知らない町でふと我に返り、そこへ来るまでの記憶がない。映画ならここから謎解きが始まるところだ。ただ、精神医学にも、これに近い状態を扱う言葉がちゃんとある。「解離性遁走(フーグ)」だ。
ただし、突然いなくなった人や記憶が曖昧な人を、外から見てそう呼べるわけではない。似た状態はほかの病気や事故でも起こりうる。だから、物語と診断はきちんと分けて考える必要がある。
独立した病名ではなく、解離性健忘の一形態
現在の診断基準では、解離性遁走は単独の病名というより、解離性健忘に伴う状態として位置づけられている。中心にあるのは、自分の過去や身元に関わる重要な記憶が抜けることだ。そして、その状態のまま普段の生活圏から移動してしまう。移動の幅は広く、近所を歩く程度の場合もあれば、遠くまで出かける場合もあるとされる。
ここでいう健忘は、うっかり名前を忘れたという話ではない。本人の生活史と結びついた記憶が失われ、場合によっては自分が誰なのかという感覚まで揺らぐ。ところが、外からは切符を買ったり宿を取ったりと、普通に行動しているように見えることもある。この落差が、昔から人の想像力を刺激してきた。
強いストレスや心的外傷との関連は説明される。ただ、「つらい出来事があれば脳が人格ごと逃がす」と単純に言い切れるものではない。意識的な失踪や演技とも同一ではなく、薬物、頭部のけが、てんかんなど、別の原因との区別も欠かせない。記事や体験談だけで本人の状態を決めつけることはできない。
19世紀に注目された「歩く病」
この現象が医学の言葉で語られ始めたのは、鉄道網が広がった19世紀末のヨーロッパだった。よく取り上げられるのが、フランスのガス配管工ジャン=アルベール・ダダの記録だ。彼は旅の間の記憶が乏しいまま各地を移動したとされ、医師たちの関心を集めた。当時は「フーグ」や「歩く病」といった呼び方で類似例が報告された。
ただ、昔の症例記録は、現在と同じ診断手順で確かめられたものではない。催眠で語られた記憶も含まれており、記録の読み方には注意がいる。鉄道で長距離移動が現実的になった時代背景や、徴兵、労働、身分証明の問題も、症例の見え方に影響したと論じられている。医学史としては興味深い。とはいえ、そのまま現代の患者像に重ねることはできない。
アガサ・クリスティの失踪は診断できるのか
1926年、作家アガサ・クリスティが11日間姿を消した。この出来事は、解離性遁走の例としてしばしば紹介される。車が放置され、その後、別名でホテルに滞在していた。そこから、後世の研究者やメディアがさまざまな説明を試みてきた。
しかし、本人が当時の状態を医学的に確定できる形で残したわけではない。意図的な失踪、強い心労、記憶障害など、複数の見方がある。正直、今となっては一つに決められない。著名人の行動に現代の診断名を貼るのは、あくまで遡及的な推測だ。「有名な実例」と断定するより、解釈が割れている出来事として扱うほうが正確である。
体験談は手がかりであって診断記録ではない
ネットには「気づいたら知らない駅にいた」「数日分の記憶がない」といった投稿がある。本人にとって切実な経験かもしれない。ただ、匿名の文章だけでは経緯も診断も確認できない。似た表現を寄せ集めて「患者に共通する証言」とするのも危うい。
解離性遁走の不思議さは、身体は移動しているのに、人生の連続感が途切れてしまう点にある。ただし、それは怪談の便利な仕掛けではない。原因の切り分けが必要な医療上の概念だ。分かっていない部分を無理に埋めず、歴史的な記録、現在の診断上の位置づけ、出所を確かめられない体験談を別々に読む。
そうすると、派手な「別人になった話」よりも、記憶と自己認識がどれほど繊細に結びついているかが見えてくる。
