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水を見た瞬間、喉が跳ねる――致死率ほぼ100%の狂犬病、神経を這い上がるウイルスと、吸血鬼・狼男伝説がそこから生まれたという説

たぶん、あなたが想像している「水を怖がる病気」とはちょっと違う。

狂犬病の恐水症は、心の問題じゃない。理屈で怖がっているんじゃないんだ。水を飲もうとすると、あるいは水を見ただけで、喉と横隔膜が勝手に痙攣する。本人の意思とは無関係に、体が勝手に暴れる。息が詰まる。溺れているような感覚が襲ってくる。それが一度起きると、脳が学習してしまう。次にコップを差し出されたとき、まだ口に近づいてすらいないのに、体のほうが先に反応する。水面のきらめきを見た。水の音が聞こえた。それだけで、喉が跳ねる。

医療者が書き残した記録には、こういう場面が何度も出てくる。渇いている。ものすごく渇いている。患者は水を欲しがる。自分から水をくれと言う。差し出される。手を伸ばす。そして口元に近づけた瞬間、顔が歪んで、首がのけぞって、腕が跳ねて、コップが床に飛んでいく。本人は泣きそうな顔で、飲みたいのに、と言う。もう一度やってみる。同じことが起きる。渇いて死にそうなのに、水が飲めない。この矛盾のなかで、人は死んでいく。

しかも最悪なのは、この間ずっと意識がはっきりしていることが多い、という点だ。何が起きているか分かっている。自分が助からないことも、たいてい途中で分かってしまう。狂犬病というのは、そういう病気だ。

傷はとっくに治っている。なのに、そこだけがチリチリする

始まりは、だいたい地味だ。

微熱が出る。だるい。食欲がない。頭が痛い。喉がイガイガする。吐き気がする。ここだけ切り取ったら、ただの風邪だ。実際、この段階で風邪ですねと言われて帰される例はいくらでもある。前駆期と呼ばれるこの時期は、だいたい二日から十日くらい続く。

ただし、ひとつだけ他の風邪と決定的に違うサインがある。噛まれた場所だ。

もう傷はふさがっている。何ヶ月も前の話で、うっすら痕が残っているだけかもしれない。なのに、そこがチリチリする。ムズムズする。妙に痒い。あるいは灼けるように痛む。虫が這っているような感覚だと表現する人もいる。犬に噛まれたケースでは三割ほど、コウモリのケースでは七割ほどにこの症状が出るとされる。医学的には知覚異常と呼ばれるやつだが、当事者の言葉で言えば、治ったはずの傷が思い出したように喋りだす、という感じらしい。

これが何を意味しているかというと、ウイルスがそこから神経に入って、いま脊髄や脳に到達したという合図だ。つまり、このチリチリが始まった時点で、もう手遅れなんだ。ワクチンが間に合うのはこの前まで。噛まれた直後なら、ほぼ確実に助かる。発症してからでは、ほぼ確実に助からない。この落差が、狂犬病という病気のいちばん残酷なところだと思う。

神経の中を、日速で這い上がってくる

狂犬病ウイルスの何が不気味かって、移動の仕方だ。

普通の感染症は血に乗る。全身を一気に巡って、免疫がそれを見つけて叩く。でも狂犬病ウイルスは血に乗らない。噛まれた場所の筋肉のあたりでちょっとだけ増えて、それから末梢神経の末端に取り付く。そして、神経細胞の中を通って移動を始める。軸索という長いケーブルの中を、逆向きに、上流へ、上流へと運ばれていく。細胞の中の輸送システムを乗っ取って、荷物のふりをして運ばれるわけだ。

速度は、だいたい一日あたり数ミリから、速くても十数センチというオーダー。歩くようなスピードじゃない。這うようなスピードですらない。にじり寄る、くらいの遅さだ。

でも、この遅さこそが厄介なのだ。神経の中にいる限り、免疫システムから見えない。抗体もほとんど作られない。体は侵入されていることに気づかないまま、何ヶ月も普通に生活する。仕事に行く。飯を食う。犬に噛まれたことなんて忘れる。その間ずっと、ウイルスは着実に脊髄を上っている。

だから潜伏期間がめちゃくちゃに長い。平均すると一ヶ月から三ヶ月。でも一年以上経ってから発症する例もあるし、もっと長かったと報告される例もある。逆に、顔や首を噛まれた場合は脳までの距離が短いので、二週間足らずで発症することもある。同じ日に同じ犬に噛まれた二人が、片方は一ヶ月後、片方は一年後に発症するなんてことが起きうる。

そして脳に到達したあと、今度は逆方向に走り出す。脳から遠心性に、全身の神経を伝って外側へ。角膜、皮膚、内臓、筋肉。そしてなにより唾液腺。ここに大量のウイルスが送り込まれる。宿主が唾液まみれの口で誰かに噛みつけば、ウイルスは次の宿主に移れる。

つまりウイルスの側から見れば、宿主を凶暴にして、唾液を出させて、噛みつかせるという一連の症状は、副作用でも偶然でもない。全部、伝播のための機能なんだ。狂犬病ウイルスは、宿主の行動そのものを書き換えて、自分をばらまかせる。そう考えると、あの噛みつくという症状の意味が急に変わってくる。あれは病気の苦しみの表現じゃない。ウイルスの、移動手段だ。

ある男の二十七日間。二〇二〇年、日本で起きたこと

ここからは、実際に日本で起きた記録をたどってみる。

二〇二〇年、国内で狂犬病の発症例が報告された。患者は三十代の男性。外国籍で、日本ではアパートで職場の同僚と二人で暮らしていた。ペットは飼っていない。日本に来る八ヶ月前、フィリピンで犬に噛まれていた。噛まれた場所は左の足首だ。

来日して三ヶ月ほど経ったころ、彼は両足首の痛みを訴え始める。八ヶ月前に噛まれた、その足首だ。翌日には腰が痛いと言い出す。ここまでなら、ただの体調不良に見える。仕事の疲れ、慣れない土地、そんなところだろうと誰もが思う場面だ。

三日目に、様子が変わる。彼は妻が見えると言い始めた。妻はフィリピンにいる。日本にいるはずがない。でも彼には見えていた。

四日目の夜中、彼はその妻を探して歩き回った。アパートの中を、いるはずのない人を探して。同居していた同僚がどんな気持ちでそれを見ていたのか、記録には残っていない。ただ、その光景は想像できてしまう。真夜中に、隣の部屋の男が起き出して、誰もいない場所に向かって話しかけている。名前を呼んでいる。

五日目、彼は自力で歩けなくなった。介助がないと立てない。落ち着きがなく、会話の辻褄が合わない。熱がある。病院に運ばれた。到着したときの体温は三十八度五分。脈は毎分百四十。意識レベルは、呼びかけには反応するが受け答えがおかしい、というレベルだった。

入院の翌日には、もう会話が成立しなくなっていた。熱と意識障害が続く。三日目に頭部のMRIを撮ると、脳の底のあたりや脳の表面、大脳の深いところの白質に、散らばるような高信号域が写った。同じ日、唾液から狂犬病ウイルスの遺伝子が検出される。診断がついた。ついてしまった。

四日目、唾液が大量に出るようになる。狂犬病の典型的な症状だ。飲み込めないから口から溢れる。薬を使っても止まらない。すでに気管挿管がなされ、人工呼吸器につながれていた。抗菌薬、ステロイドパルス、抗ウイルス薬、思いつく限りの手が打たれている。効かない。

十日目、血中のナトリウム濃度が異常に上がっていく。脳の視床下部がやられると、水分の調節が壊れる。十一日目、瞳孔が開いて、光を当てても反応しなくなった。脳幹が機能を失ったサインだ。

そして二十七日目、彼は亡くなった。

日本で狂犬病の発症例が報告されたのは、これで四件目だった。一九七〇年にネパールで噛まれた日本人旅行者が帰国後に発症して以来、二〇〇六年にフィリピンからの二例、そしてこの二〇二〇年の例。国内での感染は、ヒトと犬が一九五六年、猫が一九五七年を最後に確認されていない。つまり日本国内で犬に噛まれて狂犬病になった人は、七十年近くいない。それでも、こういうことは起きる。

興奮期という名前がついているが、本当は「意識のある地獄」だ

臨床的には、狂犬病の急性期は二つのタイプに分かれる。犬に噛まれたケースのおよそ三分の二が脳炎型、いわゆる狂躁型。残りの三分の一が麻痺型だ。

狂躁型のほうが、いわゆる狂犬病らしい症状を出す。興奮する。落ち着かない。じっとしていられない。暴力的になる。噛みつく。幻覚を見る。混乱する。そこに恐水症と恐風症が加わる。恐風症というのは風が怖くなるやつで、扇風機の風や、人が横を通ったときのわずかな空気の動きにすら、喉が痙攣して反応する。恐水症と恐風症は、狂犬病にほぼ特異的な症状とされていて、患者のおよそ半数に見られる。

ここで、いちばん残酷なポイントを言っておく。

この発作は、五分も続かない。数分でおさまる。そしておさまっている間、患者はしばしば完全に正常なのだ。落ち着いていて、協力的で、会話ができて、頭がはっきりしている。自分が何をしたか覚えている。医療者に謝る人もいる。家族の顔が分かる。そしてまた、光か、音か、誰かが触れたか、あるいは何のきっかけもなく、発作が来る。暴れる。おさまる。正気に戻る。また来る。

つまり、患者はずっと立ち会っているんだ。自分の体が自分の言うことを聞かなくなっていく過程に、意識のあるまま立ち会わされる。これがどれほどのことか。狂犬病の記録を読んでいて背筋が冷たくなるのは、この一点に尽きると思う。混濁して何も分からなくなるほうが、まだ救いがある。

自律神経もめちゃくちゃになる。熱が出て、脈が跳ね上がり、血圧が乱高下する。左右の瞳孔の大きさが揃わなくなる。涙が止まらない。汗が噴き出る。唾液が異常に出る。顔面の神経が麻痺して、表情が片側だけ引き攣る。歯が剥き出しになったような、笑っているような、唸っているような顔になる。この引き攣った顔が、後で吸血鬼の話につながってくる。

麻痺型のほうは、もっと静かだ。最初から手足が麻痺していって、熱と頭痛が目立つ。ギラン・バレー症候群にそっくりで、恐水症も出ないことがある。だから生きているうちに診断がつかない場合が多い。ある意味では、こちらのほうが本人にとってはましなのかもしれない。ただし結末は同じだ。

昏睡は発症から十日以内に始まることが多い。集中治療がなければ、そのあとすぐに呼吸が止まる。人工呼吸器をつなげば、命の長さは数ヶ月に引き延ばせる。ただ、それは治癒とは違う。

古代の人間も、こいつのことは知っていた

狂犬病の記録は、人類の書き物とほぼ同じくらい古い。

紀元前十八世紀ごろのメソポタミア、エシュヌンナの法典と呼ばれる文書に、噛む犬をめぐる規定がある。飼い主が危険な犬を管理せず、その犬が人を噛んで死なせたら、飼い主は罰金を払う。医学書ではなく、法律の文書に先に出てくるというのが面白い。つまり当時の人々は、病気のメカニズムはまるで知らなかったが、あの犬に噛まれた人間は死ぬ、という因果関係だけは、経験からはっきり把握していた。

ギリシャ人はこれをリュッサと呼んだ。怒りとか狂気を意味する言葉だ。アリストテレスは動物誌のなかで、犬が罹る病気があり、それが噛まれた相手にうつることを書いている。ローマの医学者ケルススは、さらに踏み込んだ。病気を運んでいるのは動物の唾液だ、と書いている。紀元一世紀の話だ。ウイルスという概念が生まれる千八百年以上前に、感染経路の本質を言い当てている。

そして、ケルススが推奨した治療がすごい。傷を焼け。切り取れ。焼灼と切除だ。乱暴に聞こえるが、ウイルスがまだ噛まれた場所の周りにいるうちに物理的に潰すという発想は、方向性としては間違っていない。実際、二千年後の十九世紀まで、これが唯一の治療であり続けた。

中世になると、ガレノスやアヴィセンナの知識が受け継がれる一方で、宗教的な処置や民間療法が入り混じる。狂犬石と呼ばれる石を傷に当てて毒を吸い出す、といったものだ。狂犬病を治すとされた聖人に祈願する巡礼路もあった。効果はもちろん、なかった。街ぐるみでできる唯一の実効的な対策は、怪しい犬を片っ端から殺すことだけだった。

十九世紀のアメリカに残る医師の記録には、こんな症例が書き留められている。ある患者は隣人の犬に手を噛まれた。傷は焼灼された。当時のベストな処置だ。だが二ヶ月後に発症する。嚥下のたびに痙攣が走り、恐ろしい苦痛のなかで死んだと記録されている。もう一人の患者は、怪しい犬を棍棒で撲殺した際に、犬の口から飛んだ唾液が手に付き、そこにあった擦り傷から入ったのではないかと推定されている。噛まれてすらいない。それでも死んだ。

この時代、恐水症は最も恐れられた病気だった。理由は簡単で、他のどんな病気にも増して、完全に、確実に、逃げ場なく死ぬからだ。しかも死に方が、人間の尊厳を根こそぎ剥ぎ取っていく死に方だった。

一八八五年七月六日、パリ

そこにパスツールが現れる。

一八八五年七月、アルザスの九歳の少年ジョゼフ・メステールが、狂犬病の犬に襲われた。噛まれた傷は十四ヶ所。ほぼ確実な死刑宣告だ。母親は少年を連れてパリへ向かった。狂犬病の研究をしている学者がいるらしい、という噂を頼りに。

パスツールが当時やっていたのは、こういうことだ。狂犬病に感染したウサギの脊髄を取り出し、それを乾燥させる。乾燥日数が長いほど、病原性が弱まる。長く乾かしたものはほとんど無毒。日数が短いほど毒性が強い。この弱いものから順に注射していけば、体が慣れるのではないか。ウサギの体内で継代を繰り返すことで、ウイルスの性質を人為的に変えていくという発想だった。

問題は、これが犬でしか試されていなかったことだ。人間には一度も使っていない。しかもパスツールは医師免許を持っていない。無資格で人体に注射をすれば、法的に極めてまずい。研究室の同僚だったエミール・ルーは、人間に使うのは時期尚早だと強く反対したと伝えられている。

結局、医師であるジャック・ジョゼフ・グランシェが注射を担当することで、実施に踏み切った。七月六日から、少年への接種が始まる。毒性の弱いものから順に、日を追って強いものへ。十日間にわたって接種は続いた。

数週間後、少年は死ななかった。

これが世界を変えた。翌年にはパリのパスツールのもとに、ヨーロッパ中から、そしてロシアやアメリカからも、噛まれた人々が押し寄せた。狼に噛まれたロシアの農民たちが、はるばる汽車でパリまで来た話は有名だ。パスツール研究所は、この熱狂と寄付のなかで設立される。

ただし、この話には後日談としての議論がある。歴史家ジェラルド・ガイソンが一九九〇年代にパスツールの私的な実験ノートを詳細に分析したところ、パスツールが公表した内容と、実際にノートに記録されていた内容の間に、無視できないずれがあることが指摘された。犬での予防実験が公言されたほど十分に成功していなかった可能性、そしてメステール少年への接種が事実上ぶっつけ本番に近かった可能性が論じられた。この解釈をめぐっては強い反論もあり、決着したとは言い難い。ただ確かなのは、当時の基準でも際どい賭けだったということ、そしてその賭けに勝ったからこそ今があるということだ。

もう一つ、多くの人が知らない話がある。メステール少年は成長し、パスツール研究所の門番として長く働いた。彼の人生の終わり方については複数の説が語られており、劇的な逸話が広く流布しているが、その細部については後年の研究で疑問も出されている。伝説というのは、そういうふうに育つ。

眠らされた少女

そして二〇〇四年、アメリカ、ウィスコンシン州。

九月十二日、十五歳のジーナ・ギースは教会にいた。堂内にコウモリが迷い込んでいた。彼女はそれを外に逃がそうとして、素手で捕まえた。左手の人差し指を噛まれた。傷は小さかった。家に帰って消毒した。それで終わりにした。ワクチンは打たなかった。

一ヶ月後の十月十三日、風邪のような症状が出る。左手が痺れて、物が二重に見えて、左脚に力が入らなくなった。十月十五日に地元の病院に入院したが、脳の画像は正常で、自己免疫性の脳炎ではないかと判断され、いったん退院になっている。二日後、彼女はミルウォーキーの小児病院に運び込まれた。高熱、言葉が出ない、白血球の増加、けいれん。

医師たちが両親から、コウモリに噛まれた、という話を聞き出す。検体が送られ、狂犬病が確定した。

ここから先が医学史に残る。担当医のロドニー・ウィロビーは、専門家と議論するなかで、あることに気づく。狂犬病で死んだ患者の脳を後から調べると、経過が長かったものではウイルスの痕跡がなく、脳の構造そのものは意外にきれいなことが多い。つまり体はウイルスを排除できるのだ。ただ、間に合わないだけで。脳がウイルスに破壊されて死ぬのではなく、脳が暴走して起こす自律神経の嵐で死ぬのだとしたら。だったら、患者を人工的に深く眠らせて、その嵐が過ぎるまで脳を静めておけばいいのではないか。

十月十九日、医療チームはケタミンで昏睡を導入した。ミダゾラム、フェノバルビタール、そして抗ウイルス作用が期待されたアマンタジンが併用された。

一週間の昏睡のあいだ、狂犬病末期に必ず起きるはずの心拍上昇も血圧の乱れも、起きなかった。そして週末、彼女の体が抗体を作り始めた。昏睡から目覚めたとき、彼女は麻痺していた。しかし翌日、脚が動き始めた。

彼女は後にこう振り返っている。十五歳で生まれ直した赤ん坊のようだった、何もできなかった、と。喋れない。飲み込めない。座れない。十二日後にようやくベッドに座れるようになる。ビオプテリンの欠乏が見つかり、それを補ったところで言葉と嚥下が戻ってきた。

年が明けた一月一日、彼女は両親とともに退院した。医療費はおよそ八十万ドル。ワクチンを打たずに発症し、生還した史上初の人間になった。その後、高校に復学し、大学で生物学を修めて卒業した。結婚し、子どもを産んだ。今も左半身の反応が右より少し遅いというが、生きている。

ただし、その方法は死んだ

ここで話を止めれば、美しい医学ドラマだ。でも、そうはならなかった。

ミルウォーキー・プロトコルは、その後世界中で何度も試された。そして、ほとんど全部失敗した。二〇一五年時点で三十例以上の失敗が集計され、その後も増え続けて、少なくとも六十例を超える失敗が報告されている。査読つきの文献で、このプロトコルによって助かったときちんと言えるのは、結局ジーナ・ギースの一例だけだ。

批判の中身は厳しい。そもそも神経系のウイルス感染に治療的昏睡をかけるという発想に、しっかりした科学的根拠がない。近年の研究では、狂犬病における神経細胞のダメージは酸化ストレスやミトコンドリアの機能不全と関係していると考えられていて、深く眠らせることはそこに何も作用しない。

さらに厄介な指摘がある。ジーナ・ギースが助かったのは、プロトコルのおかげではなく、彼女の体が異例に早く中和抗体を作ったからではないか、という説だ。彼女を噛んだコウモリ由来のウイルス株の性質、彼女自身の免疫の個性、そのあたりの偶然が重なった結果であって、昏睡は関係なかったのかもしれない。

そして、もっと地味だが効いてくる事実がある。インドを中心に、このプロトコルを使わずに、普通の集中治療だけで生き延びた患者が三十人以上報告されている。呼吸を支え、循環を保ち、感染を防ぎ、栄養を入れる。何十年も前から確立されている、当たり前の集中治療だ。むしろそれこそが、唯一機能している要素なのではないか、と。

二〇二〇年代に入ってから、専門家の間ではこのプロトコルを完全に放棄すべきだという議論が主流になっている。多くの患者にとって最も適切なのは、苦痛を取り除く緩和的な管理だという、身も蓋もない結論だ。

ただ、そう言い切るのも簡単ではないと思う。目の前で死んでいく十五歳がいて、教科書が何もできないと書いてあるとき、何かを試した医師を、後から失敗率で殴るのは誰にでもできる。ジーナ・ギースが生きているという事実は消えない。医学の進み方というのは、たぶんこういう泥臭さの積み重ねだ。

吸血鬼は、狂犬病だったのか

さて、ここからがオカルト方面の本題だ。

一九九八年、スペインの神経内科医フアン・ゴメス=アロンソが、神経学の専門誌に一本の論文を出した。タイトルはそのまま、狂犬病は吸血鬼伝説の説明になりうるか、というものだ。

彼が最初に注目したのは、年代の一致だった。東欧、とくにハンガリー周辺で吸血鬼騒動が爆発的に記録され始めるのは一七二〇年代だ。そして同じころ、その地域では動物の狂犬病が大流行していた。一七二一年から一七二八年にかけての流行と、吸血鬼の目撃報告の急増が、ほぼぴったり重なる。

そのうえで彼は、症状を一つずつ伝説と突き合わせていく。

吸血鬼は噛む。狂犬病患者も噛む。吸血鬼は口のまわりに血をつけている。狂犬病患者は血の混じった泡を口から吹くことがある。吸血鬼は牙を剥き出しにした獣のような顔をしている。狂犬病では顔面の筋肉が痙攣し、唇が引き攣って歯茎が露出する。あの表情だ。

吸血鬼は光を嫌う。狂犬病では感覚が異常に過敏になり、強い光が発作の引き金になる。吸血鬼は鏡に映らない、あるいは鏡を避ける。ゴメス=アロンソは当時の記録を引いて、こう書いている。自分の姿を鏡で見ていられる者は、狂犬病ではないと判断された、と。つまり当時の判断基準に、鏡を見せる、が入っていた。伝説が先にあったのではなく、診断の実務が先にあった可能性がある。

吸血鬼はニンニクを嫌う。狂犬病では嗅覚も過敏になり、刺激臭が発作を誘発する。吸血鬼は夜に徘徊する。狂犬病ではウイルスが睡眠を司る視床下部を侵し、激しい不眠と夜間の徘徊が起きる。

そして、あまり品よく語られない一致点がある。狂犬病では大脳辺縁系が侵されることで、性行動が異常に亢進する例が報告されている。吸血鬼伝説の、あの露骨に性的な色合い。ここが重なる。加えて統計的なことを言えば、狂犬病は男性の発症が女性より数倍多いとされる。吸血鬼も、伝統的な伝承では圧倒的に男が多い。

伝播経路そのものも一致する。噛むことで感染する。噛まれた者が、次の加害者になる。これほど吸血鬼的な病気は、他にない。

墓を暴いたら死体が生々しく、血が固まっていなかったという記録についても、彼は説明を試みている。狂犬病による死では血液が固まりにくいこと、そしてハンガリーの冷たく湿った土壌が遺体の腐敗を遅らせることの組み合わせだ、と。

狼男のほうも、たぶん同じ穴の狢

じゃあ狼男はどうか。こちらはもっと直接的だ。

中世から近世のヨーロッパで、狂犬病を撒き散らす主役はしばしば狼だった。飢えた狼が村に降りてきて人を襲うのは珍しいことではなかったし、狂犬病に罹った狼は正気の狼よりはるかに危険だった。恐怖心を失い、日中に人里に出てきて、逃げる相手を追い、複数の人間を次々に襲う。狂犬病の狼一頭が何十人も噛んだという記録も残っている。

そして噛まれた人間は、数週間から数ヶ月後に、獣のようになる。唸る。噛みつく。よだれを垂らす。夜に徘徊する。

人が獣になる、という物語が生まれるのに、これ以上の材料は要らない。しかも、噛まれた者が次に獣になる、という狼男伝説の核心そのものが、感染症の伝播そのままだ。十六世紀のフランスでは狼男裁判が実際に行われ、何人もの人間が狼に変身したとして裁かれ、処刑されている。十八世紀のジェヴォーダンの獣騒動も、正体をめぐる説の一つに狂犬病に罹った大型の獣を挙げるものがある。

さらに言えば、近年のゾンビ像との重なりも指摘されている。噛まれると自分もそうなる、理性を失う、人に襲いかかる、走って追ってくる。ゾンビ映画の文法は、狂犬病の症状表をほぼそのままなぞっている。

三つの証言、あるいは三つの立ち会い方

ここで、実際に狂犬病を見た人たちの言葉を並べてみたい。立場が違うと、同じものがまるで違って見える。

ひとつめは、十九世紀の田舎町の医師の記録だ。彼が診た患者は、隣の家の犬に手を噛まれ、当時の常識どおり傷を焼灼された。焼灼というのは、熱した鉄を傷口に押し当てることだ。想像するだけで痛い。それを我慢して受けた。傷は治った。二ヶ月が過ぎ、誰もが忘れかけたころに、患者は発症した。

医師の記録には、患者が神経過敏になり、飲み込もうとするたびに痙攣が走ったこと、そして恐ろしい苦痛のなかで死んだことが淡々と書かれている。この医師が本当に伝えたかったのは、たぶん、自分には何もできなかった、という一行だ。彼は同じ記録のなかで、服の上から噛まれた場合は布が唾液を拭い取るから助かるかもしれない、という推測を書き残している。根拠のない希望的観測だ。でも、それを書かずにはいられなかった気持ちのほうが、この記録の本体だと思う。何もできない医者が、次に同じ場面に立つ誰かのために、藁のような仮説を書き残す。それが十九世紀の狂犬病医療の実態だった。

ふたつめは、二〇二〇年に日本で亡くなった男性の記録だ。彼が発症三日目に言った言葉が、報告に残っている。妻が見える、と。妻はフィリピンにいた。日本にはいない。それでも彼には見えていた。そして四日目の夜中、彼はその妻を探して部屋を歩き回った。

これは症状としては幻覚と異常行動という二語で片付けられる。カルテには、そう書かれる。でも、そこにいたはずの本人の体験は、二語ではない。八ヶ月前に足首を噛まれたことなんてとうに忘れて、遠い国に働きに来ていて、体の調子がおかしくて、そして真夜中にふと、いるはずのない妻が部屋にいるのを見る。彼はそれを幸福な瞬間として体験したのか、恐怖として体験したのか。誰にも分からない。分かっているのは、その二日後には会話が成立しなくなり、二十七日目に亡くなったということだけだ。狂犬病の記録を読んでいて、いちばん胸に残ったのはこの「妻が見える」の一行だった。

みっつめは、生還者本人の言葉だ。ジーナ・ギースは、昏睡から覚めた後の自分を、十五歳で生まれ直した赤ん坊のようだった、何もできなかった、と表現している。ここには英雄的な響きがまったくない。奇跡の生還者として何度も取材を受けた人が選んだ言葉が、赤ん坊だった。喋れず、飲み込めず、座れず、歩けず、全部をゼロから覚え直した数ヶ月。二〇二四年、被害から二十年の節目に地元メディアの取材に応じた彼女は、いまも狂犬病の啓発に関わっていると語っている。生き延びるというのは、悪夢が終わることではなくて、悪夢のあとを何十年も生きることなんだな、と思わされる。そして、担当医のウィロビーが後に自分の治療法を厳しく批判されることになったのも、この話の一部だ。奇跡には、必ず後日談がついてくる。

ネットの考察界隈がざわつくポイントと、そのだいたいの答え

狂犬病はネットで定期的にバズる。そのたびに同じ話が繰り返されるので、代表的なやつをいくつか片付けておこう。

いちばん多いのが、致死率百パーセントという表現をめぐる論争だ。厳密に言えば百パーセントではない。生還者はいる。ただ、記録に残る生還者は世界で数十人という規模で、しかもその多くは重い後遺症を残している。年間の死者数と比べれば、統計的には誤差だ。ほぼ百パーセントという言い方は、感染症の中では例外的なほど正確な表現なのだと思う。

次に多いのが、水が怖いなら点滴すればいいじゃないか、というやつ。実際、末期の患者はとっくに点滴も人工呼吸器もつながれている。恐水症は脱水で死ぬ病気ではない。喉が痙攣することが問題なのではなく、その痙攣を起こしている脳の状態が問題なのだ。水分を入れれば解決する話ではない。

日本にはいないんだからワクチンは要らない、も定番だ。これは、いる、いないの話ではなく、入ってきたときにどうなるかの話だ。日本の犬の狂犬病予防注射の接種率は、二〇〇〇年代に八割を切って、近年は七割前後まで落ちている。集団としての流行を防ぐ目安とされる水準が七割だから、ぎりぎりのラインを走っていることになる。しかも登録されていない犬は分母にすら入っていない。台湾は一度は撲滅を宣言したあと、二〇一三年に野生のイタチアナグマから狂犬病ウイルスが見つかった。清浄というのは、状態であって、性質ではない。

噛まれてもすぐ病院に行けば大丈夫なんでしょ、も、半分正解で半分危うい。曝露後の予防は極めて有効で、適切にやればまず発症しない。だが、日本人旅行者を対象にした調査では、滞在中に犬に噛まれた人のうち、その後きちんとした処置を受けた人はごく一部だったという報告がある。噛まれたことを軽く見て、旅程を優先してしまう。ワクチンが効くかどうか以前に、行かない人が多いのだ。

もう一つ、怪談方向でよく出るのが、発症したら人は必ず凶暴になる、というイメージ。これは三分の一くらい間違っている。麻痺型の狂犬病では、患者は暴れない。静かに麻痺が広がっていくだけで、恐水症すら出ないことがある。ホラーの文法に当てはまらない狂犬病のほうが、診断がつかず、周囲に感染リスクを残したまま見送られる分、現実的にはずっと厄介だ。

犬だけじゃない。天井裏のあの羽音

世界の死者のほぼ全部は犬から来ている。九割九分だ。年間およそ五万九千人が死んでいると推計されていて、その四割が十五歳未満の子どもだ。アジアとアフリカが中心で、百五十以上の国と地域で問題になっている。年間二千九百万人以上が曝露後のワクチンを受けているという数字もある。経済的損失は年間八十六億ドル規模と見積もられている。

一方で、犬の狂犬病をほぼ制圧した国では、主役が入れ替わる。アメリカで近年報告されるヒトの症例は、ほとんどがコウモリ由来だ。二〇二一年八月には、アイダホ、イリノイ、テキサスでコウモリに接触した三人が、その後相次いで亡くなっている。三人とも、接触から発症までは三週間から七週間ほど。三人とも、曝露後の予防処置を受けていなかった。

ここが怖いところで、そのうち一人は、噛まれたこと自体に気づいていなかった。コウモリの歯は細くて鋭い。刺し傷は針の穴ほどで、痛みもほとんどない。寝ている間に部屋に入ってきたコウモリに噛まれても、朝起きたときに何も気づかない。だからアメリカでは、部屋の中でコウモリを見つけて、噛まれた確信がなくても状況的にありえるなら、予防処置を検討するという方針がとられている。もう一人は、コウモリの検査で陽性が出たのにワクチンを拒否して亡くなっている。

アメリカではアライグマ、スカンク、キツネの狂犬病も広く分布していて、野生動物への経口ワクチン散布が地道に続けられている。狐が主役の地域もあれば、吸血コウモリが家畜を襲う中南米のような地域もある。犬だけを見ていれば済むというのは、犬の管理が行き届いた社会の中でだけ成り立つ話なのだ。

で、なぜこの病気だけが、こんなに語られるのか

死者数だけで言えば、狂犬病より多くの人を殺している病気はいくらでもある。結核も、マラリアも、桁が違う。それでも狂犬病だけが、四千年にわたって法典に、神話に、小説に、映画に、繰り返し姿を変えて出てくる。なぜか。

理由はいくつかあると思う。

ひとつは、加害者が犬であることだ。人類が最初に家畜化して、いちばん近くに置いて、最も信頼している動物。その犬が、ある日、目の色を変えて自分を噛む。この裏切りの構造が、人間の心の深いところを直撃する。狂犬病は、味方だったものが敵になる、という物語の原型そのものだ。

ふたつめは、猶予があることだ。噛まれた瞬間には何も起きない。傷は治る。生活は続く。そして忘れたころに、時限爆弾が動き出す。潜伏期間という空白が、恐怖を増幅させる。今この瞬間にも、自分の神経のどこかを何かが上っているかもしれないという想像。この病気は、待たせることで人を追い詰める。

みっつめは、意識が保たれることだ。これが決定的だと思う。多くの致死的な病気では、終盤には意識が薄れる。それは苦しみからの、ある種の撤退経路だ。狂犬病はそれを許さない。自分が獣のように暴れるのを、自分で見ている。自分が水を怖がるのを、自分で理解している。理性を持ったまま、理性が効かない体に閉じ込められる。人間が人間でなくなる過程を、人間として体験させられる。

そしてよっつめ。この病気は、宿主の行動を書き換える。噛みつかせる。うつす。ウイルスが人の意思を乗っ取って、自分をばらまくために体を使う。これは寄生と憑依の中間みたいな現象で、人類が語り継いできた「取り憑かれる」という概念の、いちばん物理的な実例だ。悪魔憑きも、吸血鬼も、狼男も、ゾンビも、たぶん全部、この現実の変奏なんだと思う。

つまり狂犬病は、怪談の題材になったのではない。怪談の原型そのものだったのだ。人間が語ってきた変身、憑依、感染する狂気、噛まれたら仲間入り、という物語の骨組みは、この病気が実際にやることを、そのまま写し取っている。

同じ体の中を、二つの時計が別々の速さで進んでいる

改めて全体を眺め直してみると、狂犬病という病気の本当の主題は時間なんじゃないかと思えてくる。

この病気には、二つの時間が流れている。ひとつは、ウイルスの時間だ。噛まれた場所からじりじりと神経を上っていく、一日数ミリの時間。免疫にも見つからず、症状も出さず、ただ静かに進む。もうひとつは、人間の時間だ。傷が治り、痛みを忘れ、日常に戻り、犬に噛まれたことすら記憶の底に沈んでいく時間。

この二つの時間は、同じ体の中を、まったく別の速度で流れている。そして交差した瞬間に、すべてが終わる。二〇二〇年に日本で亡くなった男性の場合、八ヶ月というずれがあった。左足首を噛まれたことは、たぶん彼にとってはもう昔話だったはずだ。来日して、仕事を覚えて、同僚と暮らして。その日々のあいだずっと、もう一つの時計が動いていた。

医学ができることの本質も、この時間の話に還元できる。曝露後の予防が効くのは、要するにウイルスの時計より免疫の時計を速く回すことだからだ。ウイルスが神経を這って脳に着くまでの数週間から数ヶ月という猶予のあいだに、ワクチンで抗体を立ち上げてしまう。これほど極端に、遅い病原体だからこそ勝てる感染症は他にない。

逆に言えば、脳に着かれた瞬間、この戦略は完全に無効になる。だから狂犬病の医療は、発症の前と後で、まるで別の学問みたいに断絶している。前はほぼ百パーセント助かり、後はほぼ百パーセント死ぬ。中間がない。医療というのはたいてい確率の勾配のなかで仕事をするものだが、この病気だけは崖なのだ。

ミルウォーキー・プロトコルをめぐるこの二十年の顛末は、その崖を人間が越えようとして、越えられなかった記録として読める。ジーナ・ギースが助かったという事実は動かない。しかし、そこから導き出された方法論は、その後六十例以上の失敗を積み上げて、いま専門家の間では放棄すべきだという結論に傾いている。彼女が助かった理由は、たぶん昏睡ではなく、彼女の体が異例に早く中和抗体を作ったこと、そしてコウモリ由来の株の性質やその他の偶然の重なりのほうにある。つまり我々は、崖を越えた一人を見て、越え方が分かったと思い込んだ。実際には、たまたま風が吹いただけだったのかもしれない。

それでも、この失敗の山から出てきたものがゼロだったかというと、そうでもない。インドを中心に、特別な薬も昏睡も使わず、ただ丁寧な集中治療だけで生き延びた患者が三十人以上いるという事実が、失敗例を数えていく過程で見えてきた。呼吸を支える。循環を保つ。合併症を防ぐ。栄養を入れる。何十年も前からある、地味で、派手さのない、当たり前の医療。もしかすると、崖を越える唯一の橋はそれなのかもしれない。奇跡の新技術ではなく、丁寧さの積分。これは狂犬病に限らず、医学のあちこちで繰り返されてきた教訓でもある。

伝説を作ったのは病気か、それとも人間の語彙か

吸血鬼説についても、最後に少し慎重なことを言っておきたい。

ゴメス=アロンソの指摘は魅力的だし、症状の対応は驚くほど揃っている。年代の一致も無視できない。ただ、これは「吸血鬼伝説は狂犬病だった」という一対一の等式ではない。吸血鬼という概念自体は狂犬病流行より古くから東欧に存在していたし、腐敗した遺体の見た目、ペストなどの他の感染症、生き埋めへの恐怖、共同体の中の他者への疑心。いろんな要素が層になって、あの伝説は積み上がっている。狂犬病は、そこに決定的な色をつけた一因ではあっても、全部ではない。

むしろ面白いのは、狂犬病という現実が伝説を作ったというより、人間が恐怖を語るときの語彙が、たまたま狂犬病の症状表と一致してしまったという方向の話だと思う。人が「人でなくなること」を想像するとき、その想像力の形が、この病気の形とそっくりだった。それは偶然ではなくて、たぶん人間の脳の作りの問題だ。

そして日本の話に戻る。国内でヒトと犬の感染例が途絶えたのが一九五六年、猫が一九五七年。七十年近い清浄が続いている。これは地理的な幸運と、戦後に導入された登録とワクチンの制度と、そして何十年ものあいだ地味に注射を打ち続けてきた人たちの努力の積み重ねだ。ただ、接種率は八割を切り、七割前後まで落ちてきている。台湾のように、一度は撲滅を宣言した国が野生動物から再発見する例もある。密輸される動物もいる。行動範囲の広いコウモリもいる。清浄国であるという状態は、達成された結果ではなく、いま現在も維持され続けている作業だ。作業をやめれば、状態は終わる。

最後に、いちばん実用的な話をしておく。海外で犬に噛まれたら、あるいは猫でも、サルでも、コウモリでも、とにかく哺乳類に噛まれたり引っ掻かれたりしたら、まず傷を石鹸と流水でしっかり洗って、その日のうちに医療機関に相談する。旅程がどうとか、大した傷じゃないとか、そういう判断は自分でしないほうがいい。この病気に関して言えば、判断が早すぎて損をすることはあっても、遅すぎて取り返しがつくことは絶対にない。噛まれた直後のあなたは、ほぼ確実に助かる側にいる。数ヶ月後のあなたは、たぶんもうそこにはいない。その差を分けるのは、医学ではなく、その日の夕方に病院へ行くかどうかという、ものすごく平凡な選択だったりする。

四千年前のメソポタミアの誰かが、粘土板に犬の飼い主の責任を刻み込んだ。その人が守ろうとしたものと、いまあなたが守れるものは、たぶん同じだ。

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