子どもを病院へ連れていき、かいがいしく世話をする保護者。その姿だけを見れば、献身的な家族に見える。ところが、検査結果と説明がどうしてもかみ合わない。症状が保護者の前でだけ起きたり、病院を移るたびに話が変わったりする。
かつて「代理ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれた問題は、こうした不自然さの奥を扱う。養育者が子どもの病気を作り出す行為が隠れている場合だ。
古い呼び名と現在の位置づけ
「代理ミュンヒハウゼン症候群」は広く知られた通称だ。現在の診断分類では「他者に負わせる作為症」などの名称で整理される。行為を受ける子どもではなく、病気を装わせたり引き起こしたりする側の問題を示す言葉である。子どもの立場から見れば、同時に医療を利用した虐待にあたる。
具体的には、存在しない症状を医療者へ伝える、検査材料を細工する、必要のない薬を与えるなど、さまざまな形が報告されてきた。ここで念のため言っておく。診断がなかなかつかず複数の病院を受診している家庭が、すべてこれに当てはまるわけではない。珍しい病気や症状の変動、医療者間の情報不足でも、記録の食い違いは起こる。外から見える一つの行動だけで家族を疑うのは危険だ。
また、「愛情を確かめたい母親の病気」と決めつけるのも正確ではない。注目や同情を得ることが関係すると説明される場合はある。ただ、動機は本人にも整理できていないことがある。性別や家族関係だけでは判断できない。記事の見出しになるような単純な心理劇ではない。
なぜミュンヒハウゼンの名が残ったのか
名称の由来は、18世紀のドイツに実在した軍人ミュンヒハウゼン男爵をモデルにした、誇張された冒険談である。ほら話の主人公の名が、病気を作ったり装ったりする行動を表す医学用語へ転用された。その後、自分ではなく身近な他者を病人として扱うケースに「代理」という言葉が付いた。
覚えやすい名前ではある。ただ、物語の「ほら吹き」と現実の虐待を、同じ軽さで受け取らせる弱点もある。病気のふりをする本人の作為症と、子どもなど別の人へ症状を負わせる行為も、同じではない。さらに、ネット上で病歴を偽る行為を一括して「ネット・ミュンヒハウゼン」と呼ぶこともある。ただし、画面上の投稿だけで正式な診断を下せるわけではない。
公開事件を症候群だけで説明しない
この問題を広く知らしめた例として、米国のジプシー・ローズ・ブランチャードをめぐる事件がしばしば紹介される。母親は娘に多くの病気があると周囲へ説明し、車椅子や医療処置を伴う生活を続けさせていた。のちに母親が殺害され、娘と交際相手が刑事事件の当事者となった。そこから、世界的な報道や映像作品が相次いだ。
公に確認された裁判や報道の経緯はたどれる。だが、事件全体を一つの症候群だけで説明することはできない。長期間の支配、家族関係、刑事責任、本人が受けた被害は、それぞれ別に見る必要がある。映像作品で再構成された会話や心理描写も、診療記録そのものではない。実在人物の内心を、視聴者が診断名で言い切るべきではないだろう。
違和感の積み重ねを誰が確かめるのか
発覚が難しい理由の一つは、医療者が基本的に家族からの説明を信頼して診療を始めることにある。受診先が分かれていれば、過去の検査結果や説明のずれも見えにくい。子どもが幼い場合や、長く病人として扱われてきた場合は、自分の経験を言葉にすることも難しい。
そのため実際の確認は、医師一人の直感ではなく、診療記録、検査結果、複数職種の観察を積み重ねて行われる。はっきり言って、匿名掲示板の「怪しい親を見た」という投稿は、その代わりにならない。無関係な家庭への中傷や、子どもの特定につながる情報の拡散は、別の被害を生む。
このテーマで本当に怖いのは、奇妙な母親像ではない。守る立場の人と医療への信頼が、被害を隠す道具にもなりうることだ。だからこそ、センセーショナルな動機づけや素人診断は避ける。診断名、虐待という事実、公開事件、ネット上の体験談を混ぜずに扱う必要がある。
