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あまめ

「あまめが眠る。開けるな」

三重県の山林の奥に、ひっそりと建つ祠がある。

注連縄は色褪せて千切れかけ、扉には黄ばんだ紙が貼られていた。掠れた墨で書かれていたのは、たった一行。

「あまめが眠る。開けるな」

地元の年配者は「あの山には近づくな」と繰り返し言っていた。だが由来を知る者は、もう集落にいない。残っているのは「祟られる」という結論だけだ。

語り手とその友人Aは、二人ともオカルト好きの大学生仲間だった。Aはこの祠の話を聞くたびに目を輝かせ、「一度だけ、見るだけでいいから中を見てみたい」と語り手を誘い続けていた。

そしてついに、二人は夜の山へ入る。

街灯もない山道は、月明かりすら木々に遮られていた。それなのに、祠のある一角だけが不自然なほど白く浮かび上がって見えたという。

「面白いもの見つけた。持って帰ろうぜ」

語り手は「見るだけだからな」と念を押した。

祠の前に着くなり、Aは我慢できなくなったように注連縄をほどいた。止める声も聞かない。腐りかけた木の扉を開け、中から薄汚れた巾着袋を取り出す。

袋の口を開けると、中には小さな山型の黒い塊が入っていた。石のようにも見えるし、古い骨のようにも見える。正体の分からない物体だった。

「面白いもの見つけた。持って帰ろうぜ」

Aがその塊をつまみ上げた瞬間だった。森の奥から、潰れた喉から絞り出すような女の唸り声が響いた。

語り手は震え上がり、今すぐ袋に戻すよう懇願した。だがAは笑いながらそれをポケットに入れ、山を下りてしまう。

翌日、Aは自室で冷たくなっているのが見つかった。

死因は不明。ただ、その顔は恐怖とも激痛ともつかない表情に歪みきっていたという。そして奇妙なことに、あれほど自慢げに持ち帰った黒い塊は、家のどこを探しても見つからなかった。

額に角のある少女が、村で焼かれた

動揺した語り手は祠のことを調べ始め、地元の神職からある伝承を聞き出す。

戦国の世、この村に「あまめ」と呼ばれる少女が生まれた。額に小さな一本の角があり、村人は皆、鬼の子だと恐れた。

だが少女自身はおとなしく、誰かを傷つけたことは一度もなかったという。

ある日、村人の一人が獣に噛み裂かれたような無残な姿で発見される。確たる証拠は何もなかった。それでも村人たちは「鬼の子」であるあまめを下手人と決めつけ、集団で少女を捕らえ、火にかけてしまった。

ところが、間もなくだ。あまめを責め立てた者たちが次々と、あの死体と同じように顔を歪めて死んでいった。

異変を鎮めるため、村の僧が読経して祟りを封じた。そして焼け残ったあまめの角を袋に納め、祠に安置したのだという。

神職の話を聞いて、語り手は理解する。Aが盗み出したあの黒い塊こそ、その焼け残った角に違いなかった。

戻すべき角が、どこにもない

角を祠へ戻さない限り、呪いは止まらない。

だが、肝心の角がない。Aの家からも、祠の中からも、忽然と姿を消していた。

語り手は掲示板に助けを求める書き込みを続けた。

「友人は死にました。次は俺です」

投稿は途切れがちになりながらも、数日にわたって続いた。そして最後の書き込みには、こうだけ記されていた。自分だけが死ぬのは仕方ないが、無関係な人間を巻き込みたくない、と。

その後、角がどこへ消えたのか。語り手自身がどうなったのか。続報は、いまだに見つかっていない。

2010年10月31日、洒落怖Part252前後

初出は、2010年10月31日付けで匿名掲示板に投稿されたログとして残っている。

投稿先は「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」系のスレッド群、いわゆる「洒落怖」本スレのPart252前後にあたるとされ、複数のまとめサイトがこの回次を出典として明記している。

この時期のスレッドは実況形式で進行することが多かった。「あまめ」も例に漏れず、短い間隔で語り手が追い詰められていく様子を生々しく描く構成になっている。ハロウィンの夜に投稿されたというのも、今から見るとなんだか出来すぎだ。

具体的なレス番号を一次ログから直接特定するのは、現存する転載記事の範囲では難しい。そこは「詳細不明」と言うしかない。ただ、投稿日、スレッド系統、実況形式という三点が複数の独立した転載先で一致しているので、少なくとも2010年秋の時点で成立していた話であることは、ほぼ確実だ。

その後、まとめサイト「怖い話のまとめサイト」が「あまめ」1/2・2/2として記事化。2010年代後半以降は怪談ポータルで「あまめの呪い」という見出しで再録され、朗読動画やゆっくり解説動画を通じて、洒落怖の中堅どころとしての知名度を保ち続けている。

いつのまにか「あまね」になっていた

転載を追っていくと、面白い崩れ方が見つかる。

流通している転載の中には、少女の名前が物語の途中から「あまね」へと変わってしまっているものがあるのだ。音の似た別の名前への転記ミスが、そのまま定着してしまった典型例とみられる。

厄介なのは、一部の読者が「あまめ」と「あまね」を別々の怪異として誤認したまま語り継いでいることだ。伝言ゲームの怖さがここにある。

盗まれた黒い塊の正体にも異版がある。原話では「角」とされているが、これを「骨」や「石」、あるいは「焼け残った牙」と表現するバージョンが確認されている。

そしてもう一つ、必ず起きる混同がある。話の題名と、能登半島の来訪神行事「あまめはぎ」との類似だ。両者を結びつけたがる読者の反応は根強い。だが原投稿者自身がその関連を明確に否定しているとされ、まとめサイトの解説でも繰り返し注意喚起されている。

「この先の沢の向こうには絶対に入るな」

読者の体験談も、いくつか残っている。

ある投稿者は、学生時代に三重県の山中でキャンプをしたときのことを書いている。地元の年配者から真剣な顔でこう忠告されたのだそうだ。「この先の沢の向こうには絶対に入るな、昔から祟りがあると言われている場所がある」。

当時は気にせず笑っていた。だが後に「あまめ」を読んでから、あの忠告があまりに具体的だったことを思い出し、鳥肌が立ったという。

別の体験談では、ハイキング中に古い祠らしきものを見かけ、興味本位で近づいたところ、同行者が急に気分を悪くして動けなくなったという投稿がある。結局その祠には触れずに立ち去った。後日「あまめ」を知り、あの祠がまさにそれだったのではないかと、今でも気になっているそうだ。

三つ目は、深夜にこの話を読んだ直後、家の中で聞き覚えのない、獣とも人ともつかない低い唸り声を聞いたという報告。複数の掲示板で確認できる。投稿者は「空耳だと思いたいが、それ以来夜中に一人で寝るのが怖くなった」と結んでいる。

助かる方法が、最初から存在しない

この話をめぐる議論の中心は、いつも同じところに行き着く。

盗まれた角を戻せない以上、救済策が存在しない。この絶望的な構造そのものだ。

読者の感想も、そこに集中している。「他の洒落怖と違って対処法が提示されないまま終わるのが一番怖い」「語り手のその後が分からないまま放置される実況型は読後感が最悪」。褒めているのか貶しているのか分からないが、たぶん褒めている。

一方で、能登の「あまめはぎ」との混同については、掲示板やSNS上でたびたび「それとこれとは別物だ」という訂正のやり取りが起きている。ユネスコ無形文化遺産にも登録された実在の伝統行事と、匿名掲示板発のフィクション。この二つを区別する注意喚起は、今ではすっかり定着した。

「あまめはぎ」は、まったく別の話

せっかくなので、その「あまめはぎ」についても書いておく。

石川県能登地方に実際に伝わる、小正月の来訪神行事だ。囲炉裏に長く当たり続けることでできる火だこ(火胼胝)のことを「あまめ」と呼び、それを剥ぎ取るという名目で、鬼や来訪神に扮した若者が家々を回る。要するに、怠け心を戒める民俗行事である。

2018年には、ユネスコ無形文化遺産「来訪神:仮面・仮装の神々」の構成行事の一つとして正式に登録された。

つまり名称の音が似ているだけで、内容も由来もまったく別系統の伝承だ。複数の紹介記事が混同しないよう注意を促しているのも、当然の話である。

三重県内における特定の祠、少女の火刑、連続死。こうした出来事を裏付ける郷土史料や新聞報道の類は、現時点で確認されていない。地名も庄屋も寺の名も伏せられたままで、史実として立証することはできない。

これは、共同体が異形の者を理由なく断罪し、その報いを受けるという民話的な因果構造を下敷きにした、匿名掲示板発のネットロアだ。

そう分かっていても、山の中で「開けるな」と書かれた扉を見たら――やっぱり、開けないでおこうと思う。

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