蓮の花托や蜂の巣のように、小さな穴がまとまった模様を見ると、ぞわっとする。怖いというより、皮膚がむずむずして目をそらしたくなる。そんな反応を表す言葉として「トライポフォビア」、日本語では「集合体恐怖症」という呼び名が広まった。多くの人が知る言葉になったが、現在のところ、独立した正式な精神疾患の名称ではない。
ネットから広まった新しい呼び名
トライポフォビアは、ギリシャ語で穴を表す語と、恐怖を表す「フォビア」を組み合わせた造語とされる。2005年ごろ、ネット上のフォーラムで使われ始めたという説があり、医学界より先に利用者の間で定着した。
そのため、この言葉が指す範囲はかなり広い。蓮や蜂の巣だけでなく、泡、種、斑点、皮膚の画像などに反応する人もいる。感じ方も、恐怖、嫌悪、かゆさを思わせる感覚、鳥肌などさまざまだ。強い不快感を覚える人がいることと、同じ模様がすべての人に同じ症状を起こすことは別である。
正式な診断名ではないからといって、本人の不快感が作り話になるわけではない。一方、画像を嫌がる人を一律に「恐怖症の患者」と呼ぶのも違う。日常的な嫌悪反応と、生活に支障が出るほどの問題の間には幅があり、ネットの簡単な画像テストで線を引くことはできない。
研究で分かったことと分からないこと
2010年代に入ると、集合模様への反応が心理学の研究対象になった。2013年には、特定の画像に強い不快感を示す参加者がいたことや、反応を誘う画像の視覚的な特徴を調べた研究が発表された。男女で異なる割合を示した調査もあるが、一つの標本から人類全体の頻度を決めることはできない。
反応の理由として、毒を持つ生物にみられる模様を避ける仕組みが残っている、という仮説がある。別の説明では、発疹や寄生虫など、病気を連想させる見た目への嫌悪が関係すると考える。どちらも、特定の視覚パターンに警戒や嫌悪が生じる理由を説明しようとしたものだ。
ただし、「太古の人類が身につけた本能」と確認されたわけではない。画像のコントラスト、皮膚病変の連想、ネットで見た嫌な記憶など、複数の要素が影響する可能性がある。進化の物語は魅力的だが、仮説を答えとして言い切ると、研究が示した範囲を越えてしまう。
日本で先に広がった「蓮コラ」
日本では、トライポフォビアという語が普及する前から「蓮コラ」が知られていた。蓮の花托の模様を人の皮膚や顔へ合成した画像で、掲示板などでは閲覧者を驚かせるための画像として出回った。見た人が強い嫌悪感を示すこと自体が、悪ふざけの仕掛けにされていた。
この文化によって、「集合した穴が苦手」という感覚が多くの人に共有された面はある。一方、自然の蓮と、人の皮膚へ加工した画像は同じ刺激ではない。後者には傷や病気を思わせる加工が加わるため、その不快感をすべて穴の配置だけで説明することはできない。
嫌がる人に画像を突然見せ、反応を撮影する行為も、現象を確かめる実験にはならない。ネットで何度も画像を見た経験が、その後の反応を強める可能性もある。日本人に特有の恐怖というより、日本独自のネット文化が呼び名の受け入れ方に影響したと見るほうが慎重だ。
体験談と正式な診断を混ぜない
「一度見てから食べ物の気泡まで苦手になった」「肌の下に穴があるように感じた」といった投稿は数多い。ただし、匿名の体験談だけでは、見た画像や反応の程度、ほかの要因を確認できない。複数の投稿をつなぎ、全員に共通する症状として紹介するのは避けたい。
トライポフォビアは、ネットで生まれた俗称と研究上のテーマが重なった現象だ。独立した正式診断ではないこと、強い不快感を覚える人はいること、その仕組みには複数の仮説があることは同時に成り立つ。「人類共通の悪夢」と大きく括らず、言葉の由来、研究結果、進化的な説明、ネット体験談を分けて読むと、この奇妙な反応を落ち着いて捉えられる。
