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フェレンゲルシュターデン現象

真夜中、猫が壁の一点を見上げている

真夜中。飼い猫が、ふいに動きを止める。

誰もいない部屋の隅。壁と天井の境あたりを、じっと見上げている。耳の先だけをわずかに動かし、瞳孔を丸く開いて、何かを目で追っている。

手を振っても、名を呼んでも、猫は微動だにしない。数秒か、数十秒か。やがて何事もなかったかのように、あくびをして立ち去る。

あの、背筋がひやりとする瞬間。猫を飼っている人なら、誰もが一度は経験しているはずだ。

実はあの行動には、立派な名前がついている。「フェレンゲルシュターデン現象」という。

手の込んだ”解説”が、ネットには転がっている

噂として流通している解説が、これまた実に凝っている。

曰く、1957年、ドイツの物理学者リーゲンジー・シュターデン博士が発表した学説に基づく現象である、と。

博士は第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの超常現象研究施設に籍を置いていた。研究テーマは霊の探知と捕獲。ある実験で、博士は部屋じゅうに温度計を敷き詰め、そこへ一匹の猫を放して数週間観測した。

すると、驚くべきことが分かった。猫が視線を向けた先の温度だけが、周囲より数度低かったのだ。

博士はこれを「霊の存在する地点は周囲より低温になる」という自説と結びつけた。そして結論づける。猫は、人間には見えない霊的な冷点を見ているのだ、と。

現象の名は、博士の姓と、実験に使われた愛猫「フェレンゲル」の名を合わせたもの――という具合だ。

博士。愛猫。戦時下の秘密研究。温度計。数度の温度差。ここまで具体的な部品が揃うと、話は急に本物めいてくる。

ただ、この話にはひとつだけ致命的な問題がある。

何ひとつ、本当ではないのだ。

2010年9月21日、掲示板で嘘が生まれた瞬間

この”学術用語”の初出は、はっきり特定できる。

2010年9月21日。2ちゃんねるの、何気ない現象を語り合うスレッド――「何かこわい現象」系のスレだ。あるユーザーが、脈絡なく「フェレンゲルシュターデン現象」という言葉を書き込んだ。

もっともらしい外国語風の、長い名前。読んだ者は「そんな現象があるのか」と一瞬信じかけた。

ところが、すぐ後に別のユーザーが決定的な一言を放つ。

「その単語をググったら、このスレが一番上に出てくるんだが」

そう。その言葉は世界中のどこにも存在しなかった。たった今この掲示板で生まれたばかりの、完全な造語だったのだ。

スレッドには「こいつ、息をするように嘘をつきやがった」という、いまや語り草のツッコミが刻まれた。フェレンゲルシュターデン現象とは、要するに「息をするように吐かれた、ひとつの美しい嘘」として産声を上げた言葉なのである。

悪意なんてなかった。だから広まった

ここに、この現象の本当の恐ろしさがある。

造語した本人には、おそらく人を騙そうという悪意すらなかった。猫という不思議な生き物の、あの不可解な行動に、ただ仰々しい名前をつけてやりたかった。それだけの、ちょっとした言葉遊びだったはずだ。

ところが、その言葉があまりに”それらしかった”。嘘は一人歩きを始める。

誰かがまとめる。誰かがブログに書く。誰かが「そういえば聞いたことある」と孫引きする。出典を一度も確かめないまま、存在しないシュターデン博士の名は引用を重ね、ありもしない1957年の論文が、いつしか「学説」として扱われるようになった。

これは怪物が出てくる怪談ではない。人間が確かめることをやめた瞬間、無から権威が生まれてしまうという、情報時代そのものの怪談なのだ。

「きっかり二度低い」の、絶妙な嘘くささ

嘘は、語り継がれるたびに枝葉を茂らせる。

まず温度差。原型では「数度低い」だったものが、再話を経て「きっかり二度低い」と、妙に具体的な数値に固定された版が広まった。この「二度」という半端な精度が、かえって”実験で測定した本物”らしい香りを放つ。実にうまい変異だ。

博士の所属も揺れている。ナチスの心霊研究施設とする版がもっとも人気だが、単に「ドイツの軍事研究」とする版もあれば、「どこかの大学の研究」とマイルドに言い換えた版もある。戦時下、秘密、軍。この不穏なキーワードが、話に”表に出せない真実”めいた重みを与える。

中には、博士名と猫名の順序を取り違えて、「シュターデンという名の猫を飼っていたフェレンゲル博士」と逆に説明してしまう版まである。嘘の伝言ゲームらしい、微笑ましくも本質的な崩れ方だ。

そしてAIまで、この嘘を語り始めた

2020年代、この現象は思いもよらない新しい派生を手に入れた。生成AIである。

「フェレンゲルシュターデン現象とは何か」と対話型AIに尋ねる。AIはネット上に散らばった大量の”それらしい解説”を学習しているので、しばしば自信満々にこう答えてしまう。「ドイツの博士が発見した現象で……」。ありもしない年代や論文名まで、流暢に補って。

嘘が嘘を学習し、嘘をより滑らかな嘘として再生産する。造語から十数年、この現象は「AIですら騙される、あるいはAIが嘘を上塗りする現象」という、皮肉なほど新しい層を獲得した。

2023年5月、ペット情報サイト「ペトハピ」に寄稿されたスタパ齋藤のコラムのタイトルが秀逸だ。「猫の空間凝視行為『フェレンゲルシュターデン現象』の真実は? もちろんAIも知らない」。”AIも知らない=AIも間違える”という構図を逆手に取った、見事な検証記事だった。

知恵袋には、混乱がそのまま保存されている

嘘が広まる現場を覗いてみよう。

まずYahoo!知恵袋。「フェレンゲルシュターデン現象って結局何なんすか。そもそも存在しないんですか。それとも猫とは関係ない別の現象なんですか」――こういう、真偽の狭間で混乱した投稿がいくつも残っている。

回答は真っ二つに割れる。「実在するドイツの学説です」と大真面目に”解説”を貼り付ける回答者。かたや「それ2chの造語だから」と冷静に出所を暴く回答者。

一つの質問ページの中で、嘘が広まる瞬間と、暴かれる瞬間が同時に起きている。都市伝説の生態が丸ごと保存された、標本のような場所だ。

次にまとめ記事の連鎖。「猫が何もないところを見つめているのはなぜ?」という、いかにも検索されそうなタイトルのペット系記事や通販系ブログが、SEOを狙ってこの現象名を見出しに使う。

多くは末尾に「これは俗説です」と小さく断りを入れている。だが記事の大半は”シュターデン博士の発見”の紹介に割かれてしまう。流し読みした読者の頭に残るのは、「博士が発見した本物の現象」という印象だけだ。

否定するために書いた記事が、結果的に嘘の生存を助けてしまう。この皮肉な循環こそ、フェレンゲルシュターデン現象がしぶとく生き延びてきた最大の理由なのだ。

そしてもう一つ、百科事典系サイトの”公認”がある。ニコニコ大百科やピクシブ百科事典にも項目が立ち、「2ch発の造語」「ネタ」ときちんと注記されている。だが皮肉なことに、辞典に項目が立つこと自体が、言葉に「実在するもの」としての市民権を与えてしまう。

ネタだと知りつつ使う人と、本気で信じて使う人が、同じ言葉を共有する。嘘と承知の遊びが、いつの間にか半分本気の伝承へと変質していく。その境目が、ここにある。

人を騙した、三つの部品

ネット文化を観察する層は、この現象を「権威付けの装置がいかに人を騙すか」の完璧な実例として愛好してきた。

指摘されるのは、嘘を”本物”に見せた三つの部品だ。

第一に、外国語風の長ったらしい固有名。「フェレンゲルシュターデン」という、綴りにくく覚えにくい響き。それだけで「専門用語だ」という錯覚が生まれる。ドイツ語風の綴りとして “Völengel-Schterden Phänomen” などと表記される版もあるが、当然どんな学術文献にも存在しない。

第二に、戦時中の秘密研究というシチュエーション。「公にされなかった真実」という設定は、検証できないことを、むしろ”隠された本物”の証拠にすり替えてしまう。

第三に、具体的な数値。「二度低い」という測定値めいた一言が、話に実験の手触りを与える。

日常のありふれた謎に専門的な名前がつくと、人は「説明された」と感じて安心してしまう。たとえその説明が、まるごと空洞であっても。

フェレンゲルシュターデン現象は、恐怖ではなく”納得したい”という人間の欲望につけ込む、きわめて知的ないたずらなのだ。

それで、猫は本当は何を見ているのか

シュターデン博士がいないのなら、猫は結局、何を見ているのか。

動物行動学的な答えは、拍子抜けするほど現実的だ。

まず聴覚。猫は人間よりはるかに高い周波数の音を聞き取る。壁の内側を走るネズミの足音。羽虫の羽ばたき。屋根裏の軋み。人間の耳には届かない音に反応して、その音源の方向へ耳と目を向けているだけなのだ。

つまり猫は「何もない空間を見ている」のではない。「耳を澄ませているうちに、視線がたまたま一点で止まっている」。冷点を見ているのではなく、音を聞いている。

次に動体視力。空中を舞う微細な埃、窓から差し込む光の反射、視界の隅をよぎった小さな虫。人間の目には映らないそれらを、猫はしっかり捉えている。

そして三つ目は、単なる考えごと。尻尾を緩く揺らしながら宙を見つめているときは、次の行動を思案しているだけ、ということも多いらしい。

揺らぎがあるから、霊が入り込む

面白いのは、この「現実的な説明」が複数あって一つに定まらないこと。それ自体が、逆に霊の物語が入り込む隙間を作っている、という点だ。

もし「猫が壁を見るのは百パーセント音のせい」と断言できるなら、怪談の余地はない。だが実際には、音のときもあれば、虫のときもあり、考えごとのときもある。

この揺らぎのなかに、「もしかしたら、本当に何かがいるのかも」という一片の不安が、しぶとく居座り続ける。

結局のところ、この現象における本物の怪異は、猫の視線の先にはいない。

出典を一度も確かめないまま、存在しない博士と論文を信じ、引用し、説明を継ぎ足していった。その人間の側の、確かめなさの連鎖のなかにこそ、それは静かに潜んでいる。

今夜、猫が壁を見上げたら。怖がるべきは、たぶん壁のほうじゃない。

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