見世物小屋の「ツリーマン」――デデ・コスワラという生涯
インドネシア・西ジャワ州の貧しい村に、デデ・コスワラ(1971年―2016年)は生まれた。若い頃は建築業や狩猟で家族を養う、ごく普通の青年だった。18歳で結婚し、やがて息子二人と娘一人を授かる。まあ、ここまでは普通の村の若者の暮らしだ。
しかし彼の身体では、幼少期の小さな怪我をきっかけに、人生を根底から変えてしまう異変が静かに進行していた。膝に負ったすり傷から、小さないぼが発生した。それが通常のように治ることなく増殖し続け、やがて手足全体を覆い尽くすほどにまで肥大していったのである。
いぼは年月とともに硬く、灰色がかった木の皮のような質感へと変化していった。指はいぼの塊に埋もれて原形をとどめなくなり、手はまるで木の根のような塊と化した。もはや人の手には見えない。
1993年、村の資金でいぼの切除手術が行われた。ところが術後まもなく症状は再発し、以前にも増して急速に増殖していく。手足に加えて顔や体幹にまでいぼが広がり、コスワラは日常生活のほとんどを自力で行えなくなった。
妻は次第に彼のもとを去り、離婚に至る。生活の糧を失った彼が選んだのは、自らの身体を見世物として晒し、入場料を取って観客に見せるという道だった。
ここからが、彼の名前が世界へ広がっていく話だ。「木の枝のような手足を持つ男」として国内外のメディアが殺到し、彼の写真は世界中に衝撃をもって拡散された。ネット上では「リアル・エント(木の怪物)」「呪われた男」といったセンセーショナルな見出しとともに語られ、都市伝説的な畏怖と好奇の対象となっていった。彼の写真は、もう彼のものではない。
転機が訪れたのは2007年、コスワラが重い肺炎を患い生命の危機に瀕したときだった。彼の存在を知ったのは、アメリカ・メリーランド大学の皮膚科医アンソニー・ガスパリだった。ガスパリは人道的支援としてインドネシアへ渡り、治療チームを組織する。
2008年8月26日、大規模な摘出手術が実施された。全身のいぼの実に95%にあたる、合計5.8キログラムもの組織が取り除かれた。数字だけ見ても正気ではない。手術は成功し、コスワラは長い年月ぶりに自分の手で鉛筆を握り、字を書くことができるようになった。
この瞬間の映像は世界中に配信され、多くの人々の涙を誘った。しかし喜びも束の間、2009年末には症状が再発。その後も彼は繰り返し手術を受けながら、いぼとの終わりなき闘いを続けることになる。
2016年1月30日、コスワラはインドネシア・バリ島バドゥン県の病院で多臓器不全のため息を引き取った。享年44歳だった。
病の正体――疣贅状表皮発育異常症とHPVの罠
デデ・コスワラが患っていたのは、極めて稀な遺伝性皮膚疾患である。医学的には「疣贅状表皮発育異常症(エピデルモディスプラシア・ヴェルシフォルミス)」と呼ばれる。この病の引き金となるのは、ヒトパピローマウイルス(HPV)のうち5型または8型といった特定の型だ。通常であれば人間の免疫系がこれらのウイルスを速やかに排除し、感染してもせいぜい小さないぼができる程度で済む。
ところが本疾患の患者は、遺伝子変異によってウイルスに対する正常な免疫応答を作ることができない。具体的にはEVER1・EVER2という遺伝子の異常が原因の一つとして知られている。この免疫の欠落によって、HPVが皮膚細胞の中で際限なく増殖を続ける。いぼが融合・肥大化して、樹皮状の外観を形成していく。
皮膚の表面に木の年輪のような凹凸模様が刻まれることから、患者は俗に「ツリーマン」と呼ばれるようになった。この疾患は幼少期から症状が現れることが多い。放置すればいぼは全身に広がり、関節の可動域を奪い、視力や聴力にまで影響を及ぼすことがある。
さらに深刻なのは、長期間にわたる慢性のウイルス感染状態が続くことで、患部が有棘細胞癌などの皮膚がんへと悪性化するリスクを抱えている点だ。実際、複数の患者で悪性転化が報告されている。単なる「奇病」ではなく生命に関わる進行性疾患であることが、専門家によって強調されている。
治療の基本は外科的な切除だ。しかし、根本原因である免疫応答の欠陥そのものを治す方法は確立されていない。切除しても再発を繰り返すのが、この病の恐ろしさである。
近年ではレチノイド製剤の内服やインターフェロン療法、光線力学療法などを組み合わせた治療が試みられている。ただし、いずれも症状の進行を緩やかにする対症療法の域を出ていない。
もう一人のツリーマン――バングラデシュのアブル・バジャンダール
デデ・コスワラの事例が世界に衝撃を与えた後、同様の症状を持つ患者が各地で報告されるようになった。中でも大きな注目を集めたのが、バングラデシュに暮らす男性アブル・バジャンダールである。彼もまた両手に木の枝のような巨大ないぼを抱え、日常生活はおろか、自力での食事さえ困難になっていた。
ここで動いたのが、ダッカ医科大学病院で治療にあたった医師団だ。2016年2月から実に16回にも及ぶ手術を重ねた。彼の両手を覆っていた樹木状のいぼを、段階的に除去していった。
手術直後の言葉が、また重い。バジャンダールは「もう一度この手で娘を抱きしめられる」と涙ながらに語った。その言葉は世界中のメディアで報じられた。しかし、この病の宿命通り、いぼは術後まもなく再発。
25回目の手術が行われるなど、彼は生涯にわたって病と共存せざるを得ない現実に直面している。あまりの痛みと再発の繰り返しに絶望し、一時は「いっそ両手を切断してほしい」と医師に訴えたことも報じられている。この病が患者に強いる肉体的・精神的な消耗の凄まじさを物語っている。
バジャンダールにはその後娘が生まれた。だが遺伝性疾患であるがゆえに、我が子への遺伝の可能性は今も家族に暗い影を落とし続けている。
ほかにも同様の症例は、世界各地でごくわずかながら報告されている。バングラデシュの少女や、アメリカ・ペンシルベニア州の患者だ。いずれも共通して「治療しても再発する」という慢性の苦しみを背負っている。
ネットが生んだ「都市伝説」としてのツリーマン
デデ・コスワラの写真と映像がインターネットに拡散されると、彼の姿は瞬く間に世界的なセンセーションとなった。そこから先は、もう病気の話ではない。「呪われた男」「森の精霊に取り憑かれた男」といった扇情的な見出しが、オカルト系メディアやまとめサイトを賑わせた。彼の存在は都市伝説やホラー創作のモチーフとしても消費されていった。
人が獣や植物、石に変わる説話群のことを「異類変化」と呼ぶ。人間の身体が植物のように変質していくという現象は、古今東西の神話や怪談におけるそのモチーフと強く共鳴した。人々の想像力を、強く刺激したわけだ。
一方で、これを単なる「気持ち悪い見世物」として消費する風潮に対しては、医師や人権団体から警鐘も鳴らされてきた。
コスワラを直接治療したガスパリ医師は、メディア出演の際に繰り返しこう強調している。「彼は怪物ではなく、治療を必要とする一人の患者であり、一人の父親だ」と。
実際、コスワラ自身も生前のインタビューで、見世物として稼がざるを得なかった生活についてこう語っている。「本当は普通の人間として、子どもたちと一緒に暮らしたかった」と。都市伝説としての面白がられ方と、当事者の切実な願い。その間には大きな隔たりがあったことが窺える。
樹木のように身体が変貌していくという現象は、フィクションの世界であれば魅惑的な怪奇譚として消費できる。しかし現実の患者たちにとってそれは、痛みと再発を繰り返す終わりのない闘病生活そのものだ。
デデ・コスワラとアブル・バジャンダールという二人の「ツリーマン」の物語は、恐怖や好奇心の対象である前に、一人の人間の記録である。家族を愛し、普通の生活を望んだ人間の記録だ。静かに語り継がれるべきものだろう。
念のため、今回の取材で追った範囲も書いておく。まずインドネシアのデデ・コスワラ氏の生涯だ。発症の経緯、1993年の初回手術、2007年の肺炎を契機としたアンソニー・ガスパリ医師との出会い。さらに2008年の大規模摘出手術で5.8kgのいぼを除去したこと、2009年末の再発、2016年の死去まで追った。
原因疾患である疣贅状表皮発育異常症と、HPV5型・8型についても調べた。EVER1/EVER2遺伝子による免疫不全のメカニズム、悪性化リスクも同様である。バングラデシュのアブル・バジャンダール氏については、16回以上に及ぶ手術と再発の記録を確認した。
手術と再発の順序も、ここで押さえておきたい。バングラデシュの男性については、両手が「樹木状」になった状態からの手術成功が報道された。ところが、その後に「樹木状」の病変は再発した。治療再開を伝える続報が流れ、闘いはまた振り出しへ戻っていく。
身体が木へ変わる病気ではない
デデ・コスワラの手足を覆ったものは、木質へ変化した皮膚ではない。医学的には、疣贅状表皮発育異常症に伴う非常に大きないぼ状の病変と説明される。硬く枝分かれした外見から「ツリーマン」と呼ばれた。ただし、植物の細胞や木の成分が増えたわけではない。
疣贅状表皮発育異常症では、特定の皮膚型ヒトパピローマウイルスに対する防御がうまく働かない。そのせいで感染が長く続く。平らないぼに似た病変や、癜風に似た色の違う斑が広がるのが一般的だ。全ての患者が巨大な樹枝状の塊を生じるわけではない。
感染のきっかけを、少年期のけが一つへ特定することも難しい。本人が傷の後に病変へ気づいた、という経過はある。だが、その傷からウイルスが侵入して病気の全てが始まったという医学的証明は別である。まれな疾患ほど、印象的な最初の場面が原因として固定されやすい。
HPV5型、8型だけの病気ではない
皮膚病変やがんとの関連が強く研究されてきたのは、ベータ型HPVの5型、8型などである。しかし疣贅状表皮発育異常症に関係する型は、それだけではない。患者や病変によって、複数のHPV型が検出される。
遺伝学にも幅がある。典型例の多くでは、TMC6とTMC8という遺伝子の両方のコピーに病的な変化が見つかる。ただし、それで全症例を説明できるわけではない。別の免疫関連遺伝子が関わる型も知られている。臓器移植後、HIV感染、免疫抑制治療などを背景に、似た病変が現れる後天的な型も報告されている。
「遺伝病だから子どもへ必ず伝わる」とも言えない。遺伝形式と本人の遺伝子型、配偶者側の状態で確率が変わる。特定の患者の子どもに同じ症状が出ると決めつけるのではなく、遺伝相談の領域として扱う。
大きないぼだけで診断しない
写真だけを見て、疣贅状表皮発育異常症と決めることはできない。医師は皮膚の分布と経過を確認し、必要に応じて生検で組織を調べ、HPVや遺伝子の検査を組み合わせる。似た外見を示す他のいぼ、角化性疾患、免疫不全を区別する必要がある。
病変の大きさが同じでも、動かしにくさ、痛み、出血、感染、皮膚がんの危険は患者ごとに異なる。とくに日光へさらされる部位では、扁平上皮がんなど非黒色腫皮膚がんの危険が高まることが知られている。形の奇妙さだけでなく、悪性変化の早期発見が重要になる。
一般的な性器型HPVの情報を、そのまま当てはめないことも大切だ。関係するウイルスの型、感染部位、発がんの仕組みが異なる。病名にHPVとあるだけで、患者の性生活を推測したり、接触を避けたりする理由にはならない。
切除は一度で終わる治療ではない
大きな病変は、手術によって動作や衛生を改善できる。しかし、体内のウイルス感受性まで切除できるわけではない。だから新しい病変や再発が起こりうる。複数回の手術が必要になる患者もいる。
レチノイド、インターフェロンなどが試されてきた。ただし、全患者へ確実に効く根治療法は確立していない。治療は病変の場所、悪性化の有無、免疫状態、生活への影響を見て組み合わせる。報道された手術回数は、競争の記録ではない。再発する病気と生活を両立するための経過である。
写真で劇的な改善が見えても、退院後の傷の管理、感染予防、リハビリ、再発の観察が続く。「手術成功」で物語を終えてしまうと、治療が長期にわたる現実が抜け落ちる。
患者の名前と写真を消費しない
デデ・コスワラやアブル・バジャンダールの病変は、世界中のニュース、動画、まとめ記事で繰り返し使われた。同じ数枚の写真が、本人の同意や撮影時期を示さないまま「呪い」「怪物」の証拠として転載されている。
珍しい外見を公開した背景には、治療費や家族の生活を得る必要があった。見世物の仕事をした事実だけで、本人がどの利用にも同意したことにはならない。死後も、画像の権利や家族の尊厳は消えない。
病名を説明する記事なら、身体のアップ写真が必須とは限らない。使う場合は出典、撮影年月日、医療目的、利用許諾を確認する。「閲覧注意」という言葉で病変を恐怖映像に仕立てるより、書くべきことがある。日常動作を失ったこと、治療後に取り戻したこと、再発への対応だ。そのほうが病気を正しく伝えられる。
この疾患は、人体が植物へ変わる怪異ではない。特定のウイルスに対する皮膚の免疫と遺伝的背景が重なって起きる、重い医療上の問題である。外見の比喩を病気の正体にしてはいけない。患者を比喩より先に置く必要がある。
