり、都市伝説界隈では長らく「吸血鬼病」と呼ばれてきた病だ。 ある海外の女性患者は、自らの半生を振り返ってこう語っている。

子どもの頃から「なぜ自分だけ外で遊べないのか」を理解できず、母親に手を引かれて日陰から日陰へと走るようにして移動する毎日だった。学校でも体育の授業は全て見学、修学旅行は不参加。友人たちが夏休みに海へ出かける話をしているのを、カーテンを閉め切った部屋の中でただ聞いているしかなかったという。思春期になると容姿の変化がさらに彼女を追い詰めた。日光にわずかに触れただけで頬に水疱ができ、それが治る過程で皮膚が硬く引きつれていく。歯茎の後退で前歯が長く見えるようになり、同級生から「バンパイア」とあだ名をつけられた。

当時の彼女にとってそれは侮辱でしかなかったが、後年、自らの病がまさに「吸血鬼伝説のモデル」として医学界で議論されていると知った時、彼女は複雑な感情を抱いたと振り返る。「私を苦しめてきた化け物のような外見が、何百年も語り継がれてきた物語の“正体”だったなんて」。

ポルフィリン症とは何か――ヘムが作れない体

ポルフィリン症は、血液の赤い色素であるヘム(ヘモグロビンの構成要素)を体内で合成する過程に関わる8種類の酵素のうち、いずれかが生まれつき機能不全に陥ることで発症する遺伝性疾患である。通常、体内ではポルフィリン環と呼ばれる炭素・窒素・水素からなる環状構造が、酵素の働きによって段階的に加工され、最終的に鉄と結合してヘムになる。ところがこの酵素のどこか一つでも欠損していると、途中の中間代謝物であるポルフィリン体やその前駆体が体内、特に皮膚や神経系に異常に蓄積してしまう。この蓄積物こそが、患者を苦しめるあらゆる症状の元凶となる。

日本の厚生労働省が指定難病第254号として定めるこの疾患は、大きく分けて「急性ポルフィリン症(肝性)」と「皮膚ポルフィリン症(造血性)」の二系統に分類される。急性間欠性ポルフィリン症(AIP)などの急性型では、激しい腹痛、嘔吐、手足の脱力といった神経症状が突発的に襲い、進行すると幻覚、うつ、妄想などの精神症状を引き起こすことがある。一方、皮膚型、特に最も症状が劇的とされる先天性赤芽球性ポルフィリン症(CEP、通称ギュンター病)では、乳幼児期から日光に当たった皮膚が水疱化し、そのまま感染や壊死を起こして指や耳、鼻が変形・欠損することさえある。

歯や骨にポルフィリンが沈着して赤褐色〜赤紫色に変色し、紫外線を当てると赤い蛍光を発するという、まさに怪奇現象のような所見も報告されている。 歴史上もっとも有名な「疑い患者」とされるのが、18世紀末から19世紀初頭にかけて度重なる精神錯乱の発作に苦しみ、「狂気の王」と呼ばれたイギリス国王ジョージ3世である。彼の症状記録――腹痛、暗紫色の尿、幻覚、四肢麻痺――は現代の医師によって急性ポルフィリン症の典型例として再評価されており、王家の血統を通じてヨーロッパ各国の王侯貴族に同様の症状が散発していたのではないかという仮説まで存在する。

もしこれが事実なら、権力の中枢にいた人間そのものが「吸血鬼的」な病を抱えていたことになり、伝説の広まり方にも独特の陰影を与えている。

「吸血鬼病」説の誕生――1985年、ある生化学者の一言

ポルフィリン症と吸血鬼伝説を結びつけたのは、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の生化学者デイビッド・ドルフィン博士である。1985年、アメリカ科学振興協会(AAAS)の会合で彼が発表した仮説は瞬く間に世界中のメディアに取り上げられた。ドルフィンは、ポルフィリン症患者に見られる「日光に当たると悪化する皮膚症状」「歯茎の後退による牙のような歯」「にんにくに対する異常な不耐性(ポルフィリン合成を阻害する成分に反応するとされた)」「血液を飲むことで症状が緩和するという中世の民間療法」などを一つ一つ吸血鬼伝説のディテールと突き合わせ、「吸血鬼の起源はポルフィリン症患者だったのではないか」と論じた。

中世ヨーロッパでは、原因不明の奇病に苦しむ人間が村はずれに追いやられ、夜にしか出歩けず、次第に痩せ衰えて青白い顔になっていく様子が、そのまま「生者の生き血を求めてさまよう死者」のイメージに重ねられたとしても不思議はない。さらに、患者の家系内で同じ症状が繰り返し現れることは、当時の人々にとって「呪い」や「感染」としてしか説明のしようがなかった。実際にヨーロッパの一部地域では、疫病が流行するたびに墓を暴いて遺体の状態を確認し、腐敗がやや遅れている遺体(実際には土壌や気候条件による自然な現象)を見つけると「吸血鬼が眠っている証拠」として杭を打ち込む儀式が行われていた記録も残っている。

ポルフィリン症説は、こうした民間信仰の暴走に科学的な説明を与えようとする試みだったといえる。 もっとも、この説には医学界から異論も根強い。ポルフィリン症患者は実際にはにんにくを避ける生理的必然性は薄く、むしろ光を避けるために日中は室内にこもるだけで、血液を飲む習慣とは無関係だという指摘もある。それでも「一つの奇病が複数の伝説的モチーフを同時に説明しうる」という着想のインパクトは絶大で、以後、テレビドキュメンタリーや書籍で繰り返し取り上げられる定番ネタとなった。

世界各地に残る類似の記録

吸血鬼伝説とポルフィリン症的な症状を結びつける記録は、東欧に限らない。18世紀のセルビアで発生した「アルノルト・パウレ事件」では、死後も血色のよい遺体が村人の恐怖を煽り、複数の変死者と結びつけられて公式の検死報告書まで作成された。この報告書はヨーロッパ中の知識人に読まれ、後のブラム・ストーカーの『ドラキュラ』執筆にも間接的な影響を与えたとされる。また、ハンガリーの「血の伯爵夫人」として知られるエリザベート・バートリの伝説――若さを保つために処女の血を浴びたという逸話――も、当時の貴族社会に蔓延していた原因不明の皮膚疾患や精神症状への恐怖が誇張されて結晶化したものという解釈がある。

中国や東南アジアにも「屍を求めてさまよう夜行性の怪物」の伝承があり、いずれも共通するのは「日光を避ける」「異形の外見」「血や生気を求める」という三点だ。これほど広範な地域で似た物語構造が独立に生まれた背景には、実在する光線過敏性疾患や重度の栄養失調、結核などの消耗性疾患が複合的に投影されている可能性が高い。

患者たちの現在――「太陽に灼かれて」生きる人々

現代の患者たちは、遮光フィルムを貼った車や住宅で暮らし、外出時には全身を覆う特殊な衣類と手袋、日焼け止めを何重にも塗り重ねて生活している。ある患者の手記『太陽に灼かれて――難病ポルフィリン症を生き抜く』では、幼少期からの壮絶な闘病生活、皮膚の再建手術、社会からの偏見との闘いが赤裸々に綴られている。著者は「自分の病気を知ったとき、あの忌まわしい伝説のおかげで、ようやく世間に自分の苦しみを説明する言葉ができた」と述べつつも、「見世物のように面白がられるのはもうたくさんだ」とも語っており、都市伝説的な面白がられ方と、実際に病と闘う当事者の切実さとの間に横たわる溝を浮き彫りにしている。

治療面では、急性発作に対してヘムを静脈内投与しポルフィリン前駆体の産生を抑える治療法や、骨髄移植による根治療法の研究が進んでいる。皮膚型に対しては徹底した遮光と、近年ではポルフィリン濃度をコントロールする新薬の臨床応用も始まっており、かつて「治療法のない忌み病」だった時代からは着実に前進している。それでも根本的な遺伝子異常そのものを消し去ることはできず、患者たちは今なお「夜だけを生きる」生活様式を強いられ続けている。 吸血鬼伝説は、恐怖と好奇心が生んだ想像力の産物であると同時に、原因のわからない病を抱えた人々が実際に社会から疎外されてきた歴史の影でもある。

牙のような歯、血のように赤い尿、日光を避ける暮らし――それらはフィクションのガジェットである前に、今この瞬間も誰かが抱えている現実の症状なのだ。

今回の取材では、ポルフィリン症の医学的定義(日本の指定難病第254号、ヘム合成回路の8酵素のいずれかの欠損による疾患)、1985年にカナダの生化学者デイビッド・ドルフィンがAAASの会合で発表した「吸血鬼=ポルフィリン症患者」説の詳細、光線過敏症・歯茎後退・赤色尿などの具体的症状、イギリス国王ジョージ3世の症例、東欧セルビアのアルノルト・パウレ事件やエリザベート・バートリ伝説との関連、患者手記『太陽に灼かれて』の内容を中心に調査した。

主な参照先は以下の通り。ポルフィリン症 – Wikipedia、[太陽を恐れ、生き血を吸うヴァンパイア伝説を科学的に説明できるか?

\| ログミーBusiness](https://logmi.jp/knowledge_culture/culture/249951)、「吸血鬼の物語」が人命を救うヒントにある女性患者の症例 \| Forbes JAPANポルフィリン症(指定難病254) – 難病情報センター

吸血鬼伝説は突然変異による血液疾患の実在の人物をもとにした話かも知れない – バイオマーケットjp

一つの病名ではなく九つの病型

ポルフィリン症は、ヘムを作る過程に関係する物質が体内に蓄積して起きる複数の病気の総称である。難病情報センターの一般向け解説は、現在九つの病型に分類されるとしている。光線過敏など皮膚症状を主に起こす型と、腹痛、嘔吐、運動麻痺などの急性症状を起こす型があり、すべての患者に同じ症状が出るわけではない。

「八種類の酵素のどれかが生まれつき欠ける遺伝病」とだけ説明するのも不十分である。原因遺伝子が特定された病型がある一方、最も一般的な晩発性皮膚ポルフィリン症は、多くが後天性で、肝疾患や飲酒など複数の要因と関係する。遺伝形式や発症の仕方は病型ごとに違う。

先天性赤芽球性ポルフィリン症では、強い光線過敏、皮膚の水疱や瘢痕、赤褐色の歯などが起こり得る。急性間欠性ポルフィリン症には通常、光線過敏がない。腹痛や神経症状を持つ人へ「日光を恐れる吸血鬼の病」と説明しても、医学的特徴に合わない。

吸血鬼説は診断基準ではない

ポルフィリン症と吸血鬼を結び付ける説は、一九八五年に生化学者デイヴィッド・ドルフィンが発表し、大きく報道された。日光を避ける生活、外見の変化、赤みを帯びた歯などを吸血鬼像と重ねたため、わかりやすい説明として急速に広まった。

しかし、医学文献にはこの結び付けを「センセーショナルに語られた神話」と批判する論考がある。患者が血を飲めば治るという根拠はなく、口から摂取した血液が病型ごとの酵素異常を修復するわけでもない。にんにくへの特別な不耐性も、ポルフィリン症全体の診断項目ではない。

歯肉が下がって犬歯が伸びる、毛が異常に増えるといった説明も、すべての患者に当てはまる定型ではない。激しい皮膚障害で顔貌や手指に変化が出る重症例は存在するが、珍しい症状だけを集めて怪物の外見を作れば、病気の幅と患者の日常が見えなくなる。

ジョージ三世説も確定していない

英国王ジョージ三世の発作を急性ポルフィリン症で説明する仮説は有名だが、本人を現代の基準で検査した診断ではない。診療記録や書簡に残る腹痛、精神症状、尿の色などを後世の研究者が読み直した推定である。

後の医学レビューは、症状の自然経過や遺伝の記録が多様性ポルフィリン症と合わないとして、「王家の病」の原因とする説へ強い疑問を示している。歴史人物の病名は、書かれた症状の選び方や当時の治療の影響でも結論が変わる。広く知られた説であっても、確定診断とは表現できない。

東欧の吸血鬼騒動も、ポルフィリン症患者の記録と一対一で結び付いてはいない。墓を開けた際の遺体の変化、疫病、突然死への恐怖、宗教観、共同体内の対立など、複数の背景が研究されている。特定の遺体からポルフィリン症が確認されたわけではない。

病気を怪物の証拠にしない

ポルフィリン症の診断には、症状だけでなく尿、血液、便の生化学検査や遺伝学的検査などが用いられる。暗い色の尿や光線過敏は他の原因でも生じ得るため、外見や生活時間から決めつけることはできない。治療と避けるべき誘因も病型によって異なり、専門医による判断が必要である。

当事者を「吸血鬼病」と呼ぶことは、覚えやすい反面、血を求める、にんにくを恐れる、危険な存在だという誤解を運ぶ。実際に必要なのは遮光、適切な薬剤選択、発作時の医療、肝臓を含む長期的な管理であり、怪物としての隔離ではない。

吸血鬼説は、一九八〇年代に科学らしい説明がメディアでどのように増幅されたかを考える題材にはなる。だが、伝説の起源を一つの難病へ還元する説としては証拠が足りない。伝承史と医学を分けることが、吸血鬼像を貧しくせず、患者への偏見も増やさない読み方である。

参照資料

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