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ばりばり

ポケットに、自分の字で書かれた紙

大人になった語り手が、ある夜、卒業したはずの中学校の夢を見た。

無人の校舎だ。廊下の蛍光灯は半分が切れている。なぜか自分は制服姿で、トイレの個室に座り込んでいた。

ポケットに手を入れると、丸めた紙が入っていた。開いてみる。そこには自分自身の筆跡で、たった四文字が何度も何度も殴り書きされていた。

「ばりばり」

意味がわからない。そうしているうちに、奥の個室から音が聞こえてきた。

ばり、ばり。

何か硬いものを噛み砕く音だった。恐る恐る個室の壁をよじ登って、隣を覗き込む。

おかっぱ頭の少女がいた。人間の生首を、頭蓋骨ごと嚙み砕いていた。

声にならない悲鳴を上げた瞬間、少女がこちらを振り向く。目が合った。

追ってくるのは、一人だけ

必死で個室を飛び出し、廊下を駆け抜けた。

下駄箱の前には、奇妙な者たちが何人も佇んでいた。片足だけの少年。和服姿の少女。ほかにも輪郭のはっきりしない者がいくつも立っている。

だが彼らは襲ってこない。ただじっと見ているだけだ。

本当に追ってくるのは、あの「ばりばり」の少女だけだった。

校庭に出たところで、語り手は既視感に襲われる。これは初めて見る夢ではない。前にも同じ夢を見ている。

あのときはフェンスの通用口が開いていた。外に転がり出た瞬間、目が覚めた。だから今回も同じように逃げ切れるはずだった。

ところが通用口には、見たこともない南京錠がかかっていた。

現実の学校が、防犯のためにフェンスを施錠するようになった。その変化がそのまま夢に持ち込まれている。しかも逃げ道だけが、ふさがれている。

「今度は殺せると思ったのに」

絶望しかけたところで、語り手はもう一つの出口を思い出す。給食搬入車両用の、低い通用口だ。

渾身の力で走った。途中で振り返る。少女は人間離れした速度で迫っていた。

門をよじ登り、外側へ転がり落ちる。地面に倒れ込みながら振り返った。

少女の両手は、あと少しで語り手の頭をつかむところで、宙で止まっていた。

「今度は殺せると思ったのに」

その呟きを最後に、語り手は目を覚ました。全身が汗まみれだった。

忘れないうちに書き留めよう。そう思って急いでノートを探す。ここが一番ぞっとするところだ。

以前使っていた古いノートの、最後のページを開いた。そこにはすでに自分の字で「ばりばり」という文字が、隙間なく埋め尽くされていた。

一度目の夢を見た自分が、二度目の自分へ向けて警告を書き残していたのだ。

一度目は簡単に逃げ切れた。二度目は門が閉ざされていた。では三度目には、この夢は現実のどんな変化を取り込んで待ち構えているのか。

語り手は最後にこう書き記して、記録を締めくくっている。

「もし眠ったまま亡くなった人のニュースが流れたら、それは自分かもしれない」

「猿夢の二番煎じだと思われるかもしれないが」

ばりばりは、2ちゃんねるオカルト板の「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?」系のスレッド群、いわゆる洒落怖で語られた反復悪夢型の怪談だ。

成立年代はおよそ2005年前後とされる。

面白いのは投稿姿勢だ。投稿者は最初にこう断りを入れている。「これは猿夢の二番煎じだと思われるかもしれないが」。当時すでに有名だった先行作を自分から引き合いに出したうえで、それでも自分の夢を語り始めた。

先行する有名怪談を意識しながら、それでも語らずにいられない。これは洒落怖という文化圏の典型的な作法の一つでもある。

原文の正確なスレッド名や日付、レス番号を一次資料として確定するのは難しい。洒落怖の性質上、良い話は次々にコピペで転載されていくからだ。まとめブログ、ピクシブ百科事典、個人ブログ。拡散の過程で、スレッドタイトルや日時、名前欄といったヘッダー情報がごっそり落ちる。

ピクシブ百科事典の「ばりばり」項目では、この話が「2ちゃんねるのオカルト板の怖い話で有名な都市伝説」として紹介されている。核となる設定も記録されている。おかっぱ頭の少女が夢の中の中学校に現れる。捕まった人間の頭蓋骨をばりばりと嚙み砕く。そして校門の外まで走り切れれば助かる。

個人の怪談まとめサイトのアーカイブでも同種のテキストが確認できる。直近では2024年6月27日付での再掲載が見られる。もちろんこれは初出ではない。二十年近く繰り返されてきたコピペ転載の、一齣にすぎない。

猿夢と花子さんの、あいだ

もっとも頻繁に言及される比較対象が、やはり猿夢だ。

猿夢もまた、夢の中で「これは夢だ」と自覚しながら、恐ろしい存在に追い詰められていく反復構造を持つ。投稿者自身が類似を意識していたと語られており、両者は「怖い夢テンプレート」とでも呼ぶべき共通の型を分け合っている。

違いもはっきりしている。猿夢は皮膚を持たない異形の猿が、じわじわと精神を追い詰めてくる話だ。対してばりばりは、おかっぱの少女が頭蓋骨を物理的に噛み砕く。こちらのほうが直接的で、はるかにグロテスクだ。

もう一つの系統が花子さん型の読みである。おかっぱ頭。学校のトイレ。この二つが揃えば、誰でも「トイレの花子さん」を連想する。

ただし決定的な違いがある。花子さんは個室に潜み、呼び出しの儀式に応じて現れる。呼ばなければ来ない。一方でばりばりの少女は、儀式を必要としない。夢という媒体そのものを通路にして現れる。

花子さんの学校怪談的な親しみやすさと、猿夢の容赦ない捕食恐怖。この二つを掛け合わせたハイブリッドとして読む考察も見られる。

三つ目が警告文増殖型だ。反復のたびに、過去の自分が残す警告文が長く、詳細になっていくという派生である。

最初は単語一つだったメモが、二度目には文章になる。三度目にはノート一冊を埋め尽くす。ここで生まれるのは奇妙な緊張感だ。警告が精緻になるほど、夢の側も対抗策を進化させているように見えてくる。情報戦である。

そして現実改築型。今回の再話にも入っている要素だ。

現実の学校が防犯上の理由でフェンスや通用口を施錠する。その変化が、そのまま夢の中の逃げ道の消失として反映される。

つまりこの夢は、単なる記憶の再生ではない。見る者が最新に得た現実の情報まで取り込んで、更新され続けている。

しかも皮肉が効いている。安全のための施錠という現実の善意が、夢の中では死の罠として反転する。この一点が、この話の完成度を決定的に高めている。

「話を知ってから見たのか、わからなくなった」

ある投稿者は、ばりばりの話を読んだ数日後、まったく同じ構造の夢を見たと書き込んでいる。

自分の中学のトイレに座っていた。隣の個室から何かを噛み砕く音がした。そして目覚めた後、ポケットに丸めたメモが入っている感触まで残っていたという。

この人の困惑が印象的だ。「話を知ってから見たのか、それとも前から見ていた夢に後から名前がついただけなのか分からなくなった」。

別の体験談は、見ている本人ではなく家族の視点から語られる。

投稿者の姉が夜中にうなされるようになった。目を覚ますたび、繰り返し同じことを訴える。「ばりばりって聞こえた」。

心配した家族が就寝環境を変えたところ、症状は徐々に収まっていったという。医学的な反復悪夢の一種だった可能性が高い。ただ投稿者はこう書き添えている。「あの話を読ませたのは自分だったので、多少責任を感じている」。

さらに別の書き込みでは、投稿者自身の中学校の話が語られる。まさに話の中に出てくるような形で、途中からフェンスの通用口に施錠をするようになったのだという。

偶然には違いない。それでも話の設定と現実の変化が一致したことに、薄気味悪さを覚えた。それ以来、自分の見る夢の中の学校がどんな姿をしているか、妙に意識するようになったそうだ。

夢オチにならない怖さ

洒落怖の中でも、ばりばりは猿夢と並んで「夢オチにならない怖さ」を持つ作品として話題に上る。

掲示板や考察系まとめサイトで多いのが、この二つの声だ。「夢の中の少女が現実の情報、つまり門の施錠まで把握しているのが一番怖い」。「単なる悪夢では説明のつかない整合性の高さが逆にリアル」。

動画サイトのゆっくり解説や怪談朗読のコメント欄でも、視聴後に似た夢を見たという報告が定期的に投稿される。これが物語自体の感染力として語られることも多い。

冷静な意見も根強い。反復悪夢や明晰夢そのものは、医学的によく知られた現象だ。「怖い話を読んだ影響で似た夢を見るのは暗示の範疇」という指摘は、掲示板でも繰り返し出ている。

それでもこの話は生き残っている。理由は二つだと思う。「今度は殺せると思ったのに」という最後の台詞の不気味さ。そして、過去の自分が残したメモという構造の完成度だ。単なる悪夢の記録以上のものとして、二十年読み継がれている。

学校が、閉ざされていった時代

ばりばりは特定の学校や地域と結びつく話ではない。舞台は「夢の中の中学校」という、どこでもない空間だ。だから実在の学校や事件との対応関係も確認されていない。

それでもこの話が現実感を持つ理由がある。2000年代以降、日本各地の学校で進んだ防犯対策の強化という社会的背景だ。

不審者侵入事件を受けて、校門やフェンスの施錠、通用口の管理が厳格化されていった。その時期と、この怪談が流通した時期は重なっている。

読み手にとって「学校が閉ざされていく」という変化は、抽象論ではなかった。自分の通う校舎で実際に起きていたことだ。その実感が、この話の説得力を下支えしている。

反復する悪夢。夢の中で過去の自分からのメッセージを受け取る構造。これらは猿夢をはじめとする2000年代ネット怪談に共通するモチーフでもある。

単発の話として読むより、当時のオカルト板が生み出した「夢テンプレート」というジャンル全体の中に置いてみたほうがいい。そうすると、ばりばりという一編の完成度がよりくっきり見えてくる。

最後に一つだけ。反復する悪夢が続いて、眠るのが怖くなるほど生活に支障が出ているなら、話は別だ。物語としての恐怖と、実際の睡眠衛生の問題は切り分けたほうがいい。必要なら医療機関に相談してほしい。ノートの最後のページに何が書いてあっても、寝不足は現実に効いてくる。

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