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腹の中で36年育ち続けた「もう一人の自分」――胎児内胎児という戦慄の奇形症例

腹部の画像検査で、骨のような構造を含む塊が見つかり、手術で取り出すと、脊椎や手足を思わせる組織が並んでいる。「胎児内胎児」は、そんなごく珍しい先天性の状態につけられた医学用語だ。ニュースでは「体内で双子が育った」と表現される。でも、独立して生きる胎児が長年成長していた、という意味じゃない。

名前の圧が強すぎる。字面はほとんど怪談。それでも実像は、画像と手術の記録を一件ずつ積み上げて作られた。

腹の奥から出てくる「人の形をした組織」

胎児内胎児では、主に腹部の奥に、胎児の体を思わせる組織のまとまりがある。確認される例もあるのは、脊椎や四肢、骨、毛髪。そのまとまりは、宿主となる子どもや成人の血管から栄養を受ける。ただ、正常な臓器や独立した循環を持つ一人の人間として発育するものじゃない。

見つかる時期には幅がある。出生前の超音波検査で疑われる場合もあれば、生後に腹部の膨らみや圧迫による症状を調べる中で見つかる場合もある。成人してから発見された症例が報道されたこともある。遅く見つかる例ばかりでもない。

発生頻度については「出生約50万件に1件」という推定値が紹介されている。ただ、ごくまれな状態で、症例報告をもとにした数字だ。地域や調査方法を越えた確定的な割合として扱うのは難しく、「誰の体にも気づかれず存在する可能性がある」と広げる根拠にもならない。数字の見え方には注意がいる。

取り込まれた双子なのか、それとも腫瘍なのか

成り立ちをめぐる代表的な考え方は二つあり、一つは、一卵性双生児が発生するごく初期に起きたという説だ。片方がもう片方の体内へ取り込まれ、不完全な形で残った。胎児の体軸を思わせる配置や脊椎がみられる例は、この説明と結びつけられてきた。説明としては分かりやすい。

もう一つは、いろいろな組織へ分化できる細胞から生じる奇形腫との関係を重く見る説だ。その奇形腫にも、骨や歯、毛髪などが含まれる例がある。正直、両者の区別が難しい例もある。それでも、胎児内胎児を寄生性双生児の一形態とみる説明が有力視される。ただ、すべての症例の成り立ちが直接観察されたわけじゃない。

「双子になり損ねた命」「兄弟を食べた胎児」。言葉は強い。こうした表現は、仮説を一つの物語へ変えてしまう。発生初期に起きた現象を、誕生後の人間関係や意思にたとえることもできない。医学的な分類と、生命についての哲学的な感想は分けておきたい。

1808年の外科医が腹を開けて見たもの

医学文献のうえで初期の報告にあたるのが、1808年のジョージ・ウィリアム・ヤングによる記録だ。当時は超音波もCTもない。腹部の塊を手術した。内部の構造から、通常の腫瘍とは異なると分かるしかなかった。開いてみるまで、腹の中の様子は誰にも分からない。

その後、画像診断が発達した。手術前に骨格のような配置や血管との関係を調べる道が開けた。日本でも小児外科領域の症例が報告されていて、出生前に疑われた例があるという。歴史を追うと、最近になって現れた現象じゃないと分かり、変わってきたのは、見つけ方と区別の仕方のほうだ。

ちなみに、胎児内胎児と寄生性双生児も同じものじゃない。寄生性双生児のほうは、結合した組織が宿主の体外に見える形を取る場合がある。胎児内胎児は体内に位置する点が、大きな違いとして説明される。呼び名も紛らわしい。ただ、どちらも発生過程をめぐる医学上の概念だ。

有名な症例を見世物にしないために

海外で、成人男性の腹部から大きな組織塊が摘出された。世界中で報じられたのは、年齢や居住地、実名。腹部の膨らみは長年続いた。呼吸が苦しくなって手術を受けた。その経過が、胎児内胎児の代表例として何度も再話されている。

でも、一例の発見年齢や大きさを、この状態の標準像にはできない。近隣住民のからかいや手術室での驚きを細かく再現しても、医学的な理解が深まるわけじゃない。盛るのは簡単だ。念のため、医師の言葉として出回る匿名の証言も、出所がなければ確認できない。

胎児内胎児は、確かに人の形を連想させる構造を含む場合があり、だからこそ、怪物や「もう一人の自分」の物語へ寄せない。確認された構造、発生を説明する仮説、似た病変との違い、個別の症例。この四つは切り分けないといけない。珍しさを残しながらも、患者本人の身体を恐怖の小道具にしない語り方はできる。

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