中古のゲームカセットを買ったことがある人なら、あの感覚を知っているはずだ。電源を入れる。タイトル画面が出る。セーブデータの選択画面に、自分がつけた覚えのない名前が並んでいる。知らない誰かが、知らない場所で、知らない時間に遊んだ痕跡。
ほとんどの場合それはただの微笑ましいノイズで、こちらは「ふーん」と言いながら上書きして終わる。でも、もしその名前が消えなかったら。もしその名前が、こちらの名前を食いはじめたら。二〇一〇年九月、英語圏のインターネットに投げ込まれた一本の投稿が、まさにそれをやった。タイトルは今では誰でも知っている。
BEN DROWNED――ベンは溺れた。『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』の中古カートリッジに、死んだ少年が住み着いていたという話だ。ネット怪談の歴史を語るとき、この作品を飛ばして先に進むことはできない。それくらい、後の全部を決めてしまった一本だった。今回はこれを、頭からケツまで、できるかぎり細かく追いかける。
物語の中身、投稿の実際の日付、誰が書いたのか、どうやってあの映像を作ったのか、そして怪談がどこで「ゲーム」に化けたのか。長くなる。覚悟して読んでほしい。
- ガレージセールの老人は「さよなら、ベン」と言った
- 「BEN」を消したら、今度は自分の名前が消えた
- 存在しないはずの四日目に、いやしの歌が逆から流れる
- ぬけがらの像は、瞬きの合間に距離を詰めてくる
- 老人の家は空き家で、ベンは八年前に溺れていた
- クリーバーボットが「ベン」と名乗った日
- 「今日以降に俺名義の投稿があったら、全部無視しろ」
- ところで、これは正確には何日にどこへ投稿されたのか
- 書いたのは、当時二十歳の大学二年生だった
- 種明かし――プロジェクト64とゲームシャークで全部やった
- 怪談がゲームに化けた――ムーン・チルドレン編の話
- ウィズイン・ヒュブリスと、郵便で届いた新聞の切り抜き
- 九年の沈黙のあと、二〇二〇年に戻ってきた
- 日本にBEN DROWNEDが上陸したとき
- 体験談その一――九月の一週間を、リアルタイムで踏んだ人たち
- 体験談その二――訳した人、実況した人、そして日本語版の記憶
- 体験談その三――実際にカセットを引っ張り出して確かめた者たち
- 掲示板は何を疑い、何を暴いたか
- なぜ『ムジュラの仮面』でなければ成立しなかったのか
- 任天堂は、この件について何も言っていない
- なぜ怖いのか――「証拠」が添付されているという一点
- なぜ広まったのか――読者が「観客」から「参加者」に変わったから
- 二〇一六年の一件と、作者が背負ってしまったもの
- 呪いのカートリッジという物語の、長い血筋
ガレージセールの老人は「さよなら、ベン」と言った
物語は、いかにも安っぽい始まり方をする。語り手は大学の二年生。ハンドルネームはJadusable――以下ジャドゥセイブルと書く。新学期が始まって寮に移り、金がない。近所でガレージセール、つまり自宅の庭で不用品を売る例のやつをやっていたので、暇つぶしに立ち寄る。
そこにいた老人が、最初の引っかかりだ。片目が白く濁っていて、たぶん見えていない。物腰がどこかずれている。愛想は悪くないのに、会話のテンポが人間のそれとして少しおかしい。ジャドゥセイブルは後になって「うまく説明できないが、あの爺さんには何かがあった」と書いている。
この「うまく説明できない」という書き方が、この作品全体の呼吸を決めている。彼は決して、はっきりした異常を報告しない。いつも輪郭の手前で止める。ゲームはないかと尋ねると、老人はガレージの奥から一本のニンテンドウ64のカートリッジを持ってくる。ラベルはボロボロで、黒いマジックで「Majora」とだけ手書きしてある。
純正のシールではない。値段はタダ同然。ジャドゥセイブルは喜んで受け取る。去り際、老人は言う。「じゃあな、ベン」。
そのときは聞き流している。彼が「Goodbye then」と言ったのだと思っている。あとで思い出して、背筋が凍る。あれは「Goodbye Ben」だったのではないか。しかも老人は、まるでこの家の主ではないような口ぶりで「彼はもうここには住んでいない」と言っていた。
誰が。誰のことを。寮に帰って電源を入れる。カートリッジは見た目のわりに完璧に動く。彼は「Link」という名前で新しいデータを作ろうとして、そこで最初の異物に出会う。
既存のセーブデータが一つ残っている。名前は「BEN」。しかもかなり進んでいる。ここまでが、ネット怪談として見たときの導入部の教科書みたいな組み立てだ。誰にでも起こりうる。
誰でも検証できそうに見える。そして絶対に検証できない。中古カセット、消し忘れのセーブ、聞き間違えたかもしれない一言。この三つだけで、もう逃げ道は塞がれている。
「BEN」を消したら、今度は自分の名前が消えた
二日目にあたる投稿から、じわじわ来る。彼はしばらく「BEN」のデータには触れず、自分の「Link」で遊ぶ。ところがゲーム内の住人たちが、彼を呼ぶときに名前を取り違える。クロックタウンの誰かが「リンク」と呼び、次の瞬間には別の誰かが「BEN」と呼ぶ。ムジュラの仮面は、プレイヤーがつけた名前を台詞に差し込む仕様になっている。
だからこれは、仕様の穴に何かが入り込んでいるように見える。うまい。とてもうまい。気味が悪くなった彼は、「BEN」のデータを消す。死んだ子供のデータかもしれないと薄々思いながら、それでも消す。
ここは彼自身が後から何度も悔やむ場面だ。すると今度は、名前が呼ばれなくなる。台詞から名前の部分がごっそり抜け落ちて、不自然な空白になる。「ようこそ、 さん」みたいな状態だ。何もいなくなったのではなく、名前を入れる箱だけが空のまま残っている。
この描写がいい。いなくなったことではなく、いた場所の形が残っていることが怖い。そのあたりから、ゲームの挙動が明確におかしくなりはじめる。彼はスノーヘッド神殿を進み、そして有名な「四日目グリッチ」を試そうとする。
存在しないはずの四日目に、いやしの歌が逆から流れる
ここが、この怪談の一番の勝負どころだ。『ムジュラの仮面』には三日間しかない。三日経てば月が落ちて世界は終わる。だから時のオカリナで時間を巻き戻して、何度も三日間をやり直す。それがこのゲームの根幹だ。
存在しないはずの「四日目」に行けるという噂は、実際に古くから存在した。天文台の望遠鏡を覗いた状態でカウントダウンをゼロにし、暗転中にBボタンを押す。成功すると時計の表示が消え、時間制限のない奇妙な状態になる。日本版でもアメリカ版でもヨーロッパ版でもゲームキューブ版でも報告のある、れっきとした実在のバグだ。ここが後述する「なぜ信じられたか」の一本目の柱になる。
物語のジャドゥセイブルは、それを試す。そして時間制限が外れる代わりに、まったく別の場所に飛ばされる。ラスボス戦の空間。頭上にスタルキッドが浮かんでいて、何もせずただこちらを見ている。会話ウィンドウが立ち上がる。
表示されるのは、ゲームに元から入っている台詞の断片だ。「なぜだかわからないが、あなたは予約をしていたようだ」。「神殿のボスの間に行きますか はい/いいえ」。だが「いいえ」は選べない。カーソルが動かない。
そのままクロックタウンに飛ばされる。人が一人もいない。店も宿も空っぽで、時計塔だけがそびえている。そして流れている音楽が、いやしの歌の逆再生だ。いやしの歌は、このゲームで最も重要な曲だ。
仮面屋が教えてくれる曲で、苦しんでいる魂を鎮めて仮面に変える。つまり「死者を落ち着かせる」曲。それが逆から鳴っている。鎮めるものを逆から回したら何になるのか。誰も説明しない。
説明しないから効く。ジャドゥセイブルはこのとき「理由のわからない、途方もない規模の抑鬱に襲われた」と書く。ゲームを見ていて怖いのではなく、気分そのものが沈む。この「感情の異常」を報告するのが、この作品の巧みなところだ。画面の中の異常ではなく、画面の外にいる自分の側の異常として書く。
ぬけがらの像は、瞬きの合間に距離を詰めてくる
逃げ場を探した彼は、洗濯場の水に飛び込んで溺れ死のうとする。リセット代わりだ。その瞬間、それが出る。ぬけがらの歌の像。英語ではエレジー・オブ・エンプティネスの像。
ムジュラの仮面に実在するオブジェクトで、ぬけがらの歌を吹くと、その場にリンクそっくりの像が置き去りにされる。石の塔の神殿で、スイッチを押しっぱなしにするために使う純粋なパズル用の道具だ。ただ、これのデザインが尋常じゃない。目は虚ろに見開かれ、口は半端に開き、腕はだらりと下がっている。生きているリンクの顔ではなく、死んだリンクの顔でもなく、「リンクの形をした何か」の顔だ。
ゲーム内では亡霊の王イゴスが「心を持たぬこの兵士は、お前の双子の姿だ」といった意味のことを言う。二〇一五年に発表された考察では、この像は「プレイヤーの分身であるリンクを、中身を抜いた状態で外から眺めさせるための装置」だと論じられている。要するに任天堂は、意図的に不気味なものを置いた。BEN DROWNEDは、この既製品をそのまま怪物にした。何も足していない。
ただ、動かないはずのものが動くようにしただけだ。像はクロックタウンの中を追ってくる。走って距離を取り、振り返ると、また真後ろにいる。移動しているところは一度も映らない。歩行アニメーションが存在しないから、当然といえば当然だ。
だがそれが逆に、この世のものではない移動の仕方に見える。読者の多くが『ドクター・フー』の泣き天使を連想したと書いているのは、たぶんそのせいだ。追い詰められた場面で、画面が一瞬だけ切り替わる。しあわせの仮面屋の顔がアップになり、こちらをまっすぐ見て笑っている。そして像とリンクが同じポーズで並び、二体そろって画面の外を見ている。
プレイヤーを見ている。その直後、スタルキッドが襲ってくる。リンクは炎に包まれて焼け死ぬ。ムジュラの仮面に、リンクが燃えて死ぬモーションなど本来存在しない。ここで「これはもうゲームではない」という線が完全に越えられる。
そして例のメッセージが出る。「You’ve met with a terrible fate, haven’t you?」――お前は、とんでもない失敗をしでかしたようだな。これはゲームオーバー時に実際に表示される、実在の文章だ。ムジュラの仮面をやったことのある人間なら、何百回も見ている。見飽きているはずの一文が、この文脈に置かれた瞬間、まったく別の意味を持ちはじめる。
既存の素材を一切改変せずに凶器に変える、この作品で一番冴えたやり口だと思う。タイトル画面に戻ると、「Link」のデータが消えている。代わりに「YOUR TURN」というデータがある。ハート三つ、アイテムなし。選ぶと、さっきの死の場面にそのまま戻される。
本体をリセットすると、消したはずの「BEN」が戻っている。石の塔の神殿の手前で、何事もなかったように待っている。
老人の家は空き家で、ベンは八年前に溺れていた
ここから、投稿の質が変わりはじめる。彼はガレージセールの家に車で戻る。家は空で、売家の看板が立っている。近所の人間に聞くと、そこの家の男の子はベンという名前で、八年前の四月二十三日に溺れて死んだという。事故のあと両親は引っ越した。
老人が誰だったのかは、最後まではっきりしない。寮に戻って「BEN」のデータを起動すると、石の塔の神殿の表示が「S t o n e」のように崩れている。リンクの体は横向きにねじれて固定され、顔からは表情が抜けている。そして、また像が出る。この頃から、ジャドゥセイブルの文章そのものが壊れはじめる。
誤字が増える。一文が短くなる。授業に行かなくなった、と書く。ブラインドを閉め切っている、と書く。「あいつは夢の中にいる」「振り返らなくても、背中の向こうで見ているのがわかる」。
そして極めつけがこれだ。「ゲームが俺に話しかけてきた」。台詞を流用したのではなく、直接、話しかけてきたのだと。同時に、彼は言い訳めいたことも書く。「やらないと何か悪いことが起きる気がする。
でもそんなわけがない、ただのビデオゲームだ。呪われていようがなんだろうが、ゲームが人を傷つけられるわけがない、そうだろう?」。この一文がこの作品の核心だと思う。彼は最後まで、自分を説得しようとしている。
読者もそれを一緒にやっている。ただのゲームだ、そうだろう?
クリーバーボットが「ベン」と名乗った日
物語の後半で、異常はゲーム機の外に出る。彼のパソコンの壁紙が勝手に変わる。そしてクリーバーボット――当時よく遊ばれていた会話ボットのサービスだ――に接続したところ、返ってくる言葉が明らかにおかしい。会話ログの形で、ほとんど加工なしに投稿される。「俺がやった」。
「お前と遊んでやった」。誰だと聞くと、一言だけ返る。「Ben」。どうやって俺に繋がったのかと聞くと、「ケーブルとコード」と答える。そして「今は俺がお前のコンピュータだ」と言う。
前にも同じことをしたことがあるのかと聞くと、あると答える。どうやって溺れたのかと聞くと、答えを拒否する。「その情報はお前には教えない」「それは別の者のために取ってある」。このやりとりが効くのは、クリーバーボットが実在するサービスで、誰でも触れるからだ。実際にあの頃、これを読んで自分でクリーバーボットを開き、「Ben?」と打ち込んだ人間は相当数いたはずだ。
当たり前だがボットは適当なことを返す。返すのだが、こちらの側にはもう先入観が入っている。何を返されても意味に見えてしまう。読者を実際に手を動かさせて、その結果を自分で解釈させる。ARGの萌芽が、もうここにある。
さらに彼は悪夢を報告する。顔の崩れた四人の子供と、しあわせの仮面屋が出てきて、自分の顔に仮面を縫いつける。皮膚に直接、糸で縫いつける。手足の関節も縫い閉じられる。この四人の子供が、次の章の中心になる「ムーン・チルドレン」だ。
「今日以降に俺名義の投稿があったら、全部無視しろ」
最終盤、ジャドゥセイブルは石の塔からイカーナ渓谷へ導かれ、そこでぬけがらの歌を習得させられる。像を生み出す歌を、ゲームの側が彼に覚えさせる。覚えた瞬間、ゲームは牙をむき、彼を殺す。そして彼は、最後の投稿を残す。これをフォーラムに置いておく。
今日の日付――九月十二日――と、今の時刻――午前零時八分――より後に俺名義の投稿を見たら、全部信用するな。俺のアップロードしたファイル、画像、動画をダウンロードするな。どうやって広がるのか、俺にも全部はわかっていない。これからカートリッジを燃やして、それから戻ってきてノートパソコンを壊す。そして彼は消える。
数日後、ルームメイトを名乗る人物が、ジャドゥセイブルの残したメモを「TheTruth」という名前のファイルとして投稿する。これが第一部の締めであり、同時に第二部の起点になる。作者は後に、この時点で物語がジャドゥセイブルの手を離れ、ベンが「外」に出たのだと語っている。実際、ここから先の展開は、もはや読み物ではなくなる。
ところで、これは正確には何日にどこへ投稿されたのか
ここまで物語の話をしてきたが、事実関係を詰めておきたい。ネット怪談の記事は、ここをいい加減にしたまま雰囲気で流すものが多いからだ。最初の投稿は二〇一〇年九月七日。掲載先は4chanの/x/、つまりオカルト・超常現象を扱う板だ。この点は英語版のウィキペディアも、ノウ・ユア・ミームも、コタクの取材記事も一致している。
/v/、つまりゲーム板だったという記述が日本語圏でも英語圏でもそこそこ流通しているが、一次に近い資料はそろって/x/を指している。おそらく題材がゲームだから記憶が上書きされたのだろう。この記事では/x/を採る。連載は九月七日から九月十五日まで、ほぼ毎日更新された。物語内の日付と投稿日は完全には一致していないが、連日更新というリズム自体が「進行中の事件」の感覚を作っていた。
九月十五日の夜、最後の動画とTheTruthのファイルが出て第一部が閉じる。ノウ・ユア・ミームは最終動画の公開を九月十五日の二十三時四分としている。動画はユーチューブのジャドゥセイブル名義のチャンネルに上げられた。ファイル名がそのままタイトルになっているのが特徴で、「Jadusable」「Ben」「Drowned」「Free」といった素っ気ない名前が並ぶ。この素っ気なさが効いている。
演出された作品ではなく、証拠として置かれたファイルに見えるからだ。公開から二日で十万回以上再生されたと記録されている。中心的な一本は最終的に三百七十万回を超えた。コタクが最初に取り上げたのが二〇一〇年十一月九日。ここで一気に読者層が広がった。
作者本人が後年、コタクの記事で読者が四倍になり、二〇一七年の続報でさらにもう一段増えたと語っている。クリーピーパスタ系のウィキ群に転載され、定番として固定されていくのはこの前後だ。
書いたのは、当時二十歳の大学二年生だった
作者はアレックス・ホール。一九九〇年八月十三日生まれ、インディアナ州カーメルの出身。執筆当時はセントルイス大学の二年生で、二十歳だった。ペンネームのジャドゥセイブルは、もともと彼が使っていたハンドルだ。彼は二〇〇九年頃にクリーピーパスタというジャンルを知り、自分でもやってみたくなった。
インタビューでは、なぜゲームを題材にしたのかについてこう説明している。ゲームには開発者が意図した有限の可能性しかない。そのルールが破られたとき、独特の超現実感と不安が生まれる、と。『ムジュラの仮面』を選んだ理由も明快だ。世界が三日後に終わるとわかっていて、住人はそれぞれ違う段階の悲嘆を生きている。
もともと死と喪失の話なのだから、ホラーの土台として理想的だった、と語っている。実際、このゲームを五段階の悲嘆モデルで読む論考は昔からあって、彼はその読みを共有していた側の人間だ。影響を公言しているのが「キルスイッチ」だ。ロシア製とされる、一周すると自動的に消滅するゲームについての作り話で、文章と映像と不完全な記録が混ざり合う構造を持っていた。
BEN DROWNEDの設計思想は、明らかにここから来ている。そして、これはあまり知られていないが、第一部の文章と動画は一日半ほどで作られたという。経済学の教科書の余白にメモを取りながら書いたとも語っている。十年以上ジャンルを支配することになる作品が、大学生の週末の産物だったわけだ。
種明かし――プロジェクト64とゲームシャークで全部やった
一番聞かれる質問には、本人がとっくに答えている。使ったのはニンテンドウ64のエミュレータであるプロジェクト64と、『ムジュラの仮面』のROM。そこにゲームシャークのデバッグコードを流し込んで、ゲームの内部状態を直接いじった。ゼルダの改造をやっている界隈のフォーラムを読み漁って、どのアドレスをどう書き換えれば何が起きるかを覚えた。それだけだ。
ゲームシャーク系のコードは、要するにメモリ上の値を書き換える仕組みだ。リンクの座標、再生中のアニメーションID、鳴っているBGMのID、こういったものを外から強制的に指定できる。だから「本来そこにいないはずの場所にリンクを置く」「存在しない組み合わせのアニメーションを再生させる」「別の場面のBGMを流す」。こういった芸当が、ROM本体を書き換えなくても成立する。
燃えるリンクも、ねじれたリンクも、無人のクロックタウンも、原理的にはこれで作れる。そこに動画編集で仕上げをする。ノイズの重ね、フレーム落ち、色の破綻。音は逆再生とピッチ変更。いやしの歌の逆再生は、文字通り音声ファイルを逆から再生しただけだ。
ここで大事なのは、「BEN DROWNEDのROMハック」というものが配布可能な形では存在しないという点だ。ゲーム改造の掲示板には、あの状態のROMを探している書き込みが今でも定期的に立つ。だが、一本の完結した改造ROMとして作られたわけではなく、その場その場のメモリ書き換えと編集の集積なので、探しても出てこない。ファンが再現を試みた模造品はいくつもあるが、それは別物だ。もう一つ。
エミュレータで動かしたということは、そもそも物理的な「呪いのカートリッジ」は最初から存在しない。老人も、ガレージセールも、八年前に溺れた少年も、全部フィクションだ。作者は繰り返しそう言っている。特に二〇二四年のインタビューでは、これが創作であることをはっきりさせておく必要性について踏み込んで語っている。理由は後で書く。
怪談がゲームに化けた――ムーン・チルドレン編の話
第一部が終わって二日後、九月十七日。物語は形を変えて再起動する。TheTruthのファイルに仕込まれた暗号を読者が解き、一つのウェブサイトにたどり着く。名前は物語のキャッチフレーズそのまま、「ユー・シュドント・ハブ・ダン・ザット」――お前はそれをやるべきではなかった。サイトは、ある集団の公式サイトという体裁を取っていた。
ムーン・チルドレン。月を神として崇める、要するにカルトだ。ホーム、信条、我々について、理論、連絡先、そして「真実」という鍵のかかったページ。検索窓もある。表向きは、ちょっと風変わりな宗教団体の素朴なホームページに見える。
だが中身は暗号の巣だった。連絡先ページの一つには、シーザー暗号でずらされた文字列が置かれていた。八文字ずらして戻すと「私の目を……あいつらが持っていった」と読める。ページのメタデータには文字列が分割して埋め込まれていて、複数ページを横断して繋げないと文にならない。隠しページには特定のメンバーの個人ページがあり、それぞれに謎めいた文言とカウントダウンが仕込まれていた。
プレスルームのページには、選択しないと見えない色で「小さな仔羊たちのように。あの男が笑っている」と書かれていた。そして最大の仕掛けは、サイトそのものが三日ごとにリセットされることだった。これがどれだけ気の利いた設計か、ムジュラの仮面をやった人間ならすぐわかると思う。あのゲームの三日間が、そのままウェブサイトの仕様として実装されている。
三日経つと世界が終わり、時のオカリナで巻き戻り、また同じ三日が始まる。読者は三日ごとに更新される盤面に対して、何かをしなければならない。「何かをする」というのが具体的に何かというと、これがまた面白い。読者はムジュラの仮面のプレイ動画をユーチューブに投稿する。どの曲を演奏するかで、物語の展開が変わる。
いやしの歌を吹いたら救われるかというと、そうでもない。癒しの曲がむしろ誰かを傷つけ、別の選択が誰かを引き戻す。読者の善意が裏目に出る構造になっていて、これは相当に意地が悪い。十月六日には「ザ・グリッチ」と呼ばれる三十分ほどの生の事件が起きた。サイトが崩壊したような表示になり、大量の異常な画像が流れ、暗号を解くと番号のついた隠しファイル群にたどり着く。
そこには、お前たちが今いる現実は偽物で、そこから脱出しなければならない、という趣旨のメッセージがあった。三十分。リアルタイムで居合わせなければ体験できない三十分だ。これに立ち会った人間の話は、今でもフォーラムに残っている。
ウィズイン・ヒュブリスと、郵便で届いた新聞の切り抜き
二〇一一年二月十七日、物語はさらに舞台を移す。ウィズイン・ヒュブリスという名のフォーラムが立ち上がり、読者の集会所であると同時に、物語の舞台そのものになった。ここで動く人物たちがいる。イフリット、またの名をマット。カルトの管理人で、連絡先ページに「危険だから近づくな」という警告を置いていた。
その妹のローザ。プレイヤーに手を貸したが、途中で消息を絶つ。ケイド・ヘンドリックスというハンドルの参加者は、クライマックスの場面でローザと接触した実在の読者として記録されている。ケルブリスというカルトの初期メンバー。そして「父」と呼ばれる存在。
姿はしあわせの仮面屋として描かれる。この段階でのやり口で、今読んでも背筋が寒くなるのが、現実の郵便物だ。一部の参加者のところに、新聞の切り抜きが届いた。ニューヨークで起きたとされる無理心中の記事。紙。
物理的な紙が、自宅の郵便受けに入る。画面の中の話が、玄関先まで来る。ARGという形式の本質がここにある。境界を一箇所だけ、ほんの少しだけ破ると、あとは受け手の想像力が勝手に全部を疑いはじめる。ムーン・チルドレン編は二〇一一年七月十五日、宙吊りのまま止まった。
作者は休止を宣言する。第一部と第二部を合わせて、三百五十万語以上のテキストと、三百八十分を超える映像が生まれていた。大学生が週末に書いた四千語ほどの怪談が、一年足らずでそこまで膨れ上がるわけだ。
九年の沈黙のあと、二〇二〇年に戻ってきた
そこから約九年、何もなかった。再開は二〇二〇年三月十七日。『ムジュラの仮面』が世に出てから二十年という節目の年に合わせた再始動だった。第三部のタイトルは「アウェイクニング」。三日ごとに更新され、途中から週次に落ち着いた。
前半の「メソッズ・オブ・レボリューション」はファウンドフッテージ形式で、謎めいたホテルを探索する。舞台はムーン・チルドレン編から九年後の、分岐した歴史の世界だ。二〇一二年に起きた何かによって世界が崩壊し、頭文字をとってヒーローズと呼ばれる病原体が蔓延している。主人公は「セカンドプレイヤー」と呼ばれ、その行動をコミュニティ投票で決める。ゲームブックのような仕組みだ。
そしてこのセカンドプレイヤーは、投票による判断ミスの結果として、ガスマスクの怪物ジェイラーに殺される。読者が殺したことになる。ジャドゥセイブルは「父」に取り込まれていたことが明かされる。後半の「ザ・ラスト・ヒーロー」では、サラという新しい主人公が同じホテルで目を覚ます。彼女のもとには「エンターテインメントパッケージ」が届く。
境界のあいまいな姿をしたニンテンドウ64と、あの『ムジュラの仮面』のカートリッジ。彼女はゲームの中に入り、コードの中に囚われた断片としてのベンに出会う。ジャドゥセイブルもローザも、無数の人間の魂も、そこに閉じ込められている。エターニティ・プロジェクトと呼ばれるサーバー群が、デジタル化された意識を保管しているのだと明かされる。
ムジュラの仮面の世界そのものが、失敗したベータ版として絶望的に壊れているのだ、とも。終盤、サラを蘇生させるために読者が十六進数のコードを入力する。二〇二〇年十月三十一日、アメリカ東部時間の午後四時、最終動画が公開されて完結した。最後の映像で、少年時代のリンクの体に入ったベンが、こちらに向かって手を振る。蛇足を承知で書くが、この第三部で作者はAIによる画像生成と音楽生成を使っている。
敵役の顔はアートブリーダーで作られた。二〇二〇年の時点でそれをやっていたのは、なかなかどうして彼らしい。二〇二五年には「デッド・セーブ」という新シリーズを準備中だと発表している。
日本にBEN DROWNEDが上陸したとき
日本語圏の受容の話をする。英語圏で爆発したのが二〇一〇年秋。日本のネットに本格的に入ってきたのは、そこから数年遅れている。日本の書き手の一人は「二〇一三年頃に世界的に有名になり、日本に来たのはその一年ほど後」という感覚を書いている。体感としては、だいたいそのあたりだろう。
流入経路は主に三つあった。一つ目が翻訳テキスト。個人ブログや小説投稿サイトに、有志の日本語訳が上がった。ピクシブの小説機能に投稿された翻訳シリーズは今でも読める。翻訳の質はまちまちだが、共通しているのは訳語の選び方だ。
エレジー・オブ・エンプティネスの像を、日本語版の正式名称である「ぬけがらの歌」の像として訳せるかどうか。ここが分水嶺で、正しく訳せている記事は、日本語版をやり込んだ人が書いている。「いやしの歌」の逆再生という表現も同じで、日本語版の語彙で書かれた瞬間に、読者の中の記憶と直結する。翻訳が原文より効いてしまう珍しい例だと思う。二つ目がニコニコ動画とユーチューブ。
日本語字幕をつけた動画が上がり、ゆっくり解説やゆっくり実況の形で二次的に語り直された。「呪いのムジュラの仮面」という題のシリーズなどが代表格だ。ただ、日本語訳の動画には著作権上の問題がついて回り、二〇二一年の時点では最終話以外は日本から見られない状態になっていた。皮肉な話で、消えていく動画という状況自体が、この怪談の設定と妙に噛み合ってしまっている。三つ目がキャラクターとしての受容だ。
ここが日本らしい。ベンは早い段階で、金髪で目から血を流した幽霊のリンクという固定ビジュアルを持ち、イラストや漫画の題材になった。ピクシブ百科事典には項目が立ち、他のクリーピーパスタ作品とのクロスオーバーが描かれ、MMDで踊りはじめた。原典の恐怖の質と、日本でのキャラクター人気の質は、正直かなりずれている。だが二次創作という回路を通じて、日本語圏では原典を読んだことのない層にまで名前が届いた。
これは英語圏とは違う伝わり方だ。
体験談その一――九月の一週間を、リアルタイムで踏んだ人たち
BEN DROWNEDについて語られる体験談のうち、一番濃いのはやはり二〇一〇年九月の当事者たちのものである。彼らの語りに共通しているのは、「読んだ」ではなく「追った」という動詞だ。連載は一日一本ずつ。今日の分を読んで、動画を見て、コメント欄で議論して、寝る。明日また続きが来る。
この待ち時間が全部、恐怖の熟成時間になっていた。今の読者が三十分で通しで読むものを、彼らは一週間かけて食らっていた。ある人は、四日目の動画を深夜に一人で見て、そのあと部屋の照明を全部つけたと書いている。怖かったのは像でもスタルキッドでもなく、無人のクロックタウンだったという。あの町には常に人がいる。
カフェイ捜しのアンジュがいて、屋台の親父がいて、跳ねている子供がいる。誰もいないクロックタウンというのは、彼にとって「知っている部屋から家具が全部消えている」のと同じ感触だったらしい。別の人は、コメント欄で「これは作り話だ」と主張していた側だったと振り返っている。彼は最初から創作だと思っていた。それでも、投稿が途絶えた数時間のあいだ、本気で心配したという。
作り話だとわかっているのに、書き手の安否が気になる。この矛盾した状態こそが、ARGが読者に与える最も奇妙な感覚だ、と彼は書いている。もう一人、印象的な語りがある。ムーン・チルドレン編の三日周期に付き合っていた人の話だ。彼は当時高校生で、三日ごとにサイトが更新されるので、学校から帰ってすぐ確認する生活を数カ月続けた。
十月六日の「ザ・グリッチ」の三十分に立ち会えたことを、今でも自慢にしている。一方で、あの数カ月で自分の睡眠と成績が明確に壊れたことも認めている。「あれは物語ではなくスケジュールだった」という言い方をしていて、これはARGというものの本質を突いていると思う。
体験談その二――訳した人、実況した人、そして日本語版の記憶
日本語圏の側の語りも面白い。翻訳をやった人たちが口をそろえて言うのは、訳しづらさの話だ。この作品の原文は、意図的に文章の質を劣化させていく。誤字が増え、文が短くなり、論理が飛ぶ。これを日本語でそのままやると、単に下手な訳文にしか見えない。
「壊れていく文章」と「下手な文章」を区別させるのが、想像以上に難しかった、と。ある訳者は、句読点の打ち方を後半でわざと崩すことで解決したと書いている。実況や解説動画をやった側の証言で共通するのが、素材の扱いに困ったという話だ。原典の動画をそのまま使うと権利の問題が出る。かといって説明だけでは、この怪談の肝である「映像という証拠」が伝わらない。
ゆっくり解説形式が日本で主流になったのは、ある程度この事情が影響している。絵で見せられない分を、語りで補うしかなかった。そして日本のプレイヤーに特有の反応がある。「ぬけがらの歌」という日本語の響きだ。英語のエレジー・オブ・エンプティネスは「空虚への挽歌」で、荘重で文学的だ。
対して日本語の「ぬけがら」は、もっと即物的で、もっと生々しい。蝉の抜け殻の、あの中身のない感じ。子供の頃にこの曲名を見て、なんとなく嫌な気持ちになったという証言は本当に多い。BEN DROWNEDが日本語圏で刺さった要因の一つは、間違いなくこの単語の選択にあると思う。任天堂の日本語チームが二十六年前につけた曲名が、地球の反対側で生まれた怪談の威力を、日本でだけ一段階上げてしまった。
体験談その三――実際にカセットを引っ張り出して確かめた者たち
そして、必ず出てくるのがこの種類の人間だ。信じたのではなく、確かめたくなった人。四日目グリッチは実在する。だから当時、押し入れからニンテンドウ64を掘り出して、天文台に行って、望遠鏡を覗いて、カウントダウンの終わりでBを押した人が世界中に大量発生した。掲示板には成功報告と失敗報告が入り混じって並んだ。
成功した人の報告はだいたい同じだ。時計の表示が消える。時間が進まない。町は普通にある。人もいる。
何も起きない。ただ、二重時のオカリナを使うとフリーズするし、話しかけると会話がおかしくなるし、行けなくなる場所が出る。要するに、ちゃんとバグらしいバグが起きるだけだ。ところが、この「何も起きないが、確かにゲームは壊れている」という状態が、逆に効いた。完全に正常なら「やっぱり作り話じゃないか」で終わる。
だが実際に画面は少し変になる。会話が壊れる。フリーズする。壊れかけたゲームを自分の手で目撃してしまった人間は、そのあと動画を見返したときの感じ方が変わる。「あれの延長線上に、あの映像がある」と思えてしまう。
日本のプレイヤーの証言で好きなものがある。四日目状態にしたあと、時間表示のない世界でしばらくクロックタウンをうろついていたら、だんだん怖くなって自分から時のオカリナを吹いた、というものだ。何かが出たわけではない。ただ「終わりが来ない三日間」に耐えられなくなった。ムジュラの仮面という作品が、時間制限という不快さの上に成立していることの裏返しだ。
制限を外した瞬間、別種の不快が湧いてくる。もう一つ、中古カセット文化そのものの話をする証言も多い。「BEN」というセーブデータの名前に既視感を覚えた、という人だ。中古で買ったカセットに残っていた見知らぬ名前。日本ではファミコンやスーパーファミコンの時代、セーブデータは基本的にカセット本体に記録された。
だから中古ソフトには前の持ち主の痕跡が必ず残る。プレイステーション以降はメモリーカードに移ったので、この現象は起きなくなった。つまり「他人のセーブデータとの遭遇」は、ある世代までにしか共有されていない、きわめて限定的な文化的記憶なのだ。
日本のあるコラムニストが、こんな話を書いている。小学三年生のときに中古で買った『ファイナルファンタジー5』に「ぜんたろう」という名前のデータが残っていた。最初はダサいと思っていたが、詰まったときに開いてみたら全キャラが全ジョブをマスターしていて神に見えた、というのだ。会ったこともない誰かの努力の痕跡に励まされた、という話だ。BEN DROWNEDは、この感情の完全な裏返しをやっている。
見知らぬ誰かの痕跡は、本来ならほのぼのしたものだ。ほのぼのしているからこそ、そこに悪意を注ぎ込まれると逃げ場がない。日本語圏でこの怪談がすんなり受け入れられたのは、この土壌があったからだと思う。
掲示板は何を疑い、何を暴いたか
当時のスレッドは、おおむね三つの陣営に割れていた。信じる側。疑う側。そして「本当かどうかはどうでもいい、面白ければいい」という側だ。三つ目が一番多かったし、一番厄介だった。
彼らは反証に興味がないので、検証しようとする人間に対して「空気を読め」と言う。ネット怪談の周りでいつも起きるやつだ。疑う側の指摘は、実のところ最初期からかなり的確だった。まず、映像に映るリンクの挙動は、既存のアニメーションの不自然な組み合わせで説明がつく。存在しないモーションが新規に作られているのではなく、あるモーションが本来使われない場所で再生されている。
次に、無人のクロックタウンはNPCの読み込みを止めれば作れる。次に、いやしの歌の逆再生は音声を反転させただけ。そして決定的なのが、エミュレータ特有の描画の癖が映像に残っていたという指摘だ。実機のコンポジット出力とは、にじみ方も走査線の出方も違う。要するに、種はほぼ全部、公開から数週間のうちに割れていた。
それでも作品は生き延びた。ここが面白いところで、この怪談は「本当かどうか」を賭け金にしていなかったのだ。作者自身、九月二十日の時点で自分が作者であることを公表し、その上でARGとして続きを走らせている。にもかかわらず参加者は増え続け、信じているから参加していたのではなく、参加すること自体が目的になっていた。学術方面の反応も早かった。
二〇一七年のデジタルゲーム研究の学会や、二〇一八年のゲーム文化研究の学術誌で、この作品は「グリッチホラー」の代表例として扱われている。恐怖の源泉が幽霊ではなく、技術が壊れる瞬間そのものに置かれている、という整理だ。日本語圏の検証記事でも同じ論点が繰り返し出てくる。デジタル技術の不完全さに対する集合的な不安が、亡霊の形をとって出てくる。この読みは、今のアナログホラーの隆盛まで一直線につながっている。
一方で、実務的な検証も進んだ。改造ROMを探す動きは今も続いているが、前述のとおり配布物としては存在しない。ファンが作った再現版は複数あるが、原典の映像と一致するわけではない。ここを混同した記事がネット上には無数にあるので、注意した方がいい。
なぜ『ムジュラの仮面』でなければ成立しなかったのか
この怪談が別のゲームで書かれていたら、たぶんここまでにはならなかった。『ムジュラの仮面』は二〇〇〇年四月に日本で発売された。前作『時のオカリナ』のエンジンを流用して、およそ一年という短期間で作られている。その制約が、結果的にとんでもない代物を生んだ。まず三日間の時間制限。
ゲームを始めた瞬間からカウントダウンが走り、七十二時間で月が落ちて世界が終わる。時のオカリナで初日の朝に戻れるが、その代わり進行の大部分がリセットされる。プレイヤーは常に急かされ、常に何かを諦めている。次に月だ。あの顔。
上を見上げれば必ず視界に入る位置に、苦悶とも憤怒ともつかない表情の巨大な顔が浮かんでいて、日が経つごとに近づいてくる。ゲーム内の脅威というより、環境そのものが敵意を持っている。しかも終盤には「オ、オデは……食う。ぜ、ぜんぶ……食う」と喋る。そして住人たち。
世界が滅ぶとわかっているのに、逃げない人間が大勢いる。三日目の夜になっても屋台を出している者がいる。恋人を待ち続けている者がいる。彼らを助けても、時間を巻き戻せば助けなかったことになる。誰も彼もを同時に救うことはできない構造で、これは意図的な設計だ。
仮面の変身描写も相当なものだ。リンクが仮面をつける瞬間、絶叫し、仮面の側の表情が苦悶に歪む。ゾーラの仮面は、目の前で死んでいった者の魂から作られる。つまり任天堂は、二〇〇〇年の時点で、家庭用ゲーム機の看板シリーズで、死と喪失と時間の残酷さについての作品を作ってしまった。BEN DROWNEDがやったのは、この既にある不気味さに、ほんの少しだけ外側から力を加えることだった。
ゼロから怖いものを作ったのではない。もともと張り詰めていた膜を、指で押しただけだ。ぬけがらの像の話にもう一度戻る。この像がホラーの素材として完璧なのは、ゲーム内での役割が完全に事務的だからだ。スイッチを押しっぱなしにするための重し。
それ以上でもそれ以下でもない。プレイヤーはこれを何十個も出しては置き去りにする。使い終わったら振り返りもしない。石の塔の神殿には、プレイヤーが捨てていったリンクの死体そっくりの像が、いくつも転がったままになる。その事務的な使い捨てが、ある日いきなり顔を上げてこちらを見たらどうなるか。
BEN DROWNEDの答えがそれだ。
任天堂は、この件について何も言っていない
はっきりさせておくと、任天堂がBEN DROWNEDについて公式に言及した記録はない。二〇一五年の『ムジュラの仮面3D』にこの怪談を意識したイースターエッグが入っている、という噂があった。発売前からファンの掲示板で盛り上がっていたが、実際に確認されたものはない。ファンが期待しただけだ。
これは考えてみれば当たり前で、任天堂の立場からすれば、自社の看板シリーズの中古ソフトに死んだ子供が住んでいるという話に、公式にコメントする利点は一つもない。無視するのが唯一の正解だった。そして、その沈黙が結果的に怪談を助けた。否定されないものは、否定されていない状態で残り続ける。企業が黙っているというだけで、ネット怪談は勝手に体力を回復する。
ちなみに、映像化の話は何度か出ている。クライヴ・バーカーとワーナー・ブラザースが作者に接触したと伝えられているし、二〇一五年には独立系の映画会社が実際に撮影を始めたが完成しなかった。SyFyの『チャンネル・ゼロ』が題材候補に挙げていたが、シリーズ自体が四シーズンで終了した。作者は原典の映像化には一貫して消極的で、この物語をキャンプファイヤーの怪談と同じく共有物だと考えている、と語っている。
実際、彼はこれで金を稼ぐことをほぼ避けてきた。
なぜ怖いのか――「証拠」が添付されているという一点
ここから分析に入る。BEN DROWNEDが決定的に新しかったのは、文章に映像が添付されていたことだ。これに尽きる。それまでのネット怪談は、基本的にテキストだった。テキストの怪談は、読者の想像力の中でしか成立しない。
だから読者は、いつでも「これは自分の頭の中の出来事だ」という安全弁を持っている。映像はそれを壊す。画面に映っているものは、少なくとも「誰かが作った映像として実在する」。呪いが実在するかどうかとは別に、映像は実在する。この一段だけ現実に近い場所に足を置かれると、読者の防御は明らかに弱くなる。
しかもその映像が、多くの読者にとって既知のゲームだ。ここが二段目の仕掛けになる。まったく知らないゲームの怖い映像は、ただのホラー映像だ。だがクロックタウンを知っている人間にとって、無人のクロックタウンは異常事態である。ぬけがらの像を知っている人間にとって、動く像は異常事態だ。
「知っているものが壊れている」という認識は、知らない怪物を見るよりずっと深いところに刺さる。自分の記憶が汚染される感覚があるからだ。三段目が、恐怖の主体の置き方になる。この怪談で襲われているのは、リンクではなく、プレイヤーだ。像はリンクを追いかけながら、同時に画面の外を見る。
仮面屋はこちらを見て笑う。セーブデータは「YOUR TURN」に書き換わる。そしてクリーバーボットを通じて、パソコンの側に染み出してくる。ゲームの中の話が、ゲームをしている人間の話にすり替わる瞬間が、何段階にも分けて用意されている。四段目は、逃げ道の閉じ方だ。
普通のホラーなら電源を切れば終わる。だがこの話では、電源を切ってもデータが戻り、カートリッジを燃やそうとしても間に合わず、最後は「俺の名前で投稿があっても信じるな」というところまで行く。書き手のアカウントすら安全ではない。読者は、読んでいる文章そのものを疑わされる。最後に、感情の異常という手口。
「理由のわからない、途方もない抑鬱に襲われた」という報告は、ホラーとして極めて経済的だ。何が怖いのかを説明せずに、怖かったという結果だけを渡す。読者は空白を自分の最悪の想像で埋める。これは怪談の基本技だが、映像という具体物とセットで使われると威力が跳ね上がる。
なぜ広まったのか――読者が「観客」から「参加者」に変わったから
怖さと拡散力は別の話だ。BEN DROWNEDが十五年以上生き残っているのは、怖いからだけではない。第一に、連載形式。一日一本というリズムは、恐怖を熟成させると同時に、コミュニティを毎日集合させた。掲示板に人が戻ってくる理由が毎日供給される。
これは今の連載型ウェブ小説やアナログホラーのチャンネル運営が全部やっていることだが、二〇一〇年のネット怪談としては新しかった。第二に、参加の設計。ムーン・チルドレン編以降、読者は暗号を解き、動画を投稿し、投票し、郵便を受け取った。物語を消費するのではなく、物語の中で労働する。人間は、自分が労力を注ぎ込んだものを簡単には手放せない。
この作品の熱心なファンが十年以上残ったのは、彼らが読者ではなく作業者だったからだ。第三に、素材の強さ。『ゼルダの伝説』という巨大な共有財産に寄生している。ゼルダを知っている人間は世界中にいて、その全員が潜在的な読者になる。しかも本編の設定を一切壊していない。
ぬけがらの像も、いやしの歌も、ゲームオーバーの文言も、全部本物だ。だから原作ファンからの拒否反応が小さかった。むしろ「言われてみればあの像は変だ」という再発見の快感すら提供している。第四に、キャラクターとしての独立。金髪で血の涙を流すリンク、という一目でわかるビジュアルが早期に固まった。
これによって、原典を読んでいない層にも名前だけが伝播する。日本語圏での広まり方はまさにこれで、二次創作を入口にした人が相当数いる。第五に、作者の姿勢。彼は権利を主張せず、商品化もせず、二次創作を放任した。これが結果的に最強の拡散戦略になった。
ネット怪談は、囲い込んだ瞬間に死ぬ。共有物として扱われたものだけが民話になる。
二〇一六年の一件と、作者が背負ってしまったもの
書きにくい話だが、避けて通るのはフェアではない。二〇一六年、亡くなった十二歳の少女について報じられた際、その少女がベンを名乗る人物からオンラインで働きかけを受けていたという情報が流れた。作者本人になんの関係もない、彼のキャラクターを騙った第三者の行為だ。それでも、自分の作品の名前がそういう文脈で出ることに、彼は当然何かを感じた。インタビューで彼は、直接の因果関係については慎重な言い方をしている。
自分の物語がなければ別の何かがそこにあっただけだろう、とも言っている。同時に、広く届いたものには良い連想も悪い連想も必ずついてくる、それは自然法則のようなものだ、とも語っている。突き放しているようで、たぶんそうではない。彼はまた、子供の頃にこの話に触れて眠れなくなった、という報告を大量に受け取ってきた。七年経っても週に一回か二回はファンレターが来る、と語っていた時期がある。
その中には「あの物語のおかげで暗い時期を乗り越えられた」という感謝もあれば、恨み言もある。彼は幼い読者を怖がらせたことについて、少しばかりの罪悪感を持っている、と述べている。近年のインタビューで、彼がこれは完全なフィクションであることを繰り返し強調するようになったのは、この経緯と無関係ではないだろう。二十歳の学生が週末に書いたものが、十五年後に自分の言葉で否定し続けなければならない何かになった。
ネット怪談の作者が背負う代償として、これはかなり重い部類だと思う。念のため書いておく。呪われたカートリッジは存在しない。ベンという少年も存在しない。老人も存在しない。
これはアレックス・ホールという書き手が、エミュレータと編集ソフトと文章の才能で作った創作物だ。そして、それを知った上で読んでも、まだ十分に怖い。
呪いのカートリッジという物語の、長い血筋
最後に系譜の話をしておく。ゲームにまつわる怪談は、BEN DROWNEDが最初ではない。むしろ非常に古い。八〇年代のアーケードに存在したとされる「ポリビウス」は、遊ぶと記憶障害や悪夢を引き起こし、黒服の男が定期的にデータを回収しに来たという都市伝説だ。九〇年代末から二〇〇〇年代初頭には、一周すると自身を消去するロシア製ゲーム「キルスイッチ」の話が流通した。
作者が明確に影響を認めているのがこの後者だ。日本にも独自の系譜がある。特定のソフトに心霊現象が起きるという噂、開発中止になったバージョンの話、消えたはずのデータが戻ってくる話。中古ソフト文化が濃かったぶん、日本の噂は「他人の痕跡」に寄る傾向がある。ここは英語圏とは少し味が違う。
BEN DROWNEDが系譜の中で決定的だったのは、噂を作品にしたことだ。ポリビウスもキルスイッチも、証拠が存在しないことを前提にした話で、BEN DROWNEDは証拠を作った。しかもその証拠が偽物だと割れた後も、作品として自立した。そして次の世代が出てくる。二〇一五年の「サッド・サタン」は、映像を主体にしたが物語構造を捨てたため、あっさり信用を失った。
二〇一七年の「ペットスコップ」は逆に、映像を主軸に据えたまま極めて緻密な物語を組み立て、BEN DROWNEDの正統な後継として評価された。制作者はこの作品を主要な影響源として挙げている。そこからアナログホラーというジャンル全体が育っていく。テレビの緊急放送、教育ビデオ、企業のPRフィルム。壊れたメディアの形式そのものを恐怖の器にする手つきは、全部この十五年で洗練された。
さらに横に広がると、二〇一四年に明かされた『グラビティフォールズ』のギファニーというキャラクターの設定資料に、影響元としてこの作品の名前が挙がっている。地上波アニメの制作現場にまで届いていたわけだ。ネット怪談が民話になる条件は、たぶん二つしかない。原作者がいなくなっても語り継がれること。そして、語り手が勝手に書き換えても壊れないこと。
BEN DROWNEDは両方を満たしてしまった。だからこれはもう、アレックス・ホールのものではない。あの像を見てぞっとした全員のものだ。ここからは、記事の本編で扱いきれなかった角度から、もう一度この作品を解剖してみたい。まず、構造の話を厳密にしておく。
BEN DROWNEDという固有名は、実は三つの異なるものを同時に指している。一つ目は、二〇一〇年九月七日から十五日にかけて投稿された一続きのテキストと動画。純粋なネット怪談としての本体で、通しで読んでも三十分程度の短編だ。二つ目は、その直後から二〇一一年七月まで走った参加型の企画。これは読み物ではなく、期間限定の共同作業だった。
三つ目は、二〇二〇年に完結した長大な連作。この三つを混ぜて語ると、ほぼ確実に話が噛み合わなくなる。「BEN DROWNEDを読んだ」と言う人の九割以上は一つ目しか読んでいないし、それはまったく正当な読み方だ。一つ目だけで完結した作品として成立するように書かれているからだ。その上で、二つ目の存在が一つ目の価値を押し上げているのが、この企画の面白いところでもある。
単体の怪談として読んだときに感じる「この後どうなったんだ」という宙吊りが、実際に現実側で続いた事実によって強化されている。読者は、続きがあったことを知っている状態で第一部を読む。すると、あの最後の警告――俺の名前で投稿があっても信じるな――が、単なる締めの決め台詞ではなく、実際に効力を持った宣言だったことになる。作品の外側の事実が、作品の内側の一文の意味を変えている。
こういう補強の仕方ができるのは、この形式だけだ。次に、恐怖の設計についてもう少し踏み込む。この作品には「見せない」という判断が徹底されている場面と、「見せる」ことに全振りした場面が、意図的に交互に配置されている。老人の異様さは見せない。「うまく説明できないが何かがあった」で止める。
八年前に何が起きたのかも見せない。近所の人間の伝聞で済ませる。クリーバーボットのベンは、どうやって溺れたのかを最後まで語らない。「その情報は別の者のために取ってある」という拒絶で終わる。一方で、像は見せる。
燃えるリンクは見せる。無人のクロックタウンは見せる。仮面屋の笑顔は見せる。この配分が絶妙なのだ。原因は一切見せず、結果だけを高解像度で見せる。
読者は、鮮明な結果から原因を逆算しようとして、必ず失敗する。そして逆算に失敗した頭は、勝手に最悪のものを作る。ホラーの古典的な手法だが、映像という具体物を「結果」の側にだけ配置したのは、この作品の発明に近い。三つ目に、文章そのものの技術を見ておきたい。ジャドゥセイブルの文体は、前半と後半でまったく違う。
前半は、几帳面すぎるくらいに几帳面だ。時系列を守り、細部を書き、余計な断定を避ける。この「信頼できる語り手」を数千語かけて確立してから、後半でそれを崩す。誤字が混ざり、文が切れ、時系列が飛ぶ。読者は、崩れていく過程を情報として受け取ってしまう。
何が起きたかを説明されなくても、文章の壊れ方から状態を推測できる。これは怪談としては相当に高度な芸で、しかも二十歳の学生が一日半で書いたという事実を思うと、素直に舌を巻く。逆に言えば、練りに練った作品ではないからこその粗さが、生の記録という体裁と完全に噛み合っている。作者本人が「執筆は短期間だったので、章を追うごとに粗さが出ている」と認めているのだが、その粗さが結果として最大の武器になった。
整いすぎた文章は、実話に見えない。四つ目、日本語圏での受容についてもう一段深く考えてみる。本編でも触れたが、この作品の日本での定着には翻訳の質が決定的に関わっている。ただ、それ以上に効いているのが「ムジュラの仮面という作品への日本人の感情」だと思う。日本において『ムジュラの仮面』は、単に不気味なゼルダというだけの位置づけではない。
『時のオカリナ』という超大作の直後に、一年で作られた、明らかに歪な続編。売上も前作には及ばなかった。だが遊んだ人間の記憶にはやたらと強く残る。子供の頃に触れて、月の顔と仮面の絶叫がトラウマになったという証言が、日本語圏には山ほどある。つまりこのゲームは、日本の一定世代にとって、既に個人的な傷として存在している。
そこに海の向こうから「あのゲームは呪われている」という話が来る。しかもその話は、こちらの記憶にある要素だけで組み立てられている。ぬけがらの歌。いやしの歌。とんでもない失敗をしでかしたようだな。
この符合の気持ち悪さは、原文で読んだ英語圏の読者よりも、日本語版の記憶を持つ読者の方が強く感じたはずだ。日本語版の語彙は、英語版よりも即物的で、直接的だからだ。五つ目、ARGという形式の功罪について。BEN DROWNEDのムーン・チルドレン編は、ARGの成功例として語られることが多いが、実は失敗の記録としても読める。あれは完結しなかった。
二〇一一年七月に休止し、九年放置された。参加者の中には、数カ月分の生活時間を投じた挙句、答えを得られないまま放り出された人が大勢いる。ARGは参加者から時間を奪う。しかも「今この三日以内に動かないと見られない」という設計は、構造的に生活を侵食する。ザ・グリッチの三十分に立ち会えた人間の裏には、立ち会えなかった人間が何百倍もいる。
物語を追う体験が、物語を追えなかった悔しさの記憶に変換される。この形式が抱える根本的な不平等は、今のライブ配信文化や期間限定イベントにもそのまま引き継がれている。BEN DROWNEDは、その先駆けとして、良いところも悪いところも先に全部やってしまった。六つ目、この作品の一番奇妙な後日談について。作者は、自分の作品が創作であることを説明し続ける立場に置かれた。
ネット怪談の作者としては、これは本来ありえない状態だ。怪談の作者は普通、匿名のまま消える。名乗り出た時点で作品は死ぬ。ところがこの作品は、作者が名乗り出て、種明かしをして、それでもなお生き延びた。なぜ生き延びたのか。
おそらく、この作品が最初から「本当かどうか」を主要な燃料にしていなかったからだ。九月二十日に作者が正体を明かした後も、参加者は増え続けた。彼らは真偽を確かめに来たのではなく、遊びに来ていた。作り話だとわかっている物語の中で、それでも三日ごとに暗号を解く。これは信仰ではなく、演劇に近い。
全員が嘘だと知っていて、それでも舞台の上にいる。そう考えると、この作品が「クリーピーパスタというジャンルを文学として正当化した」と評価される理由もわかる。真偽の宙吊りに頼らずに、創作として成立させた最初の大型作品だったからだ。それ以前のネット怪談は、本当かもしれないという可能性を失った瞬間に価値を失うものが多かった。BEN DROWNEDは、種を割ってからが本番だった。
七つ目、そして最後に。この記事を書くにあたって、いくつかの動画を久しぶりに見返した。二〇二六年の今見ると、正直に言って画質は荒いし、演出も素朴だ。今のアナログホラーの完成度と比べれば、粗さは隠しようがない。それでも、あの像がクロックタウンの奥に立っている一枚の絵は、いまだに強い。
動かない。表情がない。ただ、こちらを見ている角度に置かれている。それだけで、十六年前の映像が今も機能してしまう。思うに、この作品が本当に発明したのは、幽霊でも呪いでもなく、「見られている」という感覚をゲーム画面の中に持ち込む方法だったのだと思う。
ゲームというのは、本来こちらが一方的に見る装置だ。画面の中のものは、こちらを見返さない。見返してきたとしても、それはプログラムがそう振る舞っているだけだと知っている。その大前提を、一体の石像で壊した。壊し方は、ただ「こちらを向いた状態で置く」だけ。
技術的には何も難しくない。ゲームシャークで座標と向きを指定すれば済む。だが、そこに至る発想があった。中古のカートリッジに残った他人のセーブデータが、ある日こちらを見返してくる。この一行に、この作品の全部が入っている。
そしておそらく、これから先も誰かが中古のゲームを買って、知らない名前のセーブデータを見つけて、一瞬だけ手が止まる。そのたびに、この話は少しだけ生き延びる。お前は、とんでもない失敗をしでかしたようだな。
