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空き家の獣

方眼紙まで用意した「探検隊」

小学六年生の夏。四人の少年少女は、自分たちを「探検隊」と名乗っていた。

装備は真剣そのものだ。マスク、軍手、懐中電灯、笛。そして間取りを記録するための方眼紙。子どもなりに本気の布陣である。狙いを定めたのは、線路と空き地に挟まれた、誰も住んでいない平屋の空き家だった。

裏手の板塀には、あらかじめ目星をつけていた外れかけの板がある。一枚ずつ外し、体を滑り込ませて中へ入った。

家具はそのまま残っていた。テーブルも、棚も、古びた茶簞笥も。住人が急にいなくなったみたいに置かれている。それなのに、生活の匂いだけがどこにもない。窓という窓が板やベニヤで塞がれ、昼間なのに屋内は夜のように暗い。鼻の奥に、古い畳と長年こもった湿気の臭いだけがまとわりついてくる。

四畳分、寸法が足りない

探検隊は几帳面だった。部屋を回りながら、間取りをきちんと図面に起こしていく。

だが、作業を進めるうちに妙なことに気づく。外から歩いて測った家の幅と、描き上げた間取り図の寸法が、どうしても合わないのだ。

何度数え直しても、四畳分ほどの空間が足りない。

壁際に置かれた本棚が怪しい。そう当たりをつけて力を込めて押すと、その裏側から細い入口が現れた。壁の中に、最初から人目を忍ぶようにして造られた小部屋があった。

震える手で懐中電灯を差し入れる。その瞬間、三つの顔がいっせいにこちらを振り向いた。

服を着ていた、というのがいちばん嫌だ

子どもよりずっと小さな体格。頭と目だけが不釣り合いに大きく、鼻と口は逆に小さくすぼまっている。汚れたTシャツを一応身にまとっているが、下半身には何も着けていない。頭には赤ん坊のような細く柔らかい毛が申し訳程度に張りついている。そして差し出された手の指は、どう数えても四本しかなかった。

獣なのか人間なのか。四人の誰にも判断がつかなかった。

懐中電灯の光を向けると、三匹は同時に体を縮こまらせた。強い光を極端に嫌っているのは明らかだった。一匹が苦しげに自分の顔を掻きむしり、傷ついた目のあたりから膿のような液体が滲み出る。同時に、部屋の奥から耐えがたいほどの生臭さが押し寄せてきた。

四人は笛を吹くことも忘れて、我先にと入口へ走った。本棚を元の位置に押し戻し、外した板を乱暴に打ちつけ、この日見たことを誰にも話さないと固く誓い合った。何度シャワーを浴びても、あの魚が腐ったような臭いが皮膚の下に染みついている気がして消えなかったという。

大人を呼んで捕まえさせよう、と言い出した子もいた。だが翌日には、全員が「もう二度とあの家には近づかない」と決めていた。

後に別のグループの子どもたちがこっそり探ったときには、隠し部屋の中にはもう何もいなかったらしい。やがて建物は姿を変え、ラーメン店になった。

今、その壁の向こうに四畳分の空白がまだ残っているのかどうか。確かめた者は、誰もいない。

題名すら定まっていない

この話は、複数の怖い話まとめブログで「廃墟の獣」または「空き家の獣」の題で採録されている。

原典として参照されている怖い話まとめブログ系の採録(fumibako掲載)では、2011年8月3日の投稿として扱われていて、これが今のところ確認できる最古の記録だ。ただし、その投稿がどの匿名掲示板のどのスレッドから転載されたのかという一次情報は書かれていない。板名もスレッドタイトルも投稿者IDもレス番号も不明である。

別のまとめサイト「怖い話のまとめサイト(irasutoyan)」には、2017年2月21日付で「隠し部屋」という題で再録されている。2011年から2017年、そして現在まで、複数のサイトを渡り歩きながら読み継がれてきたロングセラーだ。

タイトルの揺れも大きい。「空き家」「廃墟」「隠し部屋」の三通りが転載の過程で混ざっていて、どれが原題だったのかは確定できない。

三匹は、いったい何だったのか

この話でいちばん議論を呼ぶのが、隠し部屋にいた三匹の正体である。

ひとつは、彼らを人間として読む立場だ。先天性の疾患を抱えて生まれ、社会や家族から隠されるようにして育てられた子どもだったのではないか、という悲劇としての解釈である。

もうひとつは、未知の新種生物とみる立場。あるいは、日本各地に伝わる座敷わらしや山の神の子のような、妖怪的存在の変奏だとみなす読み方もある。

さらに踏み込んだ解釈もある。彼らは監禁されていた家族の生き残りで、隠し部屋そのものが監禁のための設備だったのではないか、というものだ。こちらはかなり生々しい。

建物のその後も再話ごとに違う。ラーメン店になったとする版がいちばん広く流通しているが、食堂に変わったとする版、単純に取り壊されて更地になり新しい住宅が建ったとする版もある。

後発の脚色では、探検隊の誰かが一匹を捕獲した、あるいは写真を撮って持ち帰った、という展開が足されているものもある。ただし原型に近いとみられる版では、四人は何も持ち帰らずにただ逃げ出して終わる。捕獲や撮影は、あとから盛られた可能性が高い。

壁の中の空間は、実際に見つかるらしい

まとめサイトのコメント欄には、子ども時代に廃屋や空き家へ忍び込んだ経験談がいくつも並ぶ。

ある投稿者は、近所の取り壊し予定だった空き家に友人数人と入ったとき、押し入れの奥の壁がやけに新しく塗り直されていることに気づいたという。当時は何も思わず帰宅した。ところがこの話を読んでから、あの不自然な壁がひどく不気味に思えてきたとコメントしている。

別の投稿者は、解体業に携わる知人から聞いた話を書いている。古い家屋の解体中に、当初の図面には存在しないはずの小さな空間が壁の内側から見つかることが、実際にあるのだそうだ。多くは建て増しの跡や配管スペースにすぎない。それでも投稿者は、この話を知ってから、その種の「隠された空間」の話を聞くたびに背筋が冷たくなると述べている。

三件目は動画投稿サイトのコメント欄から。子どもの頃、廃屋探検をしていて強烈な獣臭を嗅いだという話だ。投稿者たちはすぐその場を離れたので、臭いの発生源は確認できていない。後年この話を知り、自分たちが嗅いだ臭いとの類似に恐怖を覚えたと振り返っている。

誰が、あのTシャツを着せたのか

考察の多くは、やはり「衣服を着ている」という一点に集中する。

完全な野生動物なら、恐怖はもっと単純で済んだはずだ。だが彼らは、汚れているとはいえTシャツを身につけていた。となると、誰かがかつて世話をしていた可能性が出てくる。あるいは、彼ら自身が人間に近い知性や自己認識を持っている可能性も。

「誰が服を着せたのか」。この未解決の謎が、考察界隈でいつまでも蒸し返されている。

結末についても評価は高い。あの建物が最後に飲食店へ生まれ変わるという展開だ。知らないうちに事故物件や訳あり物件の隣で日常を送っている――都市生活者が漠然と抱える不安を、的確に突いた演出だと評する声が多い。麺をすする客の壁一枚向こうに、四畳の空白がある。想像すると、なかなかきつい。

「外と内が合わない家」というジャンル

外形と内部の間取りが一致しない。この「隠し部屋」「隠された空間」というモチーフは、日本のネット怪談で繰り返し扱われてきた。

洒落怖系のスレッドにも、個人の体験談投稿サイトにも、似たテーマの話は山ほどある。廃墟や空き家に踏み込んだ子どもや若者が、建物の物理的な矛盾をきっかけに異常な存在と出くわす。この構造は、もはや一種のジャンルとして確立している。

現実の不動産の世界でも、事故物件や告知事項のある物件、長期間放置された空き家に害獣が住みつく事例は普通に報告されている。「建物の中に何かが隠れている」という発想が、そういう現実の事情を土壌にして育ってきた面は否定しにくい。

もちろん、四本指で衣服をまとった小さな生物という描写そのものを裏づける生物学的・地理的な情報は見つかっていない。創作されたネット怪談として読むのが妥当だ。

それでも、家の外寸と内寸が合わないと気づいた瞬間の感覚だけは、妙に生々しい。日常の論理が崩れる音が、そこで鳴っている。

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