校庭の隅に、名前のついた木があった
創立以来ずっとそこにあると言われる大木が、校庭の隅に立っていた。生徒たちはいつからか、それを「あやこさんの木」と呼んでいた。
あやこさんが誰なのか、正確に知る者はいない。ある生徒は、昔、失恋した女生徒が枝で首を吊ったのだと言う。別の生徒は、戦時中に埋葬された子どもの魂が宿っているのだと言う。また別の生徒は、木の洞に隠れて遊んでいた子が、そのまま出られずに死んだのだと言う。
真偽の定かでない噂だけが、木の年輪みたいに何重にも重なっていった。
チェーンソーが幹に食い込んだ瞬間
やがて木は、校庭の拡張とトラックの通行の邪魔になるという理由で伐採が決まった。
業者のチェーンソーが幹に食い込んだ、その瞬間だ。女の悲鳴が、校舎じゅうに響き渡った。
放送設備を通した音ではなかった。廊下を走っても、教室に逃げ込んでも、体育館の奥まで下がっても、声は壁の内側から聞こえてくる。木が完全に倒れて地面に横たわるまで、悲鳴はやまなかった。
学校側は保護者にこう説明した。何者かが放送室に侵入し、悪質ないたずらを行った――と。
ところが翌日である。切り株の前には、誰が置いたとも知れない塩と酒が供えられていた。そして見知らぬ僧侶が、その前で経を読んでいるのが目撃されている。
切り株の上に、行方不明の子が座っていた
その夜。語り手は下校の途中、切り株の上に小さな女の子が座っているのを見た。
昼のあいだ、防災無線で近隣の小学生が行方不明だという放送が流れていたのを思い出す。街灯に照らされたその子の顔は、放送で聞いた特徴によく似ていた。助けなければ。そう思って、語り手は塀を乗り越えて校庭に入った。
「帰れなくなったの?」
声をかけても、少女は答えない。ただ切り株の表面を撫で続けている。
「どうして切ったの?」
もう一度尋ねた、そのときだ。少女が口を開いた。昼間と同じ、あの凄まじい悲鳴が喉から噴き出した。
しかも声を上げたのは少女だけではなかった。校舎の窓という窓が震え、扉という扉が軋み、建物全体がひとつの巨大な喉になったかのように泣き叫んだ。語り手は両耳を塞いで一目散に逃げた。
ほどなく警察が駆けつけ、行方不明だった少女は校庭で無事に保護された。ただし彼女は、失踪していた数日間の記憶をほとんど失っていた。なぜ学校の敷地にいたのか、自分でも説明できない。
学校は少女と語り手の双方にお祓いを行った。以後、あの悲鳴は聞かれていない。切り株はその後も長く校庭に残ったが、誰ひとり、その上に腰かけようとはしなかったという。
どこから流れてきた話なのか
比較的まとまった原文に近い形は、個人運営の怪談サイト「怖話ノ館(こわばなのやかた)」に載っている。「それは『あやこさんの木』と呼ばれている」という記事で、前後編の二部構成だ。
このサイトは2000年代のネット怪談や学校の怖い話をアーカイブする個人サイトの体裁を取っている。ただし掲載時期も、転載元の一次スレッド情報も記事内に書かれていない。板名もスレッドタイトルも投稿日時もレス番号も不明。要するに、追えないのだ。
別のまとめサイト「怖い話のまとめサイト(irasutoyan)」にも、2017年2月16日付で同じ話が再録されている。この時点で既に、ネット上に複数のコピーが存在していたことは分かる。
内容や構成からすると、いわゆる「学校であった怖い話」系のスレッド文化に連なる作品だろう。2ちゃんねる発の、学校の怖い話を集めたジャンルだ。後にアーケードゲーム「学校であった怖い話S」シリーズにも影響を与えたとされる系譜である。ただし、これを断定できる一次資料までは追跡できなかった。
語りの焦点が、版によってずれる
木の由来をめぐる噂は、版ごとに強調点が違う。
いちばん広く流通しているのは、自殺した女生徒とする版。それに加えて、戦時中の空襲による犠牲者を埋葬した場所だとする版、いじめを苦にした失踪・死亡事件と結びつける版もある。どれも決定版という扱いにはなっていない。
行方不明になった少女を「あやこさん本人の生まれ変わり」とみなす解釈も一部にはある。だが原話はここを意図的にぼかしていて、同一人物とも別人とも言わない。この曖昧さがどちらの読みも許して、話に奥行きを与えている。そう考察されることが多い。
悲鳴の出どころも三通りある。学校側の表向きの説明どおり放送室から聞こえたとする版。木そのものの内部から聞こえたとする版。校舎全体が声を発したとする版。これは学校という建造物を一個の生き物として描くのか、木という個体の怪異として描くのか、物語の焦点の違いをそのまま映している。
さらに、後日談を大幅に削った短縮版も存在する。そこでは行方不明の少女のエピソードごと省かれ、伐採後に生徒や教職員のあいだで小さな事故が続発する、という地味で断片的な祟り話に置き換わっている。口承向きに整えられた、後発の再話だと考えられる。
「うちの学校にも、あの木があった」
まとめサイトのコメント欄には、自分の学校にも似た大木があったという書き込みが複数ある。
ある投稿者の小学校には、校庭に御神木のような木があった。老朽化で伐採が決まったとき、地域の氏子や年配の教員たちが「絶対に業者だけに任せてはいけない」と強く主張し、わざわざ神主を呼んで儀式をしてから切ったという。本人は怪異を見聞きしていない。それでも、あやこさんの木を読んで、あのときの大人たちの妙な緊張感の理由が分かった気がしたそうだ。
別の投稿者は、母校で実際にあった出来事を証言している。大きな木を切った直後から、原因不明の体調不良を訴える生徒が続出し、学級閉鎖が相次いだ時期があった。医学的には季節性の感染症だと説明された。だが当時の生徒のあいだでは「木の祟りだ」と噂されていたという。この怪談を読んで、その記憶が一気に戻ってきたとコメントしている。
三件目は動画投稿サイトのコメント欄から。夜、学校の近くを通りかかったとき、閉まっているはずの校庭から子どもの泣き声のようなものが聞こえた、という話だ。投稿者はすぐ立ち去ったので確認はできていない。後日この怪談を知り、自分が聞いた声との類似に鳥肌が立ったと振り返っている。
学校は、たぶん何か知っている
考察の多くは、学校側の二つの対応の矛盾に食いつく。
公式には「放送室へのいたずら」。だが翌日には塩と酒と読経という、どう見ても鎮魂の儀礼が行われている。ただのいたずらなら、なぜ翌日のうちに僧侶を呼ぶ必要があったのか。
この食い違いこそが、学校が何かを知っていて隠しているのではないか、という疑いを読者に植えつける仕掛けになっている。複数の考察サイトが、そろってこの点を指摘している。
もうひとつの論点は、保護された少女の記憶だ。彼女は失踪していた間のことをほとんど覚えていない。単なる被害者だったのか、それとも一時的に怪異の一部になっていたのか。ここは今も、考察界隈でたびたび蒸し返されている。
「古い木を切ると祟る」は、全国にある
日本には、古い木を伐採しようとすると祟りが起きるという言い伝えが各地に実在する。
百科事典の日本語版には「泣く木」という項目がある。伐採しようとすると泣き声のような音を立てる木、あるいは切った者に不幸が起きるとされる木。そういう伝承が全国各地で報告されていることが記録されている。杉並区の公式サイト「すぎなみ学倶楽部」に載っている「樹木のちょっと怖い話」という記事でも、区内の御神木や古木にまつわる同種の言い伝えが紹介されている。
もちろん「あやこさんの木」という固有名詞や、伐採に伴う集団悲鳴、行方不明児童の保護といった具体的な事件を、実在の学校や地名に結びつける公的記録は見つからない。
この話が上手いのは、そこじゃない。全国に広く分布する「古木を切ると祟る」という土着信仰の型を、学校という現代的な舞台へまるごと移植したところだ。そのうえで、あやこさんという個人の幽霊と、意思を持った校舎そのものという、二重の恐怖を重ねてくる。
だから怖いのは木でも少女でもない。あの日、悲鳴を上げた建物のほうなのだ。
