その日だけ灯りの点いた、雑居ビルの一階
繁華街の外れ。シャッターが半分下りた雑居ビルの一階に、その日だけ小さな灯りが点っていた。
中にいたのは、占い師を名乗る男だ。客は選ばない。ただし、一度腰を下ろした客は逃がさない。そういう男だった。
黒い鞄の口を開くと、手垢のついた絵札が六枚、並んでいた。白雪姫、赤ずきん、人魚姫、不思議の国のアリス、ヘンゼルとグレーテル、ピノキオ。どれも子どもの頃に読み聞かせてもらった絵本の表紙とそっくりだ。ただ一点、描かれた瞳だけが笑っていない。
男は静かに言った。
「これは、ヨーロッパの呪術師がこの世の悪を封じ込めるために作った札です」
引いた者は、望む人生を手に入れられる。ただし条件がある。絵の中の物語を、最後まで演じてもらうことになる、と。
冗談だと笑いながら手を伸ばしたのは、三人のキャバクラ嬢だった。その夜のうちに、彼女たちは笑えなくなる。
引いた札の通りに、順番が回ってくる
赤ずきんを引いた女は、贈られた真紅のフードを羽織った。その翌朝、獣に食い荒らされたような姿で見つかった。
白雪姫を引いた女は、差出人のわからない林檎を齧った。そのまま、二度と目を覚まさなかった。
最後まで生き残ったのがアサミだ。彼女が引いたのは人魚姫だった。
声を失い、恋しい男に想いを告げられないまま泡になって消える姫。その物語をなぞるように、アサミの喉は日ごとに腫れていく。言葉は擦れて、消えていく。眠るたびに枕元は潮の匂いに濡れた。鏡に映る自分の脚は、少しずつ鱗に覆われていった。
彼女は札を燃やそうとした。炎は紙の縁を舐めるだけで、童話の絵だけを頑なに避けた。破いても翌朝には元通りになっている。捨てても、寝室の枕の下に戻ってくる。
占い師を探し出して詰め寄ると、男は嗤ってこう答えた。童話というのは本来「子どもを眠らせる話」じゃない。「約束を破った者に、結末を教える話」なんだ、と。
鏡の前で、自分ではなく絵に向かって語る
最後の夜、アサミは海へ向かうふりをして踵を返した。
自室の鏡の前に、人魚姫の札を立てる。そして声の出ない口で、自分にではなく、絵の中の姫に向かって物語の結末を語りきった。
鏡の中の人魚は、ゆっくりと泡になって消えた。代わりに、札の絵だけが白紙になった。
翌朝、アサミの喉に声が戻る。助かった。そう思った矢先だった。街のニュースが、黒い鞄を提げた女占い師が新たに六人の若者へ札を配ったことを報じていた。
彼女の部屋の鏡の前には、白紙だったはずの札が一枚だけ残されていた。そこには、見知らぬ新しい童話の題が浮かび上がっている。
――「声を取り戻した女」。
物語はここで途切れる。続きがあるのかどうかさえ、わからない。
実は「悪魔」じゃない。正しくは「悪夢」だった
さて、ここからが本番だ。この話、どこから湧いて出たのか。
最初に広く流通したのは2012年9月。オムニバス形式のホラードラマ『アイドル都市伝説』の第6話「悪夢のメルヘンカルタ」としてだった。放送はスカイパーフェクTV系列の複数チャンネル。9月9日、11日、14日と、何度も繰り返し流された。
アサミ役を演じたのは、当時のアイドル・折井あゆみ。本人の公式ブログの2012年9月8日付エントリに、この出演報告が残っている。同じ時期に出演していたドラマ『GTO』(第9話・第10話、元担任の藤森先生役)の話も並んで書かれている。
ブログでは、作品の中身が「キャバクラ嬢3人が占い師から呪われたカルタを引かされ、童話をモチーフにした殺人事件が発生する」ホラーサスペンスとして紹介されていた。これが、この都市伝説のもっとも古い一次資料に近い記録だ。
ただ、ここで引っかかることがある。ドラマ自体が、そもそも「都市伝説」という体裁を装ったフィクション企画なのだ。口承としての先行伝承があったかどうかは、確認が取れていない。
つまりこの話、最初から「都市伝説アンソロジードラマ」という枠の中で生まれた、人工的に作られた都市伝説である可能性がかなり高い。
表記についても種明かしをしておく。正式なタイトルは「悪夢のメルヘンカルタ」だ。「悪魔の」という言い方は、後年の紹介記事や、後から出てきた別媒体の作品との混同で定着したものらしい。
ゲームに、小説に、そしてジャンプの人気漫画へ
派生がやたらと多いのも、この話の特徴だ。
もっとも知られているのが、2021年に日本一ソフトウェアが出したPS4用ホラーアドベンチャー『真 流行り神3』の追加エピソード「愛染刹那編」に出てくる「悪魔のメルヘンカルタ」。本編クリア後に出現する隠しシナリオで、老執事・榊秋良のスマートフォンに六枚一組のカルタの画像が届くところから始まる。
この版での設定は「邪悪な心を持つ人間に取り憑き、五感と霊感を一つずつ奪っていく」というもの。執事だけでなくヨミや真彩といった登場人物にも次々とカルタの画像が送られてきて、三人の女性キャラクターと怪異の関係をめぐる謎解きが展開していく。
評判は割れている。「ボリューム不足」「分岐の多くが同じ結末に収束する」「CERO Zの過激指定表現のわりにホラー・オカルト要素は控えめ」といった辛口の感想がブログに並ぶ一方、キャラクターの掛け合いやテキストの書き込みは好意的に評価されている。
もう一つの派生は、チャット小説アプリ「peep」に載った小説『メルヘンカルタ』。こちらはいじめを受けた人物が、加害者を含む六人へ童話になぞらえた呪いをかけるという、加害と復讐の構図を前面に出した学園ホラーに作り替えられている。
そして近年いちばん影響力が大きいのが、漫画『ダンダダン』(作・龍幸伸、少年サンデー連載、2024年からアニメ化)に出てくる怪異キャラクター「メルヘンカルタ」だ。こちらは「呪行李」という呪具の中に封じられていた悪魔として描かれ、単行本19巻前後で正体や封印崩壊の真相が語られる。
ダンダダン版は、原型になった都市伝説の名前と設定――六枚の童話札、五感を奪う呪い――を大胆に借りつつ、まったく独自のキャラクターに仕立て直している。まんが探偵社やさぶかるわーるどといったアニメ・漫画解説サイトが、揃って「元ネタは都市伝説の悪夢のメルヘンカルタ」と紹介しているのはこのためだ。
「うちにも古いカルタがあった」という声
こういう話には、必ず体験談がくっついてくる。
ひとつ目。ある動画配信サイトのコメント欄に、こんな投稿があった。祖母の家の押し入れから、絵柄のはっきりしない童話のカルタが出てきた。捨てようとしたら手が止まり、なぜか一枚だけ財布に入れて持ち帰ってしまった、と。
投稿者は数日後、原因不明の高熱で寝込んだ。夢の中で、赤いフードを見せられ続けたそうだ。コメント欄には「メルヘンカルタでは」という反応が集まった。
ふたつ目。オカルト系まとめサイトの読者投稿欄には、フリマアプリで買った古いカルタのセットに、人魚の絵柄だけが混ざっていたという報告がある。投稿者いわく「その絵だけ触ると指先が冷たくなる」。真偽は不明だが、閲覧数の多い書き込みとして何度も引用されている。
みっつ目。YouTubeのホラー短編朗読チャンネルの概要欄には、視聴者からこんな投稿が寄せられた。学生時代、友人と六人でカルタ遊びをした帰り道、一人だけ行方が分からなくなった。後日無傷で見つかったが、本人はその晩の記憶がないと言っている、と。コメント欄では、偶然の一致なのか、都市伝説の影響による記憶の混同なのかで議論になった。
正直に書いておくと、どの体験談も出典元や投稿者の実在は確認できていない。都市伝説が広まる過程で二次的に生まれた「後日談」として読むのが妥当なところだ。
アニメ化が、眠っていた元ネタを掘り起こした
ネット上での扱いも面白い。
ピクシブ百科事典やニコニコ大百科には「メルヘンカルタ」の項目が立っている。どちらも、都市伝説としての「悪夢のメルヘンカルタ」と、『ダンダダン』のキャラクターとしての「メルヘンカルタ」を並べて書き、両者の関係を整理する形になっている。
SNSでは『ダンダダン』のアニメ化以降、「メルヘンカルタの元ネタが都市伝説だったと知って驚いた」という反応が一気に増えた。おかげで、原型である都市伝説側のページへのアクセスが伸びるという現象まで起きている。漫画が古い怪談を掘り起こす、いい時代だ。
ゲーム攻略勢のブログやアメーバブログの実況記事では、『真 流行り神3』の「悪魔のメルヘンカルタ」エピソードの難易度や分岐の少なさについての感想が多く投稿されている。前作『真 流行り神』のファンからは「前作の完成度と比べると駆け足」という声も上がっていた。
YouTubeのホラー朗読・都市伝説紹介チャンネルでは、この話を「世にも奇妙な物語」風の切り口で再構成した動画が投稿され、しっかり再生数を伸ばしている。
誰も体験していないのに、みんなが知っている
最後に、この話の正体をはっきりさせておこう。
主演の折井あゆみは実在するタレント・女優だ。日本のアイドルグループ出身者として、Wikipediaや48pedia(旧エケペディア)にも経歴が載っている。『GTO』への出演歴も、実際の芸能活動の記録として確認できる。
『真 流行り神』シリーズは、『魔界戦記ディスガイア』などで知られる日本一ソフトウェアのホラーアドベンチャーシリーズだ。日本各地に実在する土地の風習や都市伝説を題材にした短編シナリオ集、という体裁を取っているのが特徴で、「悪魔のメルヘンカルタ」もそうした「架空の都市伝説」を扱う短編の一つとして作られた。
『ダンダダン』は少年サンデーで連載中の人気漫画。UFO、オカルト、心霊、都市伝説を横断的にモチーフとして取り込むことで知られていて、メルヘンカルタもその文脈で咀嚼された素材のひとつだ。
こうして並べてみると、見えてくるものがある。この話は、特定の心霊体験や事件から生まれたわけではない。ドラマ、ゲーム、漫画、小説――複数の映像・出版メディアが互いを参照し合いながら、「都市伝説らしきもの」を後追いで作り上げていったのだ。
誰も体験していない。なのに、みんなが知っている。現代日本のメディアミックスが生んだネットロアとして、これほど分かりやすい標本もそうそうない。
